メタリカ情報局

メタリカを愛してやまないものの、メタリカへの愛の中途半端さ加減をダメだしされたのでこんなブログ作ってみました。

       

    タグ:モーターヘッド

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    2015年11月11日、元モーターヘッドのドラマー、フィルシー“アニマル”テイラーが亡くなりました。享年61歳。モーターヘッドのレミー・キルミスターをはじめ、オジー・オズボーンらが追悼メッセージを掲載しています。メタリカもバンド公式Facebookページで追悼メッセージを掲載しました。一部を管理人拙訳にてご紹介します。

    レミー・キルミスター(訃報をきいた直後)
    「フィルシー・・・彼はかつてアルバムで「ひるむな」と叫んだ・・・たくさんの若者にパンク/メタルのヘアスタイルをぶちあげた・・・激情と集中力でもってドラムをプレイした・・・ときにみんなを「バカヤロー」と呼ぶのが好きだった・・・。友人であり、ロマンあふれるダービシャー州の男、安らかに・・・たくさんの愛とともに・・・。」
    Philthy Animal
    facebookより

    レミー・キルミスター(前コメントの翌日)
    「ハロー、モーターヘッドのレミーだ。昨日最高の友人を亡くした現在、とても悲しく実際のところショックだ。彼を失って寂しいよ。彼の名前はフィル・テイラー、またの名はフィルシー・アニマル。彼は俺たちのキャリアのなかで二度ドラマーを務めた。今、彼が亡くなって、彼のような人間が亡くなり、ジョージ・ブッシュが生きたままだなんて本当に腹が立つ。そんな物思いにふけっていた。俺たちはまだ元気にやっている。最初はワーゼル(訳注:2011年7月に亡くなった元モーターヘッドのギタリスト)、そして今フィルシーだ。残念でならない。ロックンロール・ビジネスは人の命にとっては良くないものかもしれないな。まぁしかたがない。」
    facebookより

    エディー・クラーク(フィルシーと同時期にモーターヘッドに在籍)
    「俺の親愛なる友人であり兄弟が昨晩逝ってしまった。彼はしばらく病気だったが、それを知っていたからといってその時がついに来てしまうなんて容易に受け入れられない。フィルのことは彼が21歳のときから知っていた。彼はどえらいヤツだった。幸いなことに俺たちは一緒に素晴らしい音楽を作り、一緒に過ごしたかけがえのない思い出がたくさんたくさんある。安らかにフィル!」

    facebookより

    オジー・オズボーン
    「フィル“フィルシー・アニマル”テイラーの訃報を聞いたところだ。本当にひどい喪失だ。彼は素晴らしい友人であり、素晴らしいドラマーであり、素晴らしい男だった。彼は心から惜しまれることだろう。今日は俺にとって本当に悲しい日だ。安らかに。そしてアイツにはまだ俺にベガスで500ドルの貸しがあるんだ。」
    facebookより

    メタリカ
    「フィル“フィルシー・アニマル”テイラー安らかに。あなたは俺たちに言葉を超えた影響を与えてくれた。」
    Philthy Animal
    facebookより

    デイヴ・ムステイン
    「フィル“フィルシー・アニマル”テイラーの訃報を聞いて本当に悲しい。ご家族に哀悼の意を。フィル安らかに。」
    twitterより

    スラッシュ
    「フィル“フィルシー・アニマル”テイラーを失うなんて悲しい悲しいニュースだ。ロックンロールで最高のドラマーの一人だ。フィル安らかに。寂しくなるよ。本当に。」
    twitterより

    マイク・ポートノイ
    「フィルシー・アニマル・テイラー安らかに・・・モーターヘッドの「Overkill」は俺がこれまで練習してきたなかで最初のツー・バスの曲のひとつだった。彼に捧ぐ。」

    twitterより

    チャーリー・ベナンテ
    「大好きなドラマーの一人がもうこの世にいないと耳にしたばかりだ。フィルシー“アニマル”テイラー、多大なる影響力だった。モーターヘッドに愛を。悲しいよ。」
    twitterより

    フランク・ベロ
    「フィルシー・アニマル・テイラー安らかに・・・」
    twitterより

    ディー・スナイダー
    「とてつもない喪失だ!」
    twitterより

    ご冥福をお祈りします。

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    既報どおり、2015年11月8日に「Bass Player LIVE!」でロバート・トゥルージロがベースプレイヤー功労賞のプレゼンターとして登場。モーターヘッドのレミー・キルミスターに同賞を授与しました。
    bassplayerlive2015

    さらにロバートは、その後に行なわれたライヴにも出演し、モーターヘッドの「Ace Of Spades」「Killed By Death」のカバーを披露しています(レミーは欠席)。

    ベースプレイヤー功労賞授与〜レミー・キルミスターの受賞スピーチ


    Bass Session 〜「Ace Of Spades」


    「Killed By Death」


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    ロバート・トゥルージロ、「Bass Player LIVE!」にてレミー・キルミスターにベースプレイヤー功労賞授与予定

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    ロバート・トゥルージロがベーシストの祭典「Bass Player LIVE!」に参加するとのこと。以下、BassPlayer.comのお知らせを管理人拙訳にて。

    rob_lemmy

    11月7日と8日にロサンゼルスで行われる「Bass Player LIVE!」の出演者リストはさらに追加中!新たに加わったプレゼンターでクリニック参加者のロバート・トゥルージロの他、レミー・キルミスター、マイク・ワット、スティーブ・ベイリー、レックス・ブラウン、マイク・アイネズらが参加予定。

    メタリカのベーシストであり、ジャコ・パストリアスの映画プロデューサーであるロバート・トゥルージロは、11月7日夜のミュージシャンズ・インスティチュートで行われる「Bass Player LIVE!」のコンサートにてベースプレイヤー功労賞をモーターヘッドのレミー・キルミスターに授与する。

    (以下略)

    BPL Social Media

    BassPlayer.com(2015-10-13)

    現在の発表ではロブもレミーもコンサートに参加するかは微妙なところですが、さまざまなジャンルから馬鹿テクベーシストが集結するこのイベントでの交流が、ロブにとっての新たな刺激となることを期待します。

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    更新ご無沙汰しています。

    Loudwireにてメタルマスコットの一番人気を決定する選手権が開催中。記事を書いている現在はトーナメント一回戦が行われています。

    Round-1-Headbanger-630x420

    メタリカもジェイムズ・ヘットフィールドが描いたキャラクター「Scary Guy」で参戦しています。
    Metallica-vs-JFAC-630x420

    その他の対戦は以下の通り。
    Judas-Priest-vs-Helloween-630x420

    Children-of-Bodom-vs-In-Flames-630x420

    Motley-Crue-vs-Quiet-Riot_edited-1-630x420

    Iron-Maiden-vs-SOD-630x420

    Dio-vs-Iced-Earth-630x420

    Disturbed-vs-Voivod-630x420

    Dethklok-vs-Devin-Townsend-630x420

    Motorhead-vs-Destruction-630x420

    Anthrax-vs-Overkill-630x420

    FFDP-vs-Mushroomhead_edited-1-630x420

    Gamma-Ray-vs-Danzig-630x420

    Megadeth-vs-Hammerfall-630x420

    Black-Sabbath-vs-Manowar-630x420

    Avenged-Sevenfold-vs-Kataklysm-630x420

    Kreator-vs-Sodom-630x420

    投票はこちらからどうぞ。
    http://loudwire.com/metallica-vs-job-for-a-cowboy-march-metal-mascot-madness-round-1/

    【追記】
    マスコット選手権の結果。決勝戦はこの両者で、勝者はエディでした。おめでとうございます!
    Iron-Maiden-vs-Megadeth-630x420


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    ラーズ・ウルリッヒの伝記本『Lars Ulrich - Forkalet med frihed』の第2章2回目。有志英訳を管理人拙訳にて。ラーズとジェイムズが出会ってすぐにメタリカ結成とはならず。ラーズはヘヴィメタルの「本場」を自分の目で観るためにイギリスへと向かいます。

    - 夢の国への片道切符 -

    81年春、ラーズのNWOBHMへの狂信ぶりはいまだ健在だった。4月、ラーズは絶対的お気に入りバンドのひとつ、ダイアモンド・ヘッドの『Lightning Strikes』LPをメール便で受け取った。このアルバムは彼を完璧にぶちのめした。彼は半年以上もこのアルバムを待っていたのだ。ギターリフとバンドの新鮮味は彼を驚愕させた。『Lightning Strikes』は数年間のNWOBHM集中期における爆発的なクライマックスだった。いまやあの都会っ子はポケットに少しばかりの貯金を持った17歳の少年となっており、夏休みは目前に迫っていた。

    「学校が6月に終わると、俺は落ち着かなくなっていた。これまで興味を持ったもの全てがイギリスにあったんだ。「Sounds」誌を購読していたから、郵便屋が来るたびに「Soundsの最新号は?・・・Soundsの最新号は??」って感じさ。メール便に入ってたら、玄関前で2時間「Sounds」誌を読み漁るんだ。自分の部屋まで歩くことさえしなかったよ。」

    「ジェフ・バートンは「Sounds」誌におけるヘヴィメタルのゴッドだった。彼は毎週アンダーグラウンド・シーンから新しいバンドを紹介していた。そして毎週、彼のプレイリストと着ている服が載ってたんだ・・・。いやぁあれはバイブルだったよ!」

    「当時、サクソン、アイアン・メイデン、デフ・レパード、ガールスクール、サムソン、そしてタイガース・オブ・パンタンといったメジャーなバンドたちがトップ記事になり始めていた。ある週はガールスクールが表紙を飾り、次の週はクラッシュといった感じでね。「Sounds」はヘヴィメタルだけじゃなくて、全ての独立した音楽シーンを網羅していたんだ。」

    「だからもう俺はイギリスに行かなきゃなんないって思ってた。コトが起きている場所へ行かなきゃなんないって。81年の俺のお気に入りのバンドはダイアモンド・ヘッドだった。そして俺はバンドのマネージャーであり、ヴォーカルのショーン・ハリスのお母さんでもあるリンダ・ハリスと文通をし始めていた。彼女は俺にこう伝えてきてくれた。「もしイギリスに来るんだったら、いつでも歓迎するわ!」とね。」


    「ダイアモンド・ヘッドは6月最後の週と7月最初の週のあいだ、ツアーでヘッドライナーを務めていた。だから7月最初の週に俺は荷物を詰めてロンドンに飛んだんだ。ダイアモンド・ヘッドはロンドン郊外のウールウィッチ・オデオンでライヴをしていた。俺はヒースローに着くと、直接空港からウールウィッチまでバッグを手に持ったまま行って、バックステージのドアをノックして、リンダ・ハリスがここにいるかときいたんだ(笑)。「こんにちわ・・・ご存知かと思いますが・・・アメリカから来たラーズです!」って言ったら、両手を広げて歓迎されたよ。」

    「ロンドンのダイアモンド・ヘッドはこれ以上ないってくらいよかったね!会場はたぶん1500人収容だったんだけど、あのダイアモンド・ヘッドをたった300人しか見に来そうもないってことには間違いなくちょっと驚いたよ。でもそれから、そんなことはどうでもよくなったんだ・・・。ただ単に最高だった。そして(訳注:メタリカが後にカバーすることになる)「Helpless」も「The Prince」も演ってくれたんだから。」

    「ツアーの最終日、彼らの故郷であるバーミンガム郊外のスタウアブリッジに招待されたんだ。俺はちょうど立ち寄ることができて、彼らと何日か過ごすことができた。1日か2日はロンドンの安ホテルに泊まって、それからバーミンガムまで電車に乗った。本当に緊張したよ。ショーン・ハリスが駅まで俺を迎えに来てくれるって話だったからね。でもこの頃の俺はアルコールが「勇気」をくれると気がついていた。だからバーミンガム行きの電車で俺はスミルノフボトルのウォッカをストレートであおったんだ。まだ昼下がりだってのに!」

    ラーズはちょっと話を止めると、笑ってまた話し始めた。

    「そうそう(笑)。ショーンが駅まで迎えに来てくれたんだけど(笑)彼はガールフレンドのヴィッキーと一緒だったんだ。俺たちは車に乗り込んだわけだけど、わかっておかなきゃならないのは、あのショーン・ハリスと同じ車に座っているってことだ。レッド・ツェッペリンかディープ・パープルのファンがロバート・プラントかリッチー・ブラックモアに駅まで迎えに来てもらっているかのようだった。俺にとってはそれと同じレベルだってことだよ。ハッキリ覚えているのは車に乗って5分後くらいにショーンが俺に言ったこと。「ここウォッカ臭いな、オマエ飲んだのか?」とね。俺は「いやいやいや・・・もちろん飲んでませんよ!」と答えた。「本当にウォッカの臭いがするぞ、おかしいな」とショーンはまだ言っていた。もちろん俺は「ウォッカの勇気」をもらってたんだけどね(笑)。」

    「バーミンガム郊外の労働者階級の地区にある彼の家に着いた。実際、俺はここで2、3週間居座ることになるんだけどね!俺はリビングで生活して長椅子の上で寝ていた。そしてダイアモンド・ヘッドに関する全てのものに夢中になることを許された。リハーサル風景、作曲過程やギグも観たし、彼らが演奏しているところも見た。もはやこれ以上ないくらい最高だったよ。」

    この訪問はブリティッシュ・メタルの先駆者であるダイアモンド・ヘッドにとっても貴重な体験だった。

    「俺たちは彼を追い出せなかったんだ。」ショーン・ハリスは語る。(マーク・パターフォードとザビエル・ラッセル共著「Metallica : A Visual Documentary(邦題:Metallica 激震正史)」(1992)から引用)「でも俺たちにとってもちょっと特別な感じだったんだ。彼はバンドに夢中になってくれた最初の外国人だったから。だから俺たちは彼の熱意を気に病まなかった。だって、ファンがカリフォルニアからわざわざ自分たちを見に来たんなら、自分たちは何か正しいことをしていると思えたからね。」

    ショーン・ハリスはラーズが泊まった初めての夜にお気に入りのダイアモンド・ヘッドの曲でどう狂っていたかハッキリと覚えている。

    「でも彼はいい子だったよ。ひくほど熱心なファンだった。彼は一晩中起きて「It's Electric」を聴いているんだ。俺は明け方まで起きていたんだけど、眠ってしまった。数時間後に目が覚めたら、彼はまだそのレコードをかけていたよ!」

    ラーズはヘヴィメタル天国にいた。自分の国、言うまでもなくニューポート・ビーチへ早く帰りたいという証言などまったくなかった。もっと留まりたかったが、外向的で熱狂的であるにも関わらず、ダイアモンド・ヘッドと永遠に一緒にいるということは叶わなかった。お金の問題があったのだ。ラーズはイギリスへの旅行に必要なだけのお金しか持っていなかったし、おかしな話だが、イギリスという夢の国への片道切符しか予約していなかった。しかし、計画を達成するにはそれで充分だった。彼は前年去った街に戻っていた。

    「8月にコペンハーゲンに戻って、そこで4週間楽しく過ごしたよ。」ラーズは振り返る。「叔母のボーディルと叔父のヨルゲンと一緒にゲントフテで暮らした。そこでアメリカに飛んで帰るためのお金を稼いだんだ。(訳注:ラーズが所属していたテニスクラブ)HIKで働いて、そこで毎日舗床を掃除していた。」

    しかし、デンマークの晩夏にストリートを楽しむこともできた。皮肉なことにラーズがフロリダのテニス・アカデミーにいたあいだに、アイアン・メイデンはキッスのサポートでコペンハーゲンのブロンディー・ホールでライヴを行っていた。しかし今度はラーズがコペンハーゲンに戻ってきているのだ。そしてアイアン・メイデンも。バンドは『Killers』ツアー最後のギグを行なった。アイアン・メイデンへの関心はブロンディー・ホールでの不可解な行動の後、激変した。キッスは脅かされキャンセルとなったのだ。バンドはもはやブレッド通りのオッド・フェロー・パレットでヘッドライナーを張っていた。

    ラーズといとこのステインは当然参加した。ラーズにはコンサートが終わったらすぐに行動に出る奥の手があった。

    「1980年のクリスマスにアイアン・メイデンのクリスマスカードを受け取ったのがブライアン・スレイゲルだったと思う。彼はPRとか宣伝が得意なんだ。そのカードをヨーロッパへ持っていくことを許してもらった。オッド・フェローで、俺は警備員の一人に言ったんだ。「ほら、ボクはクリスマスカードを持っている。だからクリスマスト・リスト(訳注:バックステージ・パスのリスト?)に名前が載っているよ。バックステージに入りたいんだけど。」ってね。彼はまんまと騙されていたよ!(笑)」

    「俺たちは寒い更衣室に着くと、スティーヴ・ハリスとデイヴ・マーレイがそこにいた。とても取っ付きやすい人だったよ。ポール・ディアノはひどく酔っ払っていて、ローラースケートを履いていた。「イイものあるけどいるか?」ってきかれて、アフガンブラック(訳注:大麻)みたいなものを作らなきゃならなかった。それから座ってポール・ディアノと大麻タバコを吸ったんだ。」

    ステイン・ウルリッヒ「彼らはみんな信じられないほどフレンドリーでみんな「おいで!」って感じだった。もちろんラーズは彼らについて俺なんかよりずっとよく知っていたけど、いろいろきいていたよ。後になって、ラーズは俺に彼らはシンガーに欠点があると言っていた。だから彼らが新しいメンバーを入れればいいのにと思ったのを思い出すよ。そしてそれを数週間後にやったんだ。それから彼らはビッグになった。(真の意味で)バンドになったんだよ。」

    確かに。ラーズはバンドで機能したかしなかったかを見極めるセンスをすでに持っていた。ポール・ディアノの脱退、そして新しいシンガーで元サムソンのシンガーのブルース・ブルース(ブルース・ディッキンソン)加入のニュースは、再びバーミンガムのスタウアブリッジに滞在していたラーズに届いた。このときはダイアモンド・ヘッドのギタリスト、ブライアン・タトラーと一緒だった。止められないヘヴィメタル巡礼者ラーズは、いまだにヘヴィメタルが無きに等しいアメリカへの帰途、ヘヴィで崇高な啓示を受けるもう数日を要しなければならなかった。

    ラーズはまず、ストーク=オン=トレントのポート・ヴェイルFCで行なわれた本物のヘヴィメタル・ミサに行った。そこではモーターヘッド、オジー、ライオット、サクソンのような名前が連ねたワン・デイ・フェスティバルのヘヴィ・メタル・ホロコーストが行われていた。

    「もちろん俺はコンサート後に何とかしてバックステージに忍び込もうとした。俺はそういうことがかなり得意だったんだ。」ラーズは皮肉っぽく言ってから、1981年夏の幸せなイギリス訪問の後半について話し始めた。

    「"ファスト"・エディ・クラークのギター・ローディーのグラムと仲良くなった。それから俺は「やぁ!」とか「ハロー!」とか言われていた。モーターヘッドと一緒にいることを許されるまでになった。1週間、ブライアン・タトラーと暮らして、3日間ロンドンに行った。そこでノー・ミスと呼ばれていたモーターヘッドがリハーサルをしていた場所をみつけた。そこへ行って、ドアをノックしてみたんだ(笑)そしたらモーターヘッドのリハーサルに立ち会えたよ!昨日のように覚えているよ。"ファスト"・エディとフィルシー・"アニマル"・テイラーとレミーと俺が同じ部屋で座っているんだ。そこは次のアルバムのための曲を作っている場所だった。彼らを見て、フロアに座ってさ、「Iron Fist」を作っているときのことをよく覚えてる。レミーが俺の真ん前で歌詞を思いついて、彼らが次のアルバムのタイトル曲になる「Iron Fist」を弾くのを見たんだ。」

    「同じことを言うようだけど、それはレッド・ツェッペリンのファンが『Physical Graffiti』の曲を彼らによって作られているところを見ているようなものだよ。変な感じだったけど、俺はそういう取り巻きグループに正しく入る方法を持っていたってだけだよ。」


    本当に驚くべき能力だ。その能力はユニークで長年に渡って素晴らしいままであった。それはラーズ本人さえわかっていない。

    「俺はたぶん真っ当なことを言っていたんだ。あるいはいくらかの熱意、誠実さ、あるいはバカさ加減かな?」彼はそう思った。

    「でも釣り合うようになるには、そういうもの全てが充分だった。シーンで何が起きているかを理解できたんだ。俺はそこまで没入してなかったけど、すぐそこにいることを許されていた。たぶんうやうやしい態度とちょっと際立った感じだったからかもしれないね・・・。「デンマークの鼻タレ小僧が外に立っているぞ・・・かまうもんか!」ってね。俺は外に立っていた唯一のファンだった。もちろんそういうバンドがどこにいるのか知っている唯一のファンでもあったわけだけどね(笑)」

    ラーズは心から笑った。自分の「能力」を、自分自身を、若き日の熱意を。そしてあの頃の思い出を。自然と歯に衣着せない積極的な能力は、おそらく子供の頃、世界を廻ってたくさんの人々との出会い、そしてLundevang通りの家に訪れたミュージシャンやアーティストから来たのではないだろうか?

    「まぁ、たぶんそうだろうね!全部。あの頃、つまり親父がコペンハーゲンで一緒にいたすべてのミュージシャン、フランツ・ベッカリーとかそういう近くにいた全ての人々から来ているのは間違いない。俺はたぶん見えない境界線があるのも理解していた。そんな境界線はスミルノフをいただけば消えるけどね。無知だったこともあるかな。俺はノー・ミスに行けばモーターヘッドの人たちと喋ることができると信じていたんだ!」

    いずれにしても、ラーズ・ウルリッヒはそうなることを強く望んでいたのだ。彼は自分のプロジェクトをやり遂げた。さらにファンとしての夢をめいっぱい追い続けたのだ。都会のヘヴィメタルマニアにとって、1981年の夏は魔法にかかったかのようだった。そんな夏はこの年の終わりまで続いていったのである。

    「10月、俺はまだイギリスにいた。あの忌々しいコロナ・デル・マーは9月中旬に新学期が始まっていた。だから俺はすでに「最終期限」を逃してしまっていたんだ。戻ることに特に興味がなかったから、イギリスで立ち往生し続けていた。ふっ(笑)。でも10月中旬には戻った方がよかったんだ。」

    「でもサクソンとライオットのコンサートが(訳注:イギリス南東部の)ブライトンであったから、俺は行ってライオットの人たちと会うためにバックステージに忍び込んだ。サクソンはもういなくなっていたんでね。その翌朝、LA行きの飛行機に飛び乗ったんだ。」


    ラーズは戻った先ですぐにサクソンとも接近することとなった。直に接したわけではないかもしれないが、ラーズがヘヴィメタルの熱狂的なファンから、自分のアイドルたちをサポートするバンドの結成メンバーになるまでわずか半年であった。

    ロックにおける歴史的規模の変革が起きようとした。

    英訳元:http://w11.zetaboards.com/Metallichicks/topic/794989/8/

    Mkeynes
    1993年、ミルトンキーンズ・フェスのバックステージにて。左からショーン・ハリス、ラーズ・ウルリッヒ、ブライアン・タトラー

    ラーズの恐るべき行動力はここに来てさらにエスカレートした感があります。イギリスと離れたところに住んでいたことさえも逆にアドバンテージにしているような・・・。

    途中出てきた『METALLICA激震正史』についてはこちらからどうぞ。
    http://metallica.ninja-web.net/books.html#gekishin

    第2章はこれで最後。次回の第3章ではついにラーズがメタリカ結成へ動きます。

    ※麻薬、ダメ、ゼッタイ

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    メタリカも出演しているモーターヘッドの
    レミー・キルミスターに密着したドキュメンタリー映画、
    『極悪レミー』。

    これから劇場公開される場所もあるなかで
    早くもDVDの予約が開始されました。

    極悪レミー


    仕様はDVDで初回限定生産盤と通常盤の2つ。

    初回限定盤の内容はこんな感じ。

    [DISC1]
    予告編
    メイキング
    SXSW映画祭ワールドプレミア映像
    レミーインタビューアウトテイク
    レミーのベース演奏について
    [DISC2]
    モーターヘッドライヴ
     be my baby
     just'cos you got the power
     going to brazil
     killed by death
     iron fist
     ace of spades
     whorehouse blues
     back door man
    メタリカ×レミーライヴ
     damage case
     too late too late
    1995年・レミー50歳を祝った伝説のライヴについて
    マーシャルアンプのレミーモデル試作チェック
    モーターヘッドクルーのインタビュー&ライヴ
    黄金のトリオ時代について
    現モーターヘッド・ギタリスト,フィル・キャンベルについて
    現モーターヘッド・ドラマー,ミッキー・ディーについて
    世界中のモーターヘッドファンの映像
    凄まじいモーターヘッド狂たち
    もしレミーが映画化されたら誰が演じる?
    ホークウィンドについて
    ロッキンヴィカーズについて
    トリプルHロングインタビュー
    アルバム『モータライザー』メイキング
    レミー面白伝説
    マット・ソーラムインタビュー
    世界最大の音圧の秘密
    優しいレミー
    レミーとビリー・ボブ・ソーントンの会話
    レミーとデイヴ・グロールの会話

    総再生時間6時間50分超の2枚組み『OVERKILL EDITION』(笑)

    もー特典盛り過ぎだよ!(笑)
    しかも本編では1曲だけだったメタリカとの共演も
    2曲聴けるとあっては買うしかないではないか!

    価格で見るとAMAZON、特典で見るとタワレコ優勢かな。。

    AMAZON
    初回限定盤
    通常盤

    HMV
    初回限定盤
    通常盤

    タワレコ
    初回限定盤
    通常盤

    タワレコ限定特典
    ・極悪ベース・ピック
    ・抽選で極悪レミー・オリジナルグッズが当たる応募ハガキ


    ディスクユニオン
    初回限定盤
    通常盤

    ディスクユニオン限定先着特典
    ・マウスパッド
    ※デザインはDVDジャケットと同仕様


    肝心の発売日は2011年3月9日

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    レミー・キルミスター、メタリカのライブ公演に飛び入り参加。
    レミー・キルミスターのドキュメンタリー映画にメタリカ出演。
    メタリカも出演、モーターヘッド・レミーのドキュメンタリー映画『極悪レミー』、2011年お正月公開
    メタリカも出演、映画『極悪レミー』のチラシをもらってきました。
    メタリカも出演、映画『極悪レミー』の公開日が決定。
    メタリカが映画『極悪レミー』に寄せたコメントが秀逸な件。
    映画「極悪レミー」観に行ってきました!

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    渋谷に行って、またもらってきました。
    メタリカも出演している映画『極悪レミー』のチラシ。
    たぶん今回のチラシが第3刷。

    けっこうこの映画についてしつこく取り上げているので
    この映画のプロモーターみたいになってますが(苦笑)

    今回のチラシには映画やレミーに対する
    いろんな方のコメントが掲載されてます。

    たとえば、伊藤政則氏。

    レミーを語る時、“極悪”とは、その人生を賞賛する意味となる。
    まさに、一念岩をも徹す人生。彼の総てがロックンロールだ!


    とまぁこんな感じ。

    メタリカからはラーズとジェイムズがコメントを寄せています。
    まずはラーズ・ウルリッヒ。

    “レミー”という言葉は“わが道を行く”

    という意味の動詞だ。


    これに対して、ジェイムズ・ヘットフィールド。


    ラーズは気持悪がられて

    吐かれるくらい
    レミーの背中を

    追い続けたんだ。



    何この掛け合い漫才(笑)

    そんなコメントも掲載されているチラシはこちら。

    表面
    lemmy3-1

    裏面
    lemmy3-2


    裏面には、件のコメントの他、映画に関する各種キャンペーンも
    掲載されているのでサイズ大きめに引き伸ばしておきました。

    再度、映画予告編もご紹介。


    公式サイトには続々と決定している各地の公開劇場、公開日が
    掲載されています。(音しますのでご注意を。)
    http://www.lemmymovie.jp/


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    メタリカも出演、映画『極悪レミー』のチラシをもらってきました。
    メタリカも出演、映画『極悪レミー』の公開日が決定。

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    これまでも何回かとりあげている、モーターヘッドの
    レミー・キルミスターに迫った映画『極悪レミー』。
    メタリカも出演するこの映画の上映開始日が決定しました。

    公開は、シアターN渋谷にて2010年12月3日(金)から。

    そしてシアターN渋谷の開館5周年を記念して
    公開初日のみ入場料は1,000円ポッキリに。

    平日金曜で、タイムスケジュールが発表されていないので
    自分は初日に観ることができるか微妙ですが。。(^^;

    映画館で公開している間に観に行こうかと思います。
    (ただそんなに広い劇場じゃないんだよなぁ。。)


    lemmy

    シアターN渋谷『極悪レミー』


    【追記】
    予告編がYouTubeで公開されましたのでご紹介。


    さらに公式サイトも正式にオープンしています。
    http://www.lemmymovie.jp/

    公開劇場情報も順次更新されています。
    これを書いている現在、公開日が決まっているのは
    シアターN渋谷の2010年12月3日(金)と
    名古屋シネマテークの2010年12月4日(土)となっています。

    【公開劇場情報はこちらから】
    http://www.lemmymovie.jp/theater.html


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