メタリカ情報局

メタリカを愛してやまないものの、メタリカへの愛の中途半端さ加減をダメだしされたのでこんなブログ作ってみました。

       

    タグ:...AndJusticeForAll

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    メタルアルバムのジャケットアートワークについての話やインタビューをまとめたアートブック(洋書)『...And Justice For Art』が300部限定で発売中とのこと。
    andjusticeforart

    掲載内容は以下の通り。

    <内容紹介>
    264ページフルカラー、450以上のカラーグラフィック、独占インタビューを掲載
    初版に解説、インタビュー、10点以上のアートワークを追加

    ・掲載アルバム
    Slayer『Reign In Blood』
    Morbid Angel『Blessed Are The Sick』
    Metallica『...And Justice For All』
    Blind Guardian『A Night At The Opera』
    Death『Symbolic』
    Tiamat『Wildhoney』
    Carcass『Heartwork』
    At The Gates『Slaughter Of The Soul』
    Testament『Dark Roots Of Earth』
    Opeth『Heritage』
    Mayhem『Grand Declaration Of War』
    ...And More

    ・掲載インタビュー
    Amorphis
    Napalm Death
    Carcass
    Morbid Angel
    Anthrax
    Cynic
    Testament
    ...And More

    プレビューはこちらから。


    購入はこちらから。(3部以上購入で割引あり)
    http://andjusticeforart.bigcartel.com/product/and-justice-for-art-stories-about-heavy-metal-album-covers

    Sさん、情報提供ありがとうございます。

    ブログランキングに参加しています。
    応援クリックをヨロシクお願いします。

    関連記事
    メタルなドリル本『Heavy Metal Fun Time Activity Book』を買ってみた。
    80年代スラッシュメタル写真集、『MURDER IN THE FRONT RAW』の表紙と中身の一部が公開。
    メタリカ写真集『The Ultimate Metallica』の中身を少しだけ
    メタリカ活動初期写真集「The Club Dayz 1982-1984」届きました。
    80年代ニューヨークの伝説的ロッククラブ「L'Amour」の写真集が2015年12月に発売予定

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    前回記事の続き。同じくメキシコで行われたファンを交えたQ&Aセッションの続きをLoudwireさんが文字起こししてくれたので管理人拙訳にてご紹介。

    14727649_1669944059983581_9110888488345010176_n

    ー『Kill 'Em All』『Ride The Lightning』そしてブラックアルバムを過去にライヴで完全再現をしているが、『...And Justice For All』の完全再現は行わないのか?

    ラーズ・ウルリッヒ
    俺たちがやりたいこと全部やる時間はないっていうさっきの回答を覚えているかい?『...And Justice For All』もその一つだよ。リストのどこかにはあるけど、うまくいけば手がつけられるかもしれないけど・・・

    ジェイムズ・ヘットフィールド
    (ラーズに割って入って)難しすぎるよ!(場内・笑)

    カーク・ハメット
    ロブ(トゥルージロ)はどうするんだい?もし『...And Justice For All』を全曲やるんだとしたら、ロブは何をやればいい?あのアルバムにはベースがないんだぜ!(笑)

    Loudwire(2016-10-31)

    インタビューの該当部分は37:30あたりから。


    その他、かなり面白い話をしているようで、、自分のヒアリング能力のなさが残念です。。

    ブログランキングに参加しています。
    応援クリックをヨロシクお願いします。

    関連記事
    ジェイムズ・ヘットフィールド「もう長く待たせるのはナシ」
    『...And Justice For All』レコーディング時のジェイソン・ニューステッドの扱いが思った以上に酷かった件

    『...And Justice For All』のミキシング担当者がラーズ・ウルリッヒに不満たらたらな件

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    もしメタリカの新曲「Hardwired」が『Kill 'Em All』からブラックアルバムの初期5作にそれぞれ収録されていたら?
    Hardwired_youtube

    メタリカの初期5枚のアルバム風のミキシングやアレンジを施したカヴァー音源が話題になっています。音源をアップしたのはYouTubeアカウントcreblestar。



    各アルバムの特徴をよく捉えているナイスアレンジ。オリジナルの「Hardwired」と聴き比べるのも一興です。


    ブログランキングに参加しています。
    応援クリックをヨロシクお願いします。

    関連記事
    メタリカのカバーで話題のキッズバンド、レディング・フェスティバルに出演
    FPSゲーム『DOOM』のBGMがメタリカ、スレイヤー、パンテラの楽曲に激似だと話題に
    ラーズ・ウルリッヒ、Tバック着用疑惑で話題に

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    ラーズ・ウルリッヒの伝記本『Lars Ulrich - Forkalet med frihed』有志英訳を管理人拙訳にて。有志英訳が今回分で終わっており、尻切れトンボではありますが、ついに最終回となります。ジェイソンのベースについての話題が多い『...And Justice For All』の制作過程ですが、また別の角度からの秘話を。

    metallica_1987

    1987年の終わりには、メタリカのファン層は巨大なものとなっていた。それはグローバルで、忠実で、献身的で、本当にただ「メタリカ」と呼ぶしかない自分たちが築いたメタルのニッチ分野に分類されるものだった。それは、どんなロックバンドや音楽のマーケッターにとっても夢のシナリオだ。

    しかし、純粋に芸術的にも、メタリカはいくつかの挑戦に直面していた。ヘヴィメタルのほとんどのファンは、新旧ファンともに、『Master Of Puppets』は最高傑作だと考えていた。大雑把なスラッシュメタルのテンポとエネルギーに行き詰まり、速さ目的のためのただのスピードから、アルバムのオープニングとエンディングの曲(「Battery」「Damage Inc.」)でやったごとく、メタリカは大きな一歩を踏み出した。何よりも、タイトルトラックと「Welcome Home (Sanitarium)」で完璧に示されたように、即時で極度なエネルギーと感情的で深みのあるバイヴを1曲のなかに入れ込む素晴らしいバランスを保つバンドの能力が『Master Of Puppets』の揺ぎない力となっていた。

    メタリカが実際にリフに基づいたメタルソングをどこまで技術的にこなせるのか、もしメタリカが望んだとしたら?それが分かった時には、とんでもないものとなった。

    メタリカは『Master Of Puppets』の曲を書くのに数ヶ月を要していた。新曲作りはさらに早いペースだった。そう驚くべき早さだ。9つの新曲をたった8週間で書いたのである。一方で、メタリカには今やスケジュールの問題があった。「壊れていないものを直すな」は音楽業界でもおなじみの標語だ。それはすなわち、メタリカの意図は、年が明けてすぐにフレミング・ラスムッセンとレコーディングを行うということを意味していた。しかし、スウィート・サイレンス・スタジオとラスムッセンは、すでに歌手アン・リネット(Anne Linnet)の予約が入っており、早くとも2月の途中からでないと一緒に仕事ができないということだった。

    したがって、ラーズとメタリカは明白なジレンマに直面しなければならなかった。とりわけサウサリートのスタジオでのスロースタートを経た後で、ほぼ2ヶ月間ラスムッセンの準備ができるのを待つべきなのか?それともレコーディングは始めておいてラスムッセンが現在のプロジェクトを終えたら加わってもらうべきか?

    解決策は後者だった。

    メタリカはガレージのカバーで成功を収めていた一方、自分たちのやり方でアンダーグラウンドからチャートに這い上がってきた新しいガレージバンドがいた。ガンズ・アンド・ローゼズである。ラーズはすぐにこのバンドのセンセーショナルで熱狂的で無鉄砲なデビューアルバムを好きになった。ガンズ・アンド・ローゼズはメタリカとは全く異なり、ロックンロールに基づいた音楽を演奏していたが、アルバムのドライでダイナミックなサウンドはほとんどのロック愛好家に一杯食わせるものがあった。このアルバムのプロデューサー、マイク・クリンクは1987年という年にロック界で最もホットな名前のひとつとなっていた。

    目まぐるしく変わる状況のなかで、ゲディ・リー(ラーズとジェイソンの大好きなラッシュ(Rush)のベーシスト/シンガー)を雇うこともメタリカは考えていたが、彼も1988年の最初の月は他のことにスケジュールを押さえられていた。そこでマイク・クリンクに選択肢が落ち着いた。彼は幸いなことに当時充分時間があった。しかも彼の履歴書にはこうあった。ラーズとカークの70年代バンドのお気に入り、UFOのスタジオ・エンジニアであったと。

    年が明けてすぐに、メタリカはバンドの実の誕生地であるロサンゼルスに位置する小さいながらも設備の整ったスタジオ、ワン・オン・ワン(One On One)でクリンクに会った。しかしメタリカとクリンクは一緒にノることはなかった。ラーズとデモテープ時代からの友人であり、バンドの最初のファンクラブ会長K.J.ドニントンは自著本『Metallica Unbound: The Unofficial Biography』のなかで「クリンクはピンとこなかった(原文:Clink didn't click)」としっかり述べられている。

    ワン・オン・ワンの外でメタリカが始めていたアルバム・レコーディングがほとんど実りのないものだったと最初に気がついたのは・・・フレミング・ラスムッセンである。

    「1月下旬にLAからラーズが電話をかけてきて、こう言っていたんだ。「ダメだ。全然うまく行ってない!」彼らはアルバムをレコーディングするだけならできると思っていたようだが・・・パーだ!「曲は全曲ある。アルバムにしないといけないんだ!」彼らはそう言っていた。ラーズが電話してきた時、彼らはまだコイツができてない、全部クソみたいなサウンドだと思っていた。それで私はこうさ。「すぐにそっちに行こうか?」実際に可能だったからね、14日後には。もし全ての週末を犠牲にして、私がすでにやったことを他の誰かにやらせればの話だけど。そしたらラーズはこう言ったよ。「最高だ、契約書をそっちに送るよ!」」

    フレミングがワン・オン・ワン・スタジオに到着したのは2月中旬だった。航空機のエンジントラブルのせいで夜遅くの到着だった。

    「そこで私は全ての曲をもぎとって、私が望むように一緒にして戻したんだ。」

    フレミングが語るところによると、彼はバンドメンバーと同じように、メタリカが初めてコンサートを行った(そして、そこから彼らは新しいツアーを始めることになる)いくつかのクラブの近く、サンセット大通りすぐのところのアパートに移った。

    レコーディングは午前10時か11時に始まり、「俺たちはもう構わないよ」というところまで行われたとラスムッセンは語る。そして、ワン・オン・ワン・スタジオにいた3ヶ月のうち3日しか休みがなかったという。その3日はバンドがマスコミ用の撮影をしていた日だった。

    『...And Justice For All』と題されたこのアルバムのレコーディングでメタリカが抱えていた問題は、盗まれたアンプが奏でていた素晴らしいギターサウンドを探すというジェイムズのおなじみの問題だった。

    「クリックトラックは時間がかかったよ。」フレミングは慎重にそれが「ドラマー」であることをほのめかして、そうコメントした。「でもラーズは初めて会った時よりも百万倍良くなっていたよ。当時、私はこう思ったんだ。「あちゃー、彼は一体どこでドラムを学んだんだ?」ってね。でも私はこうも思った。彼は自分の限界を知っていると。彼は四六時中、限界を押し広げようと努めていた。あれはとても合理的だと思ったよ。4ヶ月もスタジオにいたわけだからね・・・それは4ヶ月の集中トレーニングみたいなものだ。そりゃあ良くもなるだろう。」

    ドラムトラックに多くの時間がかかり、すぐに終わると思われた、すでに形になっていた9曲のレコーディングは、この年の最初の5ヶ月を費やすことになった。アルバムのミキシングを除いて。

    フレミング・ラスムッセンはこう説明する。「メタリカのアルバムにこれだけ時間がかかった理由のひとつは、彼らの熱望した水準が音楽的に彼らが提供できるものよりも純粋にもっと高いところにあったからだ。小分けのパートにしていかなければならないんで時間がかかるんだよ。」

    「小分けのパート」に取り組むなかで、ラスムッセンがアルバムに入るドラムの多重録音のひとつをこなすことさえあった。

    「そうなんだ。ラーズが打てなかったジャスティスアルバムのドラムのひとつを実際に私が叩いてレコーディングしたんだ。あれは彼を相当怒らせたね。ひとつだけビートに欠けるドラムがあってね。残りは超クールだったんだが。そこで我々は余分なトラックを作って、そこに入れたんだ!ラーズは何回も挑戦していたけど、うまくできなかった。だから私は言ったんだ。「あぁもう、ボタンを押すだけだろ、そっちに行って私がやる!」そうして(レコーディングルームの)中に入って一気にやってしまったんだ。彼は怒っていたよ。プライドの問題だった。持ち合わせていなければならないものだけどね。」

    ラーズとジェイムズはニューアルバムを誇りに思っていた。夏のツアーのオフ日は全てアルバムのリリースのために押さえられた。ラーズとジェイムズの2人はミキシングの進捗をチェックするためにニューヨークのベアズヴィル(Bearsville)まで出向いていた。

    一般的に、新しいメタリカのアルバムを聴いてすぐの印象は、曲から曲、テンポの変化からテンポの変化と新しい素晴らしいリフが行き交う確たる魅力がある。1曲目とタイトルトラックのような曲は、実にこのアルバムがどんなものであるかを要約してくれている。ドラマチックで、シャープで、ハードで、素晴らしいリフ、目まぐるしく変わるテンポ、素晴らしいツインギター。そしてヘヴィで、ソリッドで、メタルでありながら、壮大で、プログレッシヴで、きらびやかだ。

    『...And Justice For All』は耳だけでなくその他の感覚への挑戦であることがわかった。メタリカは叙情的に辛辣な社会批判をしている。アルバムで最もアップテンポな曲のひとつである「The Shortest Straw」の主題が(50年代のマッカーシーによる赤狩りを引き合いに出した)さまざまな人への嫌疑追求である一方、前述のタイトルトラックでは司法の汚職と腐敗が主軸となった。同様に「Eye of the Beholder」は、この数年前に(映画『エイリアン』でのSFデザインの仕事で知られる)H・R・ギーガーによるペニスの肖像を描いたポスターを含むアルバム『Frankenchrist』を通じて未成年者に有害な画像をみせたと告発されたサンフランシスコのパンクバンド、デッド・ケネディーズのシンガーで風刺家で社会評論家でもあるジェロ・ビアフラの裁判を取り上げて前述した2つのテーマを共生させている。

    それからアルバムのなかで最もエモーショナルな曲「One」は、おそらくアルバムのなかで最も洗練された歌詞と音楽であろう。繊細でキャッチーでパワフルで「Fade to Black」「Welcome Home (Sanitarium)」の系譜を行くバンド自身が築いてきたパワーバラードの形を見事に発展させている。

    英訳元:http://w11.zetaboards.com/Metallichicks/topic/794989/11/

    「The Shortest Straw」の題材となったマッカーシズムについてはこちらを参照。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E7%8B%A9%E3%82%8A

    マッカーシズムがハリウッドに与えた影響を題材にした『真実の瞬間(とき)』というタイトルの映画があるのは何かの偶然でしょうか?ちなみに「Eye of the Beholder」のインスピレーションになったという、裁判で争われた『Frankenchrist』のアートワーク。興味ある方は「frankenchrist poster」で検索してみてください(^^;


    英訳が完結していないので続きを知ることができないのが本当に残念ですが、翻訳を通じて異様に詳しいラーズの生い立ちなど新しく知ったことがたくさんあり、読んでいて楽しかったです。ラーズが掲げたメタリカという旗印のもとにメンバーやさまざまな人たちが出会い集っていった過程が胸熱でした。英訳してくれた有志の方に感謝です。

    ブログランキングに参加しています。
    応援クリックをヨロシクお願いします。

    関連記事
    ラーズ・ウルリッヒの原点を巡る
    ラーズ・ウルリッヒの原点を巡る(2)
    ラーズ・ウルリッヒの原点を巡る(3)
    ラーズ・ウルリッヒの原点を巡る(4)
    ラーズ・ウルリッヒの原点を巡る(5)
    ラーズ・ウルリッヒの原点を巡る(6)
    ラーズ・ウルリッヒの原点を巡る(7)
    ラーズ・ウルリッヒの原点を巡る(8)
    ラーズ・ウルリッヒ、メタリカへの布石
    ラーズ・ウルリッヒ、メタリカへの布石(2)
    ラーズ・ウルリッヒ、メタリカ結成へ
    ラーズ・ウルリッヒ、メタリカ結成へ(2)
    ラーズ・ウルリッヒ、メタリカ結成へ(3)
    ラーズ・ウルリッヒ、メタリカ結成へ(4)
    ラーズ・ウルリッヒ、メタリカ結成へ(5)
    ラーズ・ウルリッヒ、メタリカ結成へ(6)
    ラーズ・ウルリッヒ、コペンハーゲンからの快進撃
    ラーズ・ウルリッヒ、コペンハーゲンからの快進撃(2)
    ラーズ・ウルリッヒ、コペンハーゲンからの快進撃(3)
    ラーズ・ウルリッヒ、コペンハーゲンからの快進撃(4)
    ラーズ・ウルリッヒ、コペンハーゲンからの快進撃(5)
    ラーズ・ウルリッヒ、『Master Of Puppets』の完成とその後の悲劇
    ラーズ・ウルリッヒ、『Master Of Puppets』の完成とその後の悲劇(2)
    ラーズ・ウルリッヒ、『Master Of Puppets』の完成とその後の悲劇(3)
    ラーズ・ウルリッヒ、『Master Of Puppets』の完成とその後の悲劇(4)
    ラーズ・ウルリッヒ、『Master Of Puppets』の完成とその後の悲劇(5)
    ラーズ・ウルリッヒ、『Master Of Puppets』の完成とその後の悲劇(6)
    ラーズ・ウルリッヒ、『Master Of Puppets』の完成とその後の悲劇(7)
    ラーズ・ウルリッヒ、『Master Of Puppets』の完成とその後の悲劇(8)

    『...And Justice For All』レコーディング時のジェイソン・ニューステッドの扱いが思った以上に酷かった件
    ジェイソン・ニューステッド、「Blackened」作曲エピソードやジャスティスアルバムのリマスターについて語る。

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    メタリカの『...And Justice For All』のミキシングを担当したことでも知られる音楽プロデューサー、スティーブ・トンプソンがインタビューで『...And Justice For All』の制作秘話を明かしてくれました。

    ちなみに彼はガンズ・アンド・ローゼズの『Appetite For Destruction』、コーンの『Follow The Leader』、サウンド・ガーデンの『A-Sides』といったアルバムも手がけたやり手の方です。インタビューは大長編につき、メタリカに関する部分だけ抜粋して管理人拙訳にてご紹介。

    −1988年にメタリカの『...And Justice For All』の楽曲をミキシングしたのは、『Appetite For Destruction』を手がけたこととは全く別の経験だったんですか?

    まぁ私がやりたかったこととラーズがやりたかったことが全く違っていて、ちょっと困ってしまったよ。私はメタリカが大好きだし、彼らのことはよく知っていた。私は「アイツらはクールだ」と言っていた。我々はオファーの電話を受けて、ニューヨーク北部のベアズヴィル・スタジオまで行った。彼らはその時、モンスターズ・オブ・ロックのツアーの最中だった。だから彼らがしたことは、物事を処理するためだけにこの日はこっち、この日はあっちとヘリコプターで飛ぶことだった。


    −バンドは自分たちがどういうアルバムを作りたいか、どんなサウンドを望んでいるかわかっていましたか?

    ラーズは自分のドラムに求めていた全てのサウンドやパラメーターを正確にわかっていた。だから彼はクラーク・テクニックのEQ(パラメーターのイコライザー)を設定した写真を実際に持ってきたんだ。ドラムを望んだ音にするために、彼には決まったやり方があったってことだね。私は言ったよ。「マイケル(※訳注:マイケル・バービエーロ、スティーブ・トンプソンと共にミキシングを担当)、せっかくだからラーズと一緒に彼が求めているドラム・サウンドを出してみたらどうだい?彼が満足したら電話して私を呼んでくれ。」とね。


    −あなたが最終的にあのアルバムを聴いた時、どう思いましたか?

    彼らは私を呼び入れて、楽曲を聴いた。私はこう思った。「コイツはひどいサウンドだな」と。私は部屋の外のみんなを追いかけて、ドラム・サウンドを設計し直し、ギターの音量を上げた。ジェイソンはベースをよくやっていた。ヘットフィールドのギターとの絶妙な組み合わせだったんだ。


    (中略)

    −ジェイムズはあなたがやったことに満足していましたか?

    私は全ての音を上げてみた。全てをそんな感じにしたら、ヘットフィールドは親指を立てて同意してくれた。ラーズが数分後にやってきて、それに何分か耳を傾けると「あれは消してくれ」とこうさ。私は「何が問題なんだ?」と問うと、彼は「俺のドラム・サウンドに何が起きたんだ?」と言ったんだ。私は「本気なのか?」とかそんなようなことを言ったよ。


    −ラーズは満足していなかったということですか?

    我々は彼が持っていたやり方でドラム・サウンドを強くしなければならなかった。私はそういうサウンドのファンではなかったが。そこで彼は「ベースギターはどうだい?」とこうさ。私は「あぁすごいパートだよ。彼はよくやっている。」と答えた。すると彼はこう言うんだ。「ミキシングで出来る限り、聴こえないくらいベースを小さくして欲しいんだ。」私は言ったよ、「冗談だろ?」って。


    −彼は冗談ではなかったということですか?

    彼は「いいや、小さくしてくれ」と言っていた。私があのレベルまで音を下げると彼は「もう5db落としてみようか。」と言ったんだ。私は振り返って、ヘットフィールドを見て言ったんだ。「彼は正気かい?」あれにはぶっ飛んだね。


    −あなたはどうしたのですか?

    私はその夜、私のマネージャーを呼んで、(メタリカのマネージャーである)クリフ・バーンスタインとピーター・メンチに話したんだっけな。「アイツらのことは大好きだ。彼らを素晴らしいと思うし、彼ら自身のジャンルを創り上げてきたと思う。でもラーズが引っ張ろうとしている方向には同意できない。私の名前がそこに載るんだ。他の誰かがそれをみつけたらどうなる?」私のマネージャーはそのことについてもバーンスタインやメンチについても何の関わりも持っていなかった。


    −でもメタリカのミキシングから身を引く準備もできたのでは?

    彼らは私に現場にいてくれるよう話した。私の唯一の後悔は、少なくとも我々が聴いたやり方でミキシングをする充分な時間を取れなかったということだけだ。私は『Master of Puppets』を吹き飛ばすようなものを作りたかった。それが『...And Justice For All』の音楽の方向性だった。その全てが盛り込まれていたが、彼らはベース無しでよりガレージで出すようなタイプのサウンドを探していたように思う。ベースは素晴らしかった。完璧だ。思い出すよ、メタリカがロックの殿堂に選ばれた時に、我々は招待されて、私はラーズと席を共にしたんだ。

    −彼とは話したのですか?

    彼はこうさ。「ねぇ、『...Justice』のベース、あれは一体何が起きたんだい?」彼は実際にそう俺に尋ねてきたんだ。私はすぐそこで彼をぶん殴ってやりたかったよ。残念だった。私は、あのベースのためにコテンパンに叩かれた一人だったからね。

    Ultimate-Guitar.com(2015-03-20)

    わざわざ自分で調整したイコライザーのつまみの写真まで持ってきて自分のドラム・サウンドにこだわっていたラーズですが、レコーディング当時の写真をみた限りではそんな葛藤が両者にあったとはわかりませんでした。(スティーブ・トンプソンの目が笑ってないっちゃ、笑ってないですが・・・)

    000steve-james-lars-1
    (左から)スティーブ・トンプソン、ジェイムズ・ヘットフィールド、マイケル・バービエーロ、ラーズ・ウルリッヒ

    スティーブ・トンプソンのサイトでこの写真の他、『...And Justice For All』のレコーディング当時の写真やメタリカのロックの殿堂の際に写した写真、仕事を共にしたメタリカ以外のアーティストとの写真などが掲載されています。
    http://stevethompsonproductions.com/photo-gallery/

    ※翻訳を一部修正しました。ご指摘ありがとうございました。

    ブログランキングに参加しています。
    応援クリックをヨロシクお願いします

    関連記事
    『...And Justice For All』レコーディング時のジェイソン・ニューステッドの扱いが思った以上に酷かった件
    ジェイソン・ニューステッド、「Blackened」作曲エピソードやジャスティスアルバムのリマスターについて語る。

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    ロックの殿堂が『Ride the Lightning』『Master of Puppets』『...And Justice For All』のレコーディングに関わったサウンド・エンジニア/プロデューサー、フレミング・ラスムッセンにメタリカとのレコーディングについてインタビューを行いました。以前ご紹介した『Ride the Lightning』30周年を記念したRollingStoneのインタビューの補足的内容となっています。管理人拙訳にて。

    メタリカとともに初期のアルバム『Ride the Lightning』『Master of Puppets』『...And Justice For All』をレコーディングしたとき、スタジオではどうだったのだろうか?プロデューサー、フレミング・ラスムッセンは知っている。1984年にジェイムズ・ヘットフィールド、ラーズ・ウルリッヒ、カーク・ハメット、クリフ・バートンに指名され、ラスムッセンはメタリカの2ndアルバム『Ride the Lightning』をプロデュースするために雇われた。1983年のデビューアルバム『Kill 'Em All』に続く、(今や)スラッシュのクラシックとなったアルバムは、メタリカとラスムッセンを結びつけたデンマークのコペンハーゲンにある「Sweet Silence Studios」へとバンドを呼び寄せた。

    『Ride the Lightning』30周年にちなみ、フレミング・ラスムッセンはオハイオ州クリーブランドのロックの殿堂を訪れた。(中略)そして、2009年にメタリカがロックの殿堂入りを果たした3つの独創性に富んだヘヴィメタルアルバムのレコーディング、「For Whom the Bell Tolls」「Master of Puppets」各曲のレコーディング、そして彼がメタリカでベストと思うレコーディングについて語ってくれた。


    −まずどのようにしてメタリカと仕事をし始めることになったんでしょうか?

    まずメタリカに起きたことは、『Kill 'Em All』を小さな独立レーベルのもと、ニューヨークでレコーディングしたということだった。彼らはヨーロッパでレコーディングスタジオを探していた。(当時は)とてもドル高で、アメリカ本国のレコーディングと費用を比較したら、ヨーロッパでは2倍の時間はスタジオを使えるということがわかったからだ。だから彼らはそうした。彼らはたくさんのアルバムを聴いていたよ。いいエンジニアがいるスタジオを望んでいたし、違うスタジオだとどう聴こえるか聴いてみたかったようだ。そして彼らは私がリッチー・ブラックモアとレコーディングしたアルバム、おそらくレインボーの『Difficult to Cure(邦題:アイ・サレンダー)』に目をつけた。そして実際に私に連絡を取ったんだ。私はバンドの名前をそれまで聞いたことがなかった。ラーズはデンマーク出身だったから、彼にとっては帰郷して友人や家族に挨拶しに行くいい機会になった。それが実際起きたことだよ。


    −『Ride the Lightning』収録曲の「For Whom the Bell Tolls」のレコーディングについて教えてください。

    あれはちょっと特別なんだ。『Ride the Lightning』レコーディングのためにコペンハーゲン入りした時、まったく書かれていなかった唯一の曲だったからね。夜にレコーディングしたんだけど、冬だったし寒くてね。ラーズは大きな倉庫部屋にいて、大きなところで鳴る音を得ようとしていた。だから私たちはガスヒーターをそこに持って行った。しかし実際に曲を書くのはスタジオのなかだ。(今となっては)私には全くわからないのだが、私の記憶では彼らはスタジオであの曲を書いていたはずだ。あの曲はメタリカと初めてレコーディングした曲で、きっちりリズムに合わせてレコーディングした曲なんだ。私はあの曲をタイトにしたかったからね。



    −タイトルトラックとなった「Master of Puppets」のレコーディングはどうでしたか?

    あの曲は壮大だった。本当にいい曲だ。レコードのなかでも珠玉の1曲だよ・・・。あの曲は、すごく良く書かれた曲だったし、各パートが非常にうまく繋がっていたから、あまり苦労しなかったと思う。あの曲のセッションは実際、観てて満面の笑みだったよ。私たちはポジティヴなエネルギーを持った。「これは私たちがやったなかでもベストなアルバムになるぞ。これは何もかも吹き飛ばすだろうし、みんな図抜けてる!」と思った。本当に本当に良いアルバムだよ。


    −『...And Justice For All』のレコーディングのあいだスタジオはどうでしたか?

    Justiceは難しかった。それくらい複雑なパートがあったからね。私が思うに、メタリカを何かやるってことは、いつもバーを非常に高く設定されるんだ。あの当時、彼らは今ほど演奏スキルはなかった。でもパフォーマンス・レベルを上げたいと彼らは思っていたから、難しいことと言えば時間がかかったってことだけ。うまくできるまで、何回も何回も没頭してやっていたよ・・・。基本的に彼らはバーをとても高く設定していたから、時間がかかったんだ。『...And Justice For All』全曲でドラム・トラックは2つずつあった。ちょっと難しくて、変わっていたね。全てのパートのなかで一番難しいと思ったのは「One」のマシンガン・パートだね。あれは一発録りだったんだ。ラーズはあれをモノにしたんだ。


    −(一緒に仕事をして)最も誇らしいお気に入りのメタリカのレコーディングはありますか?

    たぶん『Master Of Puppets』の「Sanitarium」だろうと思う。あの曲はMono-Stereoでやったんだ。私はそういうのに弱くてね。ヘッドフォンで聴いたら「一体どうなってるんだ?」ってなるよ・・・。そういう曲はたくさんある。(関わった)3つのアルバムには本当に誇らしい曲がたくさんある。おそらく我々が初めて本当にメタリカ・サウンドをモノにした曲は「Creeping Death」だと思う。壮大と言うべきものだ。それにとてもいい曲だとも思う。もちろんそうなるようにやってきたんだが。

    私たちはみんな、自分たちがやっていることで成功してやるんだという気持ちを持っていた。音楽史を変えるつもりだった。始まりからあれはそういうプロジェクトだったと思う。そして、ご存知の通り、そう考えた私たちは自分たちのやり方で進み、とんでもなくデカいエネルギーを持ち、そういったものがバンドのトレードマークになった。彼らはMTVで自分たちのビデオが放送されるのに頼りたがらなかった。ビデオは全く制作しなかった。彼らはそんなこと気にしなかったし、彼らにとって重要なことじゃなかったからだ。メタリカといるっていうのはいつもそういうことだったんだ。


    RockHall.com(2014-08-05)

    有名なスタジオでもドル高のおかげで安く使えたわけですね。そして以前紹介したインタビューのなかで語られていたラーズがガスヒーターを独り占めしていた理由がようやくわかりました(笑)

    MetallicaMOPStudio
    『Master of Puppets』レコーディング当時のメタリカ

    カナダ公演を終え、「By Request」ツアーをひとまず終了したメタリカ。これから新譜制作へと集中していくのでしょうか。

    ブログランキングに参加しています。
    応援クリックをヨロシクお願いします。

    関連記事
    30周年を記念してメタリカが『Ride The Lightning』を振り返るインタビュー
    1984年のラーズ・ウルリッヒのインタビューが「Metal Forces」誌のウェブサイトに掲載。
    ドイツ版「Metal Hammer」の付録で『Ride The Lightning』30周年記念トリビュート盤CD発売
    ブラック・アルバム発売20周年を記念し、プロデューサーのボブ・ロックが解説。
    プロデューサー、ボブ・ロックによるブラック・アルバム全曲解説(その1)
    プロデューサー、ボブ・ロックによるブラック・アルバム全曲解説(その2)
    プロデューサー、ボブ・ロックによるブラック・アルバム全曲解説(その3)
    フレミング・ラスムッセン

    このページのトップヘ