メタリカ情報局

メタリカを愛してやまないものの、メタリカへの愛の中途半端さ加減をダメだしされたのでこんなブログ作ってみました。

       

    タグ:インタビュー

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    長編インタビューが続いてまったく記事が追いつけていませんが、ちょっとずついきます。まずは『Master of Puppets』のリマスター盤発売を受けてのRollingStone誌でラーズ・ウルリッヒとカーク・ハメットのインタビュー。収録曲に関する裏話について語ってくれています。管理人拙訳にてご紹介。

    metallica-master-of-puppets-1986

    −BOXセットが出るにあたって一番興奮していることは何ですか?

    カーク・ハメット
    リハーサル・テープやライヴのものはクールだから興奮しているよ。通常のレベルを越えてる。

    ラーズ・ウルリッヒ
    俺はいつだってブックレットのファンで、他のビッグなBOXセットに関して言えば、どんなにちょっとしたニュアンスでも、どんなにちょっとした紙片でも、どんな歌詞でもチケットでもじっくり見てきた。だから願うことなら、ファンがこのBOXセットをよりいっそう高く評価してくれればいいね。クリフの不慮の死に立ち向かってるってことじゃ、感情的な要素を多分に含んでいるかもしれない。彼の最後のショーの音声があるし、ステージ上で俺たちが一緒に撮った最後の写真かもしれないものもある。そういうわけで、ちょっと一時停止して、あの狂気や浮き沈みやクリフを喪ったことの大きさを考えるだけじゃなく、俺たちがこうしていまだに活動していてみんなが気にかけてくれているってどれだけ幸運なんだと思うんだ。

    −BOXセットでいくつか気になるものについてお話ししましょう。ファング(Fang)の「The Money Will Roll Right In」のカヴァーのラフ・ミックスが収録されています。あれをやるに至ったのは何ででしょうか?

    ラーズ・ウルリッヒ
    「The Money Will Roll Right In」はただよく演奏していた曲だったんだ。初期のカヴァー曲のほとんどは、俺たちがカヴァーバンドとして始めた時にやっていたものだった。「The Money Will Roll Right In」=「金はじきに転がり込む」って言葉のように俺たちはトントン拍子にコトが運んでいた。クリフがバンドに持ち込んだかもしれないね。それ(お金が転がり込む事態)はもうすぐそこにあったんだ。

    カーク・ハメット
    誰が「The Money Will Roll Right In」をやりだしたのか覚えてない。ラーズとジェイムズがやっていたのは知ってるけど、クリフはどうだったかな。俺自身はやってなかったってのは覚えているよ。曲自体があまりに洗練されすぎていたし磨きがかかりすぎていたからね。ファングのバージョンは本当に生々しいんだ。お昼に横になりながら8曲を1回の演奏でやったって感じに聴こえた。俺たちとなると、レコーディングの時には、なんか装飾めいて、どこかやりすぎになってしまう。パンクのシンプルさと生々しさを俺たちの誰も捉えていなかった(笑)。それがリリースされてこなかった理由だよ。俺はリリースされるとは思ってもみなかったけど、さぁここでってわけだね。

    ラーズ・ウルリッヒ
    当時、真剣にレコーディングしたんだよ。最高の音を出さなければ、デフ・レパードの最新アルバムのようなキックドラムのサウンドを出さなければってね。だから俺たちのやり方っていうのは、自分たちの曲ができてラジオでかかるまではカヴァー曲をレコーディングすることだった。自分たちの曲を試してみる代わりにカヴァーを試していたんだ。

    −あなた方が85年にリッチーズ・イン(Ruthie's Inn)でやったライヴのブートレグはかなり生々しいです。

    カーク・ハメット
    あぁ、あの頃っていうのはあのアルバム(「The Money Will Roll Right In」収録アルバム『Land Shark!』)が出回っていて、ファングが毎週末演奏していたし、俺たちはベイエリアに住んでいてしょっちゅう彼らを観ていたからね。

    −ニルヴァーナ(Nirvana)があの曲をカヴァーしたのを聴いたことはありますか?彼らは1992年のレディングで演奏しているんですが。

    カーク・ハメット
    いいや、しらないな。へぇ。彼らがファングのことを知っているなんて知らなかったよ。彼らはベイエリアで一番人気のパンクバンドってわけじゃなかったからね。それは本当に奇妙だな。

    −そのほかに収録されている面白いカヴァーと言えば、ダイアモンド・ヘッド(Diamond Head)の「The Prince」です。クリフの時代にレコーディングされているとは思いませんでした。後にジェイソン・ニューステッドと共に『...And Justice For All』で再レコーディングしていますね。なぜこのバージョンをリリースしなかったのでしょうか?

    カーク・ハメット
    あの時点であのバージョンはダイアモンド・ヘッドとのあいだでクリアされていない問題があったかもしれないと思う。あるいは俺たちがダイアモンド・ヘッドと折り合いを付けたのかもしれない。俺は知らないんだ。ビジネス面のことだ。

    ラーズ・ウルリッヒ
    プロジェクトを進めて、締め切りを迎えようとしている時、俺たちはヴォーカルを入れずに、レコードに収録する曲に時間とエネルギーを集中することに決めたんだ。

    −さらに興味深いのは、「Orion」のラフ・ミックスではイントロでシンセサイザーが使われているということです。あれはなぜなんでしょう?

    カーク・ハメット
    キーボードで始まるのはクールだと思ったんだよ。ハモンドオルガンとかB-3オルガンのサウンドをもっと使いたくて、シンセサイザーをあの箇所に使ったんだ。

    −誰が弾いていたんですか?

    カーク・ハメット
    覚えてない。スタジオにあったキーボードに関して言えば、俺たちのほとんどは1つ指のキーボード・プレイヤーだったと思うよ。

    −レコーディングされたものの多くは、アルバムでのものとかなり似通っています。あなたは曲をたくさん試していたことを覚えていますか?

    ラーズ・ウルリッヒ
    いや。当時、俺たちがやっていることにイチャモンつけてくるヤツに対して、俺たちはそうは変わらないようにと、とても保護主義的だった。もし変えてしまったら、付け入られてしまうと。俺たちはレコード会社やマネジメントにそういうものを送ったことは本当に一切ない。これは失礼な意味にとってほしくないけど、その意味ではフレミング・ラスムッセンはプロデューサーだと考えていなかったんだ。彼はどちらかと言えば最高のサウンドを得て、それを大きくするエンジニアのようだった。当時の俺たちの考えでは、プロデューサーってのは、曲をいじくってラジオ向けのものにするか、大人しいものにしてしまうヤツのことだった。だから「プロデューサーなんていらねぇ」って感じだったんだ。バンドにはとても反抗的な雰囲気があった。だからアルバムに収録する最終版のデモを聴いてみると、さまざまなアレンジという点では多くはなかったけど、スタジオではいろいろ曲を装飾していたよ。ジェイムズは特にスタジオでサウンドをいじるのが好きだったし、クイーン(Queen)の曲のようなプロダクションに夢中になっていた。でもプロデューサーがやってきて、俺たちに何をすべきか伝えるってことはなかったんだ。

    −でもあなたはいつだったかラッシュ(Rush)のゲディー・リーをプロデューサーに招こうとしていませんでしたっけ?

    ラーズ・ウルリッヒ
    おぉ〜(間をおいて)彼は俺たちとそういう会話をしていたかもしれない超短いリストに載っているかもしれないな。

    −アルバムの歌詞がどのように作られていったのか覚えていますか?

    ラーズ・ウルリッヒ
    当時、ジェイムズは自分自身の世界に入って、歌詞を手書きしていた。歌詞はさまざまなことを話すところから生まれたんだ。「The Thing That Should Not Be」はH.P.ラブクラフトの神話からきているし、「Disposable Heroes」は他の誰かの戦争での単なる道具になるってことを話したことから思いついた。「Leper Messiah」は思うに、カークがデヴィッド・ボウイの曲と一緒にジミー・スワガートとジェリー・ファルエルが当時ひっきりなしにテレビでやっていたことを提案したものだ。俺たちがテレビを見ていると、歌詞のアイデアの引き金になるようなものがテレビにはたくさんあった。座って福音伝道者たちがやっているのを見るんだ。あの「私にお金を送れば、私はあなたを癒すでしょう」とかなんとかいうヤツをさ。間違いなく彼らはあの時(「Leper Messiah」を書く上で)俺たちに影響を与えたね。「Damage, Inc.」と「Battery」はファンという家族とか自分よりも大きなものに属しているっていう感覚について。「Master of Puppets」は明らかに中毒とかそういったものに関することで、俺たちの友人であるリッチー・バーチに触発されたものだ。彼は『Kill 'Em All』の裏ジャケットに「Bang that head that doesn't bang」を引用されたヤツで、ジェイムズと俺の家のソファをぶち壊し、鏡の上で朝食を刻んで(訳注:「Master of Puppets」の歌詞、"Chop your breakfast on a mirror"のこと。コカイン吸引前に鏡やガラスの上で細かくすることから生まれた麻薬を吸うことの隠語)出かけて行ったんだ。いいかい、俺たちはアイツのことを死ぬほど愛していたんだ。彼は良き友人だったから、何か意見を言おうってんじゃなくて、当時のヤツらがどうだったかについて書いたものなんだ。

    RollingStone(2017-11-09)
    Fang - The Money Will Roll Right In


    Nirvana - The Money Will Roll Right In (Live at Reading 1992)


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    俳優/プロデューサーのディーン・デルレーが毎週月曜日にMCを務める「Let There Be Talk」のなかで、メタリカ草創期最大の功労者のひとり、ブライアン・スレイゲルのインタビューが行われました。インタビューでは、メタリカについても触れていたので、UltimateGuitar.comの文字起こしを管理人拙訳にてご紹介。

    metallica_adam_brian
    写真左からラーズ、ネルガル(Behemoth)、ジェイムズ、ブライアン
    −メタリカを初めて目にした時

    彼らの初めてのライヴは見逃してしまったが、2回目の(サクソンと一緒に行った)ライヴで、ヘットフィールドは(ギターを弾かずに)歌っているだけだった。彼らはヘットフィールドがそんな状態でもう一回くらいギグをやったかもしれない。それから彼がギターを弾くようになり、ギターを争っていたんだ。

    面白いのは、当時の彼はメチャクチャ恥ずかしがり屋だったってことだね。はじめの頃のギグで喋っていたのは全てムステインで、ヘットフィールドは本当に一言も口をきかなかった。彼がギターをプレイし、全ての曲を書いて、それはちょっと変わったんだ。彼らがどうしてそうしたか覚えていないが、「歌っているあいだに俺にギターをよこせ」と彼がなるまで長くはかからなかったね。


    −シャイなジェイムズがフロントマンに

    シンガーがいなかったから彼が歌っただけだ。彼らがデモを録った時、ラーズがドラムをやってジェイムズが他のもの全てをやった。それで彼は事実上シンガーになったってわけだ。LAで彼らとウマが合った唯一のバンドはアーマード・セイントだったってのはよく知られた話でね。彼らは一緒にギグをやり、よくつるんでいた。それでメタリカは(アーマード・セイントのシンガーである)ジョン・ブッシュに「俺たちのバンドに加われよ!」といつも誘っていたが「いや、俺は仲間と一緒にやるよ」と返していたね。

    −メタリカの歴史の面白いところ

    私にとっては、座って2秒考えただけでいまだにクレイジーだと思うよ。ラーズと私は、彼らがロックの殿堂入りを果たした時にちょっと時間が取れたんだが、彼が私を見てこうさ。「これは一体全体どうしてこんなことが起きてるっていうんだ?」って。

    とても奇妙だったよ。私たちは以前、16歳と18歳のキッズで友人だったからね。2人とも音楽業界で長いキャリアを持つなんて誰が思っただろう?それについて考えると、とても信じられないよ。


    −メタリカの潮目の変化

    オジーの前座をするまでは、これは本物だと私のなかに記されることはなかった。着実に毎晩毎晩オジーをぶっ壊していた。「わぁこれは本当にビッグになるぞ」ってね。あれで「これは政権交代だ。このバンドはツアー後にビッグになるだろう」と私は思ったよ。レコードもよかった。本当に変わった。ラジオやMTVでのエアプレイなしにね。彼らはあの時点で超ヘヴィなバンドとしてそれをやってのけたんだよ。

    UltimateGuitar(2017-10-06)

    インタビュー全編はこちらから。
    https://soundcloud.com/deandelray/379-brian-slagel-founder-and

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    2017年11月10日(国内盤11月17日)に発売される『Master Of Puppets』リマスター盤。このボックスセットに収録される、スコット・イアン(アンスラックス)が『Master Of Puppets』収録曲の「Orion」について書いたエッセーが公開されていました。管理人拙訳にてご紹介。

    ULF-MAGNUSSON_metallica1986

    これが1986年のことで、彼ら(メタリカ)が新しい地平を築いていたってことを覚えておかなきゃならない。「Master Of Puppets」「Sanitarium」のような曲を聴いた時、30年も経った今となっては彼らが何をやっていたかわかる。でも1986年には「E=mc2」(訳注:アインシュタインの特殊相対性理論から導かれた式、難解なものの例え)だったんだ。理解しえないものだったし、俺はまだ彼らの傑作「Orion」に触れてすらいない。

    マジで、あいつらベートーベンの妙薬でもみつけたのか?どうやって成長を遂げて、8分半のインスト曲を作ったんだ?「Orion」は心を打つし、まとまりがあって、エキサイティングでダイナミックだよ。メタリカは次に何をやってくるんだろうと思ってたから、俺の耳が飽きるなんてことはなかったね。


    noisey(2017-09-27)

    『Master Of Puppets』リマスター盤ボックスセットから未発表ライヴ音源「For Whom the Bell Tolls (Live at Hampton Coliseum)」も公開されています。


    ■輸入・国内盤仕様
    ・リマスター・デラックス・ボックス・セット(32,400円(税込))
     品番:UICR-9041

    ユニバーサルミュージック
    Amazon
    タワーレコード
    HMV
    ディスクユニオン

    ・リマスター・デラックス(仮)(3,888円(税込))
     品番:UICR-1133/5

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    HMV
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    ラモーンズのマーキー・ラモーンがMCを務める「Virgin Radio」にてジェイムズ・ヘットフィールドが「Here Comes Revange」の歌詞についての着想について語っていました。UltimateGuitar.comの文字起こしを管理人拙訳にてご紹介。

    jmz_revenge

    −復讐(Revenge)についての曲があるけど、これは何に着想を得たものなのか?

    ひとりの父親として、以前のように物事や世界がどれだけねじ曲がっているかを見たりするのとは違ったものに影響を受けている。

    でも、それから子供たちがとても賢くなっていることに気付かされたよ。彼らはオープンだし、なんとかなるって感じなんだ。でも俺の父親は「世界は地獄になっちまった!」って言っていたし、彼らの父親(自分)も同じことを言っている。

    それでわかったんだ。それは一種の心理療法だってね。世の中で起きていることについてちょっと不平を言うようになる。

    で、俺たちのファンがいて、彼らの立場に身を置こうとしてみたんだ。とてもたくさんの公演に来てくれたカップルがいてね。彼らがメタリカに興味を持ったのは、若い娘さんが俺たちの大ファンで、酔っぱらった運転手によってひき殺されたからだった。

    それには衝撃を受けたよ。「どうしたら世界でポジティブなものを見出して、自分の娘とまた通じ合うことができるだろうか」それがメタリカであり、彼女が愛した音楽だったんだ。理性がポキっと折れて、冷酷になってこんなことをした奴なら誰でも攻撃をしたくなる代わりにね。

    だから俺は彼らの立場に身を置いて(考えた)、復讐は実行するのに本当に力強く素晴らしいものだと感じなければならないが、その衝動を満たすものではなかったんだ。


    UltimateGuitar.com(2017-09-25)

    インタビュー全編はこちらから。アルバムのプロダクション面や故レミー・キルミスターについても語っています。


    ジェイムズは以前、Metallica.comにてファン会報誌SoWhat!のエディター、ステファン・チラジとのインタビューで『Hardwired...To Self-Destruct』全曲の歌詞について語っており、「Here Comes Revenge」については次のように話しています。
    ステファン
    子どもが殺された悲しい物語についてたくさん読んだのかな?それにどうやって折り合いをつけることができたんだろう?

    ジェイムズ
    そうだね。モーガン・ハリントン(※)がいる。誰かを奪われた家族についてはたくさんのことがある。息子が死んだ友人もいるし、名前は挙げたくないけど、ずいぶん長い間ツアーに帯同してきているカップルがあの曲の助けになったし、俺にとってインスピレーションになったんだ。彼らの娘さんが酔っ払いの運転手にひき殺された。彼女はメタリカが大好きだったんだ。このご家族が娘さんと繋がったままでいる方法がメタリカのショーに来て彼女が楽しんでいたものを楽しむということだったんだ。そうやって繋がっているんだろう。あれには本当に驚かされた。とても強いよ。それは自分にも起きうる傷つく出来事だね。つまり人生をぶち壊し、ただ座って四六時中そのことについて考えては、何度も何度も思いを巡らすんだ。「どうしたら物事を変えられたんだろう?もしこうだったら?ああだったら?」どうしたら怒りを抑えられるだろう?どうしたら子どもの人生を奪った相手に怒らずにいられるだろうか?それは俺にとって本当の強さだと思う。俺がするであろう考え方を書いているからね。復讐が起きるのを祈って、それが答えだと考えるだろう。結局そんなことは起きないとはわかってるけどね。

    ※2009年にメタリカのライヴを観に行った後に行方不明となり、遺体となって発見されたヴァージニア工科大学の学生。事件究明のためにメタリカは有力な手がかりを申し出た者に賞金5万ドルを提供。ジェイムズは事件の手がかりを求める動画メッセージを公開した。後に別の殺人事件の容疑者が当該事件の容疑者として再逮捕され終身刑となった。

    Metallica.com(2016-11-19)

    Here Comes Revenge


    RL72 - The Making of "Here Comes Revenge"


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    ボストンのラジオ局「98.5 The Sports Hub」の番組「Toucher & Rich」で行われたカーク・ハメットへの電話インタビュー。「Enter Sandman」のリフを思いついた時のエピソードについて語っていました。BLABBERMOUTH.NETの文字起こしを管理人拙訳にてご紹介。

    kirkhammettmetallicabaltimore2017

    −「Enter Sandman」のリフを思いついた時の思い出はある?

    とても詳細にね。すごくハッキリした思い出があるよ。あれは深夜2時か3時くらいだった。俺がサウンドガーデンのアルバム『Louder Than Love』を聴いていたんだ。その頃はまだサウンドガーデンが少しアンダーグラウンドでインディーのレーベルにいた時だったね。俺はあのアルバムが大好きなんだ。サウンドガーデンの素晴らしいアルバムだよ。で、そのアルバムを聴いていたら、触発されて自分のギターを手に取ってあのリフが思いついたってわけ。

    クールなリフだった。リフがクールだってことはわかる。演奏してみてクールなリフだったら、すぐにでもノれるからね。だから、おぉこれはかなりクールだぞ、いいフィーリングでいいサウンドでいい音の組み合わせだって。

    ラーズがリフを聴いたら「最初の部分を4回繰り返してくれ」って言ってね。俺がやってみせたら「そう、それだ」ってラーズが言ったんだ。


    BLABBERMOUTH.NET(2017-09-13)

    インタビュー全編はこちらから。カークがコレクションした映画ポスター展、失くしたiPhone、Alcoholicaと呼ばれていた時期の話などをしています。
    http://boston.cbslocal.com/audio/toucher-rich/kirk-hammett-interview/



    LouderThanLove
    Louder Than Love


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    バンクーバーのラジオ局「CFOX」のインタビューにてカーク・ハメットがジョー・サトリアーニから受けたギターレッスンについて語ってくれました。BLABBERMOUTH.NETの文字起こしを管理人拙訳にてご紹介。
    kirkhammettmetallicacfox2017

    −ジョー・サトリアーニのギターレッスンを受けるきっかけについて

    1981年に彼からレッスンを受けた。俺たちは前からお互いに知っていてね。カリフォルニア州のバークレーにある小さな音楽店でレッスンをしていたんだ。俺の友だちみんなが彼からレッスンを受けていて、彼らは文字通り一晩でとてつもないほどのギタリストになっていた。だから俺は彼をみつけて言ったんだよ。「俺も一晩でとてつもないほどのギタリストになりたい」ってね。それでしばらくのあいだ、約1年ほど彼からレッスンを受けたんだ。

    −ジョー・サトリアーニの最初のギターレッスンについて

    実際にはとても厳しいものだった。最初のレッスンではこうだ。「自分の課題を学べ。キミの時間を無駄にするな。俺の時間を無駄にするな。一週間で俺がキミに与えたもの全てがわかるようになる。」俺はもう「この人はマジだ。」って感じだった。でもどうなったか?俺はレッスンを受けてめった打ちだった。でもしばらくすると、俺は彼から週2回のレッスンを受けていたんだ。彼が用意した課題に対して俺は喉から手が出るほど切望するようになっていた。「さぁ来い!なるほどそういうことか!もっと学びたい!」って感じだったよ。

    ジョー・サトリアーニはいつもそういう風にプレーしていたと言わなきゃならないね。俺が初めて会って以来、彼はずっととてつもないプレイをしていたよ。誰もやったことないような、おそらくいまだに演奏されないような全ての音、全ての小節、タッピング、クレイジーなフレーズ。つまり彼はミュージシャンとして、それくらいユニークで個性的な人なんだ。


    BLABBERMOUTH.NET(2017-08-17)

    ちなみに2016年の「Classic Rock」誌のインタビューでジョー・サトリアーニは生徒としてのカーク・ハメットについて次のように語っています(管理人拙訳)。
    才能と熱意でいっぱいの子どもだったよ。カークは素晴らしい生徒だった。とても学習意欲があってね。彼の指は大きく動いていた。マイケル・シェンカーやウリ・ジョン・ロートみたいなギタリストのように素晴らしいセンスを持っていたよ。彼は間違いなく音楽の才能がある。

    BLABBERMOUTH.NET(2017-08-17)

    インタビュー全編はこちら。『Hardwired...To Self-Destruct』でやってて一番エキサイティングな曲は「Halo On Fire」であることやピーボディ・エセックス博物館で行われているカークのホラー映画ポスターコレクション展「It's Alive!」について語っています。


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    カーク・ハメットの映画ポスターコレクション展「It's Alive」プレビュー
    2017年8月、ピーボディ・エセックス博物館にてカーク・ハメット所蔵の映画ポスター展開催

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    ラーズ・ウルリッヒが8月6日のサンディエゴ公演を前にした地元ラジオ局「101.5 KGB-FM」のインタビュー。メタリカが獲得すると思われていた1989年のグラミー賞「Best Metal Performance」部門をジェスロ・タルが受賞した件について次のように答えていました。Ultimate-Guitar.comの文字起こしを管理人拙訳にてご紹介。
    jethro_metallica

    その日の本当の勝利はテレビ放送で「One」を演奏したことだよ。俺たちは間違いなくグラミー賞で放送された最初のロックバンドなんだ。あの当時、ヒップホップはなかった。まったくね・・・。とても保守的な体だった。だから俺たちがそこにいたってのはクールだったんだ。

    そして80年代中ごろから後半にいたる、大物リストに名を連ねた様々な音楽界のセレブたちが顔を恐怖でひきつらせながら目の前に座っているのを(ドラムセットのなかから)ステージ上で座って観ていたよ(笑)それこそが本当の勝利なんだ。

    ジェスロ・タルが勝ったって事実はまた別の勝利になった。なぜなら俺たちが先端的で、まだ主流ではないってことが示されたからね。それに彼ら(グラミー賞会員たち)はこれを埋め合わせるために次の2年間、俺たちに賞を与えることになったわけだし。

    まぁね、俺たちは本当によくやったし、敬意を表するよ。2年に1回は放送に招待されるなんて幸運だ。素晴らしいことだよ。グラミー賞ほど聴衆に届くテレビ番組はない。俺たちはそんなパーティーに招待されていつも感謝しているんだ。

    当時、俺たちはちょっと場違いのように感じていた。だけどすべて素晴らしい結果になったね。


    Ultimate-Guitar.com(2017-08-17)

    インタビュー全編はこちらから。


    1989年、初ノミネート時のグラミー賞授賞式での「One」


    グラミー賞はジェスロ・タルが獲得


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    ロバート・トゥルージロがLoudwireのインタビューでKornのツアーに参加した息子のこと、ライヴ会場の違い、これからのツアー日程、メタリカでの立ち位置について語っています。管理人拙訳にてご紹介。

    Metallica-Metlife-Loudwire

    −調子はどうですか?

    いい感じだよ。ショーも素晴らしかった。楽しく過ごせているし、ピチピチでいられるよ。


    −暑い夏となっていますね。メタリカはスタジアムツアーに出ています。非常にたくさんの人の前で大きなステージに立ってプレイする時、何を意識しなければならないんでしょうか?

    そうだなぁ、一番はコンディションを整えなければならないってことだね。夏季はクレイジーだし、砂漠みたいな暑さの時もあるからね。アリゾナとかカリフォルニアの内陸部だけじゃなく、アトランタとかオーランドとかフロリダ、マイアミみたいにさらに南下していくと本当に激しい暑さの場所もあるし。だから陸上競技かスポーツチームか何かみたいに準備しているんだ。

    2時間のショーだから(熱中症を避けるため)電解質を摂取しなければならないし、ストレッチもしてコンディションを整えなければならない。巨大なステージなんだ。メタリカがこれまでのツアーでやってきたなかでも間違いなく最大級のステージだよ。驚くべきことだし楽しいね。だから実際ステージに上がっている時はそんなに(暑さで)うんざりってことは感じないよ。その瞬間に包まれているような感じだからね。でも後になって「あぁ、クタクタだ」って感じになるけど。


    −最近12歳のあなたの息子さんが南米でKornのツアーでベースを弾いていましたね。12歳の時に同じことをやらせてくれとお願いしていただろうかと親として葛藤しませんでしたか?

    まぁ最初は俺個人としては信じられない瞬間だったね。彼が一生懸命やっていること、総じて楽器や音楽に全力を傾けているってことを俺はわかっていた。ギターも弾けるんだよ。ドラムから始まって、5歳でドラムはやめてしまった。初めて本物のドラムセットを手に入れた途端、やめてしまったんだ。そのうち彼が家にあるベースを集め始めていることに気づいた。文字通り家の各部屋にはベースがあったからね。俺が本当に彼に教えたことは、最も基本的かつ最初のステップであるCメジャー・スケールだけだった。

    次の日までに彼はそれを自分のものにしたんで、そこからブルース・スケールを教えたんだ。それがジャコ・パストリアスのベースソロとかブラック・サバスの曲とかに変わっていった。その点について彼は特別だけど、彼はとても謙虚でしっかりしているよ。俺はとても緊張しいだったけど。彼らが南米にいた時、俺は1カ月オフだったから同行することができた。でも何が起きるかはわからなかったね。未知の領域だったし。彼はやり遂げた。自信に満ちているのを観られたのは驚くばかりだね。彼は恐れを知らない。ジェイムズ・ヘットフィールドと一緒にメタリカのバックステージでジャムをして育ったような子だ。だから彼にとって、完全に自然なことだし普通なことなんだ。俺なんか5人を前にして演奏するってのも緊張しているからそうはいかないよ。


    −あなた方はテレビにも出演していますし、ニューヨークのウェブスターホールのように小さなハコ、そしてもちろん今回のようなスタジアムでもショーを行っています。それぞれの場所でプレイするにあたってのアプローチの違いというのは何でしょう?

    小さなところでのギグでクールなところって親密さだよね。観衆と本当に繋がっていると感じるんだ。ウェブスターホールでやったのは信じられないほど素晴らしかったよ。そこには魔法があり、歴史があった。スイサイダル・テンデンシーズで20年前にリッツ・シアターでやった時のことを思い出したよ。真夜中までプレイして、そこからプライマスがコロンビア大学で7:30かそこらまでやっているのを観に行くために地下鉄に乗ったんだ。あれは面白かったな。ウェブスターホールにはたくさんの思い出がある。トロントのオベラハウスもしかり、ロンドンのハウス・オブ・バンズもしかり。ああいうギグは本当に生々しいパンクのエネルギーを持ち合わせている。メタリカはそれを持っているんだ。俺たちがね。そしてそれを楽しんでいる。

    それに、お互いの顔を観ながら実際にプレイすることができるよね。クールだよ。演奏するアートってものを俺たちに再び教えてくれるんだ。大きなステージに立つ時というのは、同じように繋がるようにバンドとして観衆と親密さを創り出す必要がある。

    俺にとってそれは全部素晴らしいものだよ。間違いなく小さなショーでは何かを感じるけど、大きなショーだって少なくともこういったショーは本当に繋がっていると感じるよ。たくさんの新しいファンがいるってことを感じて見ることができる。メタリカの世界では、今本当に特別なことが起きているんだ。なぜ、どうやってそれが起きるのかわからないけど。

    アルバムを作っても人がそれを手にしないと。じゃなければ繋がることも、その時宇宙で何が起きようとも実際にないものと一緒だ。でもどういうわけか、このアルバムはオールドファンだけじゃなく、あらゆる年齢層の新しいファンにも印象を残した。親に肩車された子供たちが音楽に体を揺らしているのが見える。あれは本当に特別だね。今、自分たちの世界でこういうことがあるというのはとても恵まれているよ。


    −あなたは約15年ものあいだメタリカのメンバーになっています。バンドと築いてきたなかで一番誇りに思っていることは何ですか?

    それについては昨晩考えていたんだ。面白いね。メタリカで、俺の役割は何らかの形で仲立ちするということなんだ。俺はいつも良い仲介者だと思うよ。オジーバンドの一員としても、スタジオでジェリー・カントレルと一緒に仕事をした時でもね。解決策を見つけ、エネルギーと雰囲気をポジティヴに保つようにしている。他のプレイヤーたちや彼らが創り出そうとしている世界観をポジティヴなものにする。何か新しいもの、昔のものを練習している時でもね。ちょくちょく俺はバンドが実際にやる前にバンドカタログから再探索して曲を復習しようとしたり。「The Call Of Ktulu」は実際にやる3年くらい前にジャムっていたと思う。3年くらい前にヨーロッパのツアーで数回だけやった「Frayed Ends of Sanity」なんかは実際にやる前に10年かそれ以上ぶりに立ち返っていたね。

    最初の2年間は『St. Anger』の曲だけじゃなく、20年以上のバンドカタログにある曲を覚えなきゃならなかったから、メタリカは俺にとってキツかった。あの時は大変だったよ。技術とスキル、そしてバンドとどううまくやっていくかという点でなんとか追い付こうとしていたんだ。インフェクシャス・グルーヴスみたいにスタイル的に何かを強いるようなことはしなかった。ベースプレイのスタイルが違うからね。それをメタリカに押しはめようとはしなかったよ。それを抑えようとしていた。俺にとって今最も重要なことは、グルーヴなんだ。このアルバム(『Hardwired...To Self-Destruct』)のグルーヴ、ヘヴィなサウンド、そして音色。俺たちが一緒にやってできるグルーヴというのはすごいと思っている。それが俺がもたらすものだといいんだけど。つまり、平和とハーモニーとグルーヴだね。


    −『Hardwired… To Self-Destruct』は昨年の終わり頃にリリースされました。そして今、アルバムをサポートするツアーに出て本格的に始動しています。このスタジアムツアーの後、アメリカで追加公演を行う計画はありますか?

    俺たちは一歩一歩着実にやっている。(北米で)スタジアムではやっていなかった・・・10年以上のブランクだと思うけど。長く空いてしまったし、どうなっていくのか俺にはわからない。外に出て、水に飛び込んで、泳ぐみたいなものなんだ。結果はどうなるかわからない。幸運なことに俺たちにとって素晴らしいものだった。9月にはヨーロッパに行って、そこでアリーナ・ツアーを始めて、それもエキサイティングだってことはわかっている。アメリカのスタジアムでやるのは最高だよ。しばらくやっていなかったからね。でもそこからヨーロッパに行って、アリーナのラウンドステージでやるんだ。

    それもまたエキサイティングだし新鮮だよね。また違った舞台装置だし。そこから間違いなく休暇を取って来年に突入だ。ヨーロッパのツアーは来年の初めまで続いているはずだよ(訳注:記事更新現在、2018年5月11日のフィンランド公演まで日程が決まっている)。正確には定かじゃないけど、アメリカでアリーナ公演をやろうとしているというのもわかっている。いつになるかはわからないけどね。来年後半かもしれない?言いたくないね・・・今はすぐ全て広まってしまうから。それで変更されたら、みんな俺のこと怒るでしょ。

    でも俺が言えるのは、全てが未知の領域だと感じるってことだね。大きなスタジアムでやって、今度はアリーナでやろうとしている。どんな気分になるだろう?新しい舞台装置はどんなだろう?どうやって維持していこう?俺たちはナッソー・コロシアムやヨーロッパのショーで何回か行ってきたラウンドステージを経て、成長を続けているんだ。舞台装置はどうなってるだろうね?メタリカとして行ったもののひとつとして、今回のようなスタジアムツアーでメキシコシティで3公演行った。メキシコシティでは誰もがメタリカのショーに行ったことがあるのか俺にはわからないけど、あれは常軌を逸していたね。

    舞台装置とか全てのことを8万人もの常軌を逸したファンの前で試しているんだ。でもそれが俺たちのやり方だし、たとえ泳ぎ方を知らなくとも飛び込んで学んでいく。信じられないほど素晴らしいよ。それこそがメタリカの世界なんだ。俺の最初のギグなんてサン・クエンティン州立刑務所だったからね。やぁ歓迎するよ!って。


    −メタリカは間違いなく世界最大のメタルバンドと言っていいでしょう。あなたとカークとラーズとジェイムズとのメンバーの間で我々を最も驚かせるものは何でしょうか?

    俺たちはみんな全く異なる人間で、間違いなく兄弟でもあり、チームでもあり、家族でもあり、お互いを尊敬し合っている。でも俺たちは異なる出自から集まっている。俺たちみんな、特にラーズ、ジェイムズ、カークといかに違うのかを観れば信じられないほどなんだ。普段食べる食べ物とか全てね。政治、宗教、まるで違う。でも同時にお互いに敬意があるし、創造的な側面で言えることのひとつとして、本当に興味深くて時に珍しく、このバンドで一緒になっている限りは創造的エネルギーに不足は一切ないってことだね。ステージに出る前に、俺たちがジャムルームとかチューニングルームと呼んでいる、ドラムセットからアンプのあるところで弾いている時でさえ、たくさんのアイデアが浮かんでくるんだから。

    最近だって、ある種の魔法があった。ベースラインを弾き始めると、ジェイムズがやって来るか、ラーズが来るかして、誰かがリフを思いつく。だから創造的なフローとエネルギーとアイデアで、このたくさんのシリンダーはいまだに熱がある。普通は歳を取れば取るほどそううまくは運ばないものなんだ。たくさんのバンドはそういうものを失っていく。俺たちはまだその炎を燃やし続けている。楽器を手にするたびに、いつも楽しいエネルギーがあり、みんなが笑顔になるもんだから、いつも笑ってしまうんだ。ジョークだったり、アイアン・メイデンのリフとかをジャムったり。ガレージでやってた10代の若者に戻ったかのように立ち返るんだ。それがこのバンドがいまだに持っている魔法のひとつだね。それこそが俺たちが集まる主な理由の一つなんだと思う。やっていることを楽しむ。それが本物なんだ。楽しんで、かつこれに伴ってとても強い労働倫理もあるんだ。


    Loudwire(2017-07-31)

    ちなみにロバート・トゥルージロの息子、タイ(Tye)・トゥルージロが、Kornのツアーに参加した模様を15分にまとめたドキュメンタリー動画がRollingStoneにて公開されています。


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