メタリカ情報局

メタリカを愛してやまないものの、メタリカへの愛の中途半端さ加減をダメだしされたのでこんなブログ作ってみました。

       

    タグ:RollingStone

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    メガデスのデイヴ・ムステインがローリングストーン誌のインタビューでメタリカ在籍時のエピソードやグラミー賞受賞時のことについて語っています。

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    これまでも語られてきたエピソードではありますが改めて。BLABBERMOUTH.NETの文字起こしを管理人拙訳にてご紹介。
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    クリフと俺は本当に本当に親しくなった。彼はレイナード・スキナードが好きだったのを覚えているよ。ある日、彼とリハーサルに向かう車のなかで「Sweet Home Alabama」を聴いていた。ラーズが(デンマーク訛りで)「このパートを真ん中でテンポをゆっくりにしないと」なんて言っていた。それで俺が「OK」って言ってこうさ(「Sweet Home Alabama」のリフを口ずさむ)。俺が「Sweet Home Alabama」を弾くと、アイツは知らなかった。(デンマーク訛りで)「ファック!やべぇな、おい」ときた。俺は「OK、これでいこう」そうしてあれ(「Sweet Home Alabama」のリフの最後のパート)を削った。デイヴ・ムステインとレイナード・スキナードが「The Four Horsemen」を書いたのさ。


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    俺たちは何度もノミネートされている。素晴らしいことだ。ただ、「おぉノミネートされて本当に嬉しく思います」って何回も言うしかできなかったんだ(笑)そう!だから実際に賞を勝ち取った時、彼らが発表したやり方が逆だったってのを覚えているよ。マーガレット・チョーがプレゼンターだったんだけど、彼女は「受賞者は「Dystopia」です」と言っていた。受賞者はメガデスだったはずだ。受賞はバンドであって曲についてじゃないからな。落ち込んだのはほんの1秒で、席から立ち上がった。舞台に上がる途中でBGMが流れていたけど気にも留めなかった。舞台に上がって俺たちは俺たちのことをした。すると誰かが「あなたが受賞した時、演奏されていた曲を聴きましたか?」って言われたけど俺の答えは「No」だった。どうやら彼らはメタリカの曲を演奏していた。だから俺は言ったんだ。「俺は彼らを悪く感じていないよ。だって彼らは本当にマズい仕事ぶりだったからね。」って。良いことと言えば、忌々しいグラミーで「メタリカ」って言ってなかったってことだね!


    BLABBERMOUTH.NET(2018-03-02)
    その他、初めて買ったレコード、バイト経験、デイヴィッド・エレフソンとの出会いについて語っています。インタビュー動画はこちらから。


    あいかわらず、大佐がやるラーズのモノマネは悪意がありますね(苦笑)

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    『Master of Puppets』のリマスター盤発売を受けてのRollingStone誌でラーズ・ウルリッヒとカーク・ハメットのインタビュー。前回の続きです。BOXセットに収録のライヴやクリフ・バートン、ジェイソン・ニューステッドに関するエピソードが語られています。管理人拙訳にてご紹介。

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    −カーク、BOXセットにはあなたのソロの草案を示すたくさんのリフ・テープがありますね。当時のリードギターのフレーズはどうやっていたのですか?

    カーク・ハメット
    当時、最初から最後までソロ全部を作るのにとても夢中になっていた。スタジオ入りする前に少なくとも80から90%は作っておきたいと思っていた。スタジオで即興はやっていなかったんだ。若かったし、自分の演奏を展開させることや何もないところから500のアイデアを書き溜める能力は持ち合わせていなかった。今ならそれができる。俺は今(当時に比べて)はるかにミュージシャンになっているからね。『Hardwired〜』では何を演奏するか分からないところから、(どうするか)90分以内に把握していた。1986年にはできなかったことだよ。「Damage, Inc.」では、俺はただ座って頭を掻きむしって唖然としながら「俺は他に何をやろうとしてるんだ?」って思ってたし。

    −BOXセットにはクリフのテープは何もありませんでした。彼はバンドに曲をどう提示していたんでしょうか?

    カーク・ハメット
    彼はボリュームがどんどん上がっていく「Damage, Inc.」のイントロを弾いていた。それから彼はそのひらめきの元となったバッハの曲を俺に弾いてみせたんだ。それで言うんだ。「同じように聴こえるか?」って。俺は「全然。疑う余地もない。完全にキミのものみたいだ。」と答えたよ。そして彼はベースで「Orion」の中間部全体を書いた後、ギターのハモるパートをベースで弾いていた。レコードではジェイムズと俺がこのハモるパートを全部弾いているけど、最初はクリフがベースで全部弾きたがっていたんだ。「Damage, Inc.」に出てくるソロみたいなものだったから、うまくはいかなかっただろうね。だから「Orion」に組み込んで、アルバムでやっているギター/ベースのアレンジを思いついた。それが実際に彼の最後の作品となってしまったんだ。

    −これにはたくさんのクールなコンサート音源がありますね。これらのショーで一番覚えていることはなんでしょう?

    ラーズ・ウルリッヒ
    『Master of Puppets』を振り返って考えてみると、オジーのツアーを振り返ることになる。俺たちは他の誰よりも長くオジーとロードを過ごした。時折、オジーがいなかった時は自分たちだけのショーをやることもあった。アラゴン・ボールルームのギグもそんななかのひとつだったと思う。

    カーク・ハメット
    アラゴン・ボールルームのショーで「Disposable Heroes」をやって、観衆がハチャメチャに狂っていたのをハッキリと覚えているよ。「Disposable Heroes」は(オジー・ツアーでの)サポートのセットリストには入れていなかった。だからあの曲がライヴでどれだけ効果的なのかを知ることができたんだ。

    ラーズ・ウルリッヒ
    (BOXセットに収録されている)ハンプトン・コロシアムのショーはオジーと一緒だった。観衆は何が自分たちに起きているのかわからなかった。俺たちがやっているようなものを一度も観たことなかっただろうからね。俺たちはアメリカ中部のアリーナでことごとく「Battery」と「Master of Puppets」をやったけど、たくさんの人の表情がかなりクレイジーになっていたね。

    カーク・ハメット
    メドウランズのショーはとりわけ最高だったのを覚えているよ。あの前夜にジェイムズとクリフと俺でサムヘイン(Samhain)の人たちと一緒だったからね。彼らとツアーに出るのは本当にクールだった。イーリーとグレンがショーに出ていて、俺たちはその事実に興奮したし、本当に触発されたし、本当に良いショーをやりたいと思った。だって最高なミスフィッツ(Misfits)のグレンとサムヘインの人たちがそこにいるんだぜ。「俺たちも良いショーをやるぞ」ってね。それが俺の演奏にもインスピレーションを与えることになった。

    −ハンプトン・コロシアムのショーは、ジェイムズがスケートボードでケガをしてから、カークのギター・ローディーのジョン・マーシャルをリズムギターに迎えたものでしたが、どんなことを覚えていますか?

    カーク・ハメット
    ジョンがステージ側にいるのはあのツアーから始まったんだけど、クリフはいつも「ここから出ていけよ」って言っていた。それで面白いことにジョンはステージの後ろからショーを始めるわけなんだけど、3曲目か4曲目になるとアンプの前に立っているんだ。4回目のショーで「脇に立っていたのが、急にステージに出てくるとうまくのれないんだよ。最初の曲から出て来いよ。」って俺たちが言ったんだ。ジョン・マーシャルは俺が13歳の頃から知ってる。15歳の頃から一緒にギターを弾いていたんだ。だから彼にとって、突然オジーのツアーで俺と一緒にギターを弾くことになって頭がクラクラする出来事だったんじゃないかな。俺たちが経験してきたことはそれだけ変わったことだった。本当に頭がクラクラするようなクールなことだったよ。

    ラーズ・ウルリッヒ
    ハンプトン・コロシアムのショーは、オジー・ツアーの最終日だった。オジーのライヴの後半に楽しい時間を過ごしたよ。俺たち全員がおむつを着けてギターと間抜けなズラをかぶってステージに飛び入りしたんだ。マネージャーのクリフ(・バーンスタイン)があのアルバムがゴールドディスクを獲得したと俺たちに伝えた日でもあった。あれはクレイジーだったね。しかもヘットフィールドの誕生日でもあったんだ。

    −ストックホルムで行われたクリフの最後のショーのカセットは感慨深く聴いているのではないですか?

    ラーズ・ウルリッヒ
    もちろん。あれから31年が経った。一時停止しては、物思いにふけり、考え、感謝し、光栄に思う。たくさんのことをあまりの早さで突き抜けてきたから、ゆっくり考えるなんてしていなかった。時には、午前2時にあのなかのものを聴いては「わぁ」ってなっていたよ。最後の2曲を聴いたり、最後のショーで彼と写った写真を見たりした時に気持ちを落ち着かせようと曲を止めるんだ。

    −クリフとの最後のショーについてはどんなことを覚えていますか?

    ラーズ・ウルリッヒ
    イギリスで3000席の映画館「Odeons」でのライヴを終えて、スカンジナビアに行ったんだ。場所はアイスホッケー会場みたいで(イギリスの会場に比べて)小さく、寒く、暗かった。違った雰囲気があったね。ストックホルムでのショーをやったら信じられないほどうまくいった。ショーがすごく良かったんで、セットリストにない追加の曲を実際にやった珍しいケースだったんだ。今でもそう多くはやっていない。それだけ良い雰囲気があったんだよ。

    カーク・ハメット
    ジェイムズが(ケガをしてから)再びギターを弾いた最初のショーだったから重要だったんだ。ジェイムズがギターのストラップを肩にかけてアンコールを演奏することができた。たしか「Blitzkrieg」か何かだったと思うんだけど、ジェイムズがギターに戻って演奏して、かなり回復しているように見えて、ジョン・マーシャルを含む5人が本当にワクワクしていたよ。あのショーは良かったとハッキリと覚えているんだ。ステージを終えて引っ込んだ時も本当に良い気分だったし、ポジティブで前向きなものだった。「いいぞ、ジェイムズが戻ってきて、以前の俺たちみたいに戻るのはそう時間はかからないだろう。」って感じさ。ショーの後はそんな雰囲気だったし、そこから事故が起きて、文字通り希望あふれる状況から深い漆黒の穴に身を落とされたように感じたよ。

    ラーズ・ウルリッヒ
    あの日、俺たちはたくさんの取材を受けていた。「OK」っていうスウェーデンの流行に敏感な10代女子向け雑誌のために写真撮影もしていた。その後、バスに座ってどれだけクールだったか話していたんだ。クリフと俺は一緒にビールを飲んでいた。今となってはちょっとおぼろげだけど良い日だったよ。

    カーク・ハメット
    俺たちがバスに乗って会場を去ろうって時にファンが俺たちに向かって走り出したのを思い出すよ。クリフがこう言ったんだ。「彼らを見ろよ、まるでゾンビみたいだ!」彼はゾンビに夢中だったからね。俺たちみんな笑っちゃったよ。それから俺たちはカードゲームを始めた。そして長い長いドライブだ。そこから先は誰もが知っての通りだ。

    −BOXセットにはジェイソン・ニューステッドの最初のオーディションとギグも収録されています。ツラい時期だったかと思いますが。

    ラーズ・ウルリッヒ
    あぁ、俺たちは何が起きているのか、わけが分からなかった。自分たちができる最も賢いことは続けることだと決めたんだ。事故後の1、2週間でクリフを弔って、それから後は5分となかった。もしそこで俺たちが減速して、虚無感を抱えたり、深淵に落ち込んで抜け出せなくなったりするのが恐かったからね。だから俺は(Metal Brade Recordsの創始者)ブライアン・スレイゲルを含む何人かに電話をして「そこらでホットなベーシストは誰かいないか?」って話していた。クリフの葬式の1週間後にはオーディションをセッティングしていたよ。

    カーク・ハメット
    奇妙な感じだった。俺たちはみんな、復帰後最初のショーについてとてもナーバスになっていた。リハーサルではうまくいっていた。ジェイソンが割って入れるのかと思っていたんだ。リハーサルでは時間をかけられる。でもいったんツアーに出たり、家を離れてショーをやったりするとなったら、実力ある者、ない者かがハッキリしてしまう。マニュアルとか練習コースなんてものはない。ジェイソンはよくこなしていた。彼は本当に危機に対応してくれたんだ。

    ラーズ・ウルリッヒ
    ジェイソンは信じられないくらいポジティブなエネルギーを持っていて、火の玉みたいだった。入ってくると、とても献身的で準備万端だった。しかるべきアティチュードを持ち合わせていたし、化学反応、人格、楽器への取り組み方は本当にユニークなものだった。彼はクリフから180度転換なんてできなかったし、「クリフ・ジュニア」みたいな代わりにはしたくなかった。ジェイソンはやり遂げるヤツだと直感したのを覚えているよ。

    −『Master of Puppets』の曲を書き始めた時から、ジェイソン・ニューステッドと共にしたアルバム・ツアーの終わりまで、あなた方のわずか2年間の人生、されどいろんなことが起きた時期がBOXセットには収録されています。この時期についてどう思いますか?

    カーク・ハメット
    バンドの未来についての責任が俺たちに突き付けられた。1986年9月まではバンドの将来は超バラ色に見えた。でも10月からは再び弾けるのかどうかさえわからなかった。兄弟を喪って、精神的にも感情的にもいろんなものを抱えることを強いられた。そして俺たちは大きく成長した。次のツアーでは少し成熟したからね。集中していたし、うまくやっていたとも思う。
    そして、うまくいくっていう願望から『...And Justice For All』ができた。


    −クリフ・バートンはかつて「Master of Puppets」がメタリカで好きな曲で、バンド史上最高の曲だと言っていました。バンドで一番リクエストされた曲であり、あなた方が一番弾いた曲になっています。なぜこの曲の人気が続いているのだと思いますか?

    カーク・ハメット
    あの曲で多くの素晴らしい感情を反芻している。曲の中間部は本当に独特の雰囲気がある。超ヘヴィで良いエネルギーがある。そして、たくさんの感情を持っている。「Master of Puppets」を聴いたり弾いたりすると、俺は何かが清められたように感じるんだ。最高の音楽ってそういうもんだよ。何かを得たり、感情的な何かを取り除くのを助けてくれる。「Master of Puppets」は信じられないほど精神浄化してくれる曲なんだ。みんなが前に向ける必要のある何かを自分のことにように感じて心を打つ。あの曲はそれができる。だから後になっても、さらに良く感じるんじゃないかな。

    RollingStone(2017-11-09)

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    メタリカ、『Master of Puppets』のリマスターについて語る(上)

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    長編インタビューが続いてまったく記事が追いつけていませんが、ちょっとずついきます。まずは『Master of Puppets』のリマスター盤発売を受けてのRollingStone誌でラーズ・ウルリッヒとカーク・ハメットのインタビュー。収録曲に関する裏話について語ってくれています。管理人拙訳にてご紹介。

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    −BOXセットが出るにあたって一番興奮していることは何ですか?

    カーク・ハメット
    リハーサル・テープやライヴのものはクールだから興奮しているよ。通常のレベルを越えてる。

    ラーズ・ウルリッヒ
    俺はいつだってブックレットのファンで、他のビッグなBOXセットに関して言えば、どんなにちょっとしたニュアンスでも、どんなにちょっとした紙片でも、どんな歌詞でもチケットでもじっくり見てきた。だから願うことなら、ファンがこのBOXセットをよりいっそう高く評価してくれればいいね。クリフの不慮の死に立ち向かってるってことじゃ、感情的な要素を多分に含んでいるかもしれない。彼の最後のショーの音声があるし、ステージ上で俺たちが一緒に撮った最後の写真かもしれないものもある。そういうわけで、ちょっと一時停止して、あの狂気や浮き沈みやクリフを喪ったことの大きさを考えるだけじゃなく、俺たちがこうしていまだに活動していてみんなが気にかけてくれているってどれだけ幸運なんだと思うんだ。

    −BOXセットでいくつか気になるものについてお話ししましょう。ファング(Fang)の「The Money Will Roll Right In」のカヴァーのラフ・ミックスが収録されています。あれをやるに至ったのは何ででしょうか?

    ラーズ・ウルリッヒ
    「The Money Will Roll Right In」はただよく演奏していた曲だったんだ。初期のカヴァー曲のほとんどは、俺たちがカヴァーバンドとして始めた時にやっていたものだった。「The Money Will Roll Right In」=「金はじきに転がり込む」って言葉のように俺たちはトントン拍子にコトが運んでいた。クリフがバンドに持ち込んだかもしれないね。それ(お金が転がり込む事態)はもうすぐそこにあったんだ。

    カーク・ハメット
    誰が「The Money Will Roll Right In」をやりだしたのか覚えてない。ラーズとジェイムズがやっていたのは知ってるけど、クリフはどうだったかな。俺自身はやってなかったってのは覚えているよ。曲自体があまりに洗練されすぎていたし磨きがかかりすぎていたからね。ファングのバージョンは本当に生々しいんだ。お昼に横になりながら8曲を1回の演奏でやったって感じに聴こえた。俺たちとなると、レコーディングの時には、なんか装飾めいて、どこかやりすぎになってしまう。パンクのシンプルさと生々しさを俺たちの誰も捉えていなかった(笑)。それがリリースされてこなかった理由だよ。俺はリリースされるとは思ってもみなかったけど、さぁここでってわけだね。

    ラーズ・ウルリッヒ
    当時、真剣にレコーディングしたんだよ。最高の音を出さなければ、デフ・レパードの最新アルバムのようなキックドラムのサウンドを出さなければってね。だから俺たちのやり方っていうのは、自分たちの曲ができてラジオでかかるまではカヴァー曲をレコーディングすることだった。自分たちの曲を試してみる代わりにカヴァーを試していたんだ。

    −あなた方が85年にリッチーズ・イン(Ruthie's Inn)でやったライヴのブートレグはかなり生々しいです。

    カーク・ハメット
    あぁ、あの頃っていうのはあのアルバム(「The Money Will Roll Right In」収録アルバム『Land Shark!』)が出回っていて、ファングが毎週末演奏していたし、俺たちはベイエリアに住んでいてしょっちゅう彼らを観ていたからね。

    −ニルヴァーナ(Nirvana)があの曲をカヴァーしたのを聴いたことはありますか?彼らは1992年のレディングで演奏しているんですが。

    カーク・ハメット
    いいや、しらないな。へぇ。彼らがファングのことを知っているなんて知らなかったよ。彼らはベイエリアで一番人気のパンクバンドってわけじゃなかったからね。それは本当に奇妙だな。

    −そのほかに収録されている面白いカヴァーと言えば、ダイアモンド・ヘッド(Diamond Head)の「The Prince」です。クリフの時代にレコーディングされているとは思いませんでした。後にジェイソン・ニューステッドと共に『...And Justice For All』で再レコーディングしていますね。なぜこのバージョンをリリースしなかったのでしょうか?

    カーク・ハメット
    あの時点であのバージョンはダイアモンド・ヘッドとのあいだでクリアされていない問題があったかもしれないと思う。あるいは俺たちがダイアモンド・ヘッドと折り合いを付けたのかもしれない。俺は知らないんだ。ビジネス面のことだ。

    ラーズ・ウルリッヒ
    プロジェクトを進めて、締め切りを迎えようとしている時、俺たちはヴォーカルを入れずに、レコードに収録する曲に時間とエネルギーを集中することに決めたんだ。

    −さらに興味深いのは、「Orion」のラフ・ミックスではイントロでシンセサイザーが使われているということです。あれはなぜなんでしょう?

    カーク・ハメット
    キーボードで始まるのはクールだと思ったんだよ。ハモンドオルガンとかB-3オルガンのサウンドをもっと使いたくて、シンセサイザーをあの箇所に使ったんだ。

    −誰が弾いていたんですか?

    カーク・ハメット
    覚えてない。スタジオにあったキーボードに関して言えば、俺たちのほとんどは1つ指のキーボード・プレイヤーだったと思うよ。

    −レコーディングされたものの多くは、アルバムでのものとかなり似通っています。あなたは曲をたくさん試していたことを覚えていますか?

    ラーズ・ウルリッヒ
    いや。当時、俺たちがやっていることにイチャモンつけてくるヤツに対して、俺たちはそうは変わらないようにと、とても保護主義的だった。もし変えてしまったら、付け入られてしまうと。俺たちはレコード会社やマネジメントにそういうものを送ったことは本当に一切ない。これは失礼な意味にとってほしくないけど、その意味ではフレミング・ラスムッセンはプロデューサーだと考えていなかったんだ。彼はどちらかと言えば最高のサウンドを得て、それを大きくするエンジニアのようだった。当時の俺たちの考えでは、プロデューサーってのは、曲をいじくってラジオ向けのものにするか、大人しいものにしてしまうヤツのことだった。だから「プロデューサーなんていらねぇ」って感じだったんだ。バンドにはとても反抗的な雰囲気があった。だからアルバムに収録する最終版のデモを聴いてみると、さまざまなアレンジという点では多くはなかったけど、スタジオではいろいろ曲を装飾していたよ。ジェイムズは特にスタジオでサウンドをいじるのが好きだったし、クイーン(Queen)の曲のようなプロダクションに夢中になっていた。でもプロデューサーがやってきて、俺たちに何をすべきか伝えるってことはなかったんだ。

    −でもあなたはいつだったかラッシュ(Rush)のゲディー・リーをプロデューサーに招こうとしていませんでしたっけ?

    ラーズ・ウルリッヒ
    おぉ〜(間をおいて)彼は俺たちとそういう会話をしていたかもしれない超短いリストに載っているかもしれないな。

    −アルバムの歌詞がどのように作られていったのか覚えていますか?

    ラーズ・ウルリッヒ
    当時、ジェイムズは自分自身の世界に入って、歌詞を手書きしていた。歌詞はさまざまなことを話すところから生まれたんだ。「The Thing That Should Not Be」はH.P.ラブクラフトの神話からきているし、「Disposable Heroes」は他の誰かの戦争での単なる道具になるってことを話したことから思いついた。「Leper Messiah」は思うに、カークがデヴィッド・ボウイの曲と一緒にジミー・スワガートとジェリー・ファルエルが当時ひっきりなしにテレビでやっていたことを提案したものだ。俺たちがテレビを見ていると、歌詞のアイデアの引き金になるようなものがテレビにはたくさんあった。座って福音伝道者たちがやっているのを見るんだ。あの「私にお金を送れば、私はあなたを癒すでしょう」とかなんとかいうヤツをさ。間違いなく彼らはあの時(「Leper Messiah」を書く上で)俺たちに影響を与えたね。「Damage, Inc.」と「Battery」はファンという家族とか自分よりも大きなものに属しているっていう感覚について。「Master of Puppets」は明らかに中毒とかそういったものに関することで、俺たちの友人であるリッチー・バーチに触発されたものだ。彼は『Kill 'Em All』の裏ジャケットに「Bang that head that doesn't bang」を引用されたヤツで、ジェイムズと俺の家のソファをぶち壊し、鏡の上で朝食を刻んで(訳注:「Master of Puppets」の歌詞、"Chop your breakfast on a mirror"のこと。コカイン吸引前に鏡やガラスの上で細かくすることから生まれた麻薬を吸うことの隠語)出かけて行ったんだ。いいかい、俺たちはアイツのことを死ぬほど愛していたんだ。彼は良き友人だったから、何か意見を言おうってんじゃなくて、当時のヤツらがどうだったかについて書いたものなんだ。

    RollingStone(2017-11-09)
    Fang - The Money Will Roll Right In


    Nirvana - The Money Will Roll Right In (Live at Reading 1992)


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    前回の記事に引き続き、ラーズ・ウルリッヒお気に入りのヘヴィメタル/ハードロックのアルバム15選。今回は残りのアルバム5枚についてラーズのコメントともにご紹介。

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    MOTORHEAD - "Overkill" (1979)

    モーターヘッドは1979年春に聴き始めた。俺はデンマークのコペンハーゲンにいて、地元のレコード店に行ってね。このモーターへッドってバンドからいくつか曲を聴けるかどうか尋ねて、それからフィル・テイラーのダブル・ベース・ドラムから始まる「Overkill」から聴き始めた。あんなサウンドをしたものは聴いたことがなかったよ。ぶっ飛んだね。そのままあのエネルギーが続いていくんだ。ホントかっこよかった。レミーみたいな歌い方する人を聴いたことなかったし、パンクとロックとメタルが融合していて、クレイジーだったね。そんなエネルギーに加えて、誇張された漫画のような歌詞で完璧に度を越えていた。「Overkill」から「Stay Clean」までの一貫性−「Stay Clean」は数年間ライヴ定番曲だったんだ−ZZトップの楽譜をそのままやったような「I Won't Pay Your Price」「No Class」、(メタリカが)カヴァーをした「Damage Case」や長くてディープな「Metropolis」「Limb From Limb」って曲もある。常軌を逸してるよ。モーターヘッドはロック、プログレ、ポップス、パンク、あとわからないけど、スカとか・・・何が好きだろうが関係ないバンドだよ。モーターヘッドが最高にクールだってことに同意できるはずさ。そして俺にとって、決定的なモーターヘッドのアルバムは『Overkill』なんだ。

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    RAGE AGAINST THE MACHINE - "The Battle Of Los Angeles" (1999)

    レイジ・アゲインスト・マシーンに関しては、どのレコードも俺にとっては不可欠なものだ。最初の2枚のアルバムでは、若々しくて信じられないほど敵対的なエネルギーがあったけど、曲の技巧面や俺がこのバンドを支持する全てが合理化されているという観点で言えば、このレコードは全てが最大化されて最も強力なレベルで一体となったアルバムなんだ。

    『The Battle of Los Angeles』はすこぶる本物のサウンドだ。フィルター無し。とても本能的で衝動的で腹の底からのものを感じる。それまでたくさんのハードロックのレコードはとても苦戦していた。俺たちのものも含めてね。たくさんの労力が詰まっている。一室で4人が音楽を奏でているように聴こえるし、世界に挑戦する準備万端って感じだ。あの一貫性はただただ素晴らしい。「Testify」「Calm Like a Bomb」も入ってて、最高にディープな曲「Sleep Now in the Fire」もあるし、さらにディープな「Voice of the Voiceless」も常軌を逸しているよ。ザック(・デ・ラ・ロチャ)が叫んでいる時、彼が目の前にいるかのように聴こえる。まるで自分に話しかけているようにね。最高なレコードって全部、自分に直接話しかけられたような、自分に向けられたものだというものを持っているよね。


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    SYSTEM OF A DOWN - "Toxicity" (2001)

    最初に彼らのレコードが出た時、あきらかにたくさんのアティテュードを持ち合わせていた。新しい類のサウンドで、リック(・ルービン)が手がけていた。さまざまなルーツと影響を受けた音楽だということが聴けばわかるだろう。あの時点で彼らがアルメニア人だということは知らなかったけど、これまでと違ったものを聴いているとわかる。それから2ndアルバムの『Toxicity』が出て、「Chop Suey!」を聴いたらただただ素晴らしかったね。

    MTVのラジオでヒットして、それからタイトルトラックの「Toxicity」「Aerials」その他全ての収録曲がヒットした。俺はこのレコードに興味を持ち始めて聴いた。「They're trying to build a prison ... for you and me to live in/ヤツらは刑務所を立てようとしている・・・俺とおまえを住まわせるために」おぉ!これは政治的で、イカしてて、イカれてて、エネルギーに満ちてて、信じられないほど素晴らしかった。作曲の観点から見ても巧みに作られている。俺たちがやることにとっても、かなり触発されるものがあった。曲をいかに短く要領を得たものにしているかというところは本当に気に入っている。それは俺たちには恵まれていないものだった。史上最高のレコードのひとつだね。


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    UFO - "Strangers In The Night" (1979)

    これはハードロックのライヴアルバム決定盤みたいなものだね。70年代の多くのバンドに関して言えば、俺はライヴアルバムを通じて出会ったんだ。それから遡ってスタジオ・アルバムを探していた。レーベルはジューダス・プリースト、ブルー・オイスター・カルト、UFOのようなバンドは4、5枚アルバムを出した後のとても早い段階でライヴアルバムを出すことを奨励されていた。そういったライヴアルバムは70年代半ばから後半にかけての決定的な2枚組アルバムになっていったんだ。こういったたくさんのバンドはデビューから早い段階でライヴアルバムを出すことを奨励していた。それが勢いを維持するための方法だったんだ。

    『Strangers in the Night』はUFOのライヴアルバムで、「Natural Thing」で始まって「Only You Can Rock Me」や「Doctor Doctor」といったヒット曲もいくつかある。「Love To Love」はハードロック・バラードの青写真となる曲のひとつだし、「Rock Bottom」なんかマイケル・シェンカーの7分のギターソロが聴ける。カーク・ハメットを含む多くのメタルギタリストにとって、マイケル・シェンカーは、ランディ・ローズやジミー・ペイジなんかみたいに決して外の世界にまでかなり知れ渡ったわけじゃない、賛美されていないヒーローの一人だね。でもミュージシャンや同業者にとってマイケル・シェンカーはたくさんの人たちにとって史上最高のお気に入りの一人なんだ。このアルバムにはヴァイブスがある。ライヴに来たかのようだ。もちろんこれは最高のライヴアルバムの類だよ。


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    WARRIOR SOUL - "The Space Age Playboys" (1994)

    ウォリアー・ソウルはゲフィン・レコードでキャリアを始めて、俺たちと同じマネジメントだった。彼らと一緒によくショーをやっていたよ。(でも)彼らはゲフィンから契約を切られて、このレコードは94年に自主制作で出したんだ。

    再生すると「Rocket Engines」が熱狂のうちに始まる。ヘヴィでパンクでエネルギッシュなんだ。リードシンガーのコリー・クラークは次から次へと言葉を吐き出し、次から次へと姿勢を打ち出し、次から次へと印象的な歌詞を歌い上げるんだ。(収録時間の)1時間だろうが、どれだけ長かろうが勢いが弱まることは決してない。ただただ止まらないんだ。

    初期のアルバムではもう少し政治的だった。彼はアメリカ先住民とかチャーリー・マンソンとか虐げられた人たちのことを語っていた。でもこのレコードはもはやパンクみたいなものだ。パンクと、ニューヨーク・ドールズとかザ・ストゥージズみたいな少し前のニューヨークのグラムロックの奇怪な融合だった。もしこのレコードを聴いたことがないなら、すぐにでも見つけてチェックすることをオススメするよ。


    RollingStone(2017-06-22)
    MOTORHEAD - Overkill


    RAGE AGAINST THE MACHINE - Sleep Now in the Fire


    SYSTEM OF A DOWN - Chop Suey!


    UFO - Rock Bottom (Strangers In The Night)


    WARRIOR SOUL - Rocket Engines


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    前回の記事に引き続き、ラーズ・ウルリッヒお気に入りのヘヴィメタル/ハードロックのアルバム15選から5つのアルバムをラーズのコメントともにご紹介。

    lars-ulrich-says-favorite-metal-albums

    diamondhead
    DIAMOND HEAD - "Lightning To The Nations" (1980)

    もし「メタリカのサウンドの青写真となるレコードをひとつ挙げろ」と言われたら、これを挙げるよ。俺は何千回と言ってきた。何千回とね。

    1981年の夏、俺はシンガーとギタリスト、つまりシーン(・ハリス)とブライアン(・タトラー)と一緒に過ごすことになった。彼らの居間に住み着き、ソファで寝て、彼らと一緒にいたんだ。カリフォルニアに戻った俺はバンドを始めたいと思っていた。彼らはより伝統的なハードロックのアプローチをとったバンドだったね。レッド・ツェッペリンの大ファンで、旅、探求、経験としての曲が、純粋なギターリフのエネルギーに融合していた。シンプルなドラムでグルーヴィーな素晴らしい曲たちだ。

    ひと頃、メタリカで全ての収録曲を演奏したよ。「Am I Evil」もリリースしたし、「It's Electric」「Helpless」「The Prince」もリリースした。「Sucking My Love」もずっと前にやっていたしね。「Sweet and Innocent」も「Lightning to the Nations」もジャムってた。俺たちはこの収録曲全てと切っても切り離せない関係なんだ。

    (メタリカとしての)最初のコンサートで、ダイアモンド・ヘッドの曲を4曲やったはずだ。俺たちはカヴァーバンドとして始まって、そのグレーゾーンにいたってわけ。曲を弾くようになったばかりだったし。俺たちは誰にもカヴァー曲とは言わなかった。でも俺たちの曲だとも言わなかった。ただあの収録曲をやったんだ。2回目か3回目のライヴでサクソンの前座を務めた時、彼らのサウンドエンジニアのポールがやってきてダイアモンド・ヘッドっていうバンドを聴いたことがあるかと訊いてきたんだ。俺は「もちろん、彼らの曲を4曲カヴァーしているよ」と答えていたよ。でもまぁ俺たちは基本的にダイアモンド・ヘッドのカヴァーバンドとしてスタートしたんだな。


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    GUNS N' ROSES - "Appetite For Destruction" (1987)

    『Appetite〜』についてまだ言われていないことについて俺が何が言えるっていうんだ?これまでレコーディングされたなかで数少ない素晴らしいロックレコードのひとつだね。『Appetite〜』はある意味、ジャンル無しだ。史上最高のHR/HMレコードのひとつってだけじゃなく、史上最高のレコードのひとつでもある。間違いなく世代を形成し、文字通り何千ものバンドの青写真になったんだ。(ビートルズの)『Revolver』やローリング・ストーンズのベスト・レコード、(ブルース・)スプリングスティーンのベスト・レコード、U2のベスト・レコードもそこに入れられるだろう。誰もが関わりのあるレコードのひとつってわけ。ほとんどの人の人生のなかでサウンドトラックになってるんだ。

    あのレコードのことを考えると、1987年を思い浮かべる。あのレコードは3年くらい大胆不敵なものだった。改めて聴いてみると、初めて聴いた時のことを思い出すよ。俺はニューヨークに飛んでいた。それまでLAのレコード会社に行っててね。A&Rのヤツが先行版カセットを俺にくれて「このバンドからこのレコードが出てるんでチェックしてみて」って言われたんだ。リリース2ヶ月前くらいだったかな。「Welcome to the Jungle」あれはかなりクールだったね。気に入ったけど、ぶっ飛ぶとこまでではなかった。でも「It's So Easy」?俺はあんな曲をそれまで聴いたことがなかった。歌が始まったら、全てが「It's so easy, so fucking easy」ってアティテュードなんだ。あんなものは聴いたことがなかったよ。「Nighttrain」では自信たっぷりなアティテュードだ。「Out Ta Get Me」は意地悪く「ヤツらは俺を捕まえられやしない」って感じだ。あの意地悪さと怒りとアティテュードはクソ最高だね。それから「Mr. Brownstone」「Paradise City」もあった。(カセットで聴いたのは)アルバム収録曲の4、5曲って感じだ。俺は文字通り飛行機内で座って、口はあんぐり目もぱっちり「俺は何てものを聴いてるんだ?」って具合だった。(カセット収録時間は)20分だ。飛行機から降りると、俺は真っ赤な目をしてた。それでLAにいたあいつに電話してこう言った。「あれは何だ!?これは誰なんだ?これはどこから来たんだ?」あれは人生を変えるものの始まりだったね。


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    IRON MAIDEN - "The Number Of The Beast" (1982)

    俺にとって、あのレコードは文字通りアイアン・メイデンの最高潮なんだ。ベストソングがあるし、ベストなプロダクションをしている。あれは昔のディープ・パープルのレコードやレインボーの作品をたくさん手がけていたマーティン・バーチのプロデュースでね。ちょうどピークにあった頃なんだ。「The Number Of The Beast」はたぶん彼らがリリースしたなかでも最高のシングル曲じゃないかな。もちろん大ヒットとなったもっとコマーシャルなシングル「Run to the Hills」もある。超ディープな「Hallowed Be Thy Name」もね。あれは(ジューダス・プリーストの)「Beyond the Realms of Death」、(ディープ・パープルの)「Child in Time」と共にメタル叙事詩のひとつだね。(メタリカの)「Fade to Black」「One」「Welcome Home (Sanitarium)」の青写真みたいなものだ。

    それからいつだってちょっとしたクールなものもある。「The Prisoner」のイントロはTVシリーズから取られた。「22 Acacia Avenue」は彼らの1stアルバムの収録曲「Charlotte the Harlot」の続編だ。そしてブルース・ディッキンソンがポール・ディアノから引き継いで新ヴォーカルとなった最初のレコードだ。これはプロダクション、ソングライティング、アティテュードが全て一体となった作品だよ。オリジナル・ドラマーのクライヴ・バーが参加した最後のアルバムでもある。RIP。彼は本当に強く響くスネアロールをしていて、そういったものは俺に大きな影響を与えたんだ。ドラムを技巧楽器にするんじゃなくて、もっと重みとかアティテュードみたいなところで俺を触発させてくれた。エアドラムしてた頃のようにね。彼(のドラミング)はシンプルな方だったけど、彼がやった全てが超効果的だったんだ。

    いかにアイアン・メイデンがメタリカにインスピレーションを与えたかということを俺はいつだって公にしてきた。俺たちはいつも彼らを主たる影響として挙げているよ。彼らは他のどのバンドよりもクールだった。彼らにはクールなレコードジャケット、クールなパッケージ、クールなツアーブック、クールなTシャツ、クールなステージ装置がある。彼らは常に上を行っているように見えた。クールな照明設備もあったね。一番ファンに優しいバンドだし。俺の友だちがアイアン・メイデンからのエディがプリントされたクリスマスカードを持っていたのを覚えているよ。彼らはクレイジーでクールで、他のどのバンドよりも徹底してファンに優しいイメージを持っている。


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    JUDAS PRIEST - "Unleashed In The East" (1979)

    これは初期ジューダス・プリーストの頂点だね。たくさんいたヨーロッパのハードロックバンドで、彼らはアメリカ市場に風穴を開けようとして曲を書いていた時期なんだ。つまり曲を短くする−それは必ずしも悪い方法ではなかったけど、原点から外れて行ったものもある。これはヒットシングル以前に、ライヴで絶対的ベストにあったジューダス・プリーストなんだ。

    『Sad Wings of Destiny』からの曲がたくさんある。もちろん伝説の「Victim of Changes」も入ってる。ディープ・パープルの「Highway Star」みたいにエネルギーと騒がしいリフとダウンピッキングのみ。彼らはおそらくAC/DCと共に2つのギターが同じものを奏でる最初のバンドだったんじゃないかな。モーターヘッドやディープ・パープルみたいなバンドはギタリストが1人で違うこと、より重層的なことををやってたけど、ジューダス・プリーストに関しては両ギタリストが一緒に同じリフを弾くんだ。それによって音が倍増しただけじゃなく、よりヘヴィで大きくて厚みがあって没入感のあるサウンドになっている。オープンEでダウンピッキングになっているヘヴィメタル版の「The Green Manalishi」を聴けば、彼らが最前線にいたとわかる。このレコードは1979年に出たけど、サウンド全体は76年、77年、78年に始まっていた。彼らは先を行っていたんだ。俺にとってこれはいまだにジューダス・プリーストの最高のアルバムなんだ。


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    MERCYFUL FATE - "Melissa" (1983)

    マーシフル・フェイトは間違いなく俺たちにとって重大かつ極めて重要なバンドだった。メタリカのサウンドを形成するうえでも、アンダーグラウンドなハードロック界のたくさんの人たちにとっても、やたらと名前が挙がるくらい大きな役割を果たしたんだ。これは彼らの最初の正式なアルバムだった。俺たちみたいな(当時の)たくさんいた次世代のバンドにそれは大きな影響を与えたよ。彼らは素晴らしい友人でもあるし、「悪事」のパートナーにもなった。俺たちは彼らのスタジオでリハーサルをやって一緒にショーをやった。(メタリカの)『Garage〜』アルバムでは実際に彼らの曲のメドレーもやった。2つのギター、たくさんのハーモニー、音楽的な冒険があったね。ある曲はものすごく長いんだ。「Satan's Fall」っていう少なくとも10分かそこらの曲があるんだよ。

    彼らのコンサートはクレイジーだよ。(フロントマンの)キング・ダイアモンドは曲の前に主の祈りを逆から暗唱する。ある曲ではガチョウの羽を持って、この儀式の全てを執り行うんだ。彼はその行為に超情熱的でね。彼はスーパー・クールガイだよ。俺たちは本当に彼らの楽曲に夢中になってた。とても新鮮でオリジナルなものだったから、俺たちは彼らのことが大好きなんだ。彼らは本当に長年の間、戦友みたいなもんだね。


    RollingStone(2017-06-22)
    DIAMOND HEAD - Sucking My Love


    GUNS N' ROSES - It's So Easy (Live Recording)


    IRON MAIDEN - Hallowed Be Thy Name


    JUDAS PRIEST  - Victim of Changes


    MERCYFUL FATE - Satan's fall



    続きはまた後日に。

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    RollingStone誌の特集でラーズ・ウルリッヒがお気に入りのヘヴィメタル/ハードロックのアルバム15選を発表していました。
    lars-ulrich-says-favorite-metal-albums

    各アルバムに対するコメントを訳していたら、えらい長文になってしまったので3回に分けて紹介していきます。

    acdc-let-there-be-rock
    AC/DC - "Let There Be Rock" (1977)

    これはAC/DCで一番ヘヴィで濃くてエネルギッシュなレコードだ。(収録曲の)4、5曲はAC/DCのライヴ定番曲だね。「Let There Be Rock」「Bad Boy Boogie」「Whole Lotta Rosie」「Hell Ain't a Bad Place to Be」とか。これらの曲を何回ライヴでやっているかなんて把握しようとさえ思わないよ。

    明らかに、AC/DCが『Highway to Hell』で(プロデューサーの)マット・ラングと手を組んで、ラジオヒットになる3、4分のロックソングっていうアイデアを完成させることになる前のアルバムだ。このアルバムには2つのギターの完璧なバランスがあった。つまり、無限のギターソロとリフっていうアンガスとマルコムの演奏がね。多くの曲が1人がリフを弾くところから始まる。それから16小節か32小節ぐらい後に、両方のギターが同じリフを弾いていくんだ。その後、ボン(・スコット)が女性やお下品なことや違法行為について漫画みたいな遠慮なしの素晴らしい歌詞で入ってくる。スタジオで座っているかのように聴こえるアルバムの1つだ。曲の冒頭では、アンプが鳴っているのが聴こえるし、カウントインみたいなスタジオでの会話とかそういったことも聴こえる。これは生の、絶対的なピークにあったブルースを基調としたハードロックだね。

    そしてこれには俺のAC/DCのお気に入り曲からカットされるかもしれない曲が1つある。「Overdose」だ。あの曲では、2人のギターが絡むとこれまでで一番ヘヴィなものになるんだ。俺が知る限り、あの曲はライヴでやってない。たくさんの俺みたいなAC/DCの熱狂的純粋主義者からしたら、一番最初に外されてしまう曲だと思う。アンガスになんでライヴでやらないのか訊くに至ってないけど(笑)、今はアクセル(・ローズ)がいるから・・・彼らが長い間やってなかった曲をアクセルがやるようだからね。アンガスに訊かずとも、アクセルがやってくれれば見れるかもしれない。

    alice-in-chains-dirt
    ALICE IN CHAINS - "Dirt" (1992)

    俺が初めてアリス・イン・チェインズを紹介されたのは、最初のアルバムが出た90年の夏だった。俺たちはLAにいて、ブラックアルバムのレコーディングをしていた。俺たちは街のあらゆるバーやクラブで彼らを見たよ。彼らは超クールなヤツらだった。若くて、大らかで、楽しくて、ちょっとトチ狂ってる。彼らがシャツの下に長い肌着を着ているのは理解できなかったよ。ネルシャツでもって、俺たちがそれまで見たことのないような全く違った出で立ちをしててクールだったね。彼らの音楽はめちゃくちゃヘヴィで、アティテュードもとても良かった。

    それから『Dirt』が出て、(1作目から)2年後だったか、ダークでディープなレコードだった。その当時、俺たちはあのレベルの薬物乱用を経験していなかった。俺たちはたくさん酒を飲んでいただけで、俺たちがやったことのほとんどはもっと社交的なパーティーみたいな雰囲気のなかでのことだった。クローゼットやホテルの部屋で隠れてやるようなドラッグ文化には精通していなかったんでね。ヘヴィなドラッグに夢中になってたアイツらはあまり社交的ではなかった。だから俺は最初、このレコードの点と点を結び付けていなかったんだ。全てのドラッグに関する言及については理解していなかったけど、ヤツらのことをよく知るようになると、このレコードのことをよく理解できるようになってきた。このレコードの叙情的な重さが俺の心を打つんだ。

    信じられないほどディープでダークなレコードだね。間違いなく「Rooster」は信じられないほど美しい曲だ。俺はそれがジェリー(・カントレル)の親父さんか何かについてのことかどうかなんて知らなかった。でも「Rain When I Die」と「Dam That River」といった超ヘヴィで短い曲も素晴らしいものだった。クレイジーだね。おそらく俺が最も聴いてきた92年に出たレコードの1つか2つのうちの1つだ。


    black-sabbath-sabotage
    BLACK SABBATH - "Sabotage" (1975)

    たくさんのブラック・サバスな人たちを知っているけど、大概『Paranoid』か『Master of Reality』なんだよ。俺にとっては「Hole in the Sky」と「Symptom of the Universe」のワンツーパンチで最高潮に達し、そこからさらにディープな「Megalomania」だ。さながら本格的なヘヴィメタルへの旅路だね。ビニール盤を見れば、A面はブラック・サバス最強の20分だよ。そこからの「Symptom of the Universe」だろ?リフのシンプルさ、ダウン・ピッキング、チャグ音だろ?間違いなくハードロックとメタルの核となる青写真は80年代・90年代のような音に行き着いたんだ。

    俺が最初に手にしたサバスのレコードはこれの前の『Sabbath Bloody Sabbath』だった。あれが出た73年のクリスマスで手に入れた。全てにゾッとしたね。「Sabbath Bloody Sabbath」は2番のパートで「Where can you run to?/What more have we done?/ ... Sabbath, bloody sabbath/Nothing more to do どこへ逃げようと言うのだ/他に何ができると言うのだ/...血まみれの安息日/もはやなすべきものなどない」おぉ怖っ、クレイジーだね。このレコードは俺がアップテンポのエネルギーと呼ぶものを他のアルバムよりももう少し持ち合わせていた。おそらくそれも俺のお気に入りだと言う理由の一部なんだろう。明らかに彼らのサウンドは先へ進むにつれて少しずつ高度になってきた。初期のレコードにはシンプルさがある。そこは俺も素晴らしいと思うけど、音としては『Sabotage』が最高のサウンドのレコードなんだ。


    blue-oyster-cult
    BLUE OYSTER CULT - "On Your Feet Or On Your Knees" (1975)

    これは究極のライヴアルバムだね。収録曲の大半はブルー・オイスター・カルトのアルバム『Secret Treaties』からだ。「Cities on Flame」のような初期のヒット曲、「The Red and the Black」のようなレア曲、70年代の素晴らしきハードロック・バラード曲の青写真、「Last Days of May」が収録されている。このレコードは内容が詰まっていて一貫性がある。

    バンド全員が歌っている。「Cities on Flame」はドラマーが歌っていると思うよ。5人のメンバー全員がギターを弾いている「ME 262」とかね。5人全員が互いに並んでギターを弾いている写真があるんだ。さながら究極のギターソロって感じさ(笑)。2人のギタリストがいたと思ったら、ドラマーが出てきて演奏するんだ。

    ブルー・オイスター・カルトにはニューヨークのコネクションもあった。ダウンタウンの知識人で、CBGB(訳注:ニューヨークシティマンハッタン区のブリッカー通りの東端に当たるバワリー315番地にあった伝説のクラブ、現在は閉店)のシーンの一部となっていた。パティ・スミスは、キーボードのアラン(・レイニア)と関係を持っていた。彼らはルー・リードとヴェルベット・アンダーグラウンドが出てきたニューヨークの知的なシーンの一部になっていたんだ。このアルバムは当時の他のロックバンドによるネアンデルタール人的なアプローチに比べて、もう少し考え抜かれていて、スマートなものだった。精巧さを持ち合わせていたよ。


    deep-purple
    DEEP PURPLE - "Made in Japan" (1972)

    あきらかにディープ・パープルには「Highway Star」から「Smoke on the Water」やら「Speed King」やら他の全ての曲に至るまで常軌を逸した曲がある。でもアルバム・バージョンとライヴ・バージョンの違いがここまで劇的に違うバンドはおそらく他にはいないだろうね。『Made in Japan』は俺が手にしたディープ・パープルの最初のレコードなんだ。ビニール盤ではサイド1、2、3でそれぞれ2曲収録されていて、サイド4ではたった1曲「Space Truckin」が収録されているんだぜ?(1曲だけで)ほぼ20分だ。俺がアルバムを手に入れた数年後に『Machine Head』を手に入れたらこうさ。「えぇ!?「Space Truckin」って3分?残りの17分はどこから?」探検するような感覚だった。

    ディープ・パープルとして5人全員がステージに集まっていた。ビデオ映像を見ると、全員が互いにけしかけているのを観ることができるよ。ブラックモアがソロになると、右手を上げるのがわかる。それはドラマーのイアン・ペイスが次のパートに入るための合図なんだ。全てが完全に自由なんだけど、それはヒッピーがトリップしたような「4時間マッシュルームをやろうぜ」とかそういうものじゃない。結束があり、繋がりがあるんだけど、全てのライヴバージョンは違う。全てのコンサートが別物だ。ソリストが何小節やるのか、どこまで一緒に弾くのか、その全てを知っていることは決してなかったんだ。

    3つのショーだって?大阪で2公演、東京で1公演、1972年の8月だって?ちょうど彼らが一番凶暴な時じゃないか。「Child in Time」のギターソロ、俺はオーネット・コールマンとクレイジーなマイルス・デイヴィスが大好きだったジャズ純粋主義者のために演奏したことあるけど、リッチー・ブラックモアとイアンペイスの相互作用はほとんどジャズのそれだよ。同時に「Highway Star」のような曲では、間違いなくダウンピッキングで最前線でリフを奏でているんだけど、(テクニックを超えた)エネルギーなんだよ。内部で摩擦の多いバンドだから、ステージに一緒に上がると、そこには駆け引きがあるわけさ。ステージ上で互いにけしかけたり、無理強いさせたり、急かしたり、やり尽くそうとしたり。信じられないほど凶暴な絶「聴」をもたらすよ。

    10、15年前に『Deep Purple Live』と呼ばれるあの日本の3公演を完全収録されたものが出たんだ。3公演の「Highway Star」「Child in Time」「Space Truckin」「Lazy」「Strange Kind of Woman」を続けざまに聴いたら、ギターソロ、ドラミング、ヴォーカルの違いが信じられないだろうね。


    RollingStone(2017-06-22)

    AC/DC - Overdose


    ALICE IN CHAINS - Rooster


    BLACK SABBATH - Symptom of the Universe


    BLUE OYSTER CULT - Cities On Flame


    DEEP PURPLE - Space Truckin


    続きはまた後日に。

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    RollingStone誌が「最も偉大なメタル・アルバムTOP100」を発表し、メタリカは5つのアルバムがランクインされました。
    rollingstone_top100

    RollingStone誌が今回のアルバムTOP100を選ぶ際、いくつかルールを設定したようです。

    ・クリーム、ツェッペリン、ディープ・パープル他、フォークやブルースを経て後からジャンルとして含められたようなものは排除
    ・AC/DCやガンズ・アンド・ローゼズのような激しいロックンロールに特化したバンドも同様に排除
    ・RollingStone誌が(時には敬遠する)70年代のメタルとみなし、振り返って見れば純メタルというよりハードロックなサウンドのキッス、アリス・クーパー、グランド・ファンク・レイルロードのようなバンドも排除
    ・スキッド・ロウの『Skid Row』、テスタメントの『Practice What You Preach』、クワイエット・ライオットの『Metal Health』のようにビルボード上位を飾ったメタルアルバムでもヒット曲を過ぎると収録曲に勢いがなくなることから基準に満たないとし、他のアルバムに譲った

    前置きが長くなりましたが、さっそくダイジェスト動画とともにTOP100を見ていきましょう。



    100. Avenged Sevenfold, 'City of Evil' (2005)
    99. Evanescence, 'Fallen' (2003)
    98. Sunn O))), 'Monoliths & Dimensions' (2009)
    97. Gojira, 'From Mars to Sirius' (2005)
    96. Kvelertak, 'Meir' (2013)
    95. Dream Theater, 'Images and Words' (1992)
    94. Deafheaven, 'Sunbather' (2013)
    93. White Zombie, 'La Sexorcisto: Devil Music Volume One' (1992)
    92. Eyehategod, 'Take as Needed for Pain' (1993)
    91. Naked City, 'Torture Garden' (1990)

    90. Body Count, 'Body Count' (1992)
    89. Nightwish, 'Once' (2004)
    88. Pig Destroyer, 'Terrifyer' (2004)
    87. Manowar, 'Hail to England' (1984)
    86. Lamb of God, 'As the Palaces Burn' (2003)
    85. Darkthrone, 'Transilvanian Hunger' (1994)
    84. High on Fire, 'Blessed Black Wings' (2005)
    83. Baroness, 'The Red Album' (2007)
    82. Entombed, 'Left Hand Path' (1990)
    81. Bathory, 'Under the Sign of the Black Mark' (1987)

    80. Ministry, 'Psalm 69: The Way to Succeed and the Way to Suck Eggs' (1992)
    79. At the Gates, 'Slaughter of the Soul' (1995)
    78. Voivod, 'Dimension Hatross' (1988)
    77. Meshuggah, 'Destroy Erase Improve' (1995)
    76. Twisted Sister, 'Stay Hungry' (1984)
    75. Morbid Angel, 'Covenant' (1993)
    74. Venom, 'Welcome to Hell' (1981)
    73. Scorpions, 'Blackout' (1982)
    72. Isis, 'Oceanic' (2002)
    71. Living Colour, 'Vivid' (1988)

    70. Death, 'Human' (1991)
    69. Soundgarden, 'Louder Than Love' (1989)
    68. Marilyn Manson, 'Portrait of an American Family' (1994)
    67. Queensryche, 'Operation: Mindcrime' (1988)
    66. Deftones, 'White Pony' (2000)
    65. Faith No More, 'Angel Dust' (1992)
    64. Godflesh, 'Streetcleaner' (1989)
    63. Sodom, 'Agent Orange' (1989)
    62. Sleep, 'Jerusalem' (1999)
    61. Converge, 'Jane Doe' (2001)

    60. Melvins, 'Bullhead' (1991)
    59. Napalm Death, 'From Enslavement to Obliteration' (1988)
    58. Life of Agony, 'River Runs Red' (1993)
    57. Emperor, 'Anthems to the Welkin at Dusk' (1997)
    56. The Dillinger Escape Plan, 'Calculating Infinity' (1999)
    55. Opeth, 'Blackwater Park' (2001)
    54. Helmet, 'Meantime' (1992)
    53. Type O Negative, 'Bloody Kisses' (1993)
    52. Def Leppard, 'Pyromania' (1983)
    51. Carcass, 'Heartwork' (1993)

    50. Slipknot, 'Iowa' (2001)
    49. Neurosis, 'Through Silver in Blood' (1996)
    48. Rainbow, 'Rising' (1976)
    47. Slayer, 'South of Heaven' (1988)
    46. Mastodon, 'Leviathan' (2004)
    45. Exodus, 'Bonded by Blood' (1985)
    44. Motley Crue, 'Shout at the Devil' (1983)
    43. Judas Priest, 'Stained Class' (1978)
    42. Diamond Head, 'Lightning to the Nations' (1980)
    41. Kyuss, 'Blues for the Red Sun' (1992)

    40. Mayhem, 'De Mysteriis Dom Sathanas' (1994)
    39. Pantera, 'Far Beyond Driven' (1994)
    38. Iron Maiden, 'Powerslave' (1984)
    37. Black Sabbath, 'Heaven and Hell' (1980)
    36. Van Halen, 'Women and Children First' (1980)
    35. Metallica, 'Kill 'Em All' (1983)
    34. Black Sabbath, 'Master of Reality' (1971)
    33. Megadeth, 'Countdown to Extinction' (1992)
    32. Black Sabbath, 'Sabotage' (1975)
    31. Slayer, 'Seasons in the Abyss' (1990)

    30. Korn, 'Korn' (1994)
    29. Sepultura, 'Chaos A.D.' (1993)
    28. Celtic Frost, 'Morbid Tales' (1984)
    27. System of a Down, 'Toxicity' (2001)
    26. Alice in Chains, 'Dirt' (1992)
    25. Metallica, 'Metallica' (1991)
    24. Rage Against the Machine, 'Rage Against the Machine' (1992)
    23. Danzig, 'Danzig' (1988)
    22. Motley Crue, 'Too Fast for Love' (1981)
    21. Metallica, '...And Justice for All' (1988)

    20. Anthrax, 'Among the Living' (1987)
    19. Megadeth, 'Rust in Peace' (1990)
    18. Tool, 'Anima' (1996)
    17. Mercyful Fate, 'Melissa' (1983)
    16. Dio, 'Holy Diver' (1983)
    15. Ozzy Osbourne, 'Diary of a Madman' (1981)
    14. Black Sabbath, 'Vol. 4' (1972)
    13. Iron Maiden, 'Iron Maiden' (1980)
    12. Judas Priest, 'Screaming for Vengeance' (1982)
    11. Metallica, 'Ride the Lightning' (1984)

    10. Pantera, 'Vulgar Display of Power' (1992)
    9. Ozzy Osbourne, 'Blizzard of Ozz' (1980)
    8. Megadeth, 'Peace Sells ... but Who's Buying?' (1986)
    7. Motorhead, 'No Remorse' (1984)
    6. Slayer, 'Reign in Blood' (1986)
    5. Black Sabbath, 'Black Sabbath' (1970)
    4. Iron Maiden, 'The Number of the Beast' (1982)
    3. Judas Priest, 'British Steel' (1980)
    2. Metallica, 'Master of Puppets' (1986)
    1. Black Sabbath, 'Paranoid' (1970)

    RollingStone(2017-06-21)

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    前回記事のRolling Stoneによるラーズ・ウルリッヒへの長尺インタビュー後編です。映画、音楽、本など話題は多岐に及んでいます。管理人拙訳にてどうぞ。

    lars___

    −あなたが生きている上で一番重要なルールとは何ですか?

    (笑)俺は一般的に言ってルールで動くヤツじゃない。ずっと前から言っていることだけど、ルールは自分で作るし、望めばいつだってそのルールを破ることができる。俺はそれを守ってきているね。でも俺が何かを遂行していくのには、いつもこのことを思ってきた。言ったらやる。言ったらそういうことだ。それがルールなのか俺のDNAの一部なのか周りの誰かからパクってきたのかさえわからないけどね。

    −世界で好きな都市はどこですか?

    サンフランシスコ、それに僅差でコペンハーゲンかな。でもサンフランシスコには人生で楽しむすべての要素が詰まっている。それは将来もそうだと思うけど、詳細で歴史的な過去を持っている。俺にとっては、北米で一番ヨーロッパ的な場所だよ。とてもヨーロッパ的な文化的、社会的美学を持っている。水とワインが身近な場所。週末のお出かけにはたくさんの選択肢がある。世界でもっともスマートな人たちがここに住んでいる。ヒッピー運動とかグレイトフル・デッドのような素晴らしい豊かな文化がある。それはニューヨークはLAにはない。俺は仕事でそういった都市とも関わっているけど、そこでは気を休めることはできないんだ。

    −あなたはデンマークで育ちました。あなたが一番デンマーク人だなと思うところは何ですか?

    俺の広いおでことか?(笑)俺のカミさんは居心地のいい男だと言っているよ。デンマーク語で「hygge」っていう言葉があるんだけど、緩く訳すと「居心地のいい」になる。デンマークの「hygge」なことっていうのは、人を招待してキャンドルを照らしてワインを飲みながら談笑っていう感じ。もう一方で、自分を卑下しているところもある。既成概念を超えるような現状に対する少しばかりの反論も俺にはあるんだ。ちょっと面白いよね。デンマーク人を理解するうえでなくてはならないものだよ。

    −ルーカス・グラハムはデンマークで昨今最も有名なミュージシャンとなりました。彼はコペンハーゲンの自由な街、クリスチャニア(Christiania)で育ちました。彼についてはどう思いますか?

    俺は彼をフォローしてきたよ。彼らは数ヵ月前にサンフランシスコでライヴをしていたんだけど、俺は他の所用ができて見逃したんだ。でもデンマークの誰かとインタビューをするたびに、いつも彼についてどう思うか尋ねられる(笑)。彼は現在最も海外で成功したデンマーク人だろう。俺たちが一度も会ったことないのによく知っているように感じるよ。でも全てのデンマーク人はどういうわけかお互いに関係を持っている。だから俺は彼のことを知っているように感じるんだろうね(笑)。俺たちのなかの一人って感じでさ。

    −あなたが列挙したヒーローのなかにあなたのお父様がいらっしゃいます。どのような人生訓を教えてくれましたか?

    特定の原則の要素、規格外で漂うこと。彼の仕事はテニスの世界にあった。50年代・60年代、テニス界はとても保守的だったんだけど、長い髪と髭の男ってことでテニスに異端なものをもたらした者として目立っていたんだ。ほとんど哲学的なアプローチだよ。

    −父親であることと音楽的キャリアのバランスについてはどのようにして学んでいったのでしょうか?

    俺たちはいくつかの境界線とルールを一定の場所に置いている。このバンドに起きた最善のことは、俺たち全員がほぼ同時期に親になって、同時期にその方向に進んでいったということだよ。率先してね。2人が父親になって、もう2人がろうそくを燃やし続けるってことはなかった。だからメタリカと家族のあいだの優先度という点においては切り替わったんだ。家族と子供たちと伴侶を優先するようになった。勇気をもって俺たちのマネージャーを呼んで何かをするつもりはないとかツア―時には一週間家に戻るとかハッキリと言うところまでには数年かかったよ。内部スケジュールを見ることができたら、誰それの春休みだ、誰それが一週間スキーだ、誰それが休日でお出かけだって具合になっている。俺たちのスケジュールにメタリカを織り込んだってわけ。

    −「hygge」の他に何をやってリラックスしていますか?

    リラックス?それどういう意味?(笑)俺は映画に情熱を持っている。音楽とかアートとか文学よりも映画を追っかけているよ。夢中なんだ。映画についての記事を読んだり、映画を観たり。映画館にも行くし、家でも映画を観る。オンデマンドでね。公開前の映画素材も入手することもあるし、映画監督を追っかけて彼らが発言したことを読んだりもしている。映画って創造的な過程での最も不可欠な形だと思っているんだ。あれは人が取り組むのに新しい未開の地がある最大の場所だよ。

    −最近観たお気に入りの映画は何ですか?

    10月と11月は映画にとって最高の2ヶ月で、俺みたいな映画オタクには素晴らしいことがたくさんあるんだ。先週は『La La Land』を観たよ。『Whiplash(セッション)』の監督脚本を手がけたデミアン・チャゼルの次の映画なんだ。12月に公開される。あれはたくさんの人の心を揺さぶるだろうね。素晴らしいよ。ミュージカルなんだ。数日前には『Toni Erdmann』っていうドイツ映画を観た。カンヌで大ヒットした映画でね。あれにはぶっ飛んだよ。ドイツのコメディー映画っていうとても珍しい組み合わせなんだ。レアなジャンルだよね(笑)。また数日前にはブラッド・ピットの制作会社「Plan B」の『Moonlight』って映画を観た。この映画はマイアミで育ったアフリカ系アメリカ人が子供時代に起きた様々なことが描かれている。子供時代、高校時代、大人時代の3段階があるんだ。ファンタスティックな映画だね。それとケン・ローチ監督の『I, Daniel Blake(わたしは、ダニエル・ブレイク)』っていうすごい映画を最近観た。この映画はカンヌ映画祭でパルム・ドール賞を獲得している。イギリスについての、イギリスの社会制度に関する素晴らしい映画だ。とても重たい映画だね。

    −どんな音楽があなたを最も感動させるのでしょうか?

    自分の人生の体験が埋め込まれているもの。ボブ・マーリーの『Babylon by Bus』は俺の人生でいつでもある種の重要性を持ったレコードにおそらくなるだろうね。あれを聴き始めたのは'78年に出た時だった。あのなかにはデンマークのロスキレ・フェスティバルで録音されたものがある。あれはいつも立ち戻るレコードのなかのひとつに含まれているよ。『Kind Of Blue』みたいなものもある。座ってジャズとか(ジョン)コルトレーンとか(チャーリー)パーカーとかデクスター・ゴードンとかの話をすることができる。もし時系列逆さまにして聴けるレコードをひとつ挙げろと言われれば、『Kind Of Blue』だね。最初に聴いた時と同じくらい素晴らしいサウンドだと思う。(ディープ・パープルの)『Made in Japan(ライヴ・イン・ジャパン)』もそんな風に感じる。初めて聴いたのは1973年で、あのマジックは(今でも)失われていない。(ブラック・サバスの)『Master of Reality』を聴くと、13歳の頃を奇妙な形で思い出す。友だちと自分の部屋で初めてブラック・アフガニスタン(大麻の一種)を吸っていた記憶をね(笑)。それとインドのラーガ音楽を聴くといつも心を揺さぶられるんだ・・・時おり聴くような(ピアニスト)グレン・グールドのピアノみたいな古典的なものの解釈を持っているね。

    babylonbybuskindofblue

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    −子どもの時には何を読んでいましたか?それについてどう思っていたのでしょうか?

    親父とアメリカに旅行した1976年に『Mad』って雑誌を教えられた。あれにはたくさんのアメリカ文化が紹介されていたんだ。俺がいつもアウトサイダーであること、自主的あること、メインストリームにはやや皮肉っているところ、そういったものは『Mad』がもたらしたことだ。

    子どもの頃だったら他には『Tintin』『Asterix』『Lucky Luke』っていうヨーロッパのコミック本。でもあれは雑誌というよりは本の形式だった。全てに共通していたのは、全部冒険的で、奇妙な珍しい状況に身を置いて、独創的でどうにかして何かを起こしてやろうと考えていたってところだね。

    −今は何を読んでいるんですか?

    2週間前にスプリングスティーンの本をダウンロードしたよ。『Rolling Stone』や『Vanity Fair』での話も読んで、(テレビ番組)『60 Minutes』も見て、チェックするべきだと思ったんだ。彼の書きっぷりは大好きだよ。彼の書く歌詞みたいでさ。信じられないくらい詩的なんだ。自身のうつ病に関してのオープンなやり方が気に入っているよ。

    ※訳注:ブルース・スプリングスティーンは最近出した自伝『Born To Run(ボーン・トゥ・ラン)』のなかで自らがうつ病だったことを告白している
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    −あなた自身の回顧録を書くことは考えませんでしたか?

    それについては時おり考えるけど、それは差し迫ったものじゃないね。誰かによって書かれた本を読むと、特に知っている人が書いている人のだと「ちょっと待ってくれ、そんなことは全然起きてない」とか「それはもうちょっと18禁なことが起きてたよ」なんてことが読んでいて何回もある。俺はいつもそういう類のことで難しいと感じるよ。自分のこととなると、デンマークの部分なんかでそういうことがあったとしたら本当のことを書かなきゃならないからね。そして本当のことを書こうものなら、周りの人たちが外に出したくないかもしれないことがそこに含まれているかもしれない。

    もし自分のことを書いていたら、レベルを下げたものにしたくないと思っているけど、同時に、もし1988年のあれとこれについて何かやって、俺たちがこのクレイジーな冒険を一緒にやってきたとすると、俺はその人がその話をされたがっているのは当然だと思うべきじゃないんだ。ちょっとしたソーシャルメディアみたいなもんだね。「あの人はその写真を掲載してもいいってことを了解しているの?」(笑)それは他人のプライバシーや選択肢を尊重するということなんだ。まぁ俺は300ページのクレイジーなお話になると言っているわけじゃない。他の誰かが共有して欲しくないと思っていることを言っていないかいつも心配しているから、(回顧録を)書けるとは思っていないって言っているだけなんだ。これは俺の親父から得た原則だよ。

    −あなたが一番ムダ使いした買い物は何でしたか?

    俺の人生にはいろんな期間がある。それほど最近のことじゃないけど、服にたくさんのお金を費やしていた。スーツに3000ドル費やして、2年後にタンスの肥やしになっているのを見るんだ。「クソッ、これは俺が自分で買ったものじゃないか。1回も着てないぞ。まだタグもついているじゃないか。」なんてことがある。ありがたいことにもうそんなことは起きていないけどね。

    −若き日の自分にどんなアドバイスをしますか?

    「ゆっくりやれ。全てを受け入れろ。そんなに急がないで起きていることに感謝しろ」デイヴ・グロールが言っているのと真逆だね。「やり遂げたら次だ」ってね(訳注:フー・ファイターズの曲「All My Life」の一節「Done, Done and I'm onto the next one」のこと)80年代・90年代に俺が一度も取り入れなかったたくさんの経験があった。91年にソビエト連邦崩壊の真っ只中のロシアにいた。もう少し目を開けていたらって思うよ。俺の周りで起こっていたことを思い出せないからね。後悔はしていないけど、今日ではちょっと立ち止まって「うわぁこいつはかなりクレイジーだ」って感じで全てを受け入れることができるんだ。

    RollingStone(2016-11-06)

    映画のことになると話が止まらなくなるのは、観ているジャンルは違えどカークとそっくりです(笑)含蓄のある言葉も多いインタビューでした。

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