メタリカ情報局

メタリカを愛してやまないものの、メタリカへの愛の中途半端さ加減をダメだしされたのでこんなブログ作ってみました。

       

    タグ:Metallica

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    RollingStoneのインタビューでロバート・トゥルージロがジャコ・パストリアスやメタリカの新譜について語ってくれました。管理人拙訳にてご紹介。

    rob_8

    メタリカのロバート・トゥルージロは、ファンキーな即興演奏で知られるジャズの名手、故ジャコ・パストリアスの人生についてのドキュメンタリーを見たいといつも思っていた。そして、初めてジャコの息子ジョニーに出会った時、自分でそれを作ってしまおうと急き立てられるほど強く思ったのだ。約20年後、トゥルージロが共同プロデュースを行った『Jaco: A Documentary Film』は、4月に初開催される「Asbury Park Music in Film Festival」で上映が企画され、映画祭を巡回し始める。

    「これは教育ビデオなんかじゃない。もっと深い、物語なんだ。」

    ジャズ・フュージョンの巨大グループであるウェザー・リポート、ジョニ・ミッチェル、イアン・ハンターのアルバム、そして自身も同じくらい多く出したソロ作品における独創的な演奏で70年代半ばにロックとジャズの境界線の橋渡しをした伝説のベーシストを持ち上げたフィルム・クロニクル。躁鬱病が彼の後半生のキャリアにどう影響を及ぼしたかにも触れている。

    しかし、内容のほとんどは、このベーシストが1987年にクラブの用心棒から殴られて脳出血により35歳で亡くなる前に、多くのミュージシャンにどれだけ影響を与えたかの証左となっている。

    過去5年間に渡って制作されてきた、このドキュメンタリーではジャコを尊敬してやまない多くの人々が出演。そこにはフリー、スティング、ゲディー・リー、ブーツィー・コリンズ、そして彼とジャムを共にしたジミー・ペイジ、元ガンズ・アンド・ローゼズのドラマー、マット・ソーラムも含まれている。

    何より、トゥルージロは人々がパストリアスにどれだけの情熱を持っているのか観て欲しいと願っている。「これはとても特別な映画なんだ。」メタリカのベーシストはこう語る。「彼の物語をシェアすることは重要だと思っているよ。」

    −いつジャコ・パストリアスがあなたの人生を変えましたか?

    1979年にサンタモニカ市公会堂で彼が演奏したのを観たんだ。本当に自分の世界が変わったよ。それ以前まで最前線でメロディックな楽器として弾かれているベースを観たことがなかった。ギタリストのいないウェザ・リポートで演奏していた。あのなかではジャコが一番ヒッピーだった。彼のステージでの存在感は本当にパワフルだったよ。ほとんど彼のショーと言っていいくらいさ。みんな、彼を観にやってきたんだ。ヴェニス・ビーチからたくさんのスケーター仲間、サーファー、ジャズ・プレーヤー、メタラーやジョン・ベルーシ(訳注:ブルース・ブラザーズで知られる俳優)までいた。そんなたくさんの人たちが彼をチェックしに来ているように見えたね。

    −なぜジャコの演奏は特別なのでしょうか?

    ジャコは信じられないくらいファンキーなんだけど、本当にヘヴィでもあるんだ。彼のサウンドには多くのエッジとうなりがあった。俺は彼がいまだにユニークなサウンドを持っているってことが大好きなんだよ。そして彼のダイナミックな存在感が楽器を通じて感じられるところがね。でも同時に彼はメロディックで、たくさんのプレイヤー、ことさらベーシストにとってはとても貴重な存在なんだ。

    俺にとって特別だったのは、ライヴの体験とジョニ・ミッチェルとイアン・ハンターと一緒にやっている音源を見つけたことかな。もちろん彼のセカンドアルバム(訳注:『ワード・オブ・マウス』)もね。「Teen Town」のような曲のようにドラムとベースだけで本当にアグレッシヴなこともできる。実際、あの曲では彼はドラムも叩いているんだ。クレイジーだね。「Portrait of Tracy」ではハーモニーで曲を構成している。ハーモニー・コードを?ベースでだって?
    それまでに誰がそんなものを聴いたことがあるかい?

    −ジャコを初めて聴くのに一番いい出発点は何だと思いますか?

    「Come On, Come Over」を聴くといいよ。ファンキーなプレイヤーとしてジャコのスタイルに通じるのが重要だと思うからね。楽器の上で動く彼の指はさながらパーカッションのようだった。それはとてもユニークなサウンドで、だからレッチリのフリーやゲディー・リーや俺が彼に魅力を感じるんだ。彼のテクニックは本当に特別なんだよ。あれはみんなが聴くべき、頭をぶったたかれるようなファンク・ダンス・ナンバーなんだ。それからテクニックとか彼の革新者としての能力を知りたいと思ったら「Portrait of Tracy」を聴くといい。俺にとって、あれはベースである点を除けばエディ・ヴァン・ヘイレンがやった「Eruption」みたいなものなんだ。ウェザー・リポートの「Havona」もいい曲だね。もしロック好きならイアン・ハンターの「All-American Alien Boy」がある。最後に挙げた曲は誰もがこれまで聴いたなかで最高のベースソロになるかもしれない。


    −なぜベーシストは、ギタリストのように名手として認められることが難しいのでしょうか?

    昔から、ベーシストの役割というのはシンプルでソリッドなものを維持していくだけだったから、実際に視覚的なものを含めた大きな存在感をもたらすプレイヤーと出会えた時というのは本当に特別なことなんだよ。メタリカのクリフ・バートンなんて重大事件さ。彼はその楽器を手にとって、ヘヴィメタルに違う何かをもたらした。俺はそれが革新的だと思う。俺にとってそれは特別なものなんだ。

    俺は90年代にインフェクシャス・グルーヴスっていうバンドを組んだ。その音楽は本当にミクスチャーのスタイルで、パンクロック、スカといったものをやっていたけど、それからそこでたくさんのファンクをやり出した。ファンクはジェイムズ・ブラウンから始まったけど、ジャコ・パストリアスからでもあるんだ。俺はインフェクシャス・グルーヴスのなかでメインの作曲をやっていたけど、ジャコに本当に重大な影響を受けていた。そしてこうしてみんなをモッシュさせるようなクレイジーな曲を書いているんだ。結局、俺は全部彼から出来ている。もちろん他の大きな影響として明らかに(ブラック・サバスの)ギーザー・バトラーがいるわけだけどね。ギーザー・バトラーとジャコ・パストリアスのあいだなのは間違いない。


    −ジャコに会ったことはありますか?

    彼にちゃんと会ったことはないんだ。でも彼に遭遇したことはある。1985年にハリウッドで行われたギター・ショーでね。そこではホテルの各部屋にフェンダーとかギブソンとかアンプの会社とかスポンサーになっている音楽関連会社が入っていたんだ。そこのある部屋にいたら突然、壁や窓を震わすほどの馬鹿でかい刺激的な音が聴こえてきた。みんなこうさ。「一体何なんだこれは?」

    その部屋に行ってみると、ジャコがベースを弾いていたんだ。それだけでクレイジーだったね。俺は数フィート離れて彼の真正面に座った。数分のうちに部屋は人でいっぱいになった。彼はそこにいた俺たち全員の目を観たんだ。それが挨拶代わりみたいなものだった。彼は笑いもせず、何も言わずに真剣な目でこちらを観て「そうだ。俺はここにいる。よく聴け。俺はまだおまえらをぶちのめせる。」と言われているように見えた。俺にとってはとても強烈な瞬間だったよ。


    −ジャコの訃報を知った時、あなたはどこで何をしてましたか?

    訃報を知った時、俺はスタジオにいた。俺のベーシストの友だちの多くはジャコに敬意を表して実際に黒い装いをしていた。もう1回言うけど、こういう人たちはジャズ・ミュージシャンじゃなかった。本当にベースに夢中になっている人たちだった。俺たちベーシストはジャコの身に起きたことに絆と心からの悲しみを覚えたんだ。特に80年代にジャコについてのたくさんの悲しい物語やうまくやっていけてなかったことを聞くに及んでね。(ギター・ショーで)彼を観たとき、そんなにすごいことはやっていなかった。彼はちょっと謎を秘めてそこにいたんだ。

    −あなたはこの映画に多くの時間を投入してきたようですね。

    もう5年になるよ。たくさんお金がかかった。多くの人は「へぇ、あんたは金持ちロック・スターだね。」って思うだろう。俺たちはこの映画を作るために実際に資金を調達しなきゃならなかった。ポケット・マネーで約80万ドルも費やしたよ。俺はいつも言っているんだ。「あぁ確かに俺はメタリカの一員だ。でも俺はブラック・アルバムの時にはいなかった。」ってね。ロバート・トゥルージロについて間違った考えを持って欲しくないんだ。でも情熱が俺を動かした。この映画はそれを表しているよ。自分が感化された影響をシェアしたいと思ったのさ。普通の人は、5年間かけて俺がジャコ・パストリアスのためにしてきた冒険のように、ドキュメンタリーにそれだけ多くの情熱と時間をかけることを理解できないだろうね。監督のポール・マルシャンはジャコの映画を終わらせるために他の映画を断ったんだ。

    −新しいメタリカのアルバムはどうなっていますか?

    俺たちは楽曲に取り組んで、楽しい時間を過ごしている。生産的であることを楽しんでいるよ。

    −その楽曲はどんな感じですか?

    メタリカみたいに聴こえるね(笑)

    −『Death Magnetic』の延長線上のようなものに感じますか?

    それはまだ何とも言えないな。本当にどのアルバムにも関連付けられないんだ。メタリカはどのアルバムもそれぞれが独自にユニークになっていると俺は思う。俺たちがやっていることは特別でそれ自体がユニークなんだけど、いまだにヘヴィであり続けている。リスナーとしての俺にとって、メタリカと共にする旅路っていうのは、必要とされる特定のエッジがあるんだよね。メタリカに加入する前、スイサイダル・テンデンシーズにいた時、俺はツアーのために『Ride The Lightning』を練習したもんだった。小道をジョギングするようなものは一切なかった。「Fight Fire with Fire」みたいに。俺が言えるのは俺たちはヘヴィなものをやっているってこと。でも、もう一度言うけど、どのアルバムも独自の経験がある。だから俺たちはどうなるのかもう少し様子をみる必要があるだろうね。

    RollingStone(2015-04-02)

    ちなみに『Jaco: A Documentary Film』が公開される「Asbury Park Music in Film Festival」は、場所こそ全然離れていますがカーク・ハメット主催のFearFestEvilと日程的にモロかぶり(2015年4月10日-12日)。おそらく新譜制作の合間の休日の期間を充てているのでしょう。

    最後にインタビュー中にロブがオススメしていたジャコ・パストリアス参加の曲を。

    Come On, Come Over


    Portrait of Tracy


    Havona


    All-American Alien Boy



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    来週金曜日(2015年4月10日)からいよいよ開催されるカーク・ハメット主催のホラー・フェスティバル「FearFestEvil 2015」。これに伴い、フェスについてや自身のホラー映画の趣味について、カーク・ハメットのロング・インタビューが行われました。記事中のカークのQ&A部分のみ管理人拙訳にてご紹介。

    kirkvonhammett_zombie

    −あなたのコレクションがFearFestEvilで展示される予定です。もし火事になって、ひとつだけ持ち出せるとしたら、ひとつお気に入りの傑出したアイテムはありますか?

    参ったなぁ。それは難しい質問だね。1934年の映画『黒猫』でボリス・カーロフが着ていた衣装かな。あのコスチュームをひっつかむと思う。あるいはミイラの3枚もの(の映画ポスター)。でもあれは7フィート(2メートル強)で300パウンド(約140キロ)以上もあるから厳しいね。ドアの外に出るのも難しいだろうね。蝶番の外れたドアの家を出るのと同じくらいに。家が火事になったら、耐え難いものになるよ。黒猫の衣装は火事から逃れるのは比較的容易いと思うけどね。

    −(ハーマン・メルヴィルの小説)白鯨のように、あなたがまだ手に入れていないものはありますか?自分のものにしたい一番のアイテムは何ですか?

    存在しないと思われていて探している映画ポスターがいくつかあるんだ。20年代、30年代、40年代のホラー映画のポスターは超レアなんだよ。そのほとんどが第二次世界大戦のあいだに古紙回収運動で無くなってしまったんだ。古紙回収運動っていうのは紙をリサイクルして、近所に行ってはそこにいるみんなにこう言うんだ。「もし余っている紙があったら、今持ってきて」。だから、20年代、30年代、40年代のたくさんのポスターが無くなってしまった。まだみつかっていない30年代の映画ポスターがいくつかある。あるいはコピーしかみつかっていないものなんてのもある。一番俺が欲しいのはコピーしかないもので、1932年に制作されたベラ・ルゴシの映画『モルグ街の殺人』のポスターだね。もし『モルグ街の殺人』のポスターをみつけたら、ぜひ俺に教えてくれ!

    −所有しているホラー映画のポスターで、一番お気に入りのものは何ですか?

    いつも変わるけど、間違いなく大好きなのは3つ言える。一番は『フランケンシュタインの花嫁』、二番は1934年の『黒猫』、そして三番目が『死霊のはらわた』、『死霊のしたたり』、『ヘル・レイザー』、1作目の『エルム街の悪夢』、1作目の『エイリアン』のあいだでどれかなって感じだね。この三番目の地位は埋めるのが難しいね。大好きな素晴らしい現代のホラー映画がたくさんあるから。

    −あなたが惹きつけられがちなサブジャンルはありますか?

    悪魔のようなものに占有される映画、幽霊屋敷の映画、SFホラー映画のような、それ自体がジャンルになっているものが本当に大好きなんだ。『エイリアン』とか『イベント・ホライゾン』とか『スペース・バンパイア』のようなものがそうだね。かなりひどいホラー映画には弱点がある。そういう映画を観るのは知ってるなかでは俺だけ。本当にひどいホラー映画を観ているって人がみつからないのさ。

    −本当にひどいお気に入りのホラー映画は何だと思いますか?

    それならずっと喋ってられるよ。お気に入りのホラー映画は、そうだな、2つあるな。『Mr.オセロマン(原題:The Thing with Two Heads )』と『怪奇!双頭人間(原題:The Incredible Two-Headed Transplant)』(訳注:どちらも「双頭」ホラー映画)だね。両方とも70年代初頭の映画なんだ。どっちも不埒な映画で、明らかにどっちかがどっちかをコピーしているんだけど、どっちも全く違っていて、とてもひどくて最高だよ。ひとつは一人が人種差別主義者で、そいつの頭が大柄なアフリカ系アメリカ人の体に移植されるんだ。もうひとつの映画では知的障害者の体に頭を移植される。どちらも−本当に素晴らしい設定だ。言い表す言葉がないよ。

    −それ自体でいろいろ話せそうですね。私はホラー映画の曲にも興味があります。ミュージシャンとしてのあなたにとって傑出したものはありますか?

    ホラー映画のサウンドトラックでお気に入りなのは『ハンガー(原題:The Hunger)』のサウンドトラックだね。クラシックで心に響く作品で、とてもファンタスティックだ。『シャイニング』のサウンドトラックもかなり好きだよ。『死霊のしたたり』のオープニング・シーンもいいね。『サイコ』のテーマ曲に似ているんだけど、あれは狙ってやってるね。これが俺の大好きな3つのサウンドトラックだよ。

    −ひどい映画、おかしな趣味の悪い映画があるんだとあなたが言う時、もし純粋に怖がりたい人に観るべき映画を選ぶなら何を最初に持ってきますか?

    自分にとって『エクソシスト』は、これまでで一番怖い映画だね。1作目の『死霊のはらわた』も大好きだね。あれは本当に素晴らしいよ。『パラダイム(原題:Prince of Darkness)』っていう映画も本当に怖かったなぁ。何でかわからないけど。とにかく本当に怖かったんだ。

    俺はスプラッター映画の大ファンってわけじゃないんだけど、スプラッター映画の起源となった『13日の金曜日』のような映画は本当に素晴らしいと思う。『バレンタイン』っていう本当に信じられないほど良い映画もあるし、『The Ghoul (The Thing in the Attic)(訳注:邦題不明・日本未公開?)』っていう映画も本当にいい映画だよ。もし暴力的な恐怖を味わいたいなら、今言ったような映画を挙げるかな。


    俺にとっては、そんなことを考えるたびに『エクソシスト』が一番に出てくるけどね。いまだに死ぬほど怖がらせてくれるよ。少なくとも20回は観たね。ツアー中、遅くにホテルに戻って午前3時に各チャンネルをザっと見て、『エクソシスト』を観るんだ。でもホテルの自分の部屋でパニックになりたくなかったから、意図的にチャンネルを変えなきゃならなかったよ。過去3年間そんなことをやっているんだ。俺にとって最高の映画だ。

    −あなたが今後、特に興奮している公開予定のホラー映画はありますか?

    新しい『ターミネーター』はきいているものからすると本当に素晴らしい映画かもしれないね。みんなが考えていないであろう最近観たホラー映画についていくつか教えてあげよう。『ゴーン・ガール』って映画を知ってるかい?あれはホラー映画だと思うね。ちょうど最近、ジェイク・ジレンホール主演の『複製された男(原題:Enemy)』って映画を観たんだ。本当に怖かったよ。本当に怖かった理由は、とても抽象的でいまだにエンディングが一体何だったのかわかろうとしているカフカ風の作品だったからなんだ。俺にとっては、費用に見合うたくさんの価値があった。映画を観に行って、それが気に入って、何か考えさせてくれるようなことがあって、映画のことを考え続けるようなことがね。

    俺は興奮させてくれるようなホラー映画が好きで、『複製された男』は素晴らしい映画だと思うよ。あれは誰のレーダーにも引っかかってないね。ホラー雑誌やホラーサイトを見たけど、それについては大して書いていなかった。俺はたまたまみつけたんだけど、あれは観ておくべき素晴らしい映画だよ。

    −メタル界でホラー要素をステージに持ち込む最高のバンドは何だと思いますか?

    ミスフィッツだね。分かってるくせに。彼らは実際、映画をよく知ってるから、イメージがよく分かってるんだ。ただの上っ面じゃない。彼らは実際にホラー映画のファンでもあるし、俺たちは互いに電話するんだけど、お互いモンスター・キッズって呼んでるよ。ミスフィッツの連中はみんなモンスター・キッズなんだ。


    −ミスフィッツは昔のメンバーたちですか?グレン・ダンジグがフロントマンの時の・・・

    そう。70年代、80年代の編成の時だね。ジェリー・オンリー、ドイル、グレン・ダンジグ、ロボ。俺にとって完璧なホラー映画バンドだよ。

    GWARの芝居じみた感じも楽しいし、グール(Ghoul)ってバンドも楽しいね。俺は彼らが死ぬほど大好きだし、こういうバンド全部が死ぬほど好きなんだ。でもホラー映画について話していて、一番本物で説得力のあるバンドとして受け止められるのはミスフィッツなんだよ。最近もグレンとホラー映画について話したし、ドイルはFearFestEvilに来てくれたしね。


    −もうすこしFearFestEvilについて話しましょう。昨年、参加者は剥製の授業のように、興味深いホラー関連のものを現地でたくさんすることができました。今年は何に一番期待していますか?

    今年は金曜日から始まる3日間のイベントで、金曜日はウィンチェスター・ミステリー・ハウスで殺人ミステリー・ディナー(チケット完売)をやる予定なんだ。本当にエキサイティングなものになるよ。自分と何人かのスペシャルゲストも参加する。解決すべきミステリーの全シナリオを俺たちは演出するんだ。そしてさまざまなスペシャルゲストがチケットを買った参加者に手がかりを与えてくれることになっている。

    ウィンチェスター・ミステリー・ハウスのことを聞いたことがあるかわからないけど、あの家には本当に興奮しているよ。本当に不気味だし、幽霊が出そうな雰囲気が最高にクールなんだ。夕方のあいだにある手がかりを明らかにしていくスペシャルゲストを伴って降霊会が行われるんだ。だからディナーの後は連れ立って謎を解いて、ミステリーの最後には殺人者が何をやったのかがわかる大きな種明かしがあるって寸法さ。


    土曜日はFearFestEvilの音楽パートなんだ。屋外にはテーマ別のマーケットがあってたくさんのベンダーやその他もろもろが参加する。いろんなショーを行う予定で、一例としては見世物小屋とか、ゲームのカーニバルエリアとかね。俺のコレクションも展示予定だよ。これが土曜日の午後1時から始まる。午後7時頃からは夜の音楽パートさ。ハイ・オン・ファイア(High On Fire)のようなバンドがライヴをやって、どでかいモンスター・ジャムもやるつもりなんだ。ハイ・オン・ファイアのみんなと俺とコリィ・テイラー(スリップノット)、ジョン5、チャーリー・ベナンテ(アンスラックス)とかと一緒にね。楽しみだよ。


    土曜日と日曜日の予定で、コスプレ・コンテストを含むさまざまなコンテストがあるって言ったっけ?日曜日にはテーマ別のマーケット、遊園地式の乗り物、見世物小屋、本当にたくさんのクールなエンタテイメント、いくつかのコンテストがあって、夜にはメシュガー(Meshuggah)さ。このイベントのために音楽パートにより重きを置いたんだ。次のイベントではホラーに重点を置くつもりで計画している。それが俺たちがやろうとしていることなんだ。FearFestEvilは絶対に連続して同じものにはならない。いつも違って、フォーマットを変え続けるつもりだし、イベントもいつも変えていくつもりだし、必要とあらば何でも取り替えたり、使えたりできるものにしたいんだ。

    Mashable(2015-04-01)

    参考までにインタビュー中に出てきた『Psycho』のテーマと


    『死霊のしたたり』オープニングテーマ。


    確かによく似ています。

    FearFestEvil
    http://www.fearfestevil.com/

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    デビュー前のデモ・テープ『No Life 'Til Leather』のカセット復刻版を行うメタリカ。今回はメタリカの曲が初めてレコードに収録されたコンピレーション・アルバム『Metal Massacre』の制作秘話を。収録曲「Hit The Lights」のリードギターをつとめたロイド・グラントの(2015年2月27日に行われた)インタビュー。BLABBERMOUTH.NETさんのインタビュー文字起こしを管理人拙訳にてご紹介。

    lloyd-grant

    −どのようにしてメタリカと関わっていったのか

    何が起きたのかいろいろと違った説明がなされているね。私の見解では、私とラーズがカリフォルニアのオレンジ・カウンティーでジャムっていた。私たちと何人かでジャムったり、一緒にジャム・セッションしてくれる他の人たちを探していたんだ。そして、私たちは出会ったんだ・・・リサイクラーという週間紙を通じてね。あれを通じて出会ったんだ。それが始まりさ。

    私たちは長いことプレイしていた。彼は私のアパートにやってきては、私に一緒に来てバンドでジャムをしようと頼み続けていたんだ。でも私は他のことをやるのに本当に忙しくってね。私は根負けして彼らと一緒にやったんだ・・・私と彼とジェイムズ、その3人だけでね。ジェイムズはベースを弾き、私はギターを、ラーズはドラムを叩いていた。そして私たちは「Hit The Lights」をリハーサルした。しかし、そうなる前にラーズは私にあの曲を聴かせてくれた。私たちはサッカーを見てつるんでいた。彼は「俺、コイツに会ったことがあるんだぜ」とかベラベラ喋っていた。そして「彼はまさに俺たちが一緒にジャムしたいヤツだ」と言っていた。そして彼はこの1曲を弾いた。素晴らしかったね。それが「Hit The Lights」との出会いだよ。その後、何回か私たちはジャム・セッションをした。それから彼は私に電話してきて、彼らがコンピレーション・アルバム(『Metal Massacre』)に参加するつもりで、4トラックで録音した「Hit The Lights」のテープを渡したと言っていた。それでそのためにいくつかソロを弾いて欲しいということだった。彼らは4トラック録音機を持ってきて、録音だけすると、それをコンピレーション・アルバムで出したんだ。


    −2011年12月にフィルモアで行われたメタリカ結成30周年ライブに参加したことについて

    あぁ、あれは私の生涯で最高の経験だったね。あそこに行ったら、オジー、ギーザー・バトラーといったロック・スターたちが姿を見せていたんだから・・・。誰もが本当によく知っている、そんなロック・スターが私が立ったその夜の同じステージにいたんだ。あれはかなり素敵な経験だったよ。あの人たちはそのステージのために本当に懸命に取り組んでいたよ。つまり、彼らは午前中には着いていて、セットリストに載っている弾くつもりの曲を全曲弾いていたんだ。数回は練習していた。午前中にリハーサルをスタートして、ショーが始まる直前でやめたのさ。そんな感じで彼らは本当に懸命に取り組んでいたんだよ。ホントよくやっていた。彼らは一生懸命やっていた。それだけじゃない。それだけじゃなくって、彼らは本当に親切だったね。正直言ってあれは素晴らしい経験だよ。本当にいい経験だった。

    BLABBERMOUTH.NETより(2015-03-28)

    さらにBLABBERMOUTH.NETさんの記事の続きでは、別の側面からこのあたりのエピソードを取り上げていました。

    ハードロック・ジャーナリストのK.J.ドートンによるメタリカの伝記本『Metallica Unbound』のなかでは、ロイド・グラントとメタリカについて次のように書かれています。

    ラーズとジェイムズは決めた。「Hit The Lights」のデモ提出期限のたった数時間前に、第2ギタリストによる第2のリードギターが必要不可欠であると!ラーズはロイド・グラントという名前の手の空いたジャマイカ人ギタリストを知っていた。そこで、ブライアン・スレイゲルが『Metal Massacre』の他の曲のミキシングを既に終えていたハリウッドのビジョウ・スタジオ(Bijou Studio)までの道すがら、バンドはグラント家の私道に車を停めると、4トラック録音機を部屋に運び込み、彼が第2ソロをぶちかますのを見守った。こうして「Hit The Lights」のレシピは完成した。

    ジェイムズは土壇場の苦悩を回想する。「この4トラック録音機のことは覚えているよ。ドラム、ベース、ギターとボーカルはあった。曲のある部分ではボーカルがなかったから、ボーカル・トラックにリードギターが入れられた。思い出すよ。別のソロを入れたいと思っていたんだ。だからロイドの家に車を停めて、あのアンプをつないで、ソロだけ録ったんだ。最初のテイクだったよ。それからスタジオに行って、あのソロをレコードに入れたんだ。クソ素晴らしいソロだったね!」

    多くの話がグラントが実際にメタリカのメンバーだったということを物語っているにも関わらず、ジェイムズはこのシングルのずさんな出会いが彼がバンドに関わった唯一の時間だったと主張している。他の仲間はグラントが味のあるリードを心得た、才能あるデルタ・ブルースのギタリストだったと記憶している。ジェイムズはこう語る。「彼はマザーファッカーみたいなリードを弾くことができた。でも彼のリズムギターはあまりタイトではなかった。」

    『Metal Massacre』第2、第3プレス盤の「Hit The Lights」ではグラントではなく、デイヴ・ムステインがリードギターをつとめている。

    BLABBERMOUTH.NETより(2015-03-28)

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    まずはMetallica.comの発表を管理人拙訳にて。

    俺たちがロラパルーザの舞台に上がる幸運に恵まれてから、20年近く(1996年に出演)経った。だから俺たちはシカゴのグラントパークで毎年行われる祭典に今年出演を依頼されたことは想定以上のことだ。俺たちは8月1日の土曜日にステージに立つ予定だ。

    この3日間のフェスは、今年の7月31日から8月2日まで行われるけど、1日券だけ購入可能だ。Lollapalooza.comで現地時間の今日(2015年3月25日)午前10:00から(チケット販売が)始まるから自分の分を確保してくれ。

    この夏、風の街(シカゴの別称:Windy City)で会おう!

    Metallica.com(2015-03-25)

    メタリカ以外の出演アーティストはこちら。
    Lollapalooza2015

    全ラインナップはこちらから。
    http://www.lollapalooza.com/2015-lineup/

    いま一度、メタリカの2015年ツアー日程をおさらいしておきましょう。

    ■2015年5月9日
    Rock In Rio USA
    アメリカ・ラスベガス
    http://rockinrio.com/usa/

    ■2015年5月29日
    Grune Holle Rock
    ドイツ・ニュルンベルグ
    http://www.der-ring.de/

    ■2015年5月31日
    Rockavaria
    ドイツ・ミュンヘン
    http://www.rockavaria.de/

    ■2015年6月2日
    Sonisphere Italy
    イタリア・ミラン
    http://it.sonisphere.eu/

    ■2015年6月4日
    Rock in Vienna
    オーストリア・ウィーン
    http://www.rockinvienna.at/

    ■2015年8月1日
    Lollapalooza
    アメリカ・シカゴ
    http://www.lollapalooza.com/

    ■2015年8月20日
    ノルウェー・ベルゲン

    ■2015年8月22日
    スウェーデン・ヨーテボリ

    ■2015年8月25日
    ロシア・サンクトペテルブルク

    ■2015年8月27日
    ロシア・モスクワ

    ■2015年8月29日
    Reading Festival
    イギリス・レディング
    http://www.readingfestival.com/

    ■2015年8月30日
    Leeds Festival
    イギリス・リーズ
    http://www.leedsfestival.com/

    ■2015年9月19日
    Rock in Rio
    ブラジル・リオデジャネイロ
    http://rockinrio.com/rio/

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    メタリカの『...And Justice For All』のミキシングを担当したことでも知られる音楽プロデューサー、スティーブ・トンプソンがインタビューで『...And Justice For All』の制作秘話を明かしてくれました。

    ちなみに彼はガンズ・アンド・ローゼズの『Appetite For Destruction』、コーンの『Follow The Leader』、サウンド・ガーデンの『A-Sides』といったアルバムも手がけたやり手の方です。インタビューは大長編につき、メタリカに関する部分だけ抜粋して管理人拙訳にてご紹介。

    −1988年にメタリカの『...And Justice For All』の楽曲をミキシングしたのは、『Appetite For Destruction』を手がけたこととは全く別の経験だったんですか?

    まぁ私がやりたかったこととラーズがやりたかったことが全く違っていて、ちょっと困ってしまったよ。私はメタリカが大好きだし、彼らのことはよく知っていた。私は「アイツらはクールだ」と言っていた。我々はオファーの電話を受けて、ニューヨーク北部のベアズヴィル・スタジオまで行った。彼らはその時、モンスターズ・オブ・ロックのツアーの最中だった。だから彼らがしたことは、物事を処理するためだけにこの日はこっち、この日はあっちとヘリコプターで飛ぶことだった。


    −バンドは自分たちがどういうアルバムを作りたいか、どんなサウンドを望んでいるかわかっていましたか?

    ラーズは自分のドラムに求めていた全てのサウンドやパラメーターを正確にわかっていた。だから彼はクラーク・テクニックのEQ(パラメーターのイコライザー)を設定した写真を実際に持ってきたんだ。ドラムを望んだ音にするために、彼には決まったやり方があったってことだね。私は言ったよ。「マイケル(※訳注:マイケル・バービエーロ、スティーブ・トンプソンと共にミキシングを担当)、せっかくだからラーズと一緒に彼が求めているドラム・サウンドを出してみたらどうだい?彼が満足したら電話して私を呼んでくれ。」とね。


    −あなたが最終的にあのアルバムを聴いた時、どう思いましたか?

    彼らは私を呼び入れて、楽曲を聴いた。私はこう思った。「コイツはひどいサウンドだな」と。私は部屋の外のみんなを追いかけて、ドラム・サウンドを設計し直し、ギターの音量を上げた。ジェイソンはベースをよくやっていた。ヘットフィールドのギターとの絶妙な組み合わせだったんだ。


    (中略)

    −ジェイムズはあなたがやったことに満足していましたか?

    私は全ての音を上げてみた。全てをそんな感じにしたら、ヘットフィールドは親指を立てて同意してくれた。ラーズが数分後にやってきて、それに何分か耳を傾けると「あれは消してくれ」とこうさ。私は「何が問題なんだ?」と問うと、彼は「俺のドラム・サウンドに何が起きたんだ?」と言ったんだ。私は「本気なのか?」とかそんなようなことを言ったよ。


    −ラーズは満足していなかったということですか?

    我々は彼が持っていたやり方でドラム・サウンドを強くしなければならなかった。私はそういうサウンドのファンではなかったが。そこで彼は「ベースギターはどうだい?」とこうさ。私は「あぁすごいパートだよ。彼はよくやっている。」と答えた。すると彼はこう言うんだ。「ミキシングで出来る限り、聴こえないくらいベースを小さくして欲しいんだ。」私は言ったよ、「冗談だろ?」って。


    −彼は冗談ではなかったということですか?

    彼は「いいや、小さくしてくれ」と言っていた。私があのレベルまで音を下げると彼は「もう5db落としてみようか。」と言ったんだ。私は振り返って、ヘットフィールドを見て言ったんだ。「彼は正気かい?」あれにはぶっ飛んだね。


    −あなたはどうしたのですか?

    私はその夜、私のマネージャーを呼んで、(メタリカのマネージャーである)クリフ・バーンスタインとピーター・メンチに話したんだっけな。「アイツらのことは大好きだ。彼らを素晴らしいと思うし、彼ら自身のジャンルを創り上げてきたと思う。でもラーズが引っ張ろうとしている方向には同意できない。私の名前がそこに載るんだ。他の誰かがそれをみつけたらどうなる?」私のマネージャーはそのことについてもバーンスタインやメンチについても何の関わりも持っていなかった。


    −でもメタリカのミキシングから身を引く準備もできたのでは?

    彼らは私に現場にいてくれるよう話した。私の唯一の後悔は、少なくとも我々が聴いたやり方でミキシングをする充分な時間を取れなかったということだけだ。私は『Master of Puppets』を吹き飛ばすようなものを作りたかった。それが『...And Justice For All』の音楽の方向性だった。その全てが盛り込まれていたが、彼らはベース無しでよりガレージで出すようなタイプのサウンドを探していたように思う。ベースは素晴らしかった。完璧だ。思い出すよ、メタリカがロックの殿堂に選ばれた時に、我々は招待されて、私はラーズと席を共にしたんだ。

    −彼とは話したのですか?

    彼はこうさ。「ねぇ、『...Justice』のベース、あれは一体何が起きたんだい?」彼は実際にそう俺に尋ねてきたんだ。私はすぐそこで彼をぶん殴ってやりたかったよ。残念だった。私は、あのベースのためにコテンパンに叩かれた一人だったからね。

    Ultimate-Guitar.com(2015-03-20)

    わざわざ自分で調整したイコライザーのつまみの写真まで持ってきて自分のドラム・サウンドにこだわっていたラーズですが、レコーディング当時の写真をみた限りではそんな葛藤が両者にあったとはわかりませんでした。(スティーブ・トンプソンの目が笑ってないっちゃ、笑ってないですが・・・)

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    (左から)スティーブ・トンプソン、ジェイムズ・ヘットフィールド、マイケル・バービエーロ、ラーズ・ウルリッヒ

    スティーブ・トンプソンのサイトでこの写真の他、『...And Justice For All』のレコーディング当時の写真やメタリカのロックの殿堂の際に写した写真、仕事を共にしたメタリカ以外のアーティストとの写真などが掲載されています。
    http://stevethompsonproductions.com/photo-gallery/

    ※翻訳を一部修正しました。ご指摘ありがとうございました。

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    エクソダス、そしてスレイヤーとして活躍するゲイリー・ホルト。彼が昔からの友人であるカーク・ハメットとのエピソードをラジオ番組「Full Metal Jackie」のインタビューのなかで披露しています。後半はカークでもメタリカでもなく、完全にエクソダスとスレイヤーの話題ですが興味ある部分なのでつい訳してしまいました。管理人拙訳にて。

    −『Blood In Blood Out』でエクソダスは最高潮だと言える部分はどこですか?

    それは答えるのに常に難しい質問だな。つまり、俺たちは好きだと思えるアルバムをただ作ろうとしているだけだからね。たぶん、そのために自分たちが満足するということは難しいことだしね。そう、だから俺たちはやるべきことをやって、自分たちを失望させないように、そして結局は俺たちのファンを失望させないようにしているだけなんだ。アルバムはまさにやべぇ出来だ。フレッシュで生きてるって感じだ。それはつまりキーはアルバムを・・・アルバムに命を宿すか、アルバムを種無しとか見せ掛けだけのものにするのか?こういうことが俺はいまだに大好きなんだ。それが音楽に表れていると思う。

    −エクソダスの『Blood In Blood Out』は、オリジナルメンバーであるギタリストのカーク・ハメット(現メタリカ)が初めてエクソダスのアルバムで実際に弾いているものとなりました。彼のオリジナルメンバーとしての貢献で、今日のエクソダスのサウンドの一部として続いていることはどんなものがありますか?

    そうだね、カークは俺にギターを弾くってことを教えてくれた。俺に初めてのコード、初めてのフレーズを弾いて見せてくれたよ。俺は彼がやるようにピックを持つんだ。それが俺がいつもそうやるもんだと思っていたやり方だったからね。俺は他の持ち方があるなんて考えもしなかったよ。カークがそういう風に俺に見せてくれたから。そして知っての通り、彼はいつだって俺の親友のひとりなんだ。そして年月を重ねるに連れて・・・ここ数年で本当にまたつながりを持てた。彼がやってきたんで「レコードで弾いてみないか?」となったのさ。彼は興奮してただただ張り切っていたよ。元に戻ったかのようだった。彼はついに自分が創設メンバーだったバンドでレコーディングされている時に弾くことができたんだ。あれは本当に最高だった。やべぇよ。俺もワクワクした。

    −今年、初めてあなたが参加するスレイヤーの新しいレコードが出ますね。スレイヤーとエクソダスのアルバム制作で何か似ている部分はありますか?

    まぁ類似点ってのは俺が思うに音楽にあるね。俺たちは互いに自分たち特有のスタイルを持っている。どちらもずっとそばにある。俺たちはこのスラッシュメタルってジャンルの生みの親なんだ。でも俺たちがアルバムを制作するやり方は大幅に違っている。なぜならケリー(・キング)とヤツらは休むことなくノンストップで、何ヶ月も何ヶ月もレコードを作るって感じなんだ。個人的に、もし俺がそうしてあまりに長く過ごしていたら、本当にアルバム制作病にかかっちまう。エクソダスは、いつも自分たちのスタジオで組み立てていく。ちゃんとしたスタジオでドラムを録って、それからトム(・ハンティング)が住んでるヤギの牧場で他のパート全てをレコーディングしたんだ。スレイヤーは一流のスタジオでセットアップして、そこを長いあいだ使うんだ。俺はいったんレコーディングしたら、ひと月で終わりみたいなもんさ。俺はアルバム制作がとにかく終わったと考えたことはなかった。(ここまでが限界だと)諦めるようなことだったんだ。でもそれはアルバムごとにより良いものにしようと努力し続けるってことでもあるんだけどね。俺は一度作ったものは本当に聴かないから。『Blood In, Blood Out』もミックスを終えてから聴いたことがない。CDを入れたことがないんだ。でもスレイヤーのアルバムはやべぇ出来だよ。みんな吹き飛ばされるだろうね。ある日、俺は9つのソロを弾いた。左手首に痛みが走ったまま弾き続けたよ。突き刺すような、腱をつねったような、そんな感じの痛みさ。それでも弾き続けて、次の日には手首が動かなかったよ。俺はやったと喜んだね。だって数日は弾けないから。そしたらケリーが俺に、アルバムを完成させる前に何か再検討したいことがあるか尋ねたんだ。俺は楽曲を聴いて、これはやべぇって思ったよ。だからそれで終わりさ。ちょうど今、ミキシングの段階だと思うよ。


    −『Bonded By Blood』をレコーディングした当時のまだ子供だったあなたにとって、メタルがこうして進化・成長するということは思ってもみなかったことですか?

    みんなが俺たちがやっていることをいまだに楽しんでくれているなんて想像もつかなかったよ。『Bonded By Blood』をレコーディングした時、もっと具体的に言うと、俺たちがイカれた野郎の集まりだった時、コントロールの効かないただの若者たちが自分たちの聴きたい音楽を作ったんだ。そして30年後、このアルバムはいまだにスラッシュアルバムの指標として考えられているなんて思ったか?全然、思わないよ。俺たちのことを知ってる誰もが驚いている。メタルを健康的にできるのはいいことだ。特に今日のレコード売上げが減少している時代にはね。若いバンドたちにとっては成功するには本当に難しいよ。(自分たちが若い頃と)比較しても本当にレコード売上げがないから。俺がまだこうしてやれていることに感謝だな・・・(幸運すぎて)おーくわばらくわばら(笑)

    BLABBERMOUTH.NETより(2015-03-17)

    BLABBERMOUTH.NETさん、毎度文字起こし感謝です。最後にカークとゲイリーの仲の良さがにじみ出ている写真を2つ。
    Kirk-Hammett-and-Gary-Holt-in-the-80s

    kirk_gary

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    スレイヤーを脱退して現在はフィルム(Philm)として活動しているデイヴ・ロンバードが最近のインタビューで、1986年にメタリカがドラマー交代を考えていたという噂について答えていました。Metal Irelandで行われた、そのインタビューを管理人拙訳にて抜粋してご紹介。

    deelombardo

    俺はスレイヤーについてこれ以上議論するつもりはないよ。

    −それはちゃんとわかっています。週末に放送されたVH1の「Metal Show」を観ました。そこで全てのことが網羅されていたと思います。(そのTV番組のなかでデイヴはスレイヤーへの復帰について、「状況」が整えばありえない話ではないとほのめかしていた。)

    いいね。そう、その通りだ。もう(スレイヤーについてのことを)並び立てるようなことはない。

    −それはクールです。新たに言うべきこともないでしょう。

    ジェフ(・ハンネマン)についてもそうだし、スレイヤーについてもそうだ。全体として・・・歴史があるし、みんなが歴史について知りたいと思う、それはいいんだ。でも俺がタブーな問題を話す時には、そういったことをクローゼットにしまって片付ける必要がある。

    (中略)

    −マイク・パットンがフェイス・ノー・モアに再び関与しているなか、ファントマスについては先送りになっていたりするんでしょうか?

    俺は息を凝らして待っていることは何もないよ。マイクは(フェイス・ノー・モアとして)あちこちでショーをする可能性があるなら、明らかにその活動に占有されるからね。でも今のところ、フィルムが俺の優先事項だ。他のミュージシャンのことを待ってられない。自分がやりたいことをやりたいし、これが俺が焦点を当てていることなんだ。

    (中略)

    −今日はお話ありがとうございました。本当に感謝します。前回からすぐにMetal Irelandに戻っていただいて感謝しています。我々が立ち去る前に、よろしければ、少しだけスレイヤーの質問をしても構わないですか?

    あぁ大丈夫だよ。

    −聞こうとしていたことの多くは、週末のVH1でエディー・トランクに網羅されてしまいましたが・・・2002年にスレイヤーに復帰して、彼らはあなた不在でいくつかのアルバムをレコーディングしてきたわけですが、こういった楽曲を演奏することについてどう感じましたか?

    ノーコメント。

    −ジェフの悲劇的な死に際して、ケリーは「通常通り営業中」のような声明を出して、ハイネケン・スタイルのハンネマンのステージ幕を使っていましたが、状況を考えたら悪趣味かもしれないとは思いませんでしたか?

    俺には関わりのないことだ。俺なりの意見はあるが、俺自身のなかに留めておくよ。

    −どんなバンドにも黄金時代があり、スレイヤーにとっては(デイヴが参加した)最初の5枚だと思うのですが・・・

    そうだね、同意するよ。でも『World Painted Blood』も本当に大好きなんだ。

    −一番お気に入りのアルバムと言っていましたね。

    あぁ、ジェフが実際に参加して制作において大きな役割を果たした最後のアルバムだからね。彼はたくさんの曲に関わっていたけど、あれは本当に大好きだね。

    −アンスラックスのスコット・イアンが最近、自身の本で1986年のある時期、メタリカがクリフ・バートンの死の前にラーズ・ウルリッヒを交代させようとしていたと言っていました。この件に関して迫ったり、彼の交代についてどこか他の場所で噂されていたりしましたか?当時、あなたがスレイヤーから一度脱退した頃と時期がぴったりなのですが。

    俺にとってはこれまで聞いたことのないニュースだった。彼らがラーズを追い出そうとしていたなんて聞いたことがないよ。

    −スコット・イアンによって発表される前に出されたメタリカの伝記本にも書かれていました。少し推測が入っているかもしれませんが・・・

    当時(メタリカに加入する)そんな可能性があったかって?いいや。86年はガル(・サミュエルソン)に入れ替わってメガデスに加入しようとしていた。86年のある時期に彼ら全員に会った。でも彼らはドラッグの深みにハマっていて、俺は全くハマってなかった。彼らは皆、健康そうには見えなかった。ひどい状態に見えたんだ。

    −メガデスは現在ドラマーを探しています。多くのファンがそれを見たいと思っていますよ。でも現実的に彼らと一緒にやる可能性はあるんでしょうか?

    メガデスは独自のスタイルを持っている。俺は自分の音楽と新しいバンドに本当に忙しいんだ。俺はこれまでにこんな電話を受けてきた。「うちのバンドに入らないか?このバンドに入る気はないか?」とね。No、Noだよ。俺は誰かの雇われ人なんかにはなりたくない。俺はただ誰かから給料をもらうんじゃなく、俺がその一部となるものに取り組みたい。アーティストとして発展する役割を果たしたいんだ・・・アーティストであって雇われガンマンじゃない。俺はそういったことは充分満たされているし、そういう自由が必要なんだ。

    Metal Ireland(2015-03-16)

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    Orionフェスが赤字で続けられなくなったことは以前こちらでもお伝えしましたが、メタリカの台所事情が分析されている記事をみつけたので管理人拙訳にてご紹介します。

    『Into The Black』の著者はメタリカの財政状況は赤字であると主張する

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    メタリカについての新しい本のなかで、バンドが過去5年間で「悲惨な」財政上の一連の決定を行ったと主張している。

    著者であるポール・ブラニガンとイアン・ウィンウッドは新刊のなかで「2010年以降、これまでメタリカが稼いできた金額よりも損失を被っている」と主張している。

    この共著者たちは文芸サイト『The Weeklings』にこう説明している。

    「我々の試算によれば、Orion Festivalの2公演は財政的に悲惨だった。映画『Through The Never』という修羅場では3200万ドルの経費がかかり、その金額の一部のみを埋め合わせている」

    「HQのスタッフの給与、クルーとして雇用される従業員やエンターテイメント会社を維持していく各種のランニングコストという要因、そこからなぜバンドが(自ら進んでというよりは今や必然性をもって)夏が来るたびにヨーロッパでツアーを行うのかたやすく理解できるだろう。」

    共著者たちは(称賛の批評とグラミー賞ノミネートの両方を伴った)デイン・デハーン主演の映画『Through The Never』プロジェクトを真っ向から非難する立場を取っている。

    「映画『Through The Never』プロジェクトは恐ろしい判断ミスで、10歳児のアイデアに新たな生命を吹き込むような見当違いの試みだった」と彼らは語る。「恐るべき過剰予算スパイラルに陥った映画によって、少なくとも一人のバンドメンバーは(正直に言おう、ここではジェイムズ・ヘットフィールドの話をしている)こう考えていることは想像に難くない。「何で俺たちはこんなことになってるんだ?」と。あのような「筋書き」に青信号を出したのは理解しがたい謎だ。」

    メタリカは最近、『No Life 'Til Leather』をカセットテープで復刻することを発表した。バンドは今度の4月18日に1982年のデモをリリースする。この夏の一連のCD/ビニール盤のリリース前、レコード・ストア・デイに限定盤が発売される。

    「これは俺たちが制作して配布された2番目のデモ・テープだった。」ラーズ・ウルリッヒはRollingStoneにこう語った。「俺は自分の寝室でカセットのラベルに内容を書いて、郵便局まで行っては、世界中の全テープ・コレクターに発送したんだ。あれから20、30年経って、このテープは今や『Kill 'Em All』以前のメタリカの代名詞となっているんだよ。」

    (中略)

    メタリカは今年のレディング・フェスティバルとリーズ・フェスティバルのヘッドライナーを務める。その日のサポートアクトはロイヤル・ブラッドとブリング・ミー・ザ・ホライズンだ。

    (後略)

    Gigwise(2015-03-19)

    ちなみに記事に出てくる「メタリカについての新しい本」は昨年11月に発売されたこちらの本(洋書)です。
    into_the_black
    Into the Black: The Inside Story of Metallica (1991-2014)


    メタリカがビジネス的に割り切って動くバンドであったなら、Orionフェスも南極公演も『メタリカ・スルー・ザ・ネヴァー』も実現には至っていなかったことがうかがえます。赤字の状況がどれほどのものなのかわかりませんが、今後、自身のレーベルからリリースされるボックスセットやリマスター盤、さらには新譜発売とツアーによって、補填されていくのでしょうか。

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