メタリカ情報局

メタリカを愛してやまないものの、メタリカへの愛の中途半端さ加減をダメだしされたのでこんなブログ作ってみました。

       

    タグ:RollingStone

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    前回記事のRolling Stoneによるラーズ・ウルリッヒへの長尺インタビュー後編です。映画、音楽、本など話題は多岐に及んでいます。管理人拙訳にてどうぞ。

    lars___

    −あなたが生きている上で一番重要なルールとは何ですか?

    (笑)俺は一般的に言ってルールで動くヤツじゃない。ずっと前から言っていることだけど、ルールは自分で作るし、望めばいつだってそのルールを破ることができる。俺はそれを守ってきているね。でも俺が何かを遂行していくのには、いつもこのことを思ってきた。言ったらやる。言ったらそういうことだ。それがルールなのか俺のDNAの一部なのか周りの誰かからパクってきたのかさえわからないけどね。

    −世界で好きな都市はどこですか?

    サンフランシスコ、それに僅差でコペンハーゲンかな。でもサンフランシスコには人生で楽しむすべての要素が詰まっている。それは将来もそうだと思うけど、詳細で歴史的な過去を持っている。俺にとっては、北米で一番ヨーロッパ的な場所だよ。とてもヨーロッパ的な文化的、社会的美学を持っている。水とワインが身近な場所。週末のお出かけにはたくさんの選択肢がある。世界でもっともスマートな人たちがここに住んでいる。ヒッピー運動とかグレイトフル・デッドのような素晴らしい豊かな文化がある。それはニューヨークはLAにはない。俺は仕事でそういった都市とも関わっているけど、そこでは気を休めることはできないんだ。

    −あなたはデンマークで育ちました。あなたが一番デンマーク人だなと思うところは何ですか?

    俺の広いおでことか?(笑)俺のカミさんは居心地のいい男だと言っているよ。デンマーク語で「hygge」っていう言葉があるんだけど、緩く訳すと「居心地のいい」になる。デンマークの「hygge」なことっていうのは、人を招待してキャンドルを照らしてワインを飲みながら談笑っていう感じ。もう一方で、自分を卑下しているところもある。既成概念を超えるような現状に対する少しばかりの反論も俺にはあるんだ。ちょっと面白いよね。デンマーク人を理解するうえでなくてはならないものだよ。

    −ルーカス・グラハムはデンマークで昨今最も有名なミュージシャンとなりました。彼はコペンハーゲンの自由な街、クリスチャニア(Christiania)で育ちました。彼についてはどう思いますか?

    俺は彼をフォローしてきたよ。彼らは数ヵ月前にサンフランシスコでライヴをしていたんだけど、俺は他の所用ができて見逃したんだ。でもデンマークの誰かとインタビューをするたびに、いつも彼についてどう思うか尋ねられる(笑)。彼は現在最も海外で成功したデンマーク人だろう。俺たちが一度も会ったことないのによく知っているように感じるよ。でも全てのデンマーク人はどういうわけかお互いに関係を持っている。だから俺は彼のことを知っているように感じるんだろうね(笑)。俺たちのなかの一人って感じでさ。

    −あなたが列挙したヒーローのなかにあなたのお父様がいらっしゃいます。どのような人生訓を教えてくれましたか?

    特定の原則の要素、規格外で漂うこと。彼の仕事はテニスの世界にあった。50年代・60年代、テニス界はとても保守的だったんだけど、長い髪と髭の男ってことでテニスに異端なものをもたらした者として目立っていたんだ。ほとんど哲学的なアプローチだよ。

    −父親であることと音楽的キャリアのバランスについてはどのようにして学んでいったのでしょうか?

    俺たちはいくつかの境界線とルールを一定の場所に置いている。このバンドに起きた最善のことは、俺たち全員がほぼ同時期に親になって、同時期にその方向に進んでいったということだよ。率先してね。2人が父親になって、もう2人がろうそくを燃やし続けるってことはなかった。だからメタリカと家族のあいだの優先度という点においては切り替わったんだ。家族と子供たちと伴侶を優先するようになった。勇気をもって俺たちのマネージャーを呼んで何かをするつもりはないとかツア―時には一週間家に戻るとかハッキリと言うところまでには数年かかったよ。内部スケジュールを見ることができたら、誰それの春休みだ、誰それが一週間スキーだ、誰それが休日でお出かけだって具合になっている。俺たちのスケジュールにメタリカを織り込んだってわけ。

    −「hygge」の他に何をやってリラックスしていますか?

    リラックス?それどういう意味?(笑)俺は映画に情熱を持っている。音楽とかアートとか文学よりも映画を追っかけているよ。夢中なんだ。映画についての記事を読んだり、映画を観たり。映画館にも行くし、家でも映画を観る。オンデマンドでね。公開前の映画素材も入手することもあるし、映画監督を追っかけて彼らが発言したことを読んだりもしている。映画って創造的な過程での最も不可欠な形だと思っているんだ。あれは人が取り組むのに新しい未開の地がある最大の場所だよ。

    −最近観たお気に入りの映画は何ですか?

    10月と11月は映画にとって最高の2ヶ月で、俺みたいな映画オタクには素晴らしいことがたくさんあるんだ。先週は『La La Land』を観たよ。『Whiplash(セッション)』の監督脚本を手がけたデミアン・チャゼルの次の映画なんだ。12月に公開される。あれはたくさんの人の心を揺さぶるだろうね。素晴らしいよ。ミュージカルなんだ。数日前には『Toni Erdmann』っていうドイツ映画を観た。カンヌで大ヒットした映画でね。あれにはぶっ飛んだよ。ドイツのコメディー映画っていうとても珍しい組み合わせなんだ。レアなジャンルだよね(笑)。また数日前にはブラッド・ピットの制作会社「Plan B」の『Moonlight』って映画を観た。この映画はマイアミで育ったアフリカ系アメリカ人が子供時代に起きた様々なことが描かれている。子供時代、高校時代、大人時代の3段階があるんだ。ファンタスティックな映画だね。それとケン・ローチ監督の『I, Daniel Blake(わたしは、ダニエル・ブレイク)』っていうすごい映画を最近観た。この映画はカンヌ映画祭でパルム・ドール賞を獲得している。イギリスについての、イギリスの社会制度に関する素晴らしい映画だ。とても重たい映画だね。

    −どんな音楽があなたを最も感動させるのでしょうか?

    自分の人生の体験が埋め込まれているもの。ボブ・マーリーの『Babylon by Bus』は俺の人生でいつでもある種の重要性を持ったレコードにおそらくなるだろうね。あれを聴き始めたのは'78年に出た時だった。あのなかにはデンマークのロスキレ・フェスティバルで録音されたものがある。あれはいつも立ち戻るレコードのなかのひとつに含まれているよ。『Kind Of Blue』みたいなものもある。座ってジャズとか(ジョン)コルトレーンとか(チャーリー)パーカーとかデクスター・ゴードンとかの話をすることができる。もし時系列逆さまにして聴けるレコードをひとつ挙げろと言われれば、『Kind Of Blue』だね。最初に聴いた時と同じくらい素晴らしいサウンドだと思う。(ディープ・パープルの)『Made in Japan(ライヴ・イン・ジャパン)』もそんな風に感じる。初めて聴いたのは1973年で、あのマジックは(今でも)失われていない。(ブラック・サバスの)『Master of Reality』を聴くと、13歳の頃を奇妙な形で思い出す。友だちと自分の部屋で初めてブラック・アフガニスタン(大麻の一種)を吸っていた記憶をね(笑)。それとインドのラーガ音楽を聴くといつも心を揺さぶられるんだ・・・時おり聴くような(ピアニスト)グレン・グールドのピアノみたいな古典的なものの解釈を持っているね。

    babylonbybuskindofblue

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    −子どもの時には何を読んでいましたか?それについてどう思っていたのでしょうか?

    親父とアメリカに旅行した1976年に『Mad』って雑誌を教えられた。あれにはたくさんのアメリカ文化が紹介されていたんだ。俺がいつもアウトサイダーであること、自主的あること、メインストリームにはやや皮肉っているところ、そういったものは『Mad』がもたらしたことだ。

    子どもの頃だったら他には『Tintin』『Asterix』『Lucky Luke』っていうヨーロッパのコミック本。でもあれは雑誌というよりは本の形式だった。全てに共通していたのは、全部冒険的で、奇妙な珍しい状況に身を置いて、独創的でどうにかして何かを起こしてやろうと考えていたってところだね。

    −今は何を読んでいるんですか?

    2週間前にスプリングスティーンの本をダウンロードしたよ。『Rolling Stone』や『Vanity Fair』での話も読んで、(テレビ番組)『60 Minutes』も見て、チェックするべきだと思ったんだ。彼の書きっぷりは大好きだよ。彼の書く歌詞みたいでさ。信じられないくらい詩的なんだ。自身のうつ病に関してのオープンなやり方が気に入っているよ。

    ※訳注:ブルース・スプリングスティーンは最近出した自伝『Born To Run(ボーン・トゥ・ラン)』のなかで自らがうつ病だったことを告白している
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    −あなた自身の回顧録を書くことは考えませんでしたか?

    それについては時おり考えるけど、それは差し迫ったものじゃないね。誰かによって書かれた本を読むと、特に知っている人が書いている人のだと「ちょっと待ってくれ、そんなことは全然起きてない」とか「それはもうちょっと18禁なことが起きてたよ」なんてことが読んでいて何回もある。俺はいつもそういう類のことで難しいと感じるよ。自分のこととなると、デンマークの部分なんかでそういうことがあったとしたら本当のことを書かなきゃならないからね。そして本当のことを書こうものなら、周りの人たちが外に出したくないかもしれないことがそこに含まれているかもしれない。

    もし自分のことを書いていたら、レベルを下げたものにしたくないと思っているけど、同時に、もし1988年のあれとこれについて何かやって、俺たちがこのクレイジーな冒険を一緒にやってきたとすると、俺はその人がその話をされたがっているのは当然だと思うべきじゃないんだ。ちょっとしたソーシャルメディアみたいなもんだね。「あの人はその写真を掲載してもいいってことを了解しているの?」(笑)それは他人のプライバシーや選択肢を尊重するということなんだ。まぁ俺は300ページのクレイジーなお話になると言っているわけじゃない。他の誰かが共有して欲しくないと思っていることを言っていないかいつも心配しているから、(回顧録を)書けるとは思っていないって言っているだけなんだ。これは俺の親父から得た原則だよ。

    −あなたが一番ムダ使いした買い物は何でしたか?

    俺の人生にはいろんな期間がある。それほど最近のことじゃないけど、服にたくさんのお金を費やしていた。スーツに3000ドル費やして、2年後にタンスの肥やしになっているのを見るんだ。「クソッ、これは俺が自分で買ったものじゃないか。1回も着てないぞ。まだタグもついているじゃないか。」なんてことがある。ありがたいことにもうそんなことは起きていないけどね。

    −若き日の自分にどんなアドバイスをしますか?

    「ゆっくりやれ。全てを受け入れろ。そんなに急がないで起きていることに感謝しろ」デイヴ・グロールが言っているのと真逆だね。「やり遂げたら次だ」ってね(訳注:フー・ファイターズの曲「All My Life」の一節「Done, Done and I'm onto the next one」のこと)80年代・90年代に俺が一度も取り入れなかったたくさんの経験があった。91年にソビエト連邦崩壊の真っ只中のロシアにいた。もう少し目を開けていたらって思うよ。俺の周りで起こっていたことを思い出せないからね。後悔はしていないけど、今日ではちょっと立ち止まって「うわぁこいつはかなりクレイジーだ」って感じで全てを受け入れることができるんだ。

    RollingStone(2016-11-06)

    映画のことになると話が止まらなくなるのは、観ているジャンルは違えどカークとそっくりです(笑)含蓄のある言葉も多いインタビューでした。

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    まったくニュースに追い付けていませんが、RollingStoneによるラーズ・ウルリッヒのロング・インタビューを管理人拙訳にてご紹介。

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    −最高の成功とは?

    個人で言えば、家族に還元できること。音楽面では、自分が進みたい方向に行ける自由があるってことだね。その一例が一度に2週間以上のツアーをしないということだよ。『Death Magnetic』では2週間単位で約200のショーをやった。俺たちは子供の成長を見逃したくないからね。

    −最悪のことは?

    俺は「最悪のこと」があるとは考えないんだ(笑)泣き言をいうのは止めて、誰かに何かを与えてハッピーになるべきなんじゃないかって思うよ。

    −出かけた時に気付かれて、文句を言う人たちがいるかもしれないですよ

    そういう名声に関しては俺たちはちょうど真ん中あたりを占めている。トム・クルーズとかそういう人たちのレベルなのかどうかはわからない。俺たちがハマって行きたくなるレストランは(みんなに)よく知られていると思うけど(笑)パパラッチに悩まされたり追い掛け回されたりするような厄介なところまでにはなってないよ。

    −あなたのヒーローは誰ですか?

    現状に挑戦する人たち。順不同で言うと、俺の親父、スティーヴ・ジョブズ、ジェイムズ・ヘットフィールド、マーク・ロスコ(画家)。あとは(SalesforceのCEO)マーク・ベニオフみたいに無私でみんなを勇気づける人たち。完全に衝動的なリッチー・ブラックモアみたいな人たち。彼の口やギターでそこから3分間何が飛び出してくるかわからないっていうね。(メタリカの共同マネージャー)クリフ・バーンスタインはいつだって違った考え、独立した考え、枠組みに捉われない考えを俺に教えてくれる。

    −なぜジェイムズをヒーローの一人に挙げたんですか?

    彼はただただ一番クールなミュージシャンなんだ。35年間、俺の戯言に耐えてきた。だからそれには感謝している。時おり、俺は彼の才能の広大さについて、正しく評価されていないんじゃないかって思うよ。

    −あなた方は映画『Some Kind Of Monster(メタリカ 真実の瞬間)』で衝突していました。バンドの意見の相違をまとめるということについて何を学びましたか?

    バンドの健康よりも重要なものは何もないということを学んだよ。他のメンバーがやりたくないことを強いるよりも、クールなものを創造する別の機会がいつもあると思う。

    −あの映画を見てご自身について何か学びましたか?

    (笑)かなりキツかった。(しばし沈黙して)俺には自分を脅かす何かを完全に区分けする能力がある。こういう厳しい試練を座って観られたからね。あれが俺だっていう事実から感情的な自分を排除できた。「第三者」なんだ。他のヤツらにとってはそれがどれだけ難しかったかよくわかったよ。俺たちはみんな違う方法で対処する。俺は隠すことで対処してきた。これは明らかに精神医学からするとやっちゃいけないことだ。そういうものを感情的な自分自身を排除しなきゃいけないってのは相当難しかったね。

    −見たなかで好きじゃないシーンはありましたか?

    いや、目の前で広げられて見るのはあまりにも苦痛だった。俺たちが完全に乗り越えて、みんなにそれを見せているという事実を誇りに思っていた。もちろん、あまりにもプライベートのぞき同然のように感じるものもあったけどね。情報過多だって批判した人もいたよ。そんなだから俺は自分のヒーローには会わないんだ。ガッカリさせられてしまうこともあるからね。俺がさっき言ったみたいに(会ってしまうと)情報が多すぎるんだ。そこは区別しようとしている。でも誤解しないでほしいのは、あの映画をやったという事実に俺は誇りを持っているし、シェアすることができて楽しかったってことだ。

    自分自身について恐怖を感じるのは、自分には恐怖を感じない能力があるってことだけだね。実際、自分でも怖くなるほど面の皮を厚くできるんだ。ナップスターのことをきっかけに、俺はかなり重たい打撃を受けた。亀の甲羅みたいなものを身に着けて、何かの影響を受けないようにする術を学んだよ。


    −ナップスターの反発から何を学びましたか?

    メタリカについて俺が気に入っていることなんだけど、俺たちはとても衝動的なんだということを学んだ。そのことで時おり泣きを見るんだ。俺たちはどこに着地するかわかる前に飛んでいるからね。クリエイティヴな環境だと、それは素晴らしい状況なんだよ。でもナップスターに関しては、俺たちは「何だコイツら!コイツらを追い詰めるぞ」ってとこに真っすぐ飛び込んじまった(笑)そこから突然、ヘッドライトに照らされたシカみたいだったよ。ナップスターはみんなにとって自由の象徴を意味していたってことを俺は過小評価していたんだ。だから俺は時おりやりたくない場合だったとしても、飛び込む前にちょっとは注意を払うようになった。少なくとも地面があるところかは考えるようにしているよ(笑)

    −ナップスター騒動では、あなた方のファンは自分たちが標的にされていると思っていました。

    あれは相手側のうまいやり口だったね。俺たちとナップスターとのあいだのことだったのを俺たちとファンのあいだのことにした。マジで本当に賢い動きだったよ。そんなつもりはなかった。ナップスターについてはお金のことじゃない。商取引のことでも著作権のことでもない。文字通り、選択肢の問題だった。自分の音楽を無料でダウンロードできるようにするのは誰の選択なんだ?俺たちは「ちょっと待ってくれ。俺たちの選択であるべきだろ。」って言っていたんだ。他の人たちは違う意見を持っていたし、欲張ってんだか金の話だかになっちまった。突然「え?どういうこと?どっからそんな話になったんだ?俺たちは強欲なんかじゃないぞ!待ってくれ、誰がこの議論の方向を変えたんだ?」(笑)俺たちは面食らったよ。

    −あれから15年ほど経って、音楽業界は崩壊し続けています。あなた方はナップスターについて正しかった。

    そのことについては彼らが言うように4分の1がバスに乗る(賛同する)だろうね。

    −メタリカの最初の3枚のアルバムのベーシスト、クリフ・バートンが亡くなって今年で30年になります。あの事故の後、どのようにして続けていく力を見出したのでしょうか?

    俺たちはウォッカボトルに飛びついて数年間はそこに留まっていた。俺たちのその頃のやり口ってのは目隠しをするだけだったんだ。大きな障害を経験して飲んだくれていた。22歳の時では悲しみに対処する術を知らない。感情に対処する術も知らない。損失に対処する術もない。ただ続けるだけだった。自問自答したり、体温を測ったりするだけの十分な時間立ち止まることなんてなかった。ただ続けるだけなんだ。

    −メタリカは80年代「Alcohorica」というあだ名を受け入れていました。責任をもって飲むことをどうやって学びましたか?

    誰が責任あるなんて言ったんだ?(笑)年を重ねるにつれて学ぶんだよ。年齢と経験はある時点でドアをノックするんだ。「OK、俺は起きたくないのか、それともまたあの状況で意識を失くないのか(どっちだ)」ってね。幸運なことに俺は中毒になるっていう性格は持ち合わせていないんだ。まだ飲んでいるよ。他の何かにも溺れちゃいない。でも他にやっていたことを意識的に止めることにしたよ

    RollingStone(2016-11-06)

    前は『Some Kind Of Monster』を作ったことを後悔していると話していましたが、、、今では誇りに思っているということで何よりです(笑)。インタビューの続きはまた後ほど。

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    これまでRollingStoneで行われた新譜『Hardwired...To Self-Destruct』についてのラーズ・ウルリッヒのインタビューを何回か紹介してきましたが、今回は同誌の紙媒体に掲載されたインタビューを管理人拙訳にてご紹介。これまでのインタビューとやや重複する点もありますが、ラーズが興味深いエピソードを語ってくれています。

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    数年前にメタリカがニューアルバム制作に取り掛かろうとしていた直前、2008年の『Death Magnetic』以来、ドラマーのラーズ・ウルリッヒはスタジオでのジャム、サウンドチェックやバックステージでのウォーミングアップで生み出された思いつきのリフをiPodに1,650ものファイルにして持っていた。ウルリッヒは言う。「俺たちは自分たちがやったあらゆるものをレコーディングしていた。iPodを聴いて、際だっているものにチェックマークを入れるところから始めた。『ID723番は本当に良いな』って感じでね。」

    メタリカはそうしたジャムや断片から曲を構築していき、その経過はすこぶる実り多き、バンド初めての2枚組アルバム『Hardwired...To Self-Destruct』として結実した。タイトルトラックでは、全ての歌詞を書いたフロントマンのジェイムズ・ヘットフィールドの暗部を見出すことができる。「We're so fucked! Shit outta luck Hardwired to Self-Destruct!」彼はコーラスで咆哮する。ウルリッヒは「Now That We're Dead」「Murder One」「Here Comes Revenge」というタイトルの曲が並ぶアルバムの残りの曲について、同じような歪な世界観を持っていると言う。「かなり荒涼たるものがあるよ。全てはジェイムズ・ヘットフィールドの歪な心から来るものなんだ。」

    メタリカはカリフォルニア州サンラファエルにある彼らの本部、HQでアルバムを録音した。レコーディングはほとんどの場合、ウルリッヒとヘットフィールドが子供を学校に送った朝9時から始まり、子供を迎えに行く時間の午後3時まで行われた。バンドはルー・リードとのコラボレーション・アルバムやコンサート映画『Metallica Through The Never』、世界中でしばしば行うライヴという中断を挟みながらもゆっくり(アルバム制作に)取り組んだ。「俺たちは完全に触発され、甦らせ、活力を吹き込まれたよ。それからある種やんちゃなエネルギーをスタジオに持ち込んだんだ。このアルバムはおそらく前作よりもう少しパンクっぽくて、もう少しプログレっぽくないものになるよ。」

    バンドはマネジメントチームと腰を据えて考えるまで、それが2枚組となることに気が付かなかった。ウルリッヒは語る。「前のレコードでは全ての曲をAとBに分けて、Aのものだけをリリースした。でも(今回は)本当に自己陶酔的な調子で、どれをとっても捨て曲がなかったんだ。」

    自身のレーベル「Blackened Recordings」からアルバムをリリースする予定のメタリカは、2009年以来アメリカでのアリーナツアーを行っていない。その状況は『Hardwired...To Self-Destruct』が全国に届く2017年の初めには変わるだろう。ウルリッヒは言う。「セットリストを書いているんだけど、そこには確かに多くの新曲が入るだろうね。演りたくてたまらないよ。」メタリカのメンバーは全員50代となったが、彼らにはスローダウンするという気持ちはないようだ。ウルリッヒは続ける。「唯一の問題は身体が持つかってだけだろ?気持ち的にはもう100年やれると思っているよ。」

    RollingStone(2016-09-08)より

    明かされる制作過程からは苦悩やもがきよりも、楽しさが伝わってきます。残りの曲が聴けるのが待ち遠しいです。

    ケイコさん情報提供ありがとうございます。

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    再びRollingStoneによるラーズ・ウルリッヒのインタビュー。今後のメタリカについて語ってくれています。管理人拙訳にてご紹介。

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    メンバー全員が50代となったメタリカだが、すぐに引退することはないと語る。

    「唯一わからないのは肉体的なことだね。もし腕や足や膝や肩や喉、背中や首なんかが全て健全でいられたとしたら、もっとずーっと長いあいだこういうことを続けちゃダメなんて理由はないだろ。」

    さらに歳を重ねてもライヴを行っているローリング・ストーンズのようなバンドについてはこう語っている。

    「俺はこの地球上のどのバンドよりもローリング・ストーンズが大好きだよ。俺が言いたいのは、明らかに俺たちがやっていることは、エネルギーの観点からするとさらに肉体的なものが要求されるってことだ。「Battery」「Master Of Puppets」「One」といった曲は尋常じゃない肉体的なエネルギーを必要とする。それにふさわしい肉体的な要求に答えられない場合は、生半可にプレイするよりもやらない方がいいだろう。それだけはどうなるかわからない。気持ち的にはもう100年やれると思っているよ。」


    エアロスミスは新しいアルバムを出すことについて疑問視しているが、メタリカは別の見解のようだ。

    「くたばるその日までレコードを作り続けていければと思うよ。それが自分たちを刺激して、まだゲームに参加できていると感じる方法だからね。違う考えの仲間のことは確かに尊重するけど、まだ何か言いたいことがあるって感覚は、生きているという感覚だったり自信だったり自分自身について良いと思える感覚という点でとても重要なことなんだ。」

    RollingStone(2016-08-31)

    このインタビューと併せて新曲「Hardwired」のMVのメイキング映像が公開されてます。バンドの良い雰囲気が伝わってきます。


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    ラーズが新譜『Hardwired…To Self Destruct』リリース後に予定されているツアーについてRollingStoneで語ってくれています。管理人拙訳にてご紹介。

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    メタリカは週末にミネアポリスのUSバンク・スタジアムでニューシングル「Hardwired」を初披露した。それは来たる『Hardwired…To Self Destruct』のツアー計画の始まりに過ぎない。「『Death Magnetic』ツアーは3年に渡って2週間のツアーで180回のショーをやった。」ドラマーのラーズ・ウルリッヒはそう語る。「それが俺たちに 1月にはかなり本格的なツアーを始めるつもりだ。北米でやれないかと思っているけど、間違いなくアメリカで大規模なツアーがあるだろうね。」

    バンドはアルバムとアルバムのあいだのツアーから長い休止期間を取ってきた。「ブラックアルバムを作った時、8か月も週6日で(アルバム制作を)やってきたんだ。」ウルリッヒは言う。「それはもう俺たちがレコードを作るやり方じゃない。これはとても段階的なプロセスなんだ。」『Hardwired…To Self Destruct』のレコーディングは世界中のフェスティバルやサッカースタジアムで行ったミニ・ツアーによって中断された。ウルリッヒはその状況が自分たちの創造性を刺激したと語る。「俺たちは完全に触発され、甦らせ、活力を吹き込まれたよ。それからある種やんちゃなエネルギーをスタジオに持ち込んだんだ。」

    そのスケジュール形式はメタリカが10年以上に渡って、ツアーに長い期間をとっていないことを意味する。しかし、彼らは2009年以来、アメリカでの然るべきアリーナ・ツアーを行っていない。「戻って来る時が来た。然るべきアメリカ横断をやるよ。」そうラーズは語る。

    ショーでは『Hardwired…To Self Destruct』から多くの曲を演ることになりそうだ。ドラマーはこう語る。「俺たちはこれらの曲をやりたくてウズウズしている。ちょうど今、毎日俺たちはチューニングルームに入る時には、新しい曲ばかり演奏しているよ。それから『ちょっと待て、俺たちステージに出て「Master Of Puppets」を演らないといけないんだったな。』ってなるんだ。」

    ウルリッヒは新曲はセットリストになじみやすいだろうと考えている。「『Death Magnetic』の中にはかなり頭で考えるような曲もあった。次のクレイジーなパートがもうすぐやってきたぞって考えなきゃならなかった。新譜の曲の中にはもう少しフィジカルなものがある。これはプレイしていて本当に楽しいだろうね。同じように、これらの曲の中には『Death Magnetic』の曲より少し短いものもある。これらの曲をたくさんセットリストに入れたら楽しいだろうなって思うんだ。でも俺たちはいつもやってきたように毎晩セットリストを変えるつもりだ。」

    RollingStone(2016-08-23)

    『Death Magnetic』の時も楽曲がフィジカルになったと言ってた気がしますが・・・(^^;
    ラーズのコメントから今度のツアーで新曲多めのセットリストになる可能性大です。ちなみに先日のミネアポリス公演から「Hardwired」「Battery」の公式動画がアップされています。

    「Hardwired」


    「Battery」


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    ついに新譜『Hardwired … to Self-Destruct』の詳細が発表され、新曲「Hardwired」を公開したメタリカ。ラーズ・ウルリッヒがRollingStoneのインタビューで新譜について大いに語ってくれました。以下、管理人拙訳でご紹介します。

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    ラーズ・ウルリッヒの頭はグルグル回っている。我々との会話の前に、このドラマーはスラッシーで猛威を振るう危険なほど高速なメタリカのナンバー「Hardwired」をFacebookで公開し、今秋にニューアルバム『Hardwired … to Self-Destruct』を出すことを発表した。2枚組でトータル80分ほどの12曲が収録された今作は2008年の『Death Magnetic』以来、初めてのメタリカのアルバムであり、2011年にルー・リードとコラボした『Lulu』以来のフルレングスのアルバムとなる。しかし、これには裏がある。現時点でアルバム制作はまだ進行中なのだ。

    「ちょうど今、ロブが下の階でベースを録り直していて、ある曲の1つのヴァースをやっているよ。みんな『今度のレコードはどうなるんだ?』って言うけど、俺だってわからないんだ。まだ終わってないからね。今週はずっとしっちゃかめっちゃかだよ。」

    追加のレコーディングに加えて、今週は土曜日に行われるミネアポリス公演に向けたリハーサルを行っているメタリカ。楽器ごとにレコーディングを行っていたため、月曜に自身とバンドメイトたちが初めて「Handwired」を演奏するまでは一緒にプレイしていなかったとラーズは語る。それにも関わらず、彼はこれまでこの曲が受けた反応に満足している。「今日、たくさんの仲間からどれだけ新曲を聴き込んだかが書かれたクールなメールをたくさんもらったんだ。」Rolling Stoneとのニューアルバムについての詳細なインタビューのあいだこう言った。「生きてて良かった。」

    −「Hardwired」はたった3分の曲です。アルバムは全体として、よりシンプルになっていくんでしょうか?

    ちょっとはね。あれは実際、今作のために書いた最後の曲なんだ。俺たちはいろんなアイデアを投げ込むことからこのアルバム制作を始めた。曲の集まりとして形を成していて焦点が定まってなかった。俺たちがアルバム制作にどっぷり浸かるまではね。その時点で、楽曲はタイトに短くスリムになっていったんだ。

    数ヵ月前、俺たちはそこに座って、レコード(に入れる曲)のストックを持ってきて、もっと速くてクレイジーな曲を入れるべきかもしれないと考えた。それが「Hardwired」になった。そんな感じさ。ジェイムズと俺が書いて、1週間しないであれをレコーディングしたんだ。そりゃあ俺たちにとっては、ナノ秒みたいなもんだったよ(笑)


    −早い段階で曲のアイデアはどのような過程を経たんでしょうか?

    俺たちは演ったものは全部録音しておく。アルバム制作を始めた時、俺のiPodには1500の曲のアイデア、ジャム、リフが入っていた。それぞれ番号を付けていてね。本当に長い道のりを経て、何時間もそれに耳を傾けた。俺は「912のサウンドはなかなか良いアイデア」とか書き留めておくんだ(笑)。それからジェイムズと俺は1年とか1年半前から点を繋ぎ始めた。それが曲の形となり始めた時だったんだ。

    −楽曲はいつ形作られていったんですか?

    14年秋と15年春にほとんどの曲を書いたよ。

    −『Death Magnetic』制作時にプロデューサーのリック・ルービンは、アルバムがどういうサウンドとなるべきか把握するのを手助けしていました。『Hardwired〜』でのあなた方のゴールは何だったのでしょうか?

    もともと、俺たちは中断したところから続けたかったんだ。『Death Magnetic』以来、勢いに乗って仕事がはかどっていた。ルー・リードとコラボしたり、ロニー・ディオのレインボー・メドレーをやったり、ディープ・パープルのカバーをしたり、それと言うまでもなく2年かかった映画もね。(新作『Hardwired … to Self-Destruct』のプロデューサー)グレッグ・フィデルマンはそれ以来ずっと俺たちと一緒に仕事をやってきた。俺たちは落ち着いて自分たちがやっていることの評価をする時間なんてなかったんだ。

    だから 俺たちがやってきた楽曲のストックを持って行った過程から、(こうして)アルバムについて俺たちが言えることはないかと訊かれるまでそう時間が離れているわけじゃない。曲をもっと形にしていって、まとめていく時期だった。でも何か使命とかゴールがあってやってきたわけじゃない。


    −グレッグ・フィデルマンはプロデューサーとして何をもたらしましたか?

    彼は基本的にスタジオでの作業に関してはバンドの5人目のメンバーになっていた。彼は素晴らしいバウンスボードでもあるし、もっと良くなるよう俺たちを後押ししてくれた。俺たちは常に楽曲制作でもっと飾りつけられないか改善できないかと探している。(制作中の)曲を聴くと「クールだけど、この曲のブリッジはもっとよくできないか?ドラムの音をミックスで上げるべきだろうか?キーを変えるべきだろうか?」とかね。これは集中的かつ系統立った労力だよ。彼はこうしているあいだ座っていて、俺たちに挑戦するんだ。ジェイムズや俺がある曲の機動性をリードして「本当にいいな、うまくいった。」なんて言っているとグレッグはただ座って「うーん。」とこうさ。俺たちはこいつはそこまで良くないんだなと気付くわけさ。

    曲を書いていて、その曲に没入すると、その時に高いエネルギーを得ることができる。時にはそんなエネルギーが実際に何が起きているか覆い隠してしまうこともある。偽りの効き目を得る薬みたいなものでね。これは良いと感じて、気分良くなって議論の余地なしってなっても2日も経つと「こりゃあ俺たちは何を考えていたんだ?」となる。グレッグはいつも理性の声なんだ。


    −あなたは『Hardwired〜』の曲は『Death Magnetic』の曲に比べて、狂乱したものにはならないと語っていました。どういう意味だったんでしょう?

    ほとんどの曲が前よりシンプルなんだ。俺たちが前にやった楽曲のように、1つのリフからあちこち行ったり、いろんな音の風景を旅するようなものというよりは、あるムードから始まって、それをやり通す。楽曲はより直線的だ。そして「前より狂乱したのものにならない」っていうのは、曲のなかでの始まりと終わりが少なくなったってことさ。前のレコードよりもちょっとだけ真っすぐ走っている。

    −今年は、この前に『Kill 'Em All』『Ride The Lightning』のリイシューについて我々と話した時に、あのアルバムと新譜のあいだで「双方のエネルギーが行き交う」のを感じると語っていました。あのリイリューは『Hardwired〜』の創造性に何か波及しましたか?

    「Metal Militia」を聴いた魔法のような瞬間に曲を書いたなんてことは言えない。でも2013年のデトロイトで行ったOrionフェステイバルで『Kill 'Em All』の完全再現をやった。あれがあのレコードに本当没頭していった最初だった。早くから、俺はあのレコードに否定的だった。『Ride The Lightning』『Master Of Puppets』はもう少し知的で刺激的で挑戦的だったからね。あれらはより深みの増したレコードだったんだ。2013年までは演っていて『Kill 'Em All』にまとまりがあるとは思ってなかった。速さは独自のものを行っていたけど、もっとシンプルなんだ。楽曲はもっと長いけど、それほどプログレッシブではない。全て独自の世界だ。そこから受け継がれた要素はあると思ってる。楽曲制作中に紛れ込んだ『Kill 'Em All』の再発見から出てきた残留物の痕跡はあるかな。

    −あなた方はまだ新しいアルバムの仕上げをしています。あと何の作業が残っているんでしょう?

    そんなに多くはないよ。ある曲のミックスを仕上げること以外は終わっている。2、3日で、グレッグは「Spit Out the Bone」っていう制作中のタイトルは「CHI」だった曲のミックスをする予定だ。突然、ロブが昨日、アルバムに取り組むためにコントロールルームに現れた。だから俺が何を知ってるんだってんだ?大方は終わっている。今週末には最後の曲をミックスすべきだと思う。

    −『Hardwired〜』のデラックスバージョンのボーナスディスクで「CHI」と呼ばれる曲のデモを収録していますね。いつ「Spit Out the Bone」になったんですか?

    これらの曲は一昨日タイトルをつけ終えたばかりだ。48時間前には「CHI」「Tin Shot」「Plow」「Sawblade」といったどのみちクレイジーな制作中のタイトルで知られていたものだ。今こうしてトラックリストが発表されて、みんなは曲について話すんだが、俺は「どれが「Spit Out the Bone」だったっけ?」って考えなきゃならなくなる。ジェイムズと俺はいまだに「えっ?あぁ「CHI」だろ」ってなるよ。

    −ネット上で多くのメタリカファンがあれこれと考えを巡らせていた新曲のタイトルは「Am I Savage?」です。ファンたちはダイアモンドヘッドの「Am I Evil?」のカバーをどうにかしたものなのではと考えています。

    (笑)まぁ「am」「I」そしてクエスチョンマークまで一緒だからね。4つの単語のうち3つだ。でも違う。直接の相関関係はないよ。

    でも抽象的には「Am I Evil?」は、今日俺がキミにインタビューで話している理由の一部だね。もしあの曲がそうじゃなかったら、キミは俺が何者かも何をやっているのかも気にもしなかっただろう。だから明らかにそこにはとても抽象的な細い(繋がった)線がある。でも「Am I Savage?」と直接の相関関係はないよ。

    −「Hardwired」やその他の新曲を今週末のミネアポリス公演でやるんでしょうか?

    俺たちはその質問に答えるのに(ミネアポリス公演が始まる)52時間後まで離れていようか?(笑)こういう風に考えてみよう。ニューアルバムからの曲を演奏するチャンスは、俺たちが世界に新曲を共有してから増えていく。でも俺たちがアルバムを作っていて気付いたのは、これらの曲を良くしようとより多くの時間と労力を注いできたってことだ。選択できるのであれば、900列目からクソみたいなiPhoneで撮ったライヴバージョンよりもレコーディングされたバージョンを聴くことになると思う。だからキミが書くことになる記事をよく読んでもらおう。

    RollingStone(2016-08-19)

    「まだ新譜完成してなかったんかい!」
    「あの新曲、そんな出来立てほやほやだったんかい!」


    などと訳していてラーズにツッコミを入れたくなるインタビューでしたが、ほとんどの曲がシンプルであるという新譜の特色がここに来てようやく見えてきた気がします。

    ラーズとしては、すでに公開した「Hardwired」はともかくとして、その他の新曲の披露はライヴで行うよりもまずはアルバムとして曲を聴いてもらいたいという思いがあるようです。まずは日本時間で明日21日に行われるミネアポリス公演に注目です。

    【追記】
    新曲「Hardwired」の制作中の風景が公開されています。カークの使っているギターはピーター・グリーン、ゲイリー・ムーアに使われてきた伝説的なギター「Gary Moore/Peter Green Les Paul」ですね。
    https://metallica.com/videos/30975/riff-charge-the-making-of-hardwired

    takakiさん、情報ありがとうございます。

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    ロックの殿堂入り式典に参加するためにニューヨークを訪れたラーズ・ウルリッヒがRollingStoneのインタビューにて『Kill 'Em All』『Ride The Lightning』のボックスセットと当時のエピソードを話していました。ロングインタビューを管理人拙訳にてご紹介。

    metallica

    4月上旬の雨の木曜日、ラーズ・ウルリッヒはニューヨークのお気に入りの場所のひとつ、ロバート・デ・ニーロが所有する豪奢なホテルにいた。「ここの中庭で座っているのが好きなんだ。」天気のせいで避けることとなった窓越しのお気に入りの場所を身振り手振りしながら、彼はそう言った。「普段はそこの外に座っているんだけどね、晴れていれば。」

    このドラマーはディープ・パープルのロックの殿堂入りのプレゼンターとして、短い期間この街に滞在している。彼とメタリカのバンドメイトたちがレコードストアデイ大使としてインストアライヴを行うべくサンフランシスコに戻る前に、次の日には熱烈な栄誉に包まれることとなる。ホテルのピザらしきものをみつめているにも関わらず、目前の主題はバンドの過去にあった。

    今日、メタリカは最初の2枚のアルバム、1983年のスラッシュ・ツアーの力となった『Kill 'Em All』、次作でさらにメロディアスになった1984年の『Ride The Lightning』をリイシューした。レコードのリマスター盤の単独リリースに加えて、彼らは数枚のディスク相当の未発表音源で構成されたデラックス・ボックス・セットも制作した。

    「ごちそうだね。」CD、DVD、ビニール盤として散りばめられた掘り出し物のコンサート音源、楽曲の別ミックス版、デモ音源、ビデオ・インタビューを含むボックスセットをウルリッヒはそう呼ぶ。2つのリイシューはともにライナーノーツと未発表写真を含む本がついてくる。

    このリイシューには、−メタリカの『No Life 'Til Leather』のデモテープ・カセットの再リリースで昨年始まった−長きにわたるリイシュー・キャンペーン開始の前触れがあった。それはバンドカタログとして続いている。計画の一年後の現在、最初の2枚の主要なリイシューがファンの手に渡るのを興奮して観るのだとウルリッヒはRolling Stoneに語った。

    −なぜこれらのリイシューをしたいと思ったのですか?

    これまでいくつか畏敬の念を抱くようなリイシューが出されるのを観てきた。ディープ・パープルもそうだし、U2も『Achtung Baby』の20周年記念リリースみたいに素晴らしいものをやった。オアシスが『Definitely Maybe(邦題:オアシス)』でやったのも好きだね。しばらくのあいだ、俺たちのアルバムがそういったリイシューのランキングに加わるのを楽しみにしているよ。


    −最初の2枚のアルバムのリイシューを行って気分上々といったところでしょうか?

    そうだね。でも俺はエネルギーの行き交うのを体験しているんだ。こうして一日中ここに座って、ジャーナリストたちに1984年に朝食で食べたものを答え、(メタリカのマネージャー)ピーター(・メンチ)とクリフ(・バーンスタイン)と座って2017年とニューアルバムについて午前中ずっと話していたんだ。面白いよね。

    −最終的にボックスセットを観た時、あなたは何が頭に浮かびましたか?

    実際、まだ俺の手に本物を持っているわけじゃないんだ。ジェイムズと俺は開封するビデオを録った。これは他の誰にも教えないと約束するよ。どのジャケットの中にも本物のレコードは入っちゃいなかったんだ。でも俺は最初こう思った。「なんてこった、こんなにいっぱいある」次に思ったのは、この本の中身は本当にクールだってことだね。

    こういったものを一緒に詰め込んで、俺はあれやこれやと承認作業をしていた。(iPhoneを持ってきて)普段はこのデバイスでね。だから実際のサイズで手にしたら、12×12インチ(約30センチメートル)の本だったんだ。最高だよ。この厚み、この重さ、このサイズ、良いよ、クールだね。このリイシューにのめり込めばのめり込むほど、これにもっともっとと詰め込んでいくだろうね。分かってくれると思うけど、残念ながら30年のあいだに無くなってしまったものもある。だから次のリリースにはもっとごちそうを詰め込めるだろうね。でもこれは始まりの場所にしては素晴らしいし、ここから始まるんだ。

    −デラックス・リイシューに入れる“ごちそう”を見つけるプロセスはどんなものでしたか?

    これのためにブツをみつけようとあらゆるものをひっくり返したよ。そこに全てを詰め込んだもんだから、台所の流しって呼んでいたよ。2021年のリマスター盤のために何か取っておくなんてことはしていない。そんな思惑は一切なしだ。でもブツは発掘し続けているよ。マスターテープみたいなもので、クソはただ消えゆくのみだ。実際、この2年間俺たちのために働いてくれた一人は、世界中のレコード会社の倉庫を見て回ってメタリカの音源を捜し出すことだけが仕事だった。間違って表示された多くのクソがあった。すぐに俺たちがそれを聴いたら「これをみつけたんだけど、スティーブ・ミラーのボックスセットに入ってるんだな」そうして俺は「OK」ってなるのさ。

    −あなたが最も「わぉ!」となるこのボックスセットの中身はなんですか?

    未発売の映像ものは特に好きだね。ジェイムズと俺が1985年の「Day on The Green」でやったインタビューの編集前映像がある。15分か20分くらいで固定カメラで行われたんだ。未編集のものをみたけど本当にクールだね。俺にとって自分たちの口癖だったり、俺たち2人のあいだの関係性は本当に面白いよ。



    −「Day on the Green」のコンサートはバンドにとってのターニングポイントでした。DVDのなかのひとつにはあのフェスティバルのライヴパフォーマンスが収録されていますね。あのフェスについて何か覚えていることはありますか?

    「Day on the Green」とあの夏は間違いなく常軌を逸していたね。「Day on the Green」の2週間前、俺たちは初めてキャッスル・ドニントンでモンスター・オブ・ロック・フェスティバルに出演した。あのステージに出て、ボン・ジョヴィとラットみたいなバンドたちと出演するというのは大きなことだった。間違いなくドニントンは聖地みたいなものだよ。

    だからカリフォルニア、カリフォルニア北部の人たちにとっての「Day on the Green」は、とりわけ70年代半ばに始まった「Day on the Green」に全部行っていた経歴を持つクリフとカークにとっては、何と言うか伝説的フェスなんだ。ショーに出演したという事実は重大なことだった。下から2番目か3番目の出演料だ。駐車場でやってるただの前座じゃない。本当に常軌を逸していた。オークランドとかバークレーのクラブで800人の酔っ払い相手じゃなくオークランド・スタジアムで6万人を前にメタリカが出て行ってライヴをやるんだから。少なくともかなりの人数が俺たちのことを知るか(ファンとして)付いてきてくれるかしてくれた。それはかなり重要なことだ。歴史的観点であの当時俺たちがやっていたことをみれば、まだメインストリームの外にいた。だから俺たちがこういった類のことを始めた時、「Day on the Green」はかなりメインストリームだったから、もちろん出演を引き受けるってことを説得しなくちゃならないって思うわけだ。出演を認められて本当にクールだったね。俺たちはこの先何年もの大きな信頼を得たんだ。

    −『Ride The Lightning』のリイシューではあなたの最初のテレビ・インタビューといわれるものも収録されています。そのことについては何か覚えていますか?

    あれは俺のテレビ初出演だ。俺たちが『Ride The Lightning』のレコーディングをやっていた1984年の春、デンマークのテレビ局がスウィート・サイレンス・スタジオにやってきた。俺たちは編集前の映像の一部を入手したんだ。ジェイムズと俺とクリフが座って、俺が思うに「Ride The Lightning」を聴いている2つのカットがあった。俺たち3人と(プロデューサーの)フレミング(・ラスムッセン)を見られたのは本当にクールだったね。写真じゃない、動画だよ。そこでまた俺たちの口癖なんかを見られる。間違いなくいつでもどんなものでもクリフについての掘り出し物があるね。貴重だよ。そんなにたくさんはないものだから。

    −当時のバンドのその他の一連のインタビューも含まれていますね。そういったものを聴きながら、若い頃の自分について何が印象に残りましたか?

    可笑しいよ。まだボールが落ちていないようなものだ。俺たちはずっと甲高い声で喋っているけど、テープの劣化のせいにはできない(笑)。若々しいエネルギーや、曲の間に挟む当時のジェイムズの冗談なんかを聴くのは本当に楽しいよ。彼はキャラクターになりきっていたように見えるし。

    −どういう意味ですか?

    彼は当時ステージ上で、ある種のメタル・キャラクターになっていた。今はただ観衆に話しかけているけどね。ある時点でもっと友だちのように観衆に話しかけるように変わったんだ。でも当時はもっとキャラクターみたいになって、曲紹介をしていた。「「Phantom Lord」に頭を垂れろ(Bow to the Phantom Lord)」って言ってから始めるとかね。そういったものを聴くのは面白いよ。

    −彼自身はそういったものを聴いて何か言っていましたか?

    わからないな。俺たち、スタジオでは互いに行方不明だったんだ。彼がヴォーカルをやっていると、俺は別のことをやっていたし。だから俺たちは一日おきにスタジオ入りしてたみたいで、そういった類のことを話す機会が本当になかったんだよ。

    −クリフに関連するものを見つけるのは貴重だと言っていましたね。『Kill 'Em All』のボックスセットには、彼のベースソロ「Anesthesia (Pulling Teeth)」のラフミックスが入っています。あれはどんなセッションだったんでしょうか?あれは即興だったんでしょうか?

    そうだよ。「Anesthesia」で、クリフはグループに参加したばかりだった。他の誰かを軽視するわけじゃないけど、彼はレベルが違ったんだ。彼は前に所属していたバンドでベースソロをやっていた。彼がメタリカに加入した時、彼は俺たちといてベースソロをやっていいか尋ねてきたんだ。俺はこうさ。「あぁ、ベースソロやってくれよ。」その当時、ドラムソロとかソロパートは自分たちでやることには冷ややかな目で見ていた。でも彼の才能ならやるべきだと思った。だから俺たちは当時、協力してベースソロをやるための方法をみつけようと模索していた。そうして、ドラムパートを置いてもう少しみんながぶっ叩けるようなリズミカルなものを加えるのが、真っ当なやり方だと思ったんだ。それからレコーディングする段になって、ただのベースソロじゃなくて、もう少し構成を加えたものに変えたのさ。違うダイナミクスが加わって、ほとんど別の見世物みたいになった。第一幕、第二幕、第三幕みたいにね。

    俺たちはニューヨークのコダックビルの近く川べりのダウンタウン、ロチェスターにある古い倉庫でレコーディングした。ドラムスはコントロールルームがあったフロアの2階か3階上の部屋に設置していた。俺は(ドラムを叩きながら)クリフを見ることはできなかったと思う。互いの音を聴いて、セッティングして演奏したんだ。みんながあれをベースソロだと理解できるかわからなかったね。だからエンジニアに言わせたんだ。(おどけた調子で)「Bass solo, take one.」ってね。たとえテイク7だったかもしれなくてもね。

    −あれは一発録りじゃなかったんですか?

    おっと、これはRolling Stoneの独占スクープだな(笑)。クリフについてのああいったタイプのものは何事も本当に即興的なんだ。彼はそれ以上のことはやらなかった。もし5回違うテイクがあっても、その5回ともそれぞれ全く違うものになっていたと思うよ。


    −なぜ他のテイクを収録しなかったんですか?

    残念ながら、俺たちは持っていないんだ。もしそのアウトテイクを見つけたら、喜んでシェアするよ。あのマスターテープは残念ながらまだ行方不明なんだ。メタリカの最重要捜索リストで、それは間違いなく最上位にあるよ。

    −『Ride The Lightning』のボックスセットでもうひとつ面白い収録物に、当初「When Hell Freezes Over」と題された「The Call of Ktulu」のデモ音源があります。クリフがH.P.ラヴクラフトを参照したのでしょうか?

    そうだよ。彼がクトゥルフ神話とかラヴクラフトとかそういったもの全てを持ち込んだんだ。「When Hell Freezes Over」は実際には83年夏の『Kill 'Em All』ツアーをやっているあいだに書いていた楽曲だった。あれが次のレコードのために書いた最初のひとつだ。タイトルは変えたけど。


    −スペルも「Cthulhu」を「K」からにしていますね。

    ジェイムズ・ヘットフィールドがちょっと前のあるインタビューのなかで、最大の後悔のひとつはラヴクラフトが書いた通り「Cthulhu」のスペルにすればよかったと言っていたのを俺は知っているよ。「C」と「H」のところが発音しようとすると相当言いにくかったんだ。15文字かそこらあるんじゃないかってくらいにね。だからみんながもう少し発音しやすくなるように考え出したんだ。でも同時に、84年春にレコーディングするために曲を書き始めた時から、こういった楽曲全部は生ものであり生き物なんだ。当時の9か月は本当に長い時間だ。だからあんなにたくさんあった材料のなかで、さらなる変更がなかったという事実には実際驚くよ。

    −『Kill 'Em All』のリイシューについてのあるインタビューのなかで、あなたはレコードを制作したことのある人は自分でプロデュースしようとは思わないだろうと話していました。今、聴いてみて何か違うことをやっていればというものはありますか? 

    それについては言わせないでくれよ(笑)。俺はもうそういうことは考えないように自分自身を保ってきているんだから。これが安っぽい音だってのはわかってる。それは最初に言っておこう。でもあのレコードのひとつひとつは俺たちにとってタイムカプセルや写真なんだ。『Kill 'Em All』は1983年の春をビニール盤やCDやMP3やらに封じ込めたものだ。それ以上でもそれ以下でもない。一連の楽曲は予算上の結果であり、創造的意思決定の産物だ。俺はこういった類のことについてはとても実務的なんだ。レコードを作るということは意思決定のプロセスなんだよ。

    −そうですね。しかしあなたが『Kill 'Em All』をレコーディングした時、あなたは19歳でした。その意思決定は(今と)違っていたのでは?

    まぁ俺はそれについてはそれほど現実的な音にしたくはなかった。でもこうして座って「チキショー、「No Remorse」の最初の部分はスネアドラムをもう少しデカくしたかったな」とはならない。俺はただ受け入れること、選んだ選択肢に誇りを持つことを学んできた。何か違っていたらとは思わないね。それは全て物語の一部なんだから。

    俺は人生は選択肢と意思決定の連続だと信じている。他の人たちが物事は起こるべくして起こるとか、もっとスピリチュアルなものだとか信じていたとしても、それは構わない。当時の俺たちはレコードを制作することに興奮どころじゃなかったんだ。俺たちは4、5週間あの場所にいた。かなり厳しい予算制限があって、俺たちは生きて食べるってだけ。その多くは困難なことだったけど、20歳そこらだ、気にするかよ?そんなことでひるむこともない。ただ対処してくってだけさ。だからそれでいいんだ。


    RollingStone(2016-04-15)

    「スタジオで顔を合わせてないの!?」
    「Take 1じゃなかったの!?」
    「スペル変えた理由、発音しにくかっただけなの!?」


    と訳しながら新鮮な驚きを味わえたインタビューでした。ちなみに「Bass solo, take one」と言っているのはエンジニアとして『Kill 'Em All』制作に参加していたChris Bubaczと言われています。

    完全に余談ですが冒頭で出てきたロバート・デ・ニーロがオーナーのホテルはザ・グリニッジ・ホテルのこと。
    http://www.thegreenwichhotel.com/

    ラーズお気に入りの中庭。
    greenwich hotel courtyard

    微妙な名前のスパもある模様。
    shibui_spa

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    2016年4月8日、ロックの殿堂入り式典にプレゼンターとして参加したラーズ・ウルリッヒがRollingStoneのインタビューに応え、新譜制作の進捗を語っていました。管理人拙訳にてご紹介。

    larsulrich_2016_rockandrolloffame

    −ディープ・パープルを紹介した時はどんな気持ちでしたか?

    長年、俺の中で棚上げになっていたことなんだ。だから最高だね。俺のマネージャーが俺に最後に言ったのは、おそらく早口になりすぎるだろうから、ちゃんとゆっくり話せってことだった。そのことを頭の片隅に置いていたよ。出来る限りゆっくり話して、アリーナのずっと後ろの方まで伝えようとしたんだ。すごかったね。20年以上の念願が叶ったんだ。(プレゼンンターとしての大役は)光栄だったし、彼らと一緒に喜んでいるよ。ある程度ではあるけど、あの(ディープ・パープルがロックの殿堂入りをする)一部を担うことができて、嬉しいね。

    −あなたにとって最初のディープ・パープルのレコードは何ですか?

    『Fireball』だね。1973年に彼らを観て、次の日にはレコード店に行った。『Fireball』は彼らが出していたアルバムのひとつだった。

    −レコードの制作状況について教えてください。

    レコードの進捗は順調だよ。今はどんな世紀にも出せるかもしれない。実際、こんなことわざがあるでしょ。「命あっての物種」って。

    −レコーディングはされているんですか?

    たいていはやってると言っていいかな。面倒をみなきゃならない他の責任がある。このところのメタリカとしての生活はレコードを作ることだけじゃない。こういうこと(訳注:ロックの殿堂入り式典参加)もそうだし、AT&Tパークでショーをやったのもそうだし、彼がこうする、俺がこうするって具合だ。取り掛かるべき、こういった別のいろんなことが俺たちにはある。でも他に何にもない時にはレコードに取り組んでいるよ。

    −それは素晴らしいスケジュールですね。

    冗談抜きで、実際の俺たちはこんな感じなんだ。俺たちにとってはこのやり方が合っている。ただ単にレコード、ツアー、レコード、ツアーってわけじゃない。俺たちはやりたいようにしたんだ。来週のレコードストアデイをやったり、その他すべてのことをやったりとね。いつも進行中のものがたくさんあるけど、レコード制作はほとんど済んでいるよ。

    RollingStone(2016-04-08)

    原文の「almost done」を「ほとんどの時間やってる」と取るか「ほぼ終わってる」と取るかで、全然違ってくるので難しい。。。いずれにしろ、新譜制作は順調ということなのでそう長く待たされることはないのかなと期待しています。

    【追記】
    ロックの殿堂入り式典でのスピーチの後、Vultureの突撃取材でラーズ・ウルリッヒが新譜発表時期についての質問に答えていました。
    −ハッキリしない新譜の状況について

    「俺は複合的な文章で曖昧にするっていう高度な技術を習得した。だから教えてあげよう。レコードはいつか将来出る。そんなにすぐでもないけど、かなり近い将来にね。何か劇的なことでも起きない限り今年出るだろう。」

    −前作の『Death Magnetic』と似たものとなるのか、これまで焦らされてきているが

    「俺たちはこの春には済ませるべきだと思う。他に言うべきことはわからないよ。タイトルだってまだだし、かなりの楽曲がある。メタリカっぽいし、みんないい曲だよ!」

    Vulture(2016-04-09)

    この答え通りであれば、少なくとも8月に行われるライヴには新曲が聴けることになるかもしれません。

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