メタリカ情報局

メタリカを愛してやまないものの、メタリカへの愛の中途半端さ加減をダメだしされたのでこんなブログ作ってみました。

       

    タグ:Metallica

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    『No Life 'til Leather』復刻に対して、新譜制作は果たして進んでいるのかという疑問が生まれるのを見透かしたかのように、復刻を独占で報じたRollingStoneがラーズ・ウルリッヒのインタビューでこの疑問をぶつけていました。管理人拙訳にてご紹介。

    RollingStone_Metallica

    メタリカはバンドのバックカタログを再発し、この夏に一握りのコンサートを行うが、そういったことはニューアルバム制作の邪魔にはなっていない。「俺たちは(アルバム制作を)やってる真っ最中だ。」ドラマーのラーズ・ウルリッヒはきっぱりとRollingStoneに語った。「たくさんの楽曲を作ってきたし、そういう楽曲に磨きをかけて微調整をしている最中なんだ。かなり近づいている。」

    メタリカは2008年の『Death Magnetic』に続く今度のアルバムのために20曲近い新曲を書いてきた。近い将来、プリプロダクションのレコーディングを行う段階におそらく入るだろう。来たる春と夏のコンサート−アメリカの予定はラスベガスで行われる5月9日のロック・イン・リオのみだ−でファンが新曲の披露をバンドに期待することができるか尋ねられると、ドラマーはこう語った。「そうだといいね。おっしゃるとおり。」

    少なくともこの時点で保証できることのひとつは、メタリカはビヨンセやU2が行ったようなサプライズのリリースを行う予定はないということだ。「今のところ、誰にも内緒で木曜日にiTunesにアップするなんてことはやろうとはしていないよ。それは手持ちのカードには入ってないね。」

    ラーズが「寄せ集めの切れ端」と呼ぶところの楽曲における音楽的変遷のようなものを選り分けて、彼らはアルバムとともにいくつか新しいことをしようと計画している。「俺たちの世界では、創造的な段階とレコーディング段階との間には、はっきりした違いがあった。」と彼は言う。「このプロジェクトで、俺たちはその2つの間をもっと有機的に橋渡ししようとしている。プロセス間のそんなすごい分裂をなくそうとしているんだ。ある種の創造的好奇心、最初にスタジオで演奏した時に起きた衝動的なものが何をもたらすのか俺たちは観てみたいんだ。」

    「微調整したりいいものを得ようとしたりしたいけど、苦心の跡とか考えすぎたりとかしないやり方でレコーディングしたいとも思っている。どこに線を引けばいいかを見つけ出そうとしているんだ。」

    メタリカは誰がアルバムをプロデュースするのか、まだ確定させていない。

    最近、ラーズが勇気付けられたことのひとつが、メタリカの直近のシングルで昨年のツアーで披露した「Lords of Summer」だ。「俺はiTunes上でさまよって、どうしたものか結局メタリカを検索していた。「Lords of Summer」のプレビュー30秒を聴いたら、俺はもう「わぉ!こいつはかなりイイな」って感じだった。俺たちが最後に演奏してから覚えていなかったんで「悪くないな」と思ったね。」

    最後にラーズからファンへのメッセージは辛抱強くあれということだった。「創造的な要素は終わりに近づきつつある。」とドラマーは語る。「ただ覚えておいてくれ。これはまだ『メタリカ時間』なんだ。俺が終わりに近づいていると言った時、それは来月とかそこらを意味しているんだ。人生を続けていると家族や個人的なイベントがたくさん起こるものだ・・・。でも俺たちは確かに毎日のように(楽曲制作を)やっているよ。」

    RollingStone(2015-03-04)

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    メタリカ、デビュー前のデモ・テープ『No Life 'Til Leather』の復刻版をリリース
    『Kill 'Em All』『Ride The Lightning』のリマスター盤2015年発売決定

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    管理人多忙につき、更新が遅れてしまいました。
    まずはYahooニュースにもなったメタリカのデビュー前のデモ・テープ『No Life 'til Leather』の復刻版リリースの報から。

    Metallica.comの公式発表をRO69さんから一部引用してご紹介。

    「1982年に俺たちは7曲のレコーディングを行い、これが俺たちにとって『No Life 'til Leather』という最初の名刺代わりの挨拶状となって、俺たちにとって初のレコード契約を引っ張ってきてくれたんだ。その後は、みんなの一部は知っているだろうけど、歴史の通りさ!」

    「4月18日のレコード・ストア・デイにはこのデモ・テープが限定カセット・テープとして(そう、カセットだよー!!)お近くのレコード店かMetallica.comでリリースされるよ」

    「ちなみに俺たちは昔の音源を漁ってオリジナルの音源を探し出して2015年に向けて音を最大限にまでリマスタリングしたけど、ミックスはオリジナルと少しも変わってないから」

    「当時ライヴではメタリカとして知られていたオリジナル・ラインナップでレコーディングされたこの『No Life 'til Leather』はこれまで公式に発売されたことはないんだ。今年の夏にはさらに拡大盤をCD、アナログ、そしてコレクターズ・エディションとしてリリースする予定だから」

    「この思い出旅行をみんなにも一緒に楽しんでもらって、世界中の自営レコード店を支援する活動に参加していただければとっても嬉しいです」

    NoLife

    Ro69(2015-03-05)
    Metallica.com(2015-03-02)

    今年(2015年)は『Kill 'Em All』と『Ride The Lightning』のリマスターのリリース、そして来年(2016年)にはリリース30周年を迎える3rdアルバム『Master of Puppets』に関する特別本を出すことをすでに発表しているので、その先陣を切るリリースということになりそうです。

    『No Life 'til Leather』といえばご存知の通り、メガデスとして活躍するデイヴ・ムステインを含む以下のバンド編成時の音源。

    ジェイムズ・ヘットフィールド(vo, g)
    ラーズ・ウルリッヒ(dr)
    デイヴ・ムステイン(g)
    ロン・マクガヴニー(b)

    トラックリストは以下の通り。

    Hit The Lights
    The Mechanix
    Motorbreath
    Seek & Destroy
    Metal Militia
    Jump In The Fire
    Phantom Lord

    今回の復刻版もメタリカ自身のレーベル「Blackened Recordings」からのリリース。この発表にあわせてRollingStoneでラーズ・ウルリッヒがインタビューに答えています。本文長すぎのため、カットしても長いラーズのコメント中心に抜粋して管理人拙訳にてご紹介。

    ラーズ・ウルリッヒによると、バンドはリイシューのためにオリジナル・テープのミックスそのままに「昔のままの無垢な状態、そして思春期をほとんど抜け切れていない4人のガキがロックして、自分たちのやりたいようにやった、境界線なんて知らない」ものを示すということだ。アートワークはラーズ所有のテープからコピーされ、このデンマーク人ドラマーの手書きを特徴とするものになる。

    「次のレベルのリイシューを行って、バンドのカタログでどんちゃん騒ぎする時が俺たちにも来たんだ。他のみんな、U2やレッド・ツェッペリン、オアシスがやってきたようにね。ただ俺たちは1983年の『Kill 'Em All』から始めるんじゃなくて、さらに2年前、バンドが結成された1981年まで遡ってみようと思ったんだ。」

    このカセットをCDやLPバージョンまで広げることについて、ラーズは「『No Life 'Til Leather』時代には(カセットだったけど)ね。でもカセットに限定する必要性はなかったんだ。」と答えている。バンドがこの時代に出した4曲から成る『Power Metal』(訳注:メタリカ初のデモ・テープ)のような他のデモ・テープは含まれるのかと尋ねられると、ラーズは辛抱強く待つことをお願いし、「段ボール箱とテープ保管庫にたくさんあるイイもの」からふるいにかけていると語った。

    数ヶ月以内には「俺たちがどれだけすばやくまわせるかによるけど」グループはリイシューの「大きなパッケージ」を発表する予定とのこと。「昨日は、別のテープをみつけて(エンジニアの)グレッグ・フィデルマンに手渡したんだ。そのB面にはまだあるとは思ってなかったクレイジーなものが入っていたよ。」ラーズはさらに「全てがやってくる。最善を尽くすよ。」と言う。

    しかし最も自然なスタート地点はカセットの『No Life 'Til Leather』だった。「これ(『No Life 'Til Leather』)は俺たちが制作して配布された2番目のデモ・テープだった。俺は自分の寝室でカセットのラベルに内容を書いて、郵便局まで行っては、世界中の全テープ・コレクターに発送したんだ。あれから20、30年経って、このテープは今や『Kill 'Em All』以前のメタリカの代名詞となっているんだよ。」

    必要に応じて学業を行い、朝の4時から6時の間は2つのルートでロサンゼルスタイムズ紙を配達し、バンドに身を捧げた。「残りの時間はハンティントンビーチまで車を運転してムステインをひろって、ヘットフィールドがいたノーウォークのロンの家まで行って、それからそこでただ演奏したり、曲を書いたり、ダラダラしたり、ビールを飲んだり、そしてメタルのレコードを聴いたりしていたんだ。ガレージの隣にはデンマーク育ちの俺は使ったこともないような、アメリカン・スタイルのTVを観るための本当に大きな椅子が一組置いてある私室があったんだよ。」

    「くだらないビールや最高のピーチ・シュナップスとか変わったシュナップス(訳注:アルコール度40度以上の飲みすぎ危険なジャガイモ・穀類・果物から作られる蒸留酒)とかリキュールをたくさん飲んでいたんだ。ギグをやって、LAあたりのバンドを観て、俺たちはああいったものには属さない、アイアン・メイデンのTシャツを着た、のけ者やはみ出し者のように感じた。ほとんど第2級市民みたいなものさ。でも俺たちがやっていることに結束があったし、楽しかったんだ。俺たち全員同じように、はみ出し者で一匹狼でメタルファンだったのさ。そういったものの中に力があったんだ。」

    −(後にメタリカの「The Four Horsemen」となった)「The Mechanix」を書き、「Jump In The Fire」のアイデアを持ち寄ったデイヴ・ムステインについて

    「デイヴはエネルギーの塊だった。」とラーズは語る。「ハリケーンのように魅力と美貌を俺たちの世界に渦巻いてやってきた。ステージのバックラインのごとく素晴らしい装置一式を持っていたし、ローディーもいたんだ。あいつは全てを持っていた。何曲かの骨組みや設計図も持っていた。俺たちはそれらを微調整した。そういったものを『メタリカ化』したんだ。」

    「「The Mechanix」の歌詞は文字どおり−何の判別もなくこれについて言うなら−ガソリンスタンドでの行きずりセックスについてだった。全てが性的トーンを帯びた婉曲表現になっていた。特別悪い歌詞ではなかったけど、当時アメリカにいたHR/HMのほとんどと同じもの(訳注:セックス・ドラッグ・ロックンロール)に類するものだったんだ。その後の1、2年に渡って、俺たちは少しダークな方向に行きたかったし、イギリスで起きていたこと(訳注:NWOBHM)にロックオンしていたから、歌詞を違う方向にすると決めたんだ。」(ムステインは後に「Mechanix」を自分が書いたようにレコーディングし、メガデスの1985年のデビューアルバム『Killing Is My Business...and Business Is Good!』に収録した。)

    ラーズは『No Life 'Til Leather』を50から100本ほどのコピーを作成し送ったと証言する。その後、テープを受け取った人たちがコピーをその友人に送ったのだ。「特に目標を設定したわけじゃないから覚えてないけど、当時の意志はレコード契約だと思うこととしよう。」ラーズはそう言って笑う。「俺たちはいつも楽しいと思ってきたし、何年にも渡る一匹狼時代の後、何かに属していると感じるようになった。遊び仲間のグループに入って、音楽を演奏し、楽しんで、24時間365日HR/HMに生きて呼吸をしているってね。俺たちはすぐに気づいたよ、当時のハリウッドで起きていたようなことと俺たちは真逆なんだとね。」

    グループがサンフランシスコに移住した正確な日付を引用して、ラーズは当時のバンドの主な目標は「LAからとっとと出ていくこと」だったと語る。結局、そのデモ・テープはジョニーZという名の男がオーナーをつとめる音楽店のある東海岸まで辿りつき、メガフォース・レーベルとサインして『Kill 'Em All』を出すこととなった。

    グループは、拡張版として出すものをみつけるためにメタリカ活動初期の頃の友人数人と連絡を取ってきた。「昔ながらの私立探偵」を雇ってまで無くなったテープの在り処を探している。「1982年のメタリカのものは全部、自分のベッドの下に持っているというヤツを知っている人と昨日話してきた。」

    ラーズはグループが発見したサウンドに最も強い衝撃を受けた。とりわけ次のアルバムに取り組んでいるこんな時には。「そのサウンドはクソ無邪気でとても本能的に聴こえるんだ。ここで新しい曲を書いてプリプロダクションに近づこうとしている今の時点では、ジェイムズ・ヘットフィールドは曲をイイものにする34ものやり方でもって弾くだろう。そして俺はただそこにいて頭をエクソシストに出てくるリンダ・ブレアみたいにぶん回すんだ。なぜなら、それらは全て素晴らしいし、ある時点でひとつに絞るからね。」

    「『No Life 'Til Leather』のものは、ある日の午後に全部一緒に作ったような、努力を要していないサウンドに聴こえる。51年人類として生きてきてから聴いてみるとこうさ。「おいおい俺はこれを取り戻すために(訳注:あの当時のように強いお酒をたくさん)飲まなきゃならないのか?何にも考えずに弾いているただの4人のガキじゃないか。」とね。」

    RollingStone(2015-03-02)

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    『Kill 'Em All』『Ride The Lightning』のリマスター盤2015年発売決定

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    アメリカに初上陸したラスベガスで行われるロック・イン・リオへの出演が決定しているメタリカですが、本家ロック・イン・リオにも参加が決定しました。
    Metallica.comの発表を管理人拙訳にて。

    rock-in-rio-brazil-2015

    年1回だけのロック・イン・リオじゃ物足りない!ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで2015年9月18日から27日まで行われるフェスの一夜に、俺たちはヘッドライナーとして、祝30周年を迎える本家ロック・イン・リオに招待されているってことにエキサイトしているよ。来たる5月のラスベガスのショーを含めれば、これでロック・イン・リオ出演は8回目(!)を数える。フェイス・ノー・モア、システム・オブ・ア・ダウン、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ、スリップノットやその他多くのラインナップのそろった輝かしいフェスに参加するんだから、パーティーさながらの盛り上がりになることを約束する。

    チケットは4月から発売されるので、ここかロック・イン・リオ公式サイトで追加情報をチェックし続けていてくれ。

    Metallica.com(2015-02-24)

    1985年の開始から30年、リオでの開催は6回目を迎えるロック・イン・リオ。リスボンやマドリッドで行われたロック・イン・リオを含めてメタリカは8回目の出演となります。8月までのスケジュールが発表されていたメタリカですが、これで9月以降のスケジュールも動き出しそうです。

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    少し更新が遅くなりましたが、訃報です。実際に起きた少年事件について冤罪の観点で取り上げた映画『Paradise Lost』で知られ、メタリカとは『Some Kind Of Monster(邦題:メタリカ 真実の瞬間)』を撮った監督でもあるブルース・シノフスキーが2015年2月21日、糖尿病の合併症によりお亡くなりになりました。享年58歳。

    Metallica.comで追悼のコメントが発表されていましたので管理人拙訳にて。

    bruce-sinofsky-gear

    家族の大切な一員を我々は失った。賞を受賞した映画監督ブルース・シノフスキーが今朝亡くなった。

    ブルースは、ジョー・バーリンジャーと共に、俺たちの映画『Some Kind Of Monster』の設計立案者だった。スマートで、愉快で、ひたむきだったブルースは、2000年代初めに俺たちと毎日のように一緒にいて、俺たちが当時の荒波のような状況のなかを進む手助けをするのに不可欠な存在だった。常に諸手を挙げて歓迎したわけではなかったにもかかわらず、彼はメタリカの最も暗黒の時代を共にしてくれた。彼は俺たちが素に戻り、内からも外からも自分自身を再構築していくのを客観的に観察しながら、献身的な支えとなり目に見える救命ボートの役割を果たしてくれた。我々はブルースとジョーの手がけた『Brother's Keeper』(訳注:1992年公開)を称賛したが、言うまでもなくブルースとジョーが成し遂げた『Paradise Lost』三部作には圧倒された。彼らの執拗なまでの仕事ぶりと細部への配慮により、ブルースとジョーの映画は10代の少年3人の殺人罪被告人に関する司法の誤りへの注意を喚起し、刑期18年を過ぎた後に最終的に刑務所からの解放を導くのを手助けした。

    『Some Kind of Monster』の後、ブルースはサンダンス・チャンネルのシリーズ『Iconoclasts』、ヒストリー・チャンネルの『10 Days that Unexpectedly Changed America』に加え、その他多くの映画やテレビのプロジェクトという、さらに輝かしい仕事を行っていた。

    我々の思いと祈りをブルースの家族と友人と共に。ブルースを失って寂しい。深い共感と見識を持つ勇敢な男は、物語を語るために深く掘り下げるのを恐れなかった。

    安らかに、ブルース。

    Metallica.com(2015-02-21)

    精力的に活動していた人だっただけに、早すぎる訃報は残念です。
    ご冥福をお祈りします。

    以下、参考リンク。

    『Paradise Lost』※映画批評サイト
    http://subterranean.seesaa.net/article/35828265.html

    『Iconoclasts』※サンダンス・チャンネル
    http://www.sundance.tv/watch-now/iconoclasts

    『10 Days that Unexpectedly Changed America』※Wikipedia英語版
    http://en.wikipedia.org/wiki/10_Days_That_Unexpectedly_Changed_America

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    メタリカが3D映画制作に着手?

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    ラーズ・ウルリッヒ伝記本『Lars Ulrich - Forkalet med frihed』の続き、第4章完結編です。(前回までのお話は関連記事にてどうぞ。)有志英訳を管理人拙訳にて。今回はメタリカの活躍を支えることとなるQプライムとの出会いについて。(読み方がわからない地名等はアルファベット表記のままにしています。)

    エレクトラ・レコードとの交渉に先立ち、ラーズとバンドは自分たちのキャリアの中で重要な仲間と関わっていた。夏の間、ラーズの友人であり『Kerrang!』の記者でもあるシャビエル・ラッセルは、ラーズにあのピーター・メンチがラーズとバンドに連絡を取りたがっているとロンドンで知らせていた。このピーター・メンチという男はQプライムのロンドン支社長だとわかった。メンチと彼の仲間であるニューヨーク本社の代表、クリフ・バーンスタインはある日、ロンドン有数のヘヴィメタル・レコードショップであるシェイズ・レコードに行くと、そこにあったメタリカのTシャツ、ブートレグ、シングルの膨大なセレクションに圧倒されてしまった。2人のマネージャーは『Kill 'Em All』からメタリカを観続けていたが、その巨大な可能性を感じたのはそこからだった。彼らはその可能性を実現しなければならない。一時もそれを疑うことはなかった。

    ラーズはピーター・メンチに連絡を取り、クリフ・バーンスタインと共にニュージャージー州で会う約束をした。ローズランドのコンサートまで、メタリカはニュージャージー州にいるジョニーZの友人の家に滞在していたのだ。だからラーズとバンドにとってニュージャージー州ホーボーケンへの小旅行はとても容易いことだった。ここはフランク・シナトラが最初にスターダムの夢を見た地区であり、今この小さな、グレーのあごひげをたくわえた、機を見るに敏なクリフ・バーンスタインとの会合後にメタリカが自らを方向付けることとなる地区でもあった。

    ラーズは、バーンスタインがNWOBHMのお気に入りバンド、デフ・レパードのマネージャーであったのに、大富豪の住む郊外ではなく「たわいのないスラム街」に住んでいることに驚いた。しかし、バーンスタインの家はQプライムとメタリカとの間の交渉をさらに進める決定要因ではなかった。決定的な要因は彼らとの間にケミストリーがあり、戦略的なビジョンにおいて双方とも合意したことだった。しかし、メタリカが正式なコラボレーションを始める前、つまり、新しいもっと実入りの良いレコード契約へとジャンプする前に、ジョニーZおよびクレイズド・マネージメントとメタリカとのレコード契約上の法的な決着をつけなければならなかった。

    ラーズ・ウルリッヒはこう説明する。「俺たちはメガフォースとジョニーZに契約で縛られていたから、ちょっと複雑になっていたんだ。俺たちは自由契約じゃなかった。他の契約を得る前に、契約外になっていたんで、84年秋の数ヶ月は俺たちはグレーゾーンにいたんだ。Qプライムがそんな状態を手助けしてくれたんだけど、ジョニーZとの契約が終わる前に俺たちのマネージャーとしては動けなかった。俺たちもポリグラムとか他の興味を持ち始めたレーベルと話をしていた。当時のアメリカあるあるだね。誰かが興味を持つとすぐに、他のところ全部も興味を持つんだ。彼らは他のヤツらが興味を持ったってだけで興味を持つんだよ!」

    最終的にジョニーZはさまざまな契約によって「買収」され、エレクトラとの契約にサインをした。すでに売れ行き好調の『Ride The Lightning』は新しい会社によって再リリースできるようになった。メタリカもマンハッタン7番街にあるQプライムの公式クライアントとなった。

    Qプライムは、すでに経験豊富なマネージャーであったクリフ・バーンスタインとピーター・メンチがパートナーとして、これより2年前に設立された。2人はロック革命期の60年代を10代として過ごし、今や専門的なマネージメントを行っている、ただの音楽ファンであった。しかし、バーンスタインとメンチは高学歴な人物でもある。バーンスタインはペンシルベニア大学で経済学と人口統計学の学位で卒業していた。そして1973年、ニューヨークのレコード会社、マーキュリーで自らのキャリアをスタートさせた。その後、1980年にコンテンポラリー・コミュニケーションズに入社し、ピーター・メンチと出会ったのだ。ピーター・メンチはシカゴ大学で都市研究とマーケティングの学位を持っていた。コンテンポラリー・コミュニケーションズに入る前、メンチはエアロスミスのツアー中の会計士として、1979年のAC/DCのあの『Highway To Hell』ツアーではマネージャーとして働いていた。2人とも同社を1982年に退社し、自らのマネージメント会社、Qプライムを始めたのである。

    スタートから、QプライムはAC/DCとデフ・レパードというハードロックのビッグネームを抱えて安定し、それから1984年、高い見識と忍耐で構築されたであろうメタリカと契約した。(契約に際して)とりわけラーズの耳に響いたことのひとつは『Ride The Lightning』の販売促進のためにメタリカにツアーをたくさんやってもらおうという彼らの考えだった。Qプライムのボスたちは、MTVでビデオを流しまくるという80年代のポップ/ロックネームたちがやってきたように成功要因を増やす道へアクセスするためだけに、急ごしらえのヒット曲を強いたり、ビデオ出演を課したりはしたくないと思っていたのだ。

    そう、メタリカのワールド・ツアーだ。それはQプライムが望んだことだったし、ラーズとメタリカが望んだことでもあった。既に強烈な売上げとなっていた『Ride The Lightning』、そしてメタリカについたエレクトラとQプライムにより、彼らは最大の楽しみであった、もっと良いホテルでのシングルルームという望みさえ叶った。彼らはまずヨーロッパに焦点を当てた。ヨーロッパには後に「スラッシュメタル」と分類される新しいヘヴィメタルに対する観衆がいたのだ。12月11日、ラーズは故郷で初めてのコンサートを行った。1年前に『Kill 'Em All』がリリースされた後、ケン・アンソニーはもう一度エリック・トムセンに話そうとしたが、このデンマークの大手ヘヴィメタル・プロモーターはメタリカにはまだ二の足を踏んでいた。

    「俺はレコードを送ってまでして、エリックと連絡を取って言ったんだ。「今、アンタが聴いているのすげぇだろ、ビッグになりそうだろ!」そしたら彼はただこう答えたよ。「黙れ。なんだこの生半可パンクは!?」ってね。」

    それでもなお、トムセンは経過を見ていた。1年後、彼はメタリカが初めてデンマークで行うショーのブッキングを担当した。

    「あれからメタリカを信じるようになった。」エリック・トムセンはそう語る。「だから私は最近ブライアン・アダムスが218人の観客でコンサートを行った500人収容のSaltlageretじゃなく、約1300人収容のSagaをメタリカのデンマーク初のコンサート会場として押さえたんだ。」

    コペンハーゲンのホヴェドガールドの近く、ヴェスター通りに面したSaga旧映画館はトムセンによって建てられ、別名ETプロモーションのコンサートで、少しオールドスクールなヘヴィメタルたち、アクセプト、サクソン、そしてスコーピオンズといった多くのバンドが使っていた。トムセンは正しかった。まさに正解だ。当時のメタリカの周りのメディアの盛り上がり不足もあって、メタリカのコンサートのチケットがほぼ売り切れたことは本当に驚くべきことだった。全てがアンダーグラウンドの世界で起きたことだった。文字どおり、ヘヴィメタルファンたちがケン・アンソニーのレコード店のアンダーグラウンド(地下フロア)でそのニュースを知ったのだ。

    注目すべき例外はあった。最も優秀な類のジャズとロック愛好家向けのまともで信頼性の高い月刊誌『MM』が1984年12月号でラーズ・ウルリッヒのインタビューを掲載していたのだ。「ライトニングはエネルギーを乗せてやってくる」と題されたインタビューはかろうじて1ページを埋めていた。最初に目を引いたのは−そのタイトルと共に−写真だった。(訳注:コペンハーゲンにある)ノアポート駅に降り立ち、革ジャケットとタイガーズ・オブ・パンタンのTシャツを着て、スポーツマンらしい人懐っこい笑顔を浮かべた若きデンマークの少年がそこにいた。それは2つのメタリカのアルバムで見たものとは全く違っていた。それぞれ、薄い口ひげをした粗野な若者(『Kill 'Em All』)、ドラムの後ろにいるワイルドな男(『Ride The Lightning』)だったのだから。

    インタビューで、ラーズはバンドの成り立ち、テニスのこと、「スラッシュメタル」という狭いサブジャンルの決まりごと、そしてバンドの新しいメジャーレーベルとの契約について詳しく語っている。Sagaで行われる予定のコンサートについても言及した。それにはちゃんとしたわけがあった。ヘレルプの大のメタルファンが初めて自分の故郷でパフォーマンスをするなんてことはこれまでなかったのだ。

    Sagaでのコンサートはユニークで強烈な事件だった。「Fight Fire With Fire」のアコースティックのイントロがショーの進行中に流れるとそこからすぐに長いお楽しみが始まった。その夜の大きな衝撃となったのはクリフが『Kill 'Em All』収録の「Anesthesia (Pulling Teeth)」として知られるベース・ソロを弾いた時だ。筆者も他の多くの人も他のヘヴィメタルバンドのギター・ソロ同様、ギター・ソロだと思い、まさかリード・ベース・ソロだとは思わなかった。しかしメタリカは他のバンドとは違った。クリフ・バートンは確かに他のベーシストとは違った。ベース・ソロ、これ以上何を言おうというのか。

    コンサートの数時間後、ヴェスターブロのエリアは、素晴らしいコンサートに押し寄せたヘヴィメタルのファンのアフター・パーティーで大いに盛り上がった。全員長髪でブルーのジャケットや服をまとった人々の中で、この暗くも夜には明るいコペンハーゲンで、何か新しい歴史的なことを体験できたという感覚が漂っていた。爽やかなラーズと、少しシャイで笑顔のカークは、そこではもはやロックスターではなかった。イステゲーゼを歩き、自分でホット・チョコレートとホットドッグを調達したのだ。

    1984年12月11日は、メタリカが勝利の寿司を、アルコホリカが勝利の日本酒を味わう前のことだった。来日前の2年弱は、バンドの生存に関する決定的で不変のポイントとなっていくのである。

    英訳元:http://w11.zetaboards.com/Metallichicks/topic/794989/10/

    PeterMensch-CliffBurnstein
    ピーター・メンチ(左)とクリフ・バーンスタイン(右)

    『MM』誌に掲載された爽やかなラーズの写真、ネット上にないか探してみましたが残念ながら探し切れませんでした(苦笑)

    2011年に書かれたものですが、クリフ・バーンスタインが為替変動の影響がツアー日程にどう影響するかについて語っている非常に興味深い記事をみつけました。彼らの仕事のひとつとしてご参考までに。
    http://jp.wsj.com/layout/set/article/content/view/full/355982

    私事でドタバタ続きのため、この伝記本翻訳はしばらくお休みします。再開までお待ちください。

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    まずはMetallica.comの発表を管理人拙訳にて。

    armada-skis-news

    バンドの4分の3はスノー・スポーツを楽しんでいることはご存知の通り。(カークは今、ウォーター・スポーツに夢中だ!)だからキミたちが山を巡るためのメタリカ・スキーのラインナップを創るために、Armadaと手を組んだことを発表することにエキサイトしているよ。プロ・スキーヤーやスノー・スポーツの写真家によって設立されたArmadaは、初めてのライダーのライダーによるメーカーで、俺たちはその独立したDIY精神に感銘を受けた。

    販売業者は今から、小売は今年9月から、Armada×メタリカのコラボとしてオールマウンテンモデルの「the Invictus 95Ti」、パウダースキー用の「JJ 2.0 powder ski」の2つが発売される。Armadaのグラフィック・チームによって創られた『Master of Puppets』のアートワークを元にしたHansのウィンドブレーカージャケット、スキーグローブも出る予定だ。

    スキー板は現在MetStoreで予約可能で、ジャケットとグローブは9月に店頭とオンラインストアで発売予定。

    より詳しい情報はArmadaSkisのサイトで。
    http://armadaskis.com/

    Metallica.com(2015-02-11)

    送料を考えたら、日本法人のこちらでの発売を待って購入した方が安いかもしれませんが、いち早く入手したい方はMetStoreからどうぞ。

    ちなみに現在MetStoreではメタリカの切手も販売されていますのでご参考まで。
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    Magic Bullet Recordsの創設者ブレント・アイストーンが自身のinstagramで、ロバート・トゥルージロとリック・スミス(フロリダ出身のヘヴィロックバンド、トーチ(Torche)のドラマー)とその他のミュージシャン2人と共にレコーディング・スタジオにいる写真がアップされました。

    RobertTrujillo_with_MagicBulletRecords
    instagramより

    写真に添えられたメッセージによると、今回のプロジェクトはトニー・ホーク財団とメタリカのサポートを得ており、写っている場所はロック・バンド、ブラインド・メロンが所有しているスタジオで、ドラムキットはこれまたメルヴィンズ、ビッグ・ビジネスから借りて使用しているとのこと。

    メタリカのメンバーのサイド・プロジェクトと言えば、以前ジェイソン・ニューステッドが立ち上げたエコーブレインが思い起こされます。このサイド・プロジェクトを始めたことがジェイソン脱退のキッカケになったと言われていますが、今回は大丈夫なのか?そんな憶測や疑問に写真をアップしたブレント・アイストーンはMagic Bullet Recordsのサイト上で次のように答えています。

    ・「スーパーグループの結成」ではない。旧友と新しい友人とでチャリティー精神を念頭に一緒に音楽を作っている。(後日、適当な時期にプロジェクトの詳細を明らかにする。)

    ・メタリカの新譜制作過程の邪魔にはなっていない。(これを書いている間も彼らはHQで文字通り、リハーサルをしている。)

    ・メタリカのメンバー間でおかしなことにはなってない。

    Magic Bullet Records(2015-02-10)

    同記事によると、そもそもトニー・ホーク財団とのチャリティーのためにブラック・サバスのカバー「Symptom of the Universe」をジャム・セッションしていたところ、熱を帯びて曲の半分も行かないうちに当初の計画をやめて新しいものをアドリブで弾き始めてから今回のプロジェクトが始まったようです。

    ちなみにトニー・ホーク財団とメタリカと言えば、昨年に財団の慈善イベントにラーズとロバートが参加していました(関連記事参照)。さらに時系列さかのぼると、プロスケートボーダーであるトニー・ホークのスケートボード・アクション・ゲーム『Tony Hawk's Pro Skater HD』の中でスペシャル・キャラクターとしてジェイムズとロバートが登場するというコラボが行われていました。

    YouTubeのゲーム実況動画によると、ジェイムズは「エアギター」「ギター破壊」「メタリカ・パワースライド」、ロバートは「ヘドバン」「クラウドサーフ」という独自の技を使えるようです(笑)(※やや動画の読み込みが遅いです。)

    ジェイムズ・ヘットフィールド編


    ロバート・トゥルージロ編


    ちょっと話がズレてきましたが、今回のプロジェクトに関わっているMagic Bullet Recordsも年間売り上げの5%をトニー・ホーク財団に寄付している実績もあることから、今度も売上げの一部か全部をトニー・ホーク財団に寄付する形で一時的にグループを組んで音源を出すのではないかと推測されます。

    参考リンク
    Magic Bullet Records donates 5% of annual web sales to Tony Hawk Foundation

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    関連記事
    ラーズ・ウルリッヒ、ロバート・トゥルージロが慈善イベント「Stand Up For Skateparks Benefit」に参加

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    MLBもNHLもコラボしたから、次はこれだという声が高まるのは必然でした。NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)のハーフタイム・ショーにメタリカを出演させて欲しいという署名の呼びかけが署名支援サイトChange.orgで行われています。

    署名を呼びかけたジェイソン・ロング氏の請願を管理人拙訳にて。

    Super_Bowl_Metallica

    30年以上にわたり、メタリカは壁を壊し、HR/HMジャンルを真正面から導いてきた。彼らは誰もが認めるヘヴィメタルのキングであり、世界中の何百万もの家庭にアートをもたらす責任がある。誰もたどり着けていない、自分たちの道を押し進め、今日までサウンドとエネルギーで誰にも止められないモンスターであり続けている。彼らの曲はNFLや全国のメジャー・スポーツのスタジアムにおけるアンセムとなっている。

    彼らはグラミー賞を何度も受賞しており、グラストンベリーからロラパルーザまで地球上のあらゆるフェスティバルのヘッドライナーを務めてきた。世界中で1億1000万以上のレコードを売上げ、直近5つのフルアルバム全て連続No.1を獲得し続けている。彼らにロックの殿堂入りに初めて票を投じた。率直に言って、このようなアメリカのロックの先駆者がスーパーボウルのハーフタイムに関わっていないということは本当にもうびっくり仰天と何の恐れもなしにぶっちゃけてしまうくらい、彼らがこれまでしていないこと、達成していないことは何もない。変えるべき時がきたのだ。

    第50回スーパーボウルは、これまでのスーパーボウルの中でも最大で、ホーム(北カリフォルニア、サンフランシスコのベイエリア)でアメリカの最大かつ最も伝説的なロック・アーティストが参加するだろう。この繋がりをムダにしてはいけない。メタリカが第50回スーパーボウルのハーフタイムショー出演者じゃなきゃダメだ。

    時は来た。本物のアメリカのメタルを支持して、甘ったらしいポップなアーティストが身を引く時が。バンド(お分かりの通り、彼らは実際に楽器を演奏するし、うまくやるだろう)をフィールドへ入れて、彼らにプラグを繋げさせて演らせる時が。我々には中身のない、フラッシュを浴びせる機械的な喝采にのせたポップな尻軽女は必要ない。必要とされているのはアンプとドラムをパワーと感情を込めて爆音で演奏されることなのだ。時は来た。

    何を欲し何が必要なのかアメリカに知らしめよう。メタリカはあなたを失望させないはずだ。私が保証する。

    Change.orgより

    25000人の署名目標に対し、すでに20000以上の署名が集まっています。
    ぜひ署名を!管理人からもお願いします!

    Ask Metallica to be the musical act for the halftime of Super Bowl 50

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