メタリカ情報局

メタリカを愛してやまないものの、メタリカへの愛の中途半端さ加減をダメだしされたのでこんなブログ作ってみました。

       

    タグ:メタリカ

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    メタリカの「WorldwiredTour」イギリス公演を観に行った伊藤政則氏がラーズ・ウルリッヒのインタビュー取材を行った模様が、TVK(神奈川テレビ)の「RockCity」にて2017年11月18日(土)に放送予定とのこと。また「Hardwired」のミュージックビデオも放送されます。放送曜日が変わってだいぶ経っていますが、土曜の23時からなのでご注意を。

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    http://www.tvk-yokohama.com/rockcity/


    「2019年」「センターステージ(ラウンドステージ)」「2Days」「さいたまスーパーアリーナ」などのワードが、すでにトークイベントで出てきているのを漏れ聞いている次第ですが、ラーズの口からどんなことが話されているのかを映像でじっくり見たいと思います。

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    『Master of Puppets』のリマスター盤発売を受けてのRollingStone誌でラーズ・ウルリッヒとカーク・ハメットのインタビュー。前回の続きです。BOXセットに収録のライヴやクリフ・バートン、ジェイソン・ニューステッドに関するエピソードが語られています。管理人拙訳にてご紹介。

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    −カーク、BOXセットにはあなたのソロの草案を示すたくさんのリフ・テープがありますね。当時のリードギターのフレーズはどうやっていたのですか?

    カーク・ハメット
    当時、最初から最後までソロ全部を作るのにとても夢中になっていた。スタジオ入りする前に少なくとも80から90%は作っておきたいと思っていた。スタジオで即興はやっていなかったんだ。若かったし、自分の演奏を展開させることや何もないところから500のアイデアを書き溜める能力は持ち合わせていなかった。今ならそれができる。俺は今(当時に比べて)はるかにミュージシャンになっているからね。『Hardwired〜』では何を演奏するか分からないところから、(どうするか)90分以内に把握していた。1986年にはできなかったことだよ。「Damage, Inc.」では、俺はただ座って頭を掻きむしって唖然としながら「俺は他に何をやろうとしてるんだ?」って思ってたし。

    −BOXセットにはクリフのテープは何もありませんでした。彼はバンドに曲をどう提示していたんでしょうか?

    カーク・ハメット
    彼はボリュームがどんどん上がっていく「Damage, Inc.」のイントロを弾いていた。それから彼はそのひらめきの元となったバッハの曲を俺に弾いてみせたんだ。それで言うんだ。「同じように聴こえるか?」って。俺は「全然。疑う余地もない。完全にキミのものみたいだ。」と答えたよ。そして彼はベースで「Orion」の中間部全体を書いた後、ギターのハモるパートをベースで弾いていた。レコードではジェイムズと俺がこのハモるパートを全部弾いているけど、最初はクリフがベースで全部弾きたがっていたんだ。「Damage, Inc.」に出てくるソロみたいなものだったから、うまくはいかなかっただろうね。だから「Orion」に組み込んで、アルバムでやっているギター/ベースのアレンジを思いついた。それが実際に彼の最後の作品となってしまったんだ。

    −これにはたくさんのクールなコンサート音源がありますね。これらのショーで一番覚えていることはなんでしょう?

    ラーズ・ウルリッヒ
    『Master of Puppets』を振り返って考えてみると、オジーのツアーを振り返ることになる。俺たちは他の誰よりも長くオジーとロードを過ごした。時折、オジーがいなかった時は自分たちだけのショーをやることもあった。アラゴン・ボールルームのギグもそんななかのひとつだったと思う。

    カーク・ハメット
    アラゴン・ボールルームのショーで「Disposable Heroes」をやって、観衆がハチャメチャに狂っていたのをハッキリと覚えているよ。「Disposable Heroes」は(オジー・ツアーでの)サポートのセットリストには入れていなかった。だからあの曲がライヴでどれだけ効果的なのかを知ることができたんだ。

    ラーズ・ウルリッヒ
    (BOXセットに収録されている)ハンプトン・コロシアムのショーはオジーと一緒だった。観衆は何が自分たちに起きているのかわからなかった。俺たちがやっているようなものを一度も観たことなかっただろうからね。俺たちはアメリカ中部のアリーナでことごとく「Battery」と「Master of Puppets」をやったけど、たくさんの人の表情がかなりクレイジーになっていたね。

    カーク・ハメット
    メドウランズのショーはとりわけ最高だったのを覚えているよ。あの前夜にジェイムズとクリフと俺でサムヘイン(Samhain)の人たちと一緒だったからね。彼らとツアーに出るのは本当にクールだった。イーリーとグレンがショーに出ていて、俺たちはその事実に興奮したし、本当に触発されたし、本当に良いショーをやりたいと思った。だって最高なミスフィッツ(Misfits)のグレンとサムヘインの人たちがそこにいるんだぜ。「俺たちも良いショーをやるぞ」ってね。それが俺の演奏にもインスピレーションを与えることになった。

    −ハンプトン・コロシアムのショーは、ジェイムズがスケートボードでケガをしてから、カークのギター・ローディーのジョン・マーシャルをリズムギターに迎えたものでしたが、どんなことを覚えていますか?

    カーク・ハメット
    ジョンがステージ側にいるのはあのツアーから始まったんだけど、クリフはいつも「ここから出ていけよ」って言っていた。それで面白いことにジョンはステージの後ろからショーを始めるわけなんだけど、3曲目か4曲目になるとアンプの前に立っているんだ。4回目のショーで「脇に立っていたのが、急にステージに出てくるとうまくのれないんだよ。最初の曲から出て来いよ。」って俺たちが言ったんだ。ジョン・マーシャルは俺が13歳の頃から知ってる。15歳の頃から一緒にギターを弾いていたんだ。だから彼にとって、突然オジーのツアーで俺と一緒にギターを弾くことになって頭がクラクラする出来事だったんじゃないかな。俺たちが経験してきたことはそれだけ変わったことだった。本当に頭がクラクラするようなクールなことだったよ。

    ラーズ・ウルリッヒ
    ハンプトン・コロシアムのショーは、オジー・ツアーの最終日だった。オジーのライヴの後半に楽しい時間を過ごしたよ。俺たち全員がおむつを着けてギターと間抜けなズラをかぶってステージに飛び入りしたんだ。マネージャーのクリフ(・バーンスタイン)があのアルバムがゴールドディスクを獲得したと俺たちに伝えた日でもあった。あれはクレイジーだったね。しかもヘットフィールドの誕生日でもあったんだ。

    −ストックホルムで行われたクリフの最後のショーのカセットは感慨深く聴いているのではないですか?

    ラーズ・ウルリッヒ
    もちろん。あれから31年が経った。一時停止しては、物思いにふけり、考え、感謝し、光栄に思う。たくさんのことをあまりの早さで突き抜けてきたから、ゆっくり考えるなんてしていなかった。時には、午前2時にあのなかのものを聴いては「わぁ」ってなっていたよ。最後の2曲を聴いたり、最後のショーで彼と写った写真を見たりした時に気持ちを落ち着かせようと曲を止めるんだ。

    −クリフとの最後のショーについてはどんなことを覚えていますか?

    ラーズ・ウルリッヒ
    イギリスで3000席の映画館「Odeons」でのライヴを終えて、スカンジナビアに行ったんだ。場所はアイスホッケー会場みたいで(イギリスの会場に比べて)小さく、寒く、暗かった。違った雰囲気があったね。ストックホルムでのショーをやったら信じられないほどうまくいった。ショーがすごく良かったんで、セットリストにない追加の曲を実際にやった珍しいケースだったんだ。今でもそう多くはやっていない。それだけ良い雰囲気があったんだよ。

    カーク・ハメット
    ジェイムズが(ケガをしてから)再びギターを弾いた最初のショーだったから重要だったんだ。ジェイムズがギターのストラップを肩にかけてアンコールを演奏することができた。たしか「Blitzkrieg」か何かだったと思うんだけど、ジェイムズがギターに戻って演奏して、かなり回復しているように見えて、ジョン・マーシャルを含む5人が本当にワクワクしていたよ。あのショーは良かったとハッキリと覚えているんだ。ステージを終えて引っ込んだ時も本当に良い気分だったし、ポジティブで前向きなものだった。「いいぞ、ジェイムズが戻ってきて、以前の俺たちみたいに戻るのはそう時間はかからないだろう。」って感じさ。ショーの後はそんな雰囲気だったし、そこから事故が起きて、文字通り希望あふれる状況から深い漆黒の穴に身を落とされたように感じたよ。

    ラーズ・ウルリッヒ
    あの日、俺たちはたくさんの取材を受けていた。「OK」っていうスウェーデンの流行に敏感な10代女子向け雑誌のために写真撮影もしていた。その後、バスに座ってどれだけクールだったか話していたんだ。クリフと俺は一緒にビールを飲んでいた。今となってはちょっとおぼろげだけど良い日だったよ。

    カーク・ハメット
    俺たちがバスに乗って会場を去ろうって時にファンが俺たちに向かって走り出したのを思い出すよ。クリフがこう言ったんだ。「彼らを見ろよ、まるでゾンビみたいだ!」彼はゾンビに夢中だったからね。俺たちみんな笑っちゃったよ。それから俺たちはカードゲームを始めた。そして長い長いドライブだ。そこから先は誰もが知っての通りだ。

    −BOXセットにはジェイソン・ニューステッドの最初のオーディションとギグも収録されています。ツラい時期だったかと思いますが。

    ラーズ・ウルリッヒ
    あぁ、俺たちは何が起きているのか、わけが分からなかった。自分たちができる最も賢いことは続けることだと決めたんだ。事故後の1、2週間でクリフを弔って、それから後は5分となかった。もしそこで俺たちが減速して、虚無感を抱えたり、深淵に落ち込んで抜け出せなくなったりするのが恐かったからね。だから俺は(Metal Brade Recordsの創始者)ブライアン・スレイゲルを含む何人かに電話をして「そこらでホットなベーシストは誰かいないか?」って話していた。クリフの葬式の1週間後にはオーディションをセッティングしていたよ。

    カーク・ハメット
    奇妙な感じだった。俺たちはみんな、復帰後最初のショーについてとてもナーバスになっていた。リハーサルではうまくいっていた。ジェイソンが割って入れるのかと思っていたんだ。リハーサルでは時間をかけられる。でもいったんツアーに出たり、家を離れてショーをやったりするとなったら、実力ある者、ない者かがハッキリしてしまう。マニュアルとか練習コースなんてものはない。ジェイソンはよくこなしていた。彼は本当に危機に対応してくれたんだ。

    ラーズ・ウルリッヒ
    ジェイソンは信じられないくらいポジティブなエネルギーを持っていて、火の玉みたいだった。入ってくると、とても献身的で準備万端だった。しかるべきアティチュードを持ち合わせていたし、化学反応、人格、楽器への取り組み方は本当にユニークなものだった。彼はクリフから180度転換なんてできなかったし、「クリフ・ジュニア」みたいな代わりにはしたくなかった。ジェイソンはやり遂げるヤツだと直感したのを覚えているよ。

    −『Master of Puppets』の曲を書き始めた時から、ジェイソン・ニューステッドと共にしたアルバム・ツアーの終わりまで、あなた方のわずか2年間の人生、されどいろんなことが起きた時期がBOXセットには収録されています。この時期についてどう思いますか?

    カーク・ハメット
    バンドの未来についての責任が俺たちに突き付けられた。1986年9月まではバンドの将来は超バラ色に見えた。でも10月からは再び弾けるのかどうかさえわからなかった。兄弟を喪って、精神的にも感情的にもいろんなものを抱えることを強いられた。そして俺たちは大きく成長した。次のツアーでは少し成熟したからね。集中していたし、うまくやっていたとも思う。
    そして、うまくいくっていう願望から『...And Justice For All』ができた。


    −クリフ・バートンはかつて「Master of Puppets」がメタリカで好きな曲で、バンド史上最高の曲だと言っていました。バンドで一番リクエストされた曲であり、あなた方が一番弾いた曲になっています。なぜこの曲の人気が続いているのだと思いますか?

    カーク・ハメット
    あの曲で多くの素晴らしい感情を反芻している。曲の中間部は本当に独特の雰囲気がある。超ヘヴィで良いエネルギーがある。そして、たくさんの感情を持っている。「Master of Puppets」を聴いたり弾いたりすると、俺は何かが清められたように感じるんだ。最高の音楽ってそういうもんだよ。何かを得たり、感情的な何かを取り除くのを助けてくれる。「Master of Puppets」は信じられないほど精神浄化してくれる曲なんだ。みんなが前に向ける必要のある何かを自分のことにように感じて心を打つ。あの曲はそれができる。だから後になっても、さらに良く感じるんじゃないかな。

    RollingStone(2017-11-09)

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    メタリカ、『Master of Puppets』のリマスターについて語る(上)

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    長編インタビューが続いてまったく記事が追いつけていませんが、ちょっとずついきます。まずは『Master of Puppets』のリマスター盤発売を受けてのRollingStone誌でラーズ・ウルリッヒとカーク・ハメットのインタビュー。収録曲に関する裏話について語ってくれています。管理人拙訳にてご紹介。

    metallica-master-of-puppets-1986

    −BOXセットが出るにあたって一番興奮していることは何ですか?

    カーク・ハメット
    リハーサル・テープやライヴのものはクールだから興奮しているよ。通常のレベルを越えてる。

    ラーズ・ウルリッヒ
    俺はいつだってブックレットのファンで、他のビッグなBOXセットに関して言えば、どんなにちょっとしたニュアンスでも、どんなにちょっとした紙片でも、どんな歌詞でもチケットでもじっくり見てきた。だから願うことなら、ファンがこのBOXセットをよりいっそう高く評価してくれればいいね。クリフの不慮の死に立ち向かってるってことじゃ、感情的な要素を多分に含んでいるかもしれない。彼の最後のショーの音声があるし、ステージ上で俺たちが一緒に撮った最後の写真かもしれないものもある。そういうわけで、ちょっと一時停止して、あの狂気や浮き沈みやクリフを喪ったことの大きさを考えるだけじゃなく、俺たちがこうしていまだに活動していてみんなが気にかけてくれているってどれだけ幸運なんだと思うんだ。

    −BOXセットでいくつか気になるものについてお話ししましょう。ファング(Fang)の「The Money Will Roll Right In」のカヴァーのラフ・ミックスが収録されています。あれをやるに至ったのは何ででしょうか?

    ラーズ・ウルリッヒ
    「The Money Will Roll Right In」はただよく演奏していた曲だったんだ。初期のカヴァー曲のほとんどは、俺たちがカヴァーバンドとして始めた時にやっていたものだった。「The Money Will Roll Right In」=「金はじきに転がり込む」って言葉のように俺たちはトントン拍子にコトが運んでいた。クリフがバンドに持ち込んだかもしれないね。それ(お金が転がり込む事態)はもうすぐそこにあったんだ。

    カーク・ハメット
    誰が「The Money Will Roll Right In」をやりだしたのか覚えてない。ラーズとジェイムズがやっていたのは知ってるけど、クリフはどうだったかな。俺自身はやってなかったってのは覚えているよ。曲自体があまりに洗練されすぎていたし磨きがかかりすぎていたからね。ファングのバージョンは本当に生々しいんだ。お昼に横になりながら8曲を1回の演奏でやったって感じに聴こえた。俺たちとなると、レコーディングの時には、なんか装飾めいて、どこかやりすぎになってしまう。パンクのシンプルさと生々しさを俺たちの誰も捉えていなかった(笑)。それがリリースされてこなかった理由だよ。俺はリリースされるとは思ってもみなかったけど、さぁここでってわけだね。

    ラーズ・ウルリッヒ
    当時、真剣にレコーディングしたんだよ。最高の音を出さなければ、デフ・レパードの最新アルバムのようなキックドラムのサウンドを出さなければってね。だから俺たちのやり方っていうのは、自分たちの曲ができてラジオでかかるまではカヴァー曲をレコーディングすることだった。自分たちの曲を試してみる代わりにカヴァーを試していたんだ。

    −あなた方が85年にリッチーズ・イン(Ruthie's Inn)でやったライヴのブートレグはかなり生々しいです。

    カーク・ハメット
    あぁ、あの頃っていうのはあのアルバム(「The Money Will Roll Right In」収録アルバム『Land Shark!』)が出回っていて、ファングが毎週末演奏していたし、俺たちはベイエリアに住んでいてしょっちゅう彼らを観ていたからね。

    −ニルヴァーナ(Nirvana)があの曲をカヴァーしたのを聴いたことはありますか?彼らは1992年のレディングで演奏しているんですが。

    カーク・ハメット
    いいや、しらないな。へぇ。彼らがファングのことを知っているなんて知らなかったよ。彼らはベイエリアで一番人気のパンクバンドってわけじゃなかったからね。それは本当に奇妙だな。

    −そのほかに収録されている面白いカヴァーと言えば、ダイアモンド・ヘッド(Diamond Head)の「The Prince」です。クリフの時代にレコーディングされているとは思いませんでした。後にジェイソン・ニューステッドと共に『...And Justice For All』で再レコーディングしていますね。なぜこのバージョンをリリースしなかったのでしょうか?

    カーク・ハメット
    あの時点であのバージョンはダイアモンド・ヘッドとのあいだでクリアされていない問題があったかもしれないと思う。あるいは俺たちがダイアモンド・ヘッドと折り合いを付けたのかもしれない。俺は知らないんだ。ビジネス面のことだ。

    ラーズ・ウルリッヒ
    プロジェクトを進めて、締め切りを迎えようとしている時、俺たちはヴォーカルを入れずに、レコードに収録する曲に時間とエネルギーを集中することに決めたんだ。

    −さらに興味深いのは、「Orion」のラフ・ミックスではイントロでシンセサイザーが使われているということです。あれはなぜなんでしょう?

    カーク・ハメット
    キーボードで始まるのはクールだと思ったんだよ。ハモンドオルガンとかB-3オルガンのサウンドをもっと使いたくて、シンセサイザーをあの箇所に使ったんだ。

    −誰が弾いていたんですか?

    カーク・ハメット
    覚えてない。スタジオにあったキーボードに関して言えば、俺たちのほとんどは1つ指のキーボード・プレイヤーだったと思うよ。

    −レコーディングされたものの多くは、アルバムでのものとかなり似通っています。あなたは曲をたくさん試していたことを覚えていますか?

    ラーズ・ウルリッヒ
    いや。当時、俺たちがやっていることにイチャモンつけてくるヤツに対して、俺たちはそうは変わらないようにと、とても保護主義的だった。もし変えてしまったら、付け入られてしまうと。俺たちはレコード会社やマネジメントにそういうものを送ったことは本当に一切ない。これは失礼な意味にとってほしくないけど、その意味ではフレミング・ラスムッセンはプロデューサーだと考えていなかったんだ。彼はどちらかと言えば最高のサウンドを得て、それを大きくするエンジニアのようだった。当時の俺たちの考えでは、プロデューサーってのは、曲をいじくってラジオ向けのものにするか、大人しいものにしてしまうヤツのことだった。だから「プロデューサーなんていらねぇ」って感じだったんだ。バンドにはとても反抗的な雰囲気があった。だからアルバムに収録する最終版のデモを聴いてみると、さまざまなアレンジという点では多くはなかったけど、スタジオではいろいろ曲を装飾していたよ。ジェイムズは特にスタジオでサウンドをいじるのが好きだったし、クイーン(Queen)の曲のようなプロダクションに夢中になっていた。でもプロデューサーがやってきて、俺たちに何をすべきか伝えるってことはなかったんだ。

    −でもあなたはいつだったかラッシュ(Rush)のゲディー・リーをプロデューサーに招こうとしていませんでしたっけ?

    ラーズ・ウルリッヒ
    おぉ〜(間をおいて)彼は俺たちとそういう会話をしていたかもしれない超短いリストに載っているかもしれないな。

    −アルバムの歌詞がどのように作られていったのか覚えていますか?

    ラーズ・ウルリッヒ
    当時、ジェイムズは自分自身の世界に入って、歌詞を手書きしていた。歌詞はさまざまなことを話すところから生まれたんだ。「The Thing That Should Not Be」はH.P.ラブクラフトの神話からきているし、「Disposable Heroes」は他の誰かの戦争での単なる道具になるってことを話したことから思いついた。「Leper Messiah」は思うに、カークがデヴィッド・ボウイの曲と一緒にジミー・スワガートとジェリー・ファルエルが当時ひっきりなしにテレビでやっていたことを提案したものだ。俺たちがテレビを見ていると、歌詞のアイデアの引き金になるようなものがテレビにはたくさんあった。座って福音伝道者たちがやっているのを見るんだ。あの「私にお金を送れば、私はあなたを癒すでしょう」とかなんとかいうヤツをさ。間違いなく彼らはあの時(「Leper Messiah」を書く上で)俺たちに影響を与えたね。「Damage, Inc.」と「Battery」はファンという家族とか自分よりも大きなものに属しているっていう感覚について。「Master of Puppets」は明らかに中毒とかそういったものに関することで、俺たちの友人であるリッチー・バーチに触発されたものだ。彼は『Kill 'Em All』の裏ジャケットに「Bang that head that doesn't bang」を引用されたヤツで、ジェイムズと俺の家のソファをぶち壊し、鏡の上で朝食を刻んで(訳注:「Master of Puppets」の歌詞、"Chop your breakfast on a mirror"のこと。コカイン吸引前に鏡やガラスの上で細かくすることから生まれた麻薬を吸うことの隠語)出かけて行ったんだ。いいかい、俺たちはアイツのことを死ぬほど愛していたんだ。彼は良き友人だったから、何か意見を言おうってんじゃなくて、当時のヤツらがどうだったかについて書いたものなんだ。

    RollingStone(2017-11-09)
    Fang - The Money Will Roll Right In


    Nirvana - The Money Will Roll Right In (Live at Reading 1992)


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    ユニバーサル・ミュージックから数量限定のライヴ・カセットが当たるキャンペーンが開催されるとのこと。以下、ユニバーサル・ミュージックからのお知らせを転載。
    超数量限定の『メタル・マスター』ライヴ・カセットが100名様に当たる!

    2017年11月発売の『メタル・マスター(リマスター・デラックス・ボックス・セット)』または『メタル・マスター(リマスター・デラックス)』の日本盤をお買い上げいただきご応募いただいた方の中から抽選で100名様に『メタル・マスター』ライヴ・カセットをプレゼントいたします。
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    このライヴ・カセットには、『メタル・マスター(リマスター・デラックス・ボックス・セット)』未収録の1986年11月18日大阪フェスティバルホール公演が収録されております。
    詳しい応募要項は、商品に封入されている用紙、および、日本盤発売日以降にユニバーサル ミュージックのメタリカのページ(metallica-hm.jp)をご覧ください。

    Universal Music(2017-11-09)
    ・リマスター・デラックス・ボックス・セット(32,400円(税込))
     品番:UICR-9041

    ユニバーサルミュージック
    Amazon
    タワーレコード
    HMV
    ディスクユニオン

    ・リマスター・デラックス(仮)(3,888円(税込))
     品番:UICR-1133/5

    ユニバーサルミュージック
    Amazon
    タワーレコード
    HMV
    ディスクユニオン

    ファン、コレクター垂涎のアイテムになりそうです。

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    2017年11月9日にサンフランシスコのAT&Tパークにて、先ごろカリフォルニア州北部で発生した大規模火災に対する復興支援コンサートが行われ、メタリカも出演予定とのこと。

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    サンフランシスコ・クロニクルの記事を管理人拙訳にて抜粋してご紹介。
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    ベイエリアでのビジネスとコミュニティのリーダー連合が力を合わせ、北カリフォルニアを襲った先日の火災の復興支援を目的とした大規模な資金調達キャンペーンとして、11月9日にAT&Tパークで行われるメタリカ、ジー・イージー、デイヴ・マシューズ出演予定のコンサートを始動させる。

    バンド・トゥゲザー・ベイエリアと呼ばれるこのグループは、650万ドルを集め、低所得家族や移民や北部の火災犠牲者にとって短期・中期・長期の救済となる多くの資金が今後さらに増えることが期待される。

    (中略)

    49.5ドルから199.5ドルまでの価格帯のチケットは金曜日(2017年10月27日)にチケットマスターを介して販売され、チケットマスターも全手数料を救済活動に寄付することを誓約した。スタジアムのプライムシートは、火災に巻き込まれた家族や初期対応を行った救急隊、ボランティアのために押さえられている。

    (中略)

    ワインカントリーの大火災で少なくとも42人が死亡、8400もの建物が焼失し、24万5千エーカーの土地が焦土と化した。推定10万人が避難したとカリフォルニア州林業省が伝えている。

    悲劇はとりわけ、メタリカのギタリストであるカーク・ハメットに降りかかった。彼はソノマ郡ミッション・ハイランズにあった家を危うく失うところだったのだ。そして自分よりもツイていないであろう隣人たちに同情する。

    ハメットは言う。「カリフォルニアの火災マップでは、ちょうど俺の家のところで火災が終わっているんだ。実際、俺の家の正門で火事が止んでいた。残酷だよ。精神面・心理面の犠牲について、いつも考えている。」

    (後略)

    SanFranciscoChronicle(2017‐10‐24)
    このコンサートについて、メッセージを寄せたメタリカの動画はこちらから。


    【追記】
    ライヴストリーミング配信決定!日本時間2017年11月10日(金)午前10:45からFacebookとYouTubeで配信予定。アメリカ在住者のみツイッターからも配信あり。

    Facebook


    YouTube
    https://www.youtube.com/user/MetallicaTV

    Twitter
    https://twitter.com/i/live/925097701229805568

    【追記2】
    メタリカのライヴは14:45開始予定とのこと。

    【追記3】
    公式でアーカイヴ動画がアップされました。


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    ドイツ出身のハードロックギタリスト、マイケル・シェンカーがマイケル・シェンカー・フェストとして2018年初頭にリリースする予定のアルバム『Ressurection』にカーク・ハメットが参加とのこと。

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    Nuclear Blastから発売される『Ressurection』は、5ヵ月間のあいだ4つの場所でレコーディングされ、ゲスト・アーティストとしてカーク・ハメットの他、MSG(マイケル・シェンカー・グループ)のシンガーだったゲイリー・バーデン、グラハム・ボネット、ロビン・マッコーリー、さらにマイケル・シェンカーズ・テンプル・オブ・ロックでも共に活動しているドゥギー・ホワイトが参加。

    マイケル・シェンカーによると「3人のシンガーがそれぞれ1曲を歌うものではない。いくつかの曲では実際にシンガー全員が一緒に歌っている。本当にユニークで興味深いものになっているよ。本当に面白いよ。同じ曲のなかで3人の違うタイプのヴォーカルを聴くことができるからね・・・。基本的にゲイリーはブリッジを歌って、ロビンが詞を歌い、グラハムがコーラスとかを歌うという具合だ。これを3曲ぐらいでやっている。」

    さらにシェンカー本人が「すごくいい、パワフルな曲」と自賛する新曲「Warrior」も収録され、アルバムリリースの数週間前には舞台裏映像とともに公開されるとのこと。

    BLABBERMOUTH.NETより(2017-10-31)

    マイケル・シェンカー、カーク・ハメットのギタープレイとともに3人のヴォーカルがどう絡むのか楽しみです。

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    メタリカを脱退してから、紆余曲折を経て絵画制作と地元でのアコースティックバンドでの活動を行っているジェイソン・ニューステッド。2017年10月19日にプエルトリコでのハリケーン被害への支援のために開催されたコンサートで「Turn The Page」を披露。


    さらにモンタナにある自宅を495万ドルで売り出したと話題になっていました。


    最近ではフロリダ州ジュピターで音楽と絵画制作を行っていることが多いというジェイソン。近況を語るロングインタビューがジュピターの地元紙に掲載されていましたので管理人拙訳にて紹介します。
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    ニューステッドは言う。「お気に入りのバンドに参加できたんだ。俺は本当にマジでラッキーだよ。世界も5回廻れた。15年間夢のような状態にいると想像してみてくれ。それが俺の経験をまとめる唯一の方法なんだ。あまりに楽しすぎたと言えば十分だろう。」

    (中略)

    広範囲にわたるワールドツアーの生活から離れたニューステッドの現在の状況は、もう少し組織立って個人的な天職を探求することを可能にしている。彼は1年を通して自分の時間をカリフォルニア、ミシガン、モンタナ、ジュピターで過ごしている。4つの場所のうち、ジュピターはジェイソンが最も長居している場所だ。必要な癒しと自分のペースで創造性の歯止めを解くことに集中できるからだと断言する。

    ニューステッドは言う。「毎年ますますここで過ごすようになっている。ロードに出て15年間、第一線のツアー生活という狂気を過ごしていたから、ここは全てのものから距離を置くための場所なんだ。自分が落ち着いてリセットする場所になっている。ほどなく一年中ここにいる自分が見えるよ。」

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    ニューステッドのフロリダとの結びつきは根深く、ジュピターよりもはるかに広がっている。11歳でミシガン州のナイルズとカラマズーで暮らしていた彼は、家族がザファーヒルズにドライブしてニューステッドの祖父母のロイドとデルマを訪ねた時に初めてフロリダ州に触れた。祖父母は当時、フロリダ州西部の街でトレーラーハウスを買っていた。数年後、ニューステッドの父、ロバートは退職後にゼファーヒルズの同じトレーラーハウスに移り住み、ロイドとデルマの面倒を見た。

    (中略)

    その後、フロリダの東海岸周辺をメタリカがツアーで廻ると、ニューステッドはオフの日には家族を訪ねた。ロイドとデルマの名前が入ったメタリカのゴールドアルバム、プラチナムアルバムを壁に飾って孫のことを誇りに思う祖父母を見ることは彼に大きな達成感をもたらした。彼は90年代の終わりに祖父母を訪ねるためにフリーウェイとフロリダズ・ターンパイクを行ったり来たりして、ジュピターの出口を頻繁に通り抜け、説明のつかない繋がりを感じていたことを思い出していた。ニューステッドは断言する。「ジュピターという場所に住むことについて、何か潜在的に夢想していたものがあったんだ。ある種の魅力がある。」

    (中略)

    しかしジュピターがどんな場所であろうとも、この伝説的アーティストは自分を見出したり見失ったりする。もっと言えば、彼はいつも創造的エンジンに燃料を供給し、残りは紙の上の全てのインク、さらに最近ではキャンパス上のペイントに向いている。ニューステッドは信条を明らかにする。「俺はここにいるってことを証明するために毎日何かをしなければならない。それは1枚のペインティング、5枚の絵画、6枚のドローイング、1つの曲、6つの曲、あるいはめちゃくちゃビールを飲んだ地元のヤツと一緒に即席のセッションをすることだったりする。俺はそれを記録しようとするんだ。俺は20歳の頃から全てを記録し、さまざまな形で行ってきた。俺はその日の記録を残すことができるようになるために、その日にしたことを(何かしらの形で)示す。もし参照したり、追体験したりする必要があれば、すぐそこにあるってわけだ。」

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    ニューステッドにとって絵画は音楽と同じ高さに達する情熱だ。2004年、ニューステッドはレコーディングセッション中に落下したベースのアンプヘッドを掴もうとして肩のケガを負った。手術が必要となり、長い回復過程が続いた。この間、ニューステッドは「内なるものを外に出す」必要があることを思い出し、さまざまな方法を試すうちに、絵を描くことに変わっていった。彼は自分の「カラフルでクレイジーな絵」が、その時点で作っていた「カラフルでクレイジーな音楽」と同じように感じている。ブラシをキャンバスにすべらすことが、ニューステッドが肩のケガを癒す時間を過ごすための単なる気晴らしではないことが分かった。その時、絵を描くことへの飢えは収まることがなかったのだ。

    彼は一見「いつもそこにある」この才能を磨き、展示会に値する数々の作品を作った後、ニューステッドは2010年5月5日、カリフォルニア州サンフランシスコで最初の個展を開いた。

    (中略)

    アートショーが行われる限り、ニューステッドのスケジュールは埋まっている。彼は昨年5月にアートニューヨークで開催された「RAWK」展で、展示作品の9割を著名かつ世間に認められた国際的なコレクターに販売し成功を収めた。短期間だが2017年12月1日から2018年2月3日までレイクワースにあるパームビーチ・カルチュアル・カウンシルのロバート・M・モンゴメリージュニアビルで彼の作品が公開される予定だ。2017年12月5日のアート・マイアミでも大きな存在感を示すことになるだろう。

    (中略)

    jasonnewsted_003

    ニューステッドは楽器との長きにわたる関係をよくわかっている。メタリカの前にも後にも彼の運命は常にベースギター、リズムギター、あるいはドラムによる演奏やレコーディングと関わってきた。彼の軌跡はフロットサム・アンド・ジェットサム(Flotsam and Jetsam)からメタリカ、エコーブレイン(Echobrain)からヴォイヴォド(Voivod)、ニューステッド(Newsted)からフーケアズ(WhoCares)、ロックスター・スーパーノヴァ(Rock Star Supernova)から一時的にではあるもののオジー・オズボーンやティナ・ターナーとまでコラボしている。

    今日ではニューステッドはアコースティックギターとの関係を育んでおり、ジェイソン・ニューステッド&チョップハウス・バンドとして知られる彼が結成したフォークバンドのリードヴォーカリストの役割を担っている。この名前は1992年にカリフォルニア州サンフランシスコにニューステッドが設立したレーベルから派生したもので、ニューステッドの『Heavy Metal Music』EPがレコーディングされたところだ。チョップハウス・バンドのレパートリーには、ジョニー・キャッシュ、ジョージ・ジョーンズ、トム・ウェイツ、ニール・ヤング、ボブ・ディラン、ジェイソン・イッセルといった伝説的アーティストのフォークソングのカヴァーが含まれている。

    (中略)

    ニューステッドによると、このプロジェクトは実際新たにしており、グループメンバーは絶えず流動的だ。彼らは継続的なツアースケジュールを立てていないが、これはニューステッドの外部契約に起因するところだ。ただしチョップハウス・バンドはアメリカ全土でショーを行っている。(中略)そのあいだにニューステッドはチョップハウス・バンドのセットリストに曲を加えるためだけでなく、近い将来アルバムのレコーディングできればとオリジナル曲を書き始めている。

    InJupiter(2017-10-30)
    音楽や絵画といった創作活動で得た収益の一部は各財団・慈善団体を通じて音楽・環境教育に寄付しているとのこと。

    引用記事中にも出てきたジェイソンの『RAWK』展は今後もアメリカ各地で巡回を予定しており、パームビーチでの展示を控えて冊子で特集が行われていました。
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    以下、ジェイソン・ニューステッドの『RAWK』展の巡回予定。
    Dec 1, 2017 - Feb 3, 2018
    Newsted exhibits his collection at the The Robert M. Montgomery, Jr. Building Main Gallery of the Cultural Council of the Palm Beaches (open to the public).

    601 Lake Avenue, Lake Worth, FL 33460

    (561) 471-2901 | www.palmbeachculture.com
    Dec 5 - 10, 2017
    Newsted’s art exhibit at Art Miami
    (see website for ticket information).

    One Herald Plaza @ NE 14TH Street, Miami, FL 33132

    1-800-376-5850 | www.artmiamifair.com
    Jan 11 - 15, 2018
    Newsted shows his art at Palm Beach Modern
    + Contemporary art fair.

    824 S Dixie Hwy @ Okeechobee Blvd, West Palm Beach, FL 33401

    (305) 517-7977 | www.artpbfair.com
    Feb 15 - 19, 2018
    Newsted exhibits his collection at Art Wynwood
    (see website for ticket information).

    One Herald Plaza @ NE 14TH Street, Miami, FL 33132

    (305) 517-7977 | www.artwynwood.com
    Feb (TBD)
    Private showing of Newsted’s art at Arcature
    Fine Art Gallery

    318 Worth Avenue, Palm Beach, FL 33480

    (561) 805-9388 | www.artnet.com/galleries/arcature-fine-art/

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    Podcast「Alphabetallica」にて、メタリカと共に『Ride The Lightning』『Master Of Puppets』『...And Justice For All』と3枚のアルバムのプロデュースを行ったフレミング・ラスムッセンのインタビュー。UltimateGuitar.comの文字起こし部分を管理人拙訳にてご紹介。

    Flemming-Rasmussen-Flemming-Rasmussen

    −レコーディング過程について

    我々は最初にリズムギターでドラムを録っていた。ガイドとなるリズムギターだけでね。全部を演奏することもあったけど、ドラムを録っとくだけでそれからドラムの上にリズムギターをのせていくんだ。普通はドラム、ベース、ギター、ヴォーカルとやっていたからね。当時はそうやっていた。

    でも私は最初にリズムギターをレコーディングした。明らかにリフをベースとした音楽だったし、ベースさえもほとんど同じリフを弾いていたからね。私はジェイムズの卓越しているリフを弾く感じが欲しかったし、クリフにはそれに従って演奏して欲しかった。

    ベーシストによって解釈されるのではなく、(ジェイムズによって)リフが書かれた時の感じを得たかったからだ。だからそう、まずリズムギターをやったんだ。クリフにとってそれが本当に良かった。彼はライヴという状況に慣れていたからね。彼が演奏するトラックがほぼ完成すると、彼はたくさんいいプレイをするんだよ。彼はヒッピーみたいでルーズな男だったから、ヘッドホンが好きじゃなかった。だから大きな部屋にスピーカーを繋げて曲を大きく響かせて、アンプを一人だけの部屋に設置していた。彼は飛び跳ねながらベースを弾くんだ。あれは本当にクールだったね。


    −「Welcome Home (Sanitarium)」について

    「Sanitarium」のイントロは大好きだよ。ヘッドホンで注意深く聴けば、最初のギターはモノラルでやってる(とわかる)。実際にそうやってレコーディングしたんだ。ドラムが入ってきた時に私がスイッチをちょっとイジってステレオにしたってわけ。これは実際に私がロイ・トーマス・ベイカー(訳注:クイーンのデビュー作から5作目の『華麗なるレース』までを手がけた名プロデューサー)から学んだことなんだ。彼はそういうことをクイーンのアルバムでよくやっていた。それが本当にいい音だったので、これこそあれをやるところだと思ったんだ。モノラルで幻想的なサウンドからステレオでとてつもないサウンドになってくというわけだね(笑)

    −「For Whom the Bell Tolls」について

    「The Bells」は我々がクリック・トラックをやった最初の曲だった。タイトにしたくってね。あれはたしか私が「彼らはおそらくスピードアップするから、あれが必要だ」と言ってやり出したんだ。彼らはライヴという状況に慣れきっていたから、(アルバムをレコーディングするために)スタジオ入りした時にクリック・トラックが何なのかわかってなかった。


    UltimateGuitar(2017-08-19)

    インタビュー全編はこちらから。


    51分と長尺ながら、デンマーク人であるフレミングとラーズ・ウルリッヒがレコーディング中にデンマーク語で会話をしていたら、ジェイムズ・ヘットフィールドが何言ってるかわからん!と怒り出した話や『...And Justice For All』のレコーディングをガンズ・アンド・ローゼスの『Appetite for Destruction』を手がけたマイク・クリンクと始めたがうまくいかなかったこと等々興味深い話をいくつも披露しています。

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