メタリカ情報局

メタリカを愛してやまないものの、メタリカへの愛の中途半端さ加減をダメだしされたのでこんなブログ作ってみました。

       

    タグ:Metallica

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    続きが気になっていた方、お待たせしました。ラーズ・ウルリッヒの伝記本『Lars Ulrich - Forkalet med frihed』の第4章2回目です。(前回までのお話は関連記事にてどうぞ。)メタリカにとってのキーパーソン、フレミング・ラスムッセンも登場します。有志英訳を管理人拙訳にて。

    - 次のステップ -

    知っての通り、良いビジネスマンは他のみんなより先にアイデアを考え出す。ニューヨーク市にあった大きな多国籍レコード・レーベル、エレクトラ・レコードのマイケル・アラゴの場合もそうだ。この若きマネージャーは1年前に雇われ、『Kill 'Em All』は発売以来、彼のターンテーブルでかかりっぱなしだった。アラゴは真新しくてスカッとするヘッドバンギングと共にみぞおちに一撃食らわされた、この異形でとても激しいメタルに病み付きになっていた。メタリカには投資する価値がある、メタリカが「唯一の」インディペンデントなバンドであると確かに気付いていた。しかしながら、彼は思い切ってアプローチして、強力な国際レーベルのエレクトラにメタリカがサインをする準備ができているとは感じなかった。この壮大なメタルガイたちは「ありふれた一般人」に向けて演奏してはいなかったし、ましてやたいてい次のデュラン・デュランやヒューマン・リーグを探しているようなメジャー・レーベル向けでもなかった。エレクトロ・ポップのヒットは多くの若者向けであったが、高速で急進的なヘヴィメタル・ヴァージョンはそうではなかったのだ。

    しかし、マイケル・アラゴはすぐに行動に移した。1984年の初頭にラーズに連絡を取ったのだ。『Kill 'Em All』でバンドにいくらかのお金が入ってきたおかげで、(メンバーの住む)メタリマンションには電話とテレビの両方が備え付けられていた。

    「私はメタリカが大好きであるということ、そして絶対にメタリカとサインを交わさなければならないということを彼に告げた。」アラゴは回想する。(クリス・クロッカー著『The Frayed Ends Of Metal』(1993刊行)より)

    この時、ラーズは自信をより深め、バンドを集めて東海岸へ出発した。ラーズはアラゴに、バンドが次にニューヨークに行く時に連絡を取るよう約束した。すでにラーズにはある見通しがあったのだ。(実際、メタリカ出演の全ライヴで、ラーズはいつだってそのような見通しを持っていた。)メタリカはニューヨークのクラブ、ローズランドで、良き仲間であり地元ニューヨークのバンド、アンスラックスとレイヴン(メタリカが現れる前まで、アラゴが契約を考えていたもうひとつのバンドである)と共に夏のあいだに一度、出演する予定だった。

    マイケル・アラゴは、メタリカがマンハッタンでライヴを行っている時に要点をもちろん伝えるつもりだった。しかし、メタリカには別の予定が先にやって来てしまった。ヨーロッパだ。ラーズは『Kill 'Em All』時代から確固たる前進をメタリカにもたらすであろう計画を携えていた。最初に『Kill 'Em All』でヨーロッパにメタリカが創り出した喧騒を受ける形でバンドのツアーを行う。それから次のアルバムに取り掛かる。そしてまた同じようにツアーをするのだ。

    1984年2月3日、メタリカは初のヨーロッパツアーをチューリッヒから開始した。ツアーは「Seven Dates Of Hell(地獄の7日間)」と呼ばれ、メタリカは、ダークで荒々しいブリティッシュ・ブラックメタルのパイオニアであり、草創期メタリカのインスピレーションの源でもあったヴェノムとライヴを行った。最後から2番目の「地獄の日」には、オランダのズヴォレで初めてフェスティバルに出演した。このフェスティバルはオランダのヘヴィメタル誌「Aardschok」(オランダ語で地震の意)によって企画されたものだった。同雑誌記者のメタル・マイクは『No Life Til Leather』のデモが出回り始めた時には、すでにメタリカを称賛していた。Aardschokショーは特別なものとなった。それは6000人の荒ぶるヘヴィメタルファンたちが、新しいヘヴィメタルのヒーローたちと同類のバンドを褒め称え、拍手を送ったことも、もちろんあるだろう。

    ベルギーで終えた「Seven Dates Of Hell」ツアーから数日経ち、メタリカはコペンハーゲンへと飛んだ。そこで、テキパキとコトを進めるラーズはアルバム・レコーディングを行うため、適切なプロデューサーとエンジニアのいる手頃なスタジオを予約した。おそらくコペンハーゲンで安く、あるいは無料で生活することだってできたはずだ。低予算はまだメタリカにとってのキーワードだった。モチベーションも熱意も夢もビジョンもあったが、金はなかった。

    しかしコペンハーゲンでのレコーディングに対するモチベーションは、コストをかけないようにするには程遠かった。レインボーのアルバム『Difficult To Cure(邦題:アイ・サレンダー)』(1981)でベテランギタリストのリッチー・ブラックモアが前面に出るプロダクションを、ラーズは「めちゃくちゃ良い」と思っていた。そのアルバムはディープ・パープルのベーシスト、ロジャー・グローヴァーによってアマー島にあるスウィート・サイレンス・スタジオでプロデュースされている。そこではフレミング・ラスムッセンという名の男がエンジニアとして働いていた。フレミングのエンジニア、プロデューサーとしての経歴は70年代にもっと大人しいアルバムのプロダクションですでに始まっていた。Savage Rose、Pia Raug、Rasmus Lyberth、Bifrostといったアーティストとともに。それから後、The SodsとLost Kidsのデンマーク初のパンクアルバム、そして前述したブラッツの1980年のデビューアルバムも手がけていた。

    フレミングのスタジオはStrandlods通り85番地(85 Strandlodsvej)にある、コペンハーゲン中心街よりもスウェーデン南部のスコーネ地方の方がよく見える場所にあった。とある日、スタジオの電話が鳴った。知っている依頼人だろうか?ラスムッセンは電話を取った。受話器の向こうから聴こえたのは、はるばるカルフォルニアからの熱心なデンマーク人の声だった。

    「ラーズは私がアルバムを制作することに興味があるかどうか、スタジオを使うのにいくらかかるのかを尋ねるために電話をしてきた。」とフレミングは回想する。「彼らはプロダクションの手助けもできるエンジニアを探していた。私がレインボーと一緒に仕事をしたのを聞いていて、良いものだと思っていた。」「私は当時、彼らが何者なのか全く知らなかった。『Kill 'Em All』でここらの多くの人たちも知っていたとは思えなかった。少なくとも『Ride The Lightning』の前までは。メタリカはまだ本当にハードコアなメタルファンのものだったんだ。私はその一員ではなかったし、それまでもその一員になったこともなかった。」

    しかしフレミングはラーズのようにディープ・パープルの昔からのファンであり、プロのプロデューサーであり、エンジニアであった。そして仕事ができると考えた。故に彼はこの一部デンマーク人のヘヴィメタルバンドをプロデュースするというオファーを受けたのだ。

    「彼らは前払いしてきた。我々は知りもしないバンドを一ヶ月前にブッキングしたんだ。そして彼らは海を越えてやってきた。」フレミングはそう付け加えた。彼にはバンドのデモテープと『Kill 'Em All』が送られた。

    「こりゃヒドいなと思ったのを覚えているよ。」フレミングは笑みを浮かべ、新しいタバコに火をつけてそう言った。「なぜなら・・・あんなにファストだなんてわかるかい?当時あれだけファストに演奏していた人はそう多くなかった。」

    一方、コペンハーゲンの別の地域ではケン・アンソニーがメタリカとそのスピードについて正反対のことを思っていた。ラーズとメタリカはケンのスピードを必要としていたのだ。

    ケン・アンソニー「ラーズが俺に電話をかけてきてこう言ったんだ。「コペンハーゲンのホテルを予約できないか?お金を持ってないから、一番安くて安くて安いところでお願い!」俺はあちこちに電話して空きをチェックしたんだけど、結局折り返しの電話で俺はこう言ったんだ。「あのさぁ、おまえら俺のアパートに引っ越せよ!俺はおまえらがいるあいだ、街で彼女と3、4週間住むからさ。そうすればおまえらも節約できるだろ。」そしたらもちろんあいつらはとっても喜んでいたよ。空港であいつらを拾って、俺のアパートに連れてきた。そしてこうさ。「ジャーン、ここがそのアパートだ!」あいつらは一文無しだったから、あいつらのための充分な食べ物があるか確認しなくちゃならなかった。」

    ケンは、後に有名なブレンビュベスターの居住者となる4人のことを話すとニッコリ笑った。

    「他の居住者たちはこう思ったろうね。「何だってこんなところに4人の男が住むんだ!?」バンドは日中はスタジオで演奏して、夜にアパートに帰ってきた。俺は何千ものヘヴィメタルのレコードと大量のホラー映画を持ってたから、あいつらは夜毎、ヘヴィメタルを聴き、ホラー映画を観ていたよ。俺の両親も同じ建物に住んでいたんだけど、アパートの一階に夜になると騒がしい若者がいると文句を言っていたよ。だから俺は様子を観に行かなくちゃならなかった。アパートはさながら戦場のようだったよ!さすがに俺も少しイラついたけど、あいつらときたらただこう応えるだけさ。「やぁ・・・すげぇなこれ・・・ロックしようぜ、ケン!」俺もそんなロックバンド生活が楽しいと思っていた。俺たちは時々出かけて、とても楽しい時間を過ごした。でもあいつらはレコード制作に忙しかったんだ。」

    ケンはニヤリと笑って自分のアパートを取り戻した日のことを話した。「俺がアパートに戻った時、母が掃除に来るほど散らかし放題だったよ。一番可笑しかったのは、母がバスタブを掃除した時だね。メタリカの各メンバーのズラが出来るほど排水口に髪が落ちていたんだ。クレイジーだったね。あと覚えているのは、コーヒーテーブルの上に数本抜き取られた1パックのビールとメモ書きが置いてあって、そこにはこうあった。「ありがとう、大変お世話になりました!」とね。」

    このアパートはブレンビュベスターのKirkebjerg通り113番地(113 Kirkebjerg Alle)にある。(ジェイムズはバンドのリードギタリストになぞらえて、「カーク」ebjerg通りと呼んでいた。)この場所はラーズにとって、音楽の師のもとにたくさん訪れたいい思い出しかない。

    「クソ最高なケンが自分のアパートに俺たちを泊めてくれたんだ。あそこで暮らしたのは本当に楽しかった。あれより3年前にはケンのファンとしてあそこに行っていたんだからね。そして今や彼のファンとしてではなかったが、自分の世界を確立して戻ってきたのさ。」ラーズはブレンビュベスターへのバンドの短い滞在についてこう語った。

    英訳元:http://w11.zetaboards.com/Metallichicks/topic/794989/9/

    metallicadaddy_stor
    フレミング・ラスムッセン(2007年頃)

    ちなみに現在のスウィート・サイレンス・スタジオはメタリカがレコーディングしていた当時の場所にありません。文中のStrandlods通り85番地(85 Strandlodsvej)は以前スタジオがあった場所。現在、スタジオとしては使われていませんが、建物自体は残っているようです。
    sweetsilencestudio
    GoogleMapより

    以前のスタジオのホームページも残っています。
    http://www.sweet-silence.dk/

    現在のスウィート・サイレンス・スタジオのページはこちら。
    http://fwrproduction.com/FWR_Produktion/FWR.html

    Venomとの共演を果たしたAardschokのフェスについては、実際に行った方のこちらのページが詳しいです。チケットやポスター、Tシャツの画像が拝めます。(英語表記のみ)
    http://www.livemusicandstuff.com/1984-02-11-aardschokdag.html

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    2015年2月3日(火)発売のMetalHammerでメタリカ特集とのこと。

    metalhammer_de_2015_01

    メタリカ以外では下記アーティストの記事あり。

    Nightwish
    BABYMETAL
    Papa Roach
    Korn
    Venom
    Falling In Reverse
    Periphery

    購入したい方は発売日以降にこちらをチェック!

    MyFavouriteMagazines
    タワーレコード
    HMV

    cowboybluesさん、情報ありがとうございます。

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    別冊METAL HAMMER、スラッシュメタル特集号「THRASH」が届きました。
    ドイツ版「Metal Hammer」の付録で『Ride The Lightning』30周年記念トリビュート盤CD発売
    METAL HAMMER誌のメタリカ&「メタリカ・スルー・ザ・ネヴァー」特集号が届きました。
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    METAL HAMMER誌2011年5月号はメタリカが表紙。
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    今年も4月10日から行われる、カーク主催のホラーフェスFearFestEviLの公式ツイッターアカウントがカーク・ハメット個人のアカウントに変更されました。

    当初、FearFestEviLの公式アカウントとして、ユーザー名が「@FearFestEviL」、アカウント名はカークの“ゾンビ俗称”「Kirk von Hammett」で始まりましたが、いつのまにかアカウント名が「Kirk Hammett」に。

    ユーザー名もこのツイートと同時に「@KirkHammett」と本人の名前に変更されました。
    kirk_twitter00

    以前からカーク・ハメット本人がFearFestEviL告知用に使っていたアカウントのようですが、今後はカーク・ハメット本人としてのツイートも増えていきそうです。

    NHLのイベントの参加を見送った形となったカークですが、とりあえず体調面は問題なさそうで何より。
    kirk_twitter01

    ジェイムズのinstagramは更新が途絶えたままだし、ジェイソンはSNSそのものをやめてしまった状態なので、カークにはゆっくりペースでもいいので長く続けてほしい・・・。

    フォローはこちらからどうぞ。
    kirk_twitter
    https://twitter.com/KirkHammett


    この記事を書いている現在、急にユーザー名を変えたせいでFearFestEviLのサイトからのツイッターアカウントへのリンクが切れていますが(笑)

    http://www.fearfestevil.com/

    【追記】
    FearFestEviLの公式アカウントはこれまでどおりのユーザー名で作り直された模様。
    https://twitter.com/FearFestEviL

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    ユニクロのTシャツブランド「UT」でメタリカのTシャツの販売が始まったとのこと。

    ミュージック・アイコンズと名付けられたさまざまなミュージシャンとのコラボTシャツのなかでメタリカも取り上げられているようです。メタリカ以外にはエアロスミス、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ等。サイズはSから4XLまで。(※レディースはXLまで)

    現在、発売されているメタリカTシャツはメンズ5種類、レディース1種類の以下の通り。
    (画像クリックで拡大)※キッズTシャツ2種類も追加された模様。
    ut_metallica

    Tシャツの購入やその他のTシャツについては下記リンクよりどうぞ。
    http://www.uniqlo.com/jp/store/feature/uq/ut/musicicons/

    Mišawa_Black Riotさん、情報ありがとうございます。

    【追記】
    ジャスティスのTシャツがサイトから消えている!と思ったら今度はMaster Of PuppetsのTシャツが追加されていました。
    07_150806


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    2015年1月25日までカリフォルニア州アナハイムで行われていた世界最大の楽器ショーであるNAMMショー。ここでMorleyからクリフ・バートンのトリビュートモデルのワウ/ファズペダル「Power Fuzz Wah」が発表されました。

    まずは日本でMorley製品を取り扱っている株式会社フックアップがいち早くFacebookページで紹介した詳細を。

    morley_cliff

    Morleyからメタリカの初期メンバーCliff Burtonトリビュートモデルを発表。

    メタリカのサウンドに多大な影響を与えたベーシストCliff Burtonをリスペクトしたモデルです。

    激しくテクニカルなベースソロを弾くCliffですが、MorleyのワウペダルPower Wah BoostやPower Fuzz Wahを愛用していました。

    彼のファズとワウを組み合わせたサウンドで再現するために発表された「Power Fuzz Wah」は1台でファズとワウを使うことができる1台2役のペダルです。

    Cliffの使用していた70年代のPower Fuzz Wahをトリビュートしながらも現代のサウンドに対応すべくファズタイプは「MODERN」と「VINTAGE」の2タイプを選ぶことが可能です。

    ファズのON/OFF、ワウのON/OFFはそれぞれ独立しているのが特徴です。

    Facebook(2015-01-22)

    Morleyの公式紹介動画はこちらから。


    NAMMショーでの紹介動画はこちらから。




    NAMMショーのMorleyのブースではクリフ・バートンのお父さん、レイ・バートンも来場したとのこと。
    https://www.facebook.com/morleyebtech/photos/a.761891317210022.1073741829.692152824183872/803670546365432

    cowboybluesさん、情報ありがとうございます。

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    既報どおり、2015年1月21日にNHLのサンノゼ・シャークスとコラボしたMETALLICA NIGHT(MetalliSharks Night?)が行われました。

    まずはパックドロップ(始球式)の写真。
    Metallica_Sharks01

    選手入場では映画『ジョーズ』のテーマからの「Seek And Destroy」。生演奏ではなさそうですが確認できず。

    ※当日の動画ではありませんでした。失礼しました。

    試合前にはサンノゼ・シャークスのマスコット、シャーキーと戯れる場面も。
    Metallica_Sharks02

    Metallica_Sharks03

    その他の写真やジェイムズがMCで盛り上げる短編動画はメタリカのinstagramアカウントからどうぞ。
    http://instagram.com/metallica/

    この写真では「Nice outfit, Kirk!」とカーク・ハメットが着ぐるみに入っているかのようなコメント付きでしたが、このイベントに、なぜかカークは不在だった模様。どうしたんでしょうね・・・。
    Metallica_Sharks04

    そして、サンノゼ・シャークスのYouTubeチャンネルにてメタリカのインタビュー動画が連続アップされています。プレイリストはこちらから。
    https://www.youtube.com/playlist?list=PL4KQTO6gRJyA2ANGKDujrUFt-y3t6pEpT

    cowboybluesさん、ありがとうございます!

    さらに地元ニュース番組映像。(15秒CM後の再生)


    一部が文字起こしされていたので管理人拙訳にて。

    −水曜の夜、メタリカのメンバーたちは最大のライバル、ロサンゼルス・キングスを迎え撃つサンノゼ・シャークスの本拠地シャーク・タンクに特別ゲストとして出演。キングスは昨年、たしかにスタンレー・カップを勝ち取ったかもしれませんが、シャークスにはヘヴィメタルの味方がいます。メタリカはサンノゼ・シャークスの試合に初めて現れました。

    ジェイムズ
    「地元に居続ける。俺たちがこのエリアの大黒柱だと考えられているっていう事実は嬉しい。そして言うまでもなくシャークスもそうなんだ。だから一緒になることは筋が通っているんだよ。」

    −バンドメンバーはシャーキーから個人の名前をあしらったユニフォームを手渡されました。バンドは1980年代からベイエリアに拠点をおき、(シャークスの)長年のファンだと言うことです。実際、シャークスの試合前に選手が入場する曲はメタリカのヒットソング「Seek and Destroy」が使われています。

    ロバート
    「素晴らしい光栄なことだよ。あの曲にはチーム全体を燃えさせる、そんなエネルギーがある。」

    −メタリカがサンフランシスコ・ジャイアンツのホームゲームでチームを応援した後、ユニークな相互関係が生まれました。サンフランシスコから来たジェフ・タッカーさんはその試合も観に行ったとのこと。「本当にノスタルジックな夜だったよ。彼らのことは見逃せないね。」

    −夕方の早い時間、ファンは午後3時という早い時間から列を成していました。大ファンのマックス・ウィリアムさんはストックトン(カリフォルニア州内陸部)から車でやって来ました。「メタリカをただ観られるのは素晴らしいことだよ。いつだって彼らがライブをするのを観ていたいね。こんな近くで観られるチャンスを逃すわけにはいかないよ。」

    KTVU(2015-01-21)

    今回のイベントで使われているこのデザインで「SF Giants Skull T-Shirt」に続いて「SJ Sharks Skull T-Shirt」も発売されそうです。
    squindo-sharks

    イベント予告で使われた、こちらのデザインのグッズも発売されるのかちょっと気になっています。
    MetalliSharks

    ちなみに試合結果は4-2でシャークスの勝利。めでたしめでたし。
    Sharks_Win

    ※一部、NHLとNFLを混同した表記がありましたので訂正しました。

    【追記】
    シャークスのYouTubeアカウントで舞台裏動画がアップされました。


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    Metallica.comからの公式発表を管理人拙訳にて。

    抜け目ないスケジュール・ウォッチャーのみんなはヨーロッパのサマー・バケーションの日にちに数日空きがあることに気付いたかもしれない。だから俺たちがミュンヘンとウィーンのあいだに2015年6月2日にイタリアのミラノへ向かい、もうひとつのショーを行うことを発表できて嬉しいよ。俺たちはフィエラ・ミラノ・ローで行われるSonisphereフェスティバルでヘッドライナーを務める。チケットは次の水曜日、1月28日の午前10:00から発売される。

    MetClubメンバーとアメックスカードの所有者は1月26日(月)午前9:00に特別先行販売を行う。クラブ会員はログインして詳細をチェックするべし。

    この夏、ロードで会おう!

    Metallica.com(2015-01-20)

    同じミラノ公演に出演するバンドで現在決まっているのはフェイス・ノー・モア。他のラインナップは後日発表の模様。
    sonisphere2015_sito


    これまで発表されているメタリカの日程をおさらい。

    ■1月21日
    アメリカ・カリフォルニア州サンノゼ
    METALLICA NIGHT(NHL サンノゼ・シャークスとのコラボ)
    http://sharks.nhl.com/club/page.htm?id=93480#metallica

    ■4月10日〜12日
    アメリカ・カリフォルニア州サンノゼ
    Kirk von Hammett's FearFestEviL
    http://www.fearfestevil.com/

    ■5月2日
    アメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコ
    METALLICA NIGHT(MLB サンフランシスコ・ジャイアンツとのコラボ)
    http://sanfrancisco.giants.mlb.com/sf/ticketing/group_special_events.jsp

    ■5月9日
    アメリカ・ネバダ州ラスベガス
    Rock In Rio USA
    http://rockinrio.com/usa/

    ■5月29日
    ドイツ・ニュルンベルグ
    Der Ring - Grune Holle Rock
    http://www.der-ring.de/

    ■5月31日
    ドイツ・ミュンヘン
    Rockavaria Festival
    http://www.rockavaria.de/

    ■6月2日
    イタリア・ミラノ
    Sonisphere Festival
    http://it.sonisphere.eu/

    ■6月4日
    オーストリア・ウィーン
    Rock in Vienna
    http://www.rockinvienna.at/

    ■8月20日
    ノルウェー・ベルゲン

    ■8月22日
    スウェーデン・ヨーテボリ

    ■8月25日
    ロシア・サンクトペテルブルク

    ■8月27日
    ロシア・モスクワ

    ■8月29日
    イギリス
    Reading Festival
    http://www.readingfestival.com/

    ■8月30日
    イギリス
    Leeds Festival
    http://www.leedsfestival.com/

    こうなると5月2日と5月9日のあいだも何かしらで埋まるんじゃないかと怪しく思えてきます。

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    ロバート・トゥルージロがPodcast番組「Groove - The No Treble Podcast」のインタビューでメタリカの楽曲制作について長尺で語ってくれました。BLABBERMOUTH.NETさんが文字起こししてくれたので、管理人拙訳にてご紹介。

    Robert_Trujillo_N

    −2008年の『Death Magnetic』に続くアルバムの制作過程について

    素晴らしい時間を過ごしているよ。本当に素晴らしい時間だ。実際楽しいしね。たくさんの新しいアイデア、いわばフレームワークをジャムっているよ。知っての通り、ジェイムズはメロディーを仕上げて、そのレベルでいろいろ実験している状態なんだ。でも、本当に、なんて言うか(余計なものを)削っている段階で、それから、そいつを演奏している。演奏して、自分のシステムに組み込んで、曲を自分のものにしていくんだ。

    前のアルバム(『Death Magnetic』)のための曲をまとめていた時、(プロデューサーの)リック・ルービンが昔を思い出させてくれたのはクールだったね。つまりこんな感じさ。「この新しい曲を演奏しているところを想像するんだ。人生でこれまで観たことのないような小さなバーやクラブにいるファンに自分たちはこうだと証明するんだ。」それから「立て。みんな立ってくれ。」とこうさ。「おいおい俺たちスタジオにいられるよな!?」って思ったけど、「立ってこれらの曲を演奏するんだ。パートを自分のものにするんだ。」と大体こんな感じだったね。本当に意味をなす、やる気をわき起こすようなスピーチだったと思わないかい!?結局、意味があったんだ。座って自分のパートを繰り返すのは簡単すぎるからね。だからベースを弾いていた時、俺は実際に立ち上がって身体を揺り動かしていたよ(笑)。

    結局、リフにしろ、アレンジにしろ、歌詞にしろ、曲を書くという体験全ては、ことさらメタリカでは、複雑だし、時間もかかるし、あくまで過程なんだ。インフェクシャス・グルーヴスの頃はちょっと違っていた。実際に始めたら、1日4時間、週5日(を費やし)、2つか3つのジャム・セッションや曲の形が出てくる。曲の設計図と言うべきかな。それらをカセットに録音していた。それから次に集まった時には、アルバムのスタジオ・レコーディングさ。当時のボーカル、マイク・ミュアーはそういうカセットを持ち込んで、歌詞やメロディーを仕上げて「スタジオで会おう」って感じさ。次は知っての通り、それらを演奏するんだ。ドラムは通常、2回目のテイクだった。俺たちは1回目か2回目のテイクのマジックを捕らえたいといつも思っていた。それは今、メタリカにいて起きていることとはかなり違う。でもあらゆる状況が違う。捕らえたい別のマジックがあるんだ。

    ちょうど今、俺たちは基本的にアレンジを育んでいる状況なんだ。本当に全てを育んでいる。トランジションみたいなもので・・・試せるものは全部試しているよ。そんな感じだね。思うにそれがメタリカの音楽を素晴らしく特別なものにしているんだよ。ある種の誇りだし、本当に芸術作品に取り組んでいるからね。そして正しくあらなければならない。どういう意味かって?つまり探求ってことさ。ジェイムズは常にひとつの言葉に対して、いくつかの言葉の候補を持っている。もしかしたらこの言葉はしっくりこないかな。じゃあこいつを試してみようってね。それは大量の仕事だし、時間がかかる。でも同時に重要であり、こういう方法は必要なことなんだ。その結果が、みんなが愛する、俺たちがメタリカから聴こえるものなんだ。もしこうでなかったら、それはメタリカじゃない。同じようにもし・・・例としてインフェクシャス・グルーヴスを挙げてみたわけだ。知っての通り、インフェクシャス・グルーヴスはああやってレコードを作るべきなんだよ。この自然発生的なエネルギーと2回目かそこらのテイクのマジックを捕らえるべきなんだ。でもメタリカでは、特別なゴールを達成する異なるスタイルとやり方なのさ。


    −新譜制作や関係する他の創造物制作の原動力について

    俺は幸運だよ。なぜなら、メタリカでプレイすることは本当に特別なことだし、実際にメタリカのメンバーは創造的であること、挑戦することを楽しんでいるからね。ほとんどのバンドが、歳を取り、キャリアが長くなるほど、曲を書きたいという欲求に関しては緩くなっていくのに。つまり、どれだけ多くの既知のバンドが実際に外部のソングライターとかそういう人たちと曲を書き始めているのか、(あるいは)もはや実際には自分たちの曲を書いていないのかってことに驚くよ。俺たちはそういったものとは真逆のようなものだ。たくさんの曲のアイデアやリフやベースラインとかを持っている。何年も前のジャム・セッションから生まれたおびただしい数の音楽的なアイデアがね。最も難しいのは(そういったアイデアを)削っていくことなんだ。俺たちが曲を書く時っていうのは削っていく過程のようなものなんだよ。そういうお年寄りで出来たインスピレーション溢れるグループといるということはただただ素晴らしいってことさ。わかるかい?(笑)

    −メタリカのメンバーはいまだ創造的であることを楽しんでいると言った意味について

    バンドとして、俺がそういうことを言った時、俺たちが制作した3D映画『Through The Never』が念頭にある・・・。あれは(2013年に)公開された。でも、あれは・・・いろんな意味で創造的冒険だったんだ。つまり、俺たちは物語のほとんどの部分、ステージ・プロダクション、その他多くのことについて監修した。ライヴから2年かかった。そして本当に曲を書く必要があった2年があった。つまり、たくさんのファンがニューアルバムを待ち望んでいるってことだ。今や・・・5年かそこらに違いないと思うんだ。もはや思い出すことさえ出来ない。言い換えれば、俺たちが『Death Magnetic』を制作しているあいだ、曲を作り出すことに関しては、そのツアーを終えるまでに、俺たちには5人の子どもが生まれた。(この事実は)クレイジーだし狂気じみていて可笑しいね。でも俺が思うに、俺たちをうろたえさせるようなことが、俺たちを再び創造性に向かわせるんだ。ルー・リードとのアルバム・レコーディングにしても、3D映画にしてもね・・・。創造的プロジェクト、創造的チャレンジ、そういったものは必ずしもやることになっているわけじゃない。ロックンロールの世界で、ルー・リードと共に何かやるみたいなことは、俺たちにとって、本当に特別な瞬間だった。彼はアイコンだった。特にラーズとジェイムズにとっては、本当に自分たちの箱の外に出ることだったんだ。メタリカの持つ創造的な泡のなかで、ソングライターとして、オルタナティヴのアイコン−本当はロックンロールのアイコンと言いたいところだが−と一緒に取り組むのに外に足を踏み出し、俺たち、または(自分以外の)彼らがボスではないという事実によっておそらく謙虚になった。ボスになりうるもう一人(ルー・リード)がいて、俺たちはそんな男と共作したんだ。俺たちの脱線、あるいは道から外れていくようなことは明らかに創造的チャレンジに基づいている。ツアーで・・・「By Request」や『Ride The Lightning』やブラックアルバムの完全再現、フィルモアの・・・メタリカ30周年記念でサンフランシスコのフィルモアで、ダイヤモンド・ヘッドとかダンジグとかブラック・サバスといった俺たちが過去にレコーディングした曲をやっていた他のアーティストのメンバーの何人かまたはフルメンバーを、俺たちが実際に招待して一緒に同じ曲を演った4日間のショーみたいにこれまでと違うことに挑戦したりとかね。今、誰がそんなことやる?つまり、お金は儲けてない、(むしろ)失っているんだ。でも俺たちはそういうことをやる。なぜならメタリカは挑戦を引き受けるのが大好きなのさ。そしてそういったことは通常人々を驚かせる挑戦なんだ。だから俺たちは打撃を被る。多くの人はそれを知らない。「メタリカ?あぁ金持ちロックスターだろ」と思っているのさ。でもそういったことにはお金がかかる。打撃は被るし、失ってもいる・・・俺たちが主催したフェスティバル、Orionだって儲かっちゃいない。赤字だった。でも、まぁ、結局のところ、楽しいんだよ。俺たちができるのは挑戦することだけなんだ。


    BLABBERMOUTH.NET(2015-01-09)

    バンドによる曲の制作過程の違いについての話が出てきましたが、メタリカ自体もいろんな試行錯誤を経てそういう形になったんでしょう。

    インタビュー音声はこちらからどうぞ。


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