メタリカ情報局

メタリカを愛してやまないものの、メタリカへの愛の中途半端さ加減をダメだしされたのでこんなブログ作ってみました。

       

    タグ:ジェイソン・ニューステッド

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    エディ・トランクのPodcastにて電話インタビューを受けたラーズ・ウルリッヒが『Master Of Puppets』のリマスターについての質問に答えています。Ultimate-Guitar.comで文字起こしされていたので、管理人拙訳にてご紹介。

    EddieTrunk_Lars2016

    ラーズ・ウルリッヒ
    「『Master Of Puppets』は基本的に(リマスター作業は)終わってる。でもそれから『Hardwired〜』が出ることになった。ニューアルバムだ。いつも邪魔が入るんだよ!(笑)俺たちは9000ページからなるマット・テイラーの『Back to the Front』と一緒に(リマスターの)『Master Of Puppets』を出すつもりだった。本と一緒に出すつもりだったんだけど、本に関しては出版社との軌道上にあった。俺たちにはどうしようもなかったんだ。」

    「だから俺たちは『Master Of Puppets』をいったん取りやめて、今のところ、おそらくは来年には出すつもりだよ。俺たちは今後出すつもりでいるけど、リイシューを出すのを止めているのは『Hardwired〜』があるって理由だけなんだ。でも『Master Of Puppets』は出来ている!クールでクレイジーなものだし、未公開のショーやそういったクールなもの全部が詰まっている。うまくいけば来年には出るはずだよ。」

    Ultimate-Guitar.com(2016-10-25)

    また『...And Justice For All』のリマスターについては次のように答えています。
    ラーズ・ウルリッヒ
    「(抗議するファンのマネをして)『ベースはどこいった?おい頼むよ、ベースをリミックスしてくれよぉぉ!』(笑)」

    エディ・トランク
    「数週間前にそのことについてジェイソン(・ニューステッド)に訊いてみたよ。彼はこう言っていた。『俺はあれをそのままにしておくべきだと思う。あのままで十分クールだ』ってね。」

    ラーズ・ウルリッヒ
    「レコードはタイムカプセルなんだ。創造的な見通し、創造的ビジョン、そしてそのときに自分たちが持っていた資源を最大限発揮したものだよ。」

    「俺は完全に、100万%、あれで支障ないと思っている。そう、俺たちはこうできたんだ、よかったよ。でもそれがああなったってことで・・・レコードが出て数年間はあらゆるベースのジョークを聞くことになった(笑)楽しかったね。」

    エディ・トランク
    「ベースをリミックスした音源を(オンラインに)あげている人もいるよね!(笑)」

    ラーズ・ウルリッヒ
    「(冗談めかして)そういうのは全部見てきたし、彼らがどこに住んでいるのかも、彼らの電話番号も知っているし、俺たちは彼らを見つけることだろうね(笑)。大丈夫だ。より楽しげだね。みんながいまだに気にしてくれているのが嬉しいし、俺たちはアルバム全てをひとつずつ出していくつもりだよ。」

    Ultimate-Guitar.com(2016-10-26)

    インタビューのフル音声はこちらからどうぞ。(インタビューは00:29:38から、Justiceのリマスターのくだりは00:58:00から)
    http://www.podcastone.com/embed?progID=658&pid=1686727

    新譜が出なかった場合は、当初の予定通りに今年の秋には『Master Of Puppets』のリマスター盤が出ていたのかもしれません。
    remaster_keikaku

    いずれにせよ来年には『Master Of Puppets』のリマスターでさらに未公開音源や映像が観られそうでこちらも楽しみです。

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    まずはNMEからジェイソン・ニューステッドのインタビュー紹介を引用。

    jason

    ジェイソン・ニューステッドは8月29日シリウスXM・サテライト・ラジオの番組「エディー・トランク・ライヴ」に出演し、メタリカの新曲”Hardwired”を聴いたか尋ねられた際に次のように答えている。

    「とても意地悪な質問だね。もう何回も聴いたよ。誰かが車の中で僕のためにかけてくれてね、それから家に持って帰ってまた聴いたんだ。楽曲の感じが好きだったし、激しいところが好みだったよ。素晴らしいと思う」

    また、メタリカのメンバーと今でも連絡を取るのか尋ねられた際には次のように答えている。「この間の木曜日にラーズ(・ウルリッヒ)と電話したよ。彼とは2週間に一回話すんだ。彼らは新しいレコードに備えて多くの材料がそこにはあって、できる範囲で支援したいからなんでも電話してくれと言ってあって、僕らは常に連絡を取り合っているんだ。そして今は電話で話をしているだけなんだけど、長らく会ってないから実は直接会いたいと思っている。でも、今彼らはこの新しいレコードに関してかなりたくさんのやらなくてはいけないことがあるみたいだからね。僕もとても興奮しているし、そんな彼らを誇りに思うよ」

    さらに、今はメタリカとは単純に友達としての付き合いなのか、それともビジネス・パートナーとしての関係なのか、もしくは何かまた一緒にやる可能性もあるのか訊かれた際には「その3つ、すべてに当てはまるね」と答えている。

    NME(2016-08-30)

    どういう形になるかわかりませんが、また共演という形で観てみたいところです。さらにForBassPlayerOnlyでのジェイソン・ニューステッドのインタビューを管理人拙訳にてご紹介します。先日紹介したBillboardのインタビューと同じコメントが多く散見されたので、もしかしたら同じインタビューを別媒体で書いているものかもしれません。できるだけ重複しない部分を抜粋して紹介します。

    −ちょうど今年はブラックアルバムのリリース25周年ということもあって私たちはその話もしようと思ってますが、あなたがいま行っているChophouseのスタジオを初めて開いてからも25周年なんですね。

    その通り。ブラックアルバムが本当にいいスタートを切って、俺はスタジオについてもアイデアを出してきて、現金がようやく入るようになってきたから、ガレージにそのスタジオの姿を設計した。それがChophouseになったんだ。みんなが2週間どこかにツアーに出る時にみんなが使える場所として、ジャムルームになるはずだった。

    当時はみんなが来て盛況だったよ。エクソダスとかセパルテゥラのヤツらとか、デヴィン・タウンゼンドとか、ツアーを廻ってたヤツらが自分たちの曲を弾いていたんだ。ほとんどがベイエリアのバンドで、ビッグになったバンドもいればそうでないのもいる。でも彼らはみんなChophouseにやってきて、オフの時間に音楽をプレイしていたのは楽しかったし、アルバム制作の苦難やツアーでの時間から離れて、ただ音楽を突き詰めていたんだ。

    (中略)

    −ファンはヘヴィメタルの巨人のひとりがフォークやルーツミュージックのような音楽に親近感を持っているということを疑問を持たざるえないのでは?

    それには深いわけがあってね。俺の母が病気になって、他のこと全ては二の次になった。次のNewstedのレコードを作ることもできたが、この時ばかりはそれはありえなかった。母に何か起きてしまったら、他のことは後回しだ。5月の最後の日に母は亡くなったが、最後の数年は母とたくさんの時間を過ごした。母はたくさんのこういった曲や音楽が好きだったんだ。だから母のために弾いたりしてね。そういう曲を集め始めた。少しの間、ヘヴィミュージックから離れて、また一呼吸おくことは重要なことだったんだ。また俺はアメリカン・ミュージックと昔のルーツミュージックについてのドキュメンタリーを何本か観た。そういった組み合わせ全てが本当に俺を触発し始めたんだ。かなりオープンマインドになって、違う視点から物を観るようになったと思う。母と長く過ごしたことで本当に価値あるものを俺に思い出させてくれたし、そういう方向性に向かわせてくれたんだ。

    −実際プレイするのに大きく調整したのですか?手にアコースティックギターを持っていても、自動的にヘッドバンギングを始めてしまったなんてことはなかったですか?

    (笑)まぁ、手足は動いていると思うよ。俺はアコースティックギターの弾き方を本当に学ぼうとして指が痛くなるまでプレイしていた。いつもメチャクチャだったけど、今の自分のようには集中できていなかった。俺はまだジョニー・キャッシュがやってたみたいにネックの端に指を置いてオープンコードで弾くだけなんだ。ほとんどの場合、俺は曲を漁って漁って漁って集めようとしている。

    (中略)

    −メタリカの曲やその他のメタルの曲をアレンジしてみようとは思わなかったのですか?

    そうそう、俺の友だちはみんなそう言ってくるよ。友人いわくこうさ。「なんで(Newsted時代の)「The Crow Flies」とかそういうものをやろうとしないんだ?落ち着いて自分のものにして今使っている楽器でこの場で入れてみないか?」でもそれは俺が思っていたほど簡単じゃないんだ。テンポを遅くして弾けばできると思っていたけど、そういうものじゃなかった。本当に曲の感じが変わってしまう。だから、オリジナルでやっているのと同じくらいクールなものにしていくには時間がかかるんだ。

    (中略)

    −(バンドとしての)Newstedはどうなってしまったのですか?数年前は全精力を傾けていたように見えましたが。

    あれについては前後を見誤ったと思っている。あまりに多くのものを一度に得ようとしていた。あまりに多くの期待がおそらく俺を参らせてしまった。やれるだけのことだけやれば、それ相応に作用する。俺はレコードもう1枚分の曲を書いていたけど、まとまっていないから(こんな曲があると)列挙したくないんだ。最後までレコーディングできていないし。みんなに披露するまでの準備ができていない。それは今は後回しになっているんだ。

    −先ほど言ったように、アルバム『Metallica』にとって記念すべき年です。25年経ってどう思いますか?

    俺が音楽をプレイしたいと思っている限り、つい3週間前のことのように感じるよ。俺たちがやったことに誇りを持っている。数週間前に何度かラーズと話したけど本当に素晴らしいよ。

    −スタジオでの制作はどんな感じでしたか?あなたが何か知っていることは?

    間違いなくやってきた集大成がそこにはあった。ヤツらが(メタリカを)始めてから10年、実際俺はフロットサムを始めた後だ。みんなは苦難続きで個々人が鍛えられていたし、どんな傷だろうがなんだろうが来たるものの準備はできていた。それからボブ・ロックがやってきた。もちろん俺たちはそういうことはやってこなかった。彼はコードのこと、パワーのこと、実際の音質について形作るために俺たちにやかましく言って聞かせていた。俺たちはその準備ができていたし、彼も俺たちのための準備ができていた。世界はあのサウンドの準備ができていたんだ。みんながコツコツ身を粉にして働いた。メタリカがいつもやっているようにね。そこから(成功の)果実を得たんだ。

    (中略)

    −あなたから本が出るという噂がありますが、それは本当でしょうか?

    Newstedの方が活動を縮小していた頃に執筆依頼があった。彼らは前払いでもやってほしかったようだ。俺は共著者とかそういった全てについて出版社と何回か会話をしていたんだ。でもうまくいかなかった。今やりたいことはそれじゃないと気付いたんだ。いつかはそうだとしてもね。俺が落ち着いたタイミングでもっと多くの話を書けたらと思っているよ。俺はまだこれ(音楽)をやっていたい。スキルが落ちないあいだ、機能が落ちないあいだ、全てがクールなあいだはね。それが進むべき道であり、まだそこから横道にそれることのない道だということを確かめたい。

    ForBassPlayerOnly(2016-08-22)

    後回しになっているジェイソンの新曲についてもいつか披露される日が来ることを祈っています。

    【追記】
    ジェイソンが地元のラジオ局に出演した際のライヴ映像がアップされていたのでご紹介しておきます。

    Bear Creek Blues (John Prine Cover)


    Down To The River (Doug Seegers Cover)


    Roll Me Up & Smoke Me When I Die (Willie Nelson Cover)


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    ジェイソン・ニューステッド、25周年を迎えたブラックアルバムや近況について語る
    メタリカ、新曲「Hardwired」公開!8年ぶりのアルバム『Hardwired…To Self-Destruct』を2016年11月18日発売決定!

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    リリース25周年を迎えたメタリカの5thアルバム『Metallica』ことブラックアルバムについて、ジェイソン・ニューステッドがBillboardのインタビューに答えてくれました。管理人拙訳にてご紹介。

    Jason-Newsted-performance-billboard-1548

    ジェイソン・ニューステッドは、最近新しく始めたアコースティック指向のChophouse Band、そして非常勤のデュオWould & Stealで忙しくしている。しかし世界中の誰かと同じく、かつてのメタリカのベーシストがブラックアルバムとして知られるセルフタイトルのアルバムが今週25周年となったことに何か感じたことは間違いない。

    ニューステッドはこう語る。「あぁ、俺の家のガレージには昔のメタリカのポスターとかキッズが作ったバナーとかそういったものがいろいろあるよ。先日、ちょうど家に帰って、見やるとあのアルバムのポスターがあって91年8月12日と書いてあった。俺は『何てこった・・・』って感じさ。妻に『あれから25年だって』って言ったら、妻も『あらまぁ・・・』って具合だった。でもそれは3週間前だったかもしれない。それが俺があの音楽について思ったことさ。」

    『Metallica』は故クリフ・バートンの後任として1986年に加入してからニューステッドにとって2枚目のアルバムだった。知っての通り、アメリカだけで1600万枚を売り上げグループの世界的な躍進につながった。一方で、ニューステッドのアルバム制作に関する思い出は、長ったらしい技巧を凝らした前作『...And Justice For All』よりも、ずっとダイレクトで集中的なアルバムにスタジオで新しい創造的なチャレンジをしたということだった。

    ニューステッドは回想する。「みんな、苦境を味わい傷を乗り越えて自分たちを鍛え上げて、俺たちみんなよりでっかくて、俺たちの誰よりもすごいものを創り上げるために、来たるべき準備はできていた。それはレーベルや(マネジメントの)Qプライムみたいに俺たちと一緒に仕事をしたみんなそうさ。ボブ・ロックがやってきて、キーのこととか物事のパワーだとか実際の音質について良くしようと俺たちをまとめてくれた。俺たちは彼への準備は万端だったし、彼も俺たちへの準備は万端だった。世界はあのサウンドの準備ができていたってわけさ。俺たちは座って「こんな風にしよう」なんて言わなかった。いや、でも俺たちは少しの間だけ俺たちを制御できる、俺たちを抑えられる誰かを引き入れたんだと俺は思う。みんな身を粉にして懸命に取り組んだ。メタリカはいつもそうだったけどね。そうして堰を切ったようにそこから(成功の)果実を得たんだ。俺は本当に自分たちがやったことに誇りを持っているよ。」

    ニューステッドが『Metallica』で好きな曲は「Sad But True」だ。「だってあの重さ、6弦ベースにあの大きな大きな重低音だからね。」彼はそう語る。しかし「My Friend Of Misery」にも格別な誇りを持っている。「あれはベースそのものだった。曲のイントロから。あの当時あのバンド内であれをやるのはそう簡単なことじゃない。あれで彼らはお辞儀してこうさ。『それでいこう、じゃあお前の曲を入れよう』ってね。あれを考え出したヤツになった。チームの一員であることとは対照的に、あの1分ばかりを自分のものにできた。それが本当の成果だったんだ。」

    『Metallica』の期間でニューステッドが持つもうひとつの素晴らしい思い出は、あのアルバムによってバンドは世界的な領域が開かれたということだった。彼は言う。「あれは最大の仕事だった。俺たちはあまりに長い間、あのレコードに懸命に取り組んできた。俺たちがやったことがとても強力だったように、世界中であの音楽が聴かれるようになった。「Nothing Else Matters」なんかは35か国で同じ週にNo.1だった。突然、アメリカのメタルバンドがキッズの前でプレイするなんて考えもしなかったような国からお呼びがかかるんだ。それで俺たちに電話をかけて『ちょうど今、メチャクチャ人気があるから、大金を儲けることができるんだ』とね。そうして俺たちはたくさんの場所で初めて訪れたヘヴィメタルバンドとして先鞭をつけていった。それが一番覚えていることだね。」

    『Metallica』が受け入れられている一方で、ニューステッドは新しいアコースティック・プロジェクトとして西海岸で行う5回の公演を含んだ、9月にアメリカを廻る計画に邁進している。彼が今住んでいる北カリフォルニア州、出身のミシガン州、モンタナ州、フロリダ州の4つのChophouseのスタジオからミュージシャンたちを伴い、フォークやカントリーだけでなくもっと現代的なものをアコースティックにアレンジしたレパートリーを弾く。アコースティックへの方向性は、ニューステッドがミュージシャン仲間とカリフォルニアのChophouseで行ったプライベートなショー、そしてアメリカのルーツ・ミュージックとそのミュージシャンに関するドキュメンタリー、今年初めに亡くなったミシガン州バトルクリークに住む病気療養中の母親のために弾いた曲に触発されたものだった。

    ニューステッドは語る。「それはもう20年、25年弾いてきたものなんだ。そういった曲を集めてきたし、今は以前よりもっと公共の場でそういうのを出している。少しヘヴィミュージックから離れて、もう一度息を吸って、こういう素晴らしい曲で何かするってことが重要なんだ。楽しいってことがキーだ。楽しい、楽しい、楽しい。つまらない仕事はもういらない。そういうものはもはや俺に必要ない。」ニューステッドはChophouse BandあるいはWould & Stealでレコーディングを行う計画はまだないが、彼はグループのためのオリジナル曲を書いている。今のところ、口づてあるいはソーシャルメディアによって音楽が拡散されることを幸せに思っている。そして彼はメタリカの曲を演奏することになるかもしれない。

    「(NEWSTED時代の曲)「As the Crow Flies」とかそういったものもやってきている。思っていたよりも簡単じゃないね。ただテンポを遅くするだけじゃダメなんだ。ちゃんと(アコースティックに合うように)曲の感じを変えなきゃならない。そういうことをするなら、同じようにクールにやりたいからね。」

    ニューステッドは回顧録の執筆依頼が来ていることを明かしたが、将来的には(執筆する可能性は)除外しないものの、今は依頼を留め置いている状態だ。2012年から2014年まで活動していたヘヴィメタルバンド、Newstedについても同様で、EPやアルバム、ライヴを含めて永久に終了するとは考えていない。

    ニューステッドはこう語る。「俺は一度に多くのものを取ろうとしていた。それだけのことができれば、うまくいくことはできる。レコード1枚分の曲は書いていたけど、まとまっていないから列挙はしたくない。最後までレコーディングしていないし。みんなのための準備ができていないんだ。それは今、後回しになっているよ。」

    Billboard.com(2016-08-12)

    ジェイソン自身の言葉で知りたかったところがBillboardにかなりまとめられてしまってはいますが、ジェイソンの現在がおおよそわかるインタビューでした。

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    メタリカのブラックアルバムについて知られていない10の事実
    ジェイソン・ニューステッド、2016年9月に「JASON NEWSTED AND THE CHOPHOUSE BAND」名義でツアー

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    メタリカが5thアルバム『Metallica』、通称ブラックアルバムを出してから25年が経ちました。25周年を記念して、RollingStone誌で「メタリカのブラックアルバムについて知られていない10の事実」という特集が組まれていたので管理人拙訳にてご紹介します。

    blackalbum

    1.バンドが短くシンプルな曲を書き始めた理由のひとつは、コンサート中のファンが退屈そうにしているのを観たからだ

    メタリカのメンバーは、1988年の『...And Justice For All』で出来る限りのプログレッシブなスラッシュメタルの概念を取り込んできたと自負していたと同時に、10分近くするタイトル曲のような大作で入り組んだ曲では自分たちのライヴに来る観衆の忍耐が試されるということにも気付いていた。

    リードギタリストのカーク・ハメットは1991年にRollingStone誌にこう語っている。「一般的な総意として、あの曲は死ぬほど長すぎだったってことに気付いたんだ。みんなが浮かない顔していてさ、俺は『何てこった、みんなは俺たちほど楽しんではいないようだぞ』って思ったよ。」ハメットはバンド自体も曲の複雑なアレンジに退屈になっていたことも認めた。「ある夜に「Justice」をやった後、舞台裏で俺たちのうちの誰かが『クソッ!俺たちがあのクソ曲をやるのはこれで最後だ!って言ったのを覚えているよ。」

    2.「Enter Sandman」はブラックアルバムのために書かれた最初の曲だ

    フックが効いていて不吉な感じのするハードなグルーヴを持つ「Enter Sandman」は、メタリカの新しい方向性を完璧にカプセルに閉じ込めたかのような曲だ。しかし、徐々にこの新鮮なアプローチへと移行すると言うよりかは、ハメットがシンプルでブルージーなギターのリックを弾いたことで、メタリカは最初の作曲のセッションの間にこの方向性へと飛び込んでいったのだ。そしてすぐにそのリックを鍛えぬき、彼らの最大のヒット曲となっていったのである。

    ドラマーのラーズ・ウルリッヒは2014年にこう回想している。「1990年7月の作曲過程で「Enter Sandman」は最初に思いついたものだった。『...And Justice For All』の後で10分のクソプログレッシブで12回もテンポの変わるメタリカをやるか。俺たちは曲をスリム化して単純にしたかった。あの曲を1日か2日で書き上げた。「Enter Sandman」の全てはメインリフから派生しているんだ。」

    3.ジェイムズ・ヘットフィールドが書いた「Enter Sandman」の歌詞は、もともと乳幼児の突然死について書かれたものだった


    「Enter Sandman」はブラックアルバムのために最初にバンドが書いた曲であったのにも関わらず、リズムギタリストのジェイムズ・ヘットフィールドはずいぶん後になるまで曲の歌詞を仕上げられなかった。もともとは幼児がベビーベッドで遂げる謎の死に関するものとして曲を想定していたが、バンドと彼らのマネジメントにより、プロデューサーのボブ・ロックを介して歌詞をトーンダウンしてほしいと頼まれたのだった。

    2011年にボブ・ロックはこう回想している。「最初に、音楽とリフを聴いてバンドと彼らのマネジメントにあの曲が1stシングルになると考えられていた。それから彼らはジェイムズの歌詞を聞いて、乳幼児の突然死について書かれた曲だとわかった。それは気に入られなかったわけさ・・・。」

    ボブ・ロックは続けてこう語る。「俺はジェイムズと膝を突き合わせて、彼の歌詞について話したんだ。『キミの書く歌詞は素晴らしい、でももっと良くなる。そこまであからさまでいいのか?』とね。シングルについては考えていなかった。私は彼にあの曲をもっと良くしてほしいってだけでね。より詩的かつオープンなやり方で言いたいことを言うってことを彼が学んだ過程だったんだ。彼はいくつか歌詞を書き直して、ああなった・・・(もちろん)1stシングルさ。」

    4.メタリカはボブ・ロックがそれ以前に一緒に仕事をしたバンドのファンではなかったにも関わらず、彼をプロデューサーに選んだ

    メタリカを導くためにプロデューサーのボブ・ロックを雇うことにしたバンドの決定は物議を醸すものだった。このカナダ人のプロデューサーかつエンジニアは、当時モトリー・クルーやボン・ジョヴィ、キングダム・カム、ザ・カルト、ラヴァーボーイといったスラッシュメタルの名声など欠片もないバンドとスタジオワークを行ったことでよく知られていた。しかしメタリカのメンバーは、そのようなバンドたちが彼と制作した音楽よりも、そのようなバンドたちのサウンドを彼が作り出したやり方に興味があったのだ。

    ラーズ・ウルリッヒが2007年に『Metal: The Definitive Guide』のインタビューでジャーナリストのギャリー・シャープ・ヤングに語ったところによるとこうだ。「ボブとともに良いミックスが欲しかったんだ。俺たちは低音域で大きな音を欲していた。そんな曲がボン・ジョヴィのレコードにあろうと、カルトのレコードにあろうと、メタリカのレコードにあろうと俺は気にしない。サウンドはサウンドだ。俺たちはあれが欲しかったんだ。」

    5.ブラックアルバムはメタリカが同じアルバム内で3つの異なるチューニングのギターを使った初めてのアルバムだ

    多くのHR/HMバンドがよりヘヴィなサウンドを実現するためにオルタネート・チューニングを使ってきた一方で、メタリカは1991年以前、主にギターについてはEレギュラーチューニングを用いてきた。1986年の『Master Of Puppets』収録曲「The Thing That Should Not Be」(ギターを1音半ドロップチューニングしている)と1987年の『The $5.98 EP: Garage Days Re-Revisited』の2つのカバー曲で1音ドロップチューニングという例外を除いて。『Metallica』ではアルバム収録の12曲のうち10曲はEレギュラーチューニングだが、ボブ・ロックの指図によりその他のミックスも使用した。ギターのチューニングを落とし「Sad But True」ではD、「The God That Failed」Eフラットとしている。

    ボブ・ロックは「Sad But True」についてこう語っている。「私はあの収録曲が全て1つのチューニング、Eのキーだということに気付いた。そこで私はこのことにバンドの注意を向けさせた。すると彼らはこう言ったんだ。「Eが一番低い音だったっけか?」そこで私は彼らに自分がプロデュースしてメタリカが好きでもあるモトリー・クルーの『Dr. Feelgood』ではDチューニングだったと伝えた。それからメタリカがDチューニングをしてみたら、リフが強大なものになった。この力はどんなことがあろうと止められないものだったね。」

    6.ブラックアルバムはメタリカがスタジオで一緒に“生演奏”して基本的なトラックをレコーディングした初めてのアルバムだ

    ジェイムズ・ヘットフィールドは1991年にGuitar World誌にこう語っている。「俺たちは(アルバムに)ライヴの感覚が欲しかったんだ。過去にラーズと俺はカークとジェイソン抜きでリズムパートを組み上げたり、ラーズが自分だけでクリック音を演奏していた。今回、俺は1つのバンドユニットとしてスタジオで演奏してみたかったんだ。曲に活力が加わり、バイブスを得ることができた。みんなが同じ部屋にいて、互いの姿を見ることができる。あれは大いに手助けになった。特にベースとリードギターの何点かではね。俺たちがスタジオに入る前でさえ、2か月の間でほとんどの曲を演奏する手助けにもなった。」

    7.「The Unforgiven」「Nothing Else Matters」におけるジェイムズ・ヘットフィールドのヴォーカル・パフォーマンスはクリス・アイザックに触発されたものだ

    1990年後半から1991年初めにかけて世界中で大ヒットしたクリス・アイザックの「Wicked Game」はジェイムズ・ヘットフィールドの耳をも捉えた。彼はボブ・ロックにメタリカのスピード遅めの2曲に載せるのにこのシンガーのムーディーなヴォーカルを見本とする手助けとするにはどうしたらよいか尋ねたのだ。

    ロックは2015年のクリス・ジェリコとのインタビューでこう振り返っている。「彼(ヘットフィールド)はこう言った。『ボブ、俺はこれまで本当に歌ったことはないんだ。俺はただ叫んでいただけだった。』とね。彼はクリス・アイザックのレコードを再生してさらにこう言ったんだ。『「Nothing Else Matters」と「The Unforgiven」で俺は歌いたい。どうしたらこんな風に歌えるんだ?』私はこう言ったよ。『素晴らしいヴォーカルサウンドをものにできるよ。キミのヴォーカルに代わりはいない。クリス・アイザックの声でキミが聞いているのは彼が歌うときのニュアンスなんだ。彼も代わりはいない。彼は実際にやっている。キミもやればいいんだ。我々は彼が快適でいて、素晴らしいヴォーカルサウンドを出せるようセットして、それから彼は歌った。日ごとに彼は良くなっていった。彼は歌うことが心地よくなった。そうして彼は素晴らしいシンガーとなったんだ。」

    8.バンドメンバー4人のうち3人はアルバム制作中に離婚を経験した

    ダークでブルージーなメタリカの感覚はバンドの新しい音楽的な選択の結果だけではなかった。ラーズ・ウルリッヒ、カーク・ハメット、そしてベーシストのジェイソン・ニューステッドは彼らの個人的な生活のなかでブルースを歌っていたのである。

    2001年のPlayboy誌でハメットはこう語る。「ラーズとジェイソンと俺は離婚を経験した。俺は感情的にボロボロだった。罪悪感とか失敗したという感情を取って、そういう感情を音楽に向かわせるようにしていた。肯定的な何かを得るためにね。ジェイソンとラーズもそうだった。俺はブラックアルバムがああいう風なサウンドになった理由にそれによるところが大きいと思ってるよ。」

    9.カーク・ハメットは「Nothing Else Matters」のビデオに登場しているが、彼はこの曲を実際には弾いていない

    もともとジェイムズ・ヘットフィールドによって、電話で会話している間にギターの弦をぼんやりとかき鳴らしていて見出した音楽をもとに、当時の恋人に向けたラブソングとして書かれた「Nothing Else Matters」は、メタリカにとって大きな出発点だった。ヘットフィールドが自分でカセットに録音したラフ・ヴァージョンを聴くと、ウルリッヒはメタリカの曲としてバンドでレコーディングするべきだと彼を説得した。それからヘットフィールドは曲のアコースティックのイントロとブルージーなギターソロをレコーディングし、カーク・ハメットが参加していない数少ないメタリカの曲のひとつを作り上げたのだ。

    ハメットは2012年にこう振り返っている。「俺はステージで自分が弾くあのイントロパート全部を学び直さなきゃならなかった。あの時点で俺にとってはちょっとばかり脅威だったね。(なぜならジェイムズだけがイントロをレコーディングしたため)俺たちからすればああいう風に始まる曲ではなかったから。」

    10.ジェイムズ・ヘットフィールドは「Nothing Else Matters」がメタリカファンを嘔吐させやしないかと心配していた

    1991年8月3日、メタリカはマディソン・スクエア・ガーデンでの無料リスニングパーティーで新しいアルバムを公開するという前例のない一歩を踏み出した。(ラーズ・ウルリッヒは後に「俺たちのアルバムはガーデンで俺たちが演る前にプレイされていたのさ。」とジョークを飛ばしている。)その4日前に(1stシングルとして)リリースされた「Enter Sandman」を除き、そこにいた1万人のファンは初めて『Metallica』の曲を聴いたのだ。ジェイムズ・ヘットフィールドはとりわけ「Nothing Else Matters」がどういう反応をされるか心配していた。

    1992年にK.J.ドートン著の『Metallica Unbound』のなかでヘットフィールドはこう語っている。「俺はただ「Nothing Else Matters」がかかるのを待っていた。あそこにいたみんながお互い目を合わせて吐き出しやしないか確認するためにね!(笑)仲間内の高圧的なヤツがお互いにレコードをかけて『おまえはこの曲は好き?』『いいや、おまえはこの曲好きなのか?』なんてことにならないだろうかと思っていた。」ヘットフィールドにとって幸運なことに、あの曲は好評だった。彼はこう振り返る。「みんなかなり夢中になっていた。あれにはかなり驚いたね。」

    RollingStone(2016-08-12)

    過去のインタビューの焼き直しではありますが、いろんな要素が絡み合ってブラックアルバムが出来上がったのを改めて認識させられた記事でした。

    参考までに7番目で書かれていたクリス・アイザックの「Wicked Game」はこちらから。

    Chris Isaak「Wicked Game」

    Metallica
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    先日もお伝えした通り、アコースティック音楽で活動していく方向性を語っていたジェイソン・ニューステッド。アコースティック・プロジェクト「Would And Steal」としてライヴを行ったばかりですが、今度は「JASON NEWSTED AND THE CHOPHOUSE BAND」名義でネバダ州とカリフォルニア州でライヴを行うとのこと。日程は以下の通り。

    jasonnewstedchophousebandsept2016dates

    詳細は各リンクで観ることができます。最終日については詳細の情報がまだ記載されていませんが、初日の9月2日は無料ライヴのようです。

    2016年9月2日 - Crystal Bay, NV @ The Crystal Bay Club / Crown Room
    http://devildogshows.com/fri-sept-2nd-2016-jason-newsted-the-chophouse-band-free-in-the-crystal-bay-club-casino-red-room/

    2016年9月7日 - Santa Cruz, CA @ Moe's Alley
    http://www.moesalley.com/artist.php?id=2384&artist=Jason_Newsted_And_The_Chophouse_Band

    2016年9月8日 - Mill Valley, CA @ Sweetwater Music Hall
    http://www.sweetwatermusichall.com/event/1274375-jason-newsted-chophouse-band-mill-valley/

    2016年9月10日 - Napa, CA @ Silo's
    http://www.silosnapa.com/event/8cb80c751c482c4532cdd64c4bc3b379

    2016年9月17日 - Sebastopol, CA @ Hopmonk Tavern
    https://www.facebook.com/hopmonksebastopol/events

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    既報通り、ジェイソン・ニューステッドが新しく立ち上げたアコースティック・プロジェクト「Would And Steal」についてFacebookのWebcastにて語りました。ジェイソンのコメントをBLABBERMOUTH.NETさんが文字起こししてくれたので管理人拙訳にてご紹介。

    jasonnewsted_2016

    ヘヴィ・ミュージックをプレイし世界中を旅してきた30年間、俺は地球を5周半分、55か国を廻った。俺はすでにそういう山を登ってきて、これ以上登るべき山はないんだ。俺は、俺たち全員以上の何か大きなものだったあのグループの一員だった。グループの成功をシェアした賞のなかで、俺たちはグラミー賞を獲得し、ロックの殿堂入りを果たし、その他いろいろなものを得てきた。あれはあの手の音楽で取れる限りのもので、今や他の誰かがああいう音楽で楽しむ番なんだ。

    俺は今、スリップノットのようにはプレイできない。アイツらは俺が今まで夢見てきたよりもヘヴィでファストなんだ。だからこれが俺がプレイできる方法だし、これが俺の残りの時間にやることだ。

    俺はいつも音楽をプレイしていたい。毎日音楽に接していなきゃならないし、もしそうしなければ発狂しちまうよ。文字通りね。俺のことを知ってる誰もがそれをわかってる。そして今これをプレイすることで、俺はより多くの人たちに自分自身をさらけ出すことができるとわかったんだ。4歳から94歳までこの音楽を聴いて楽しめると言えるね。どうしてジョニー・キャッシュみたいにできないっていうんだ?どうして「Will The Circle Be Unbroken」みたいにできないっていうんだ?みんなこういった曲が好きなはずだよ。アメリカン・ミュージックはそういうものさ。


    −彼の新しいプロジェクトがレイドバックした音楽の方向性にも関わらず、ニューステッドはまだメタルをプレイしていることについてすぐに指摘した。

    いつだってそうさ。でもこのプロジェクトは、たまたまこういう音楽スタイルなんだよ。これは俺がたった今みんなとシェアしたいことをやるものなんだ。だからこの音楽に対するアティトゥードもアプローチも傾倒もメタルに対するそれと何も変わっちゃいない。同じなんだよ。どんな音楽スタイルへの傾倒であってもいつも同じなんだ。俺は全てこうしてやってきている。今俺がやりたいことシェアしたいことに至っているんだ。それで大金やそういったものが生まれるような、あるいは「おい見てくれ、チェックしてくれ」だとか、誰かと競い合うだとか、そう大したものがあるわけじゃない。そういうことは俺の中にもはや存在しないんだ。今、俺たちのスタジオで行われていることは、俺たちがみんなやどうでもいいと思ってる人たちとシェアしようとしているものなんだ。もしそんな人たちがやってきてシェアしたいと思ってくれればクールだね。もしそうじゃなくて、メタルが好きだと言うならメタルを聴けばいい。そしたら、じゃあな頑張れよ!ってなもんだろ。俺はこれをやっているし、それが俺のためにいいものだと思っている。他のみんなも自分たちのためにいいと思ったものを決めればいいなと思っているよ。

    BLABBERMOUTH.NETより(2016-06-23)

    Webcastの様子を収めた動画がこちら。(画面の向きは途中で直ります)


    参考までにジョニー・キャッシュの「Will The Circle Be Unbroken」も貼り付けておきます。


     
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    ジェイソン・ニューステッドの続報。2016年7月22日(金)昼12:00(日本時間2016年7月23日朝4:00)からFacebookのWebcastに出演し、ロブ・タッカー(Rob Tucker)と新たに立ち上げたアコースティック・プロジェクト「Would And Steal」について語るとのこと。

    jasonnewsted_20160722

    Webcastはこちらのページから。
    https://www.facebook.com/events/149911188749626/

    BLABBERMOUTH.NETで公開された「Would And Steal」のバンドロゴはこちら。
    wouldandsteallogo_newsted

    さらに2016年8月5日、6日には未公開のメンバーとともにカリフォルニア州ラフェイエットの楽器店「Mighty Fine Guitars」にて音楽教育支援団体「Little Kids Rock」のために慈善コンサートを行うとのこと。


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    2016年7月15日、ジェイソン・ニューステッドが自宅のあるカリフォルニア州ウォールナットクリークでライヴを行った模様。会場はRed Houseと呼ばれる音楽施設。

    まずはライヴチケットの販売サイトによる説明を管理人拙訳にて。
    jasonnewsted_2016

    1992年、チョップハウス・バンド(The Chophouse Band)は、グラミー賞を6回獲得したロックの殿堂入りベーシスト、ジェイソン・ニューステッドによって、サンフランシスコのベイエリアでチョップハウス・スタジオとレコード会社を設立した際に始まった。

    1991年のメタリカのブラックアルバムでの成功に続き、チョップハウス・スタジオは、厳しいツアースケジュールや予定から離れて、空いた時間の音楽のため、純粋に音楽を楽しむ特別な場所を持とうと、他のグループや活動をしている同志や友人を集めるためにニューステッドによって考案されたものだ。

    25年経ち、多様なジャンルから多種多様なタレントのホストとして、チョップハウス・バンドは、このような他にないセッションや個人的なプロジェクトで味付けされ、ブレンドされたスタイル、創造性を奨励し、音楽の境界を試す、信頼に足る純粋で完璧なレシピを提供する音楽の味をようやく共有していく・・・それがチョップハウス・バンドだ。

    (後略)

    TicketFlyより

    ジェイソン自身が設立したチョップハウス・レコード(Chophouse Records)に付随するバンドとしての出演だったようです。当日の模様を写した写真がこちら。
    jasonnewsted_20160715

    ボブ・ディランに影響を与えたフォーク歌手ウディ・ガスリーの「This Land is Your Land」のカバーを披露しています。


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