メタリカ情報局

メタリカを愛してやまないものの、メタリカへの愛の中途半端さ加減をダメだしされたのでこんなブログ作ってみました。

       

    タグ:アイアン・メイデン

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    ラーズ・ウルリッヒの伝記本『Lars Ulrich - Forkalet med frihed』の第1章デンマーク編最終回。有志英訳を管理人拙訳にて。日本語表記がわからないものはアルファベットのままにしています。今回はラーズとヘヴィメタルとの本格的な出会いからアメリカに移住するまでのお話。

    - ヘヴィメタルとの出会い -

    フロリダのテニス・スクールに通い始めた時、ラーズはよりもっと私的な、それでいて非常に興味を持てる「学校教育」をコペンハーゲンで既に受け始めていた。この「学校教育」は後に彼がヘヴィメタルへ進み、テニスを排除する決断を下す上で重要な影響を及ぼすこととなる。「学校」で受けた基本的な授業はNWOBHM(New Wave Of British heavy Metal)だった。

    ロック史におけるその他多くのストーリーと同様、それはジャズから始まった。1978年秋のある日、ラーズとトーベンはストロイエにある街の音楽店、ブリストル・ミュージック・センターに行った。1階がトーベンが頻繁に出入りしていたジャズのフロアで、地下フロアがロックが大半を占めるフロアとなっていた。よってラーズは父親が上でブルースを鑑賞しているあいだ、地下フロアに居座ることができたのだ。

    ロック・フロアのカウンターには、ケン・アンソニーというヘヴィメタル界ですでに大きな経験をしてきた当時23歳の長髪の青年が立っていた。ケンもディープ・パープルやその他70年代のハードロックを聴いて育った。しかしさらに新しいものやもっと強烈なサブジャンルとされていた「NWOBHM」に関してとんでもなく膨大な知識を持っていた。「NWOBHM」はこれまでより攻撃的で、ブラック・サバスやジューダス・プリーストのような革新的なバンドから影響を受けたヘヴィメタルの明示型だった。78年、NWOBHMは反体制的でかなり市場に出回ってきたパンクの影にまだ隠れていた。セックス・ピストルズとそのマネージャー、マルコム・マクラーレンの無秩序でありながら、よくしつらわれた「パンク革命」のおかげで新しい波が来ていたのだ。

    ラーズはいつも先取りした好奇心の強い子だったので、すぐにケンと連絡を取り合うようになった。ケンは自分の好みだがあまり人気のない音楽スタイルを自分より若い弟子に紹介することができて本当に幸せだった。

    「ラーズにはたくさんの音楽をみつけてきたよ。ちょうどNWOBHMが始まった頃だったから、その界隈のタイガース・オブ・パンタン、ダイアモンド・ヘッド、ウィッチファインダー・ジェネラルといったバンドを(店内で)流していた。彼は少なくとも週に1度は店に来るようになった。」とケン・アンソニーは振り返る。

    ラーズ「ブリストルはコペンハーゲンの音楽の聖地だった。地下フロアは当然のごとく(笑)ロックとハードロックがあった。「ヘヴィメタル・ケン」がドイツやカナダ、日本からたくさんレコードを仕入れていた。バウワウ、トライアンフ、ティーズ、ストリートハード、ナイト・サン、ルシファーズ・フレンド、トラストとかそういった全てのバンドをね。週に何度も行っては、午後ずっと居座ってヘッドホンが使えたカウンターで曲を聴いていたんだ。」

    ケンとの出会いはラーズにとって新しい音楽、つまり目立たないNWOBHMのバンドたちに関する啓示となった。ラーズがフロリダに発つ時、両者は連絡のやり取りを続けることをお互いに同意した。ラーズがフロリダの学校で過ごした時間は全然ハッピーな時間ではなかったので、それはいいことだった。

    「あそこは全寮制のテニススクールだった。でも俺は「テニス刑務所」って呼んでいたけどね・・・。急に学校の生活リズムに合わせるのは俺にとってはハードなことだった。俺は自由に育てられたってこともあるし、78、79年頃にはハッパを吸い始めていたからね。そんな生活から途端にあそこじゃ貯蔵庫のある1つの部屋に4人ぐらいが生活していた。俺とベルギーのヤツを除いて、みんなあのアカデミーの近くの学校に通っていた。だから俺たちがテニスをしていた時は午後中、他の誰もいなかった。夜11時には消灯でテレビもないのにそこから出られないんだぜ。」

    あらゆる意味で、あのLundevang通りの天井の高い家でアートと音楽で夜更かししていた生活から突如変わったのだ。したがって、1979年のクリスマス休暇は学校から離れる待ち望んでいた時間となった。ヘラルプで過ごす待ちに待ったクリスマスはラーズを生気づけた。一番重要だったのはブリティッシュ・ヘヴィメタルをケンと一緒に天国のようなブリストルで過ごしたことだった。

    「あの当時、イギリスでは本当に何かが起こっていた。」とラーズは回想する。特に覚えているのはモーターヘッドの2つのアルバム『Bomber』と『Overkill』、そして「ブルースブルース」と呼ばれていたリード・シンガーがいたサムソンというデビューしたてのバンドだった。アルバム『Survivors』はその当時からのラーズのお気に入りの1枚となった。

    しかし大晦日の後、すぐにラーズは「フロリダ刑務所」に戻っていった。

    「2、3ヶ月で、もう耐えられなくなったよ。同部屋の外国人にできうる全ての悪いことを提案した。学校をこっそり抜け出して、ビールを買おうと地元のセブンイレブンに行き始めた。ある晩にはハッパを吸った。才能あるアメリカの上流階級のお方々が寝静まった後で俺たちはハッパを吸っていたんだ(笑)。それから彼らが俺たちをチクった。そうして先生と5、60人の生徒とで会議が招集されて「誰かが悪かった」だの「ここでこんなことは許しません」だの言う人がいた。それから俺たちは全生徒の前で立たされて、悪い見本だと言われたんだ。親父があんな人だから、平手打ちだけでどうにか済んだ。親父はとても人気があって尊敬もされていたから、そこで退学にはならなかった。」

    こうしてラーズは自らの決断でテニス・アカデミーを退学することにした。

    「3月、4月の段階でもうこんなくだらないことは十分だと思った。あの自由なコペンハーゲンで育った後じゃ、あらゆるルールをしっかり守るなんてできなかったから、俺は最悪のトラブルメーカーのひとりになっていた。でも、たぶん退学を決めたのはさまざまなことが起因していたと思う。毎日2時にバックハンドをライン上に打つ練習を30分、2時半からフォアハンド、それから1時間サーブの練習して、50回の腕立て伏せ、それからコートのサーブ・コーナーからネットラインまでダッシュしなければならなかった。日柄一日そんなクソみたいなことをやっていた。とてもよく規律が守られていたよ。まるで軍隊さ。(退学の決断をしたのは)だんだんテニスから離れていって、全ての時間を費やして誰かさんになるために練習をするっていうのは自分のためにならないと気が付き始めたからかもね。」


    「振り返ってみると、俺には続けられるだけの持って生まれた才能が充分になかったんだ。ジョン・マッケンローみたいな人は100%持って生まれた才能だし、彼の当時のライバルだったイワン・レンドルは別の極致、つまり毎日8時間練習漬けだったんだ。こういう2つの極致、すなわちテニスをたやすくやっていた選手とテニスに多くの時間をつぎ込まなければならなかった選手がいた。俺は自分のやり方だけでやっていくだけの充分な才能は持っていなかったんだ。ちゃんと練習しなければならなかった。トップに留まるためのあらゆる練習をやる忍耐力を持っていないと気付き始めたんだ」

    「デンマークではそこまで競争はなかったし、ウルリッヒという名だけで扉が開けた時もあった。でもアメリカでは才能の次元が違ったし、みんなもっと覚悟を持っていたし、ハングリーだった。アメリカでは親からのプレッシャーがもっとキツかった。70年代のデンマークではそんなことはなかったかもしれない。でも、このフロリダでの滞在によって俺は結論を得たんだ。あれは俺のためにならないと。でも、1年経つまでそのことに気付かなかった。」


    ラーズは自らの才能を徐々に気付かせたフロリダでの学校生活を振り返るのを終えた。気付いたのは「テニスの経歴とテニスそのもの」vs「強く浮かび上がってきた他の情熱」であった。

    コペンハーゲンに飛んで帰る代わりに17歳の都会っ子は西海岸、正確に言うとサンフランシスコのベイエリアの東側、バークレー・ヒルズへ引っ越した。そこは70年代、トーベン・ウルリッヒがベテラン・トーナメントでプレーしていた頃にウルリッヒ家が滞在していた場所であった。テニス選手たちは地元のテニスクラブのメンバーと個人的にしばしば住宅を提供されていた。そうしてウルリッヒ家はフォルミケッリ家と良き友人となった。

    「彼らと自由に外出していた。」ラーズは語る。「俺たちは家の女主人、マリエルのことを「西のおばあちゃん(Grandma West)」と呼んでいた。彼女は実際、アメリカでは家を提供してくれた俺のおばあちゃんだった。」

    1980年の春、ラーズはそのフォルミケッリ家と「西のおばあちゃん」と共にそこに住んでいた。この滞在でラーズがヘヴィメタル界に深くのめり込んでいくさまざまな出会いがあった。

    「ある日、地元のレコード屋でヘヴィメタルの輸入盤が置いてあるところに行った。レコードを見渡していると、それまでで一番クールなジャケットのレコードを見つけたんだ。本当にヘヴィに見えた。それはアイアン・メイデンという、それまで聞いたことのないバンドだった。俺はそこに立ってアルバムを眺めていた。それは新しくリリースされたばかりで、たくさんのライヴ写真とかそういうものが裏面にプリントされていた。それから俺はそのレコードを数週間聴いたよ。本当に最高だったんだ。」

    アルバム『Iron Maiden(邦題:鋼鉄の処女)』は、表のカバーに骸骨のようなモンスターの絵がプリントされていた。先にラーズが語ったようにバンドメンバーのライヴ写真はラーズを極致まで魅了した。この『Iron Maiden』でラーズは後に最も伝説的な筋金入りのファンの一人となった。

    ラーズは5月にコペンハーゲンに戻った。穏やかな空気、花香る木々や低木に春の輝き、生き生きとした人々の笑顔と相まって、おそらく街に戻る最も理想的な月だっただろう。同時にNWOBHMはピークを迎えていた。ラーズはケンの店にいた。そこでは絶えず若きメタルの弟子のために新しいレコードと情報が仕入れられていたのだ。

    「ケンのことはヘラルプの友だちや家族の前では「アイドル」と呼んでいた。」ラーズは80年春当時のケンの立ち位置について語る。「彼は本当にヘヴィメタルのアイドルだったんだ。彼はメタルとつながる全てだった。彼の家に招待された日には、お店が閉まった後もレコードを聴くことができた。俺はヘヴィメタルの聖地に招き入れられたみたいだった。」

    ケン・アンソニー「ブレンビュベスターにあった俺のアパートにヘヴィメタルのコレクションがたくさんあった。だからラーズはよくやってきた。彼のためにテープに録音して、その全てのバンドについて教えてあげなければならなかった。俺たちは座ってソーダを飲んでチップスを食べてヘヴィメタルを聴くのさ。彼はまだ全てを知りたがる少年に過ぎなかった。俺たちは同じ趣味を共有していた。それは素晴らしいことだ。音楽はその核となった。テニスとか他のことについては一切話さなかったよ。」

    夕方にトーベンはKirkebjerg通りに面したケンのアパートまでラーズを車で送り、真夜中に車で家に連れて帰った。ラーズは数日後、新しい何かが手に入ったかどうかケンに電話するのだった。

    「ラーズはひっきりなしにここにやってきた。」
    ケンは笑顔を浮かべて語る。「週に何度も電話してきて新しいレコードはないか、それらを聴くために金曜日に来なくちゃならないかと尋ねるんだ。そうして頻繁に来ていた。そういった全ての音楽は持っていたのは俺だったからね。」

    しかし、街の反対側にあるウルリッヒ家では、テニスはまだ重要なものだった。ベテランのトーベンはまだかなり熱心に多くのトーナメントに参戦していた。ラーズの最も基礎となるゲームの楽しみはいまだ無傷だった。フロリダで意気消沈を味わったにも関わらず、彼の野心はそのままだった。おそらくテニスをプレーすること、テニスの経歴に適切な場所を見つけることができたからでは?もしそうならば、答えはコロナ・デル・マーにある。そこはロサンゼルスにあるスポーツスクールで、ラーズが奴隷のようにテニスを練習することなく、テニスと勉強に集中した場所である。

    ラーズ「俺は高校を出て大学に進み、そのあいだテニスをし続けて、大学を出てからプロ選手になろうとしていた。そういう考えだったんだ。」

    「ラーズは集中していたよ、本当に。」ステイン・ウルリッヒは語る。「彼はテニスのスター選手になるんだと言っていた。テニスで食っていくんだと。コロナ・デル・マーのテニス・キャンプはテニス選手製造所だった。当時すべての最高のテニス選手たちがここで育てられたんだ。」

    そのうちの一人がアンソニー・エマーソンだ。彼はウィンブルドンの覇者ロイ・エマーソンの息子でロイはトーベン・ウルリッヒと一緒にプレーをした選手だった。エマーソン家とウルリッヒ家は一緒に旅行をしたこともある。ラーズがオーストラリアで初めてアンソニーと会ったのは、わずか2歳の時だった。

    「親父はロイ・エマーソンの真の良き友人だった。彼は(カリフォルニアの)ニューポート・ビーチに住んでいて、それが俺たちがそこに行った主な理由だったんじゃないかな。」
    ラーズはそう考えていた。

    ニューポート・ビーチへの引越しは息子のテニスに対する明るい将来への関心だけでなく、親自身の希望もその動機となった。トーベンの参戦するテニス・トーナメントのほとんどはアメリカだった。そしてアメリカとデンマークのあいだを行ったり来たりするのに多くの時間を費やしていた。ローン・ウルリッヒもロサンゼルスですでに交遊関係を持っていた。

    こうして1980年夏、トーベンとローン夫妻はLundevang通り12番地のあの大きな家を売り、家族はヘラルプを離れカリフォルニアに引っ越した。

    英訳元:http://w11.zetaboards.com/Metallichicks/topic/794989/7/

    アルバム『Iron Maiden』での強烈な出会いを考えると、念願かなって共演できたバックステージでラーズがこんな顔になってしまうのは無理もない。

    maidenallica
    ラーズ・ウルリッヒ、スティーヴ・ハリス(アイアン・メイデン)とともに

    メタルの師とあおぐケン・アンソニーとのエピソード、興味があるとトコトン行くとこまで行ってしまうのは今も昔もあまり変わっていないようです(笑)。なかなかあきらめきれないテニスはいつ踏ん切りがつくのでしょうか。

    いよいよ第2章アメリカ上陸編ではジェイムズとの出会いが待っています。
    (2章から記事のタイトルは変更予定)

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    メタリカも出演した今年のSonisphereフェス。BABYMETALも出演したということもあって取材陣が渡英したのか、ここ日本でもフェス特集本が発行されるとのこと。表紙にはデカデカとジェイムズ近影。

    headbung_fes
    ヘドバン PRESENTS 史上最高の英国メタル・フェス完全レポート&永久保存版!


    以下、プレスリリース。

    あの『ヘドバン』の別冊第一弾、英国で行なわれたフェス〈SONISPHERE〉と〈BLACK SABBATH TIME〉の徹底レポートでおくる『ヘドバン PRESENTS 史上最高の英国メタル・フェス完全レポート&永久保存版!』が8月20日(水)に発売されます。

    『ヘドバン』のカラー・ページ濃厚ライヴ・レポだけ抜き取って判型を大きくしたような、異例のメタル・フェス本となっている本書。各大トリにアイアン・メイデン、メタリカ、ブラック・サバスが登場、そしてBABYMETALは〈SONISPHERE〉のメイン・ステージに! メタル史上に残る歴史的瞬間をライター数名とで現地に乗り込み徹底レポート! もちろんBABYMETALの欧州単独各公演も完全にフォローしています。

    CDジャーナル(2014-08-06)

    B!誌ではなかなかの酷評だったメタリカのSonisphereライヴでしたが(苦笑)、こちらはどんなレポートになるのでしょうか?

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    「ヘドバン vol.2」にて“俺たちのMETALLICA御柱祭”特集

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    諸事情で更新どころかネットもまともに繋げませんでした(汗
    とりあえずとりこぼしたニュースをフォロー。

    以前、お伝えしたメタリカが参加するディープ・パープルの『Machine Head』のカヴァーアルバム、『Re-Machined』の続報。

    DPcover2


    メタリカが演奏する「When A Blind Man Cries」が公開されました。


    オリジナル音源と聴き比べてみましょう。


    メタリカ版はオリジナルに比べて演歌的なアレンジを感じるなぁ。
    ガレージ・インクのときもこういう感じのアレンジありましたね。

    ちなみにアイアン・メイデン版の「Space Trackin'」も公開されているようです。


    こちらもオリジナル音源と聴き比べてみる。


    やっぱりメイデンはメイデンって感じですね。(小並感)
    このカヴァーCDのお買い求めについては下記関連記事をごらんくださいませ。

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    メタリカ参加のディープ・パープルのトリビュート盤『Re-Machined』の国内盤が発売。
    メタリカ、アイアン・メイデンらがディープ・パープルの『Machine Head』のトリビュート盤に参加。

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    先日、メタリカ、アイアン・メイデン、カルロス・サンタナら豪華ゲストが参加しているディープ・パープルの『Machine Head』のトリビュート盤がイギリスのロック誌『Classic Rock』の付録として出ることをこちらでもお伝えしました。

    DPcover2

    そのトリビュート盤『Re-Machined』の国内盤をHMV、タワレコで取扱いを開始しています(7/30現在)。しかも限定盤には特典DVD付き。

    国内限定盤特典DVDの収録内容は以下の通り。

    01. Highway Star (ライヴ映像) – Chickenfoot
    02. Lazy (スタジオ・レコーディング映像9分)- Jimmy Barnes with Joe Bonamassa

    国内盤のトラックリストも確認しておきましょう。

    01. Smoke On The Water – Carlos Santana / Jacoby Shaddix
    02. Highway Star – Chickenfoot
    03. Maybe I’m A Leo – Glenn Hughes / Chad Smith
    04. Pictures of Home – Black Label Society
    05. Never Before – Kings of Chaos
    06. Smoke On The Water – The Flaming Lips
    07. Lazy – Jimmy Barnes with Joe Bonamassa
    08. Space Truckin’ – Iron Maiden
    09. When A Blind Man Cries – Metallica

    『Classic Rock』誌の付録にはこのトラックリストにプラスして、以下の独占トラックが入るわけですね。

    10. Highway Star – Steve Vai, Glen Hughes, Chad Smith, Lauchlan Doley (exclusive track)
    タワレコ、HMVともに発売日は2012年9月5日となっています(7/30現在)。
    ライナーノーツが付くのかなどの詳細はまだ不明です。

    各販売サイトへのリンクは以下からどうぞ。

    tower
    通常盤
    限定盤

    hmv_logo
    通常盤
    限定盤

    ちなみにアマゾンは輸入盤のみ扱っている模様(7/30現在)。
    ※取扱いが始まったら、この記事に追記するかもしれません。
    →追記しました!(cowboybluesさん情報ありがとうございます。)
    amazon
    輸入盤
    通常盤
    限定盤

    maejunさん、情報提供ありがとうございます!

    【追記】
    『Classic Rock』誌&『Re-Machined』もアマゾンで予約が開始されてます!
    (画像をクリックでリンク先へ)
    remachine_amzn
    こちらの発売日は2012年9月11日とのこと。

    cowboybluesさん、情報提供ありがとうございます。

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    関連記事
    メタリカ、アイアン・メイデンらがディープ・パープルの『Machine Head』のトリビュート盤に参加。

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    イギリスのロック誌『Classic Rock』9月4日号にメタリカも参加するディープ・パープルの『Machine Head』のトリビュート盤が付録となるとのこと。
    その名も『Re-Machined』。

    DPcover2

    画像を見ておわかりの通り、参加アーティストもかなり豪華です。
    トラックリストは以下の通り。

    01. Smoke On The Water – Carlos Santana / Jacoby Shaddix
    02. Highway Star – Chickenfoot
    03. Maybe I’m A Leo – Glenn Hughes / Chad Smith
    04. Pictures of Home – Black Label Society
    05. Never Before – Kings of Chaos
    06. Smoke On The Water – The Flaming Lips
    07. Lazy – Jimmy Barnes with Joe Bonamassa
    08. Space Truckin’ – Iron Maiden
    09. When A Blind Man Cries – Metallica
    10. Highway Star – Steve Vai, Glen Hughes, Chad Smith, Lauchlan Doley (exclusive track)


    誌面の方もメタリカをはじめ、トリビュート盤に参加したアイアン・メイデン、チキンフット、スティーヴ・ヴァイのインタビューが掲載。
    そして、先ごろ亡くなったディープ・パープルの元メンバー、ジョン・ロードの直近のインタビューも含まれるとのこと。

    予約はこちらからどうぞ。

    Classic Rockより(2012-06-23)

    メタリカ、渋い選曲だなぁ。


    どういう経緯でこのトリビュート盤の話がまとまったのかわかりませんが、海外雑誌の付録CDはホントすごい企画が多いですね。。

    ちなみに本物の『Machine Head』のジャケはこちら。
    machinehead

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    メタリカ・トリビュート・カバーまとめました&メタリカグッズ情報館リニューアルのお知らせ。

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    更新ごぶさたです。

    さて、今回はイギリスのドラム・マガジン「RHYTHM」のインタビューより、ラーズ・ウルリッヒがアイアン・メイデンについて語っているのでそちらを管理人ヘッポコ和訳でご紹介。

    −『Garage Days EP』で、(アイアン・メイデンの)「Run To The Hills」を演奏しかけていましたよね?

    俺たちの周りにはいつもイギリス人がいたんだ。あの頃、俺たちのツアー・マネージャー、世話人、クルーはみんなイギリス人だった。だからいつもイギリスの皮肉とイヤミとちょっとひねくれたユーモア感覚が常にあってね。俺たちはみんなすごいメイデンのファンで、彼らが道を開いたばかりでなく、1981年にバンドを組もうっていう刺激を与えてくれなかったら今日のメタリカなんて考えられないよ。LAで『Garage〜』をレコーディングしていたとき、かなり気楽な感じでセッションをしていたんだ。で、ある日俺たちは、誰でもいつだって試すことのできた「Run To The Hills」を演り始めたんだ。ああいうハーモニーはギタリストにとっては、ちょっとやりにくいってのがあったかもしれない。わずかながら調子外れになったなと俺は思ったね。俺たちがからかっていると思う人がいたかもしれないな。でも、言うまでもなくこれは過去5年のうちの大半、基本的にイギリス人ばかりが周りにいた、俺たちメタリカ流のひねくれたやり方でのトリビュートを意味していたんだ。俺は悪意には取られていないと思っているよ。

    それから約1年後、ジャスティスアルバム(『...And Justice For All』)を制作し終えたばかりのときに、俺はアルバムのマスタリングをしにニューヨークに行ったんだ。そしてメイデンがニュージャージーのメドーランズで公演をしていたんだ。あれはたぶん88年の7月だったと思う。俺はその公演に出掛けて行ったよ。当然、そのときもどこに行こうが、かなり興奮したし、可能な限り興奮させられ続けたね。ニコ(・マクブレイン)の後ろに立ってさ。彼らは『Seventh Son Of A Seventh Son』のツアー中だったんだけど、俺はニコを観て体を乗り出していたね。たしかアンコール1発目の「Run To The Hills」で彼はドラムスティックを俺に手渡して指差したんだ。「エッ?」って感じさ。俺は階段を這い上がっていると、ブルース(・ディッキンソン)が俺を紹介するのが聞こえてきた。それから俺は「Run To The Hills」を20,000人の前で演り始めたんだよ。メタリカ・ヴァージョンとして俺がやったっていうならできていたのかもしれない。何から何まで全てがハチャメチャだったし、俺たちが最初の演奏部分をできるとはさえ思わなかったよ。それで自分の胸に刻んだんだ、飲んでる時は公式の場でドラム叩いちゃダメだってね!俺たちはベストを尽くしたけど、最初のコーラスまでもできちゃいなかったと思ったよ。

    −それであなたはメイデンと共にツアーに出ましたよね?

    それから俺たちは彼らとたくさんのショーを共にした。俺たちはたくさんのショーをやったね。ジャスティスが出た88年の8月にはたくさんのヨーロッパ・ツアーで公演をしたよ。イベリア半島、サン・セバスチャン、マドリッド、バルセロナ。俺たちはスペインの闘牛場で公演をしたんだ。アイアン・メイデン、メタリカ、そしてアンスラックスでね。あれはクールだったな。俺はメイデンの大ファンだからね。彼らが西海岸で公演をした時、俺は彼らと一緒にいたんだ。あるとき俺がラスベガスでドライブしていると、彼らがやってきた。彼らはいつでも大歓迎って感じで人付き合いがいいもんだから、俺たちは88年の彼らとのショーをやったとき、一緒に出歩く機会に恵まれたってわけ。あれはかなりクールだったな。

    (中略)

    −メタリカは次に何をするんでしょう?

    サンフランシスコで12月に俺たちの30周年記念ショーをやるんだ。それで今年の残りは申し分ないね。数回ショーをやって、週末は家でっていう感じかな。俺たちはルー・リードと全くもって素晴らしいことをやって、それから 曲を書き、もうひとつのレコードを作るっていう不変の生活に戻っているよ。

    −(レコード・デビューから)30周年はまだ来ていないのでは?

    あぁ実際はね。俺とジェイムズ・ヘットフィールドが出会ったのが81年の5月でいっちょやってやるかって決心したのが81年の10月なんだ。だから俺たちの30周年記念ってことで地元で12月に一連のショーをして祝うんだよ。ゾクゾクすると思わない?


    Musicrader.com(2011-11-21)

    ラーズ、イギリスの雑誌でイギリス人のセンスのせいにしているのってどうなの?(笑)

    YouTubeでちょっと探してみたけど88年のはみつからないなー。
    インタビュアーが冒頭で訊いているのはおそらく『Garage〜』でも収録されていたこの部分のこと。


    本家の「Run To The Hills」


    【再掲】Metallica - Prowler (Iron Maiden cover)


    Garage_Inc


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    アイアンメイデンのトリビュートにメタリカ参加
    メイデン・ヘヴン届きました。

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    絵画の個展を開いた後の近況が聴こえてこなかった
    ジェイソン・ニューステッドが「音楽活動再開」
    ということでいいんですかね?

    【ディープ・パープル、ブラック・サバス、アイアン・メイデン、メタリカ、ホワイト・スネイクのメンバーが新バンド結成】

    すごいバンド名が並んでいますが。

    メンバーは、ディープ・パープルのイアン・ギランと
    ブラック・サバスのトニー・アイオミを中心に、
    元メタリカのジェイソン・ニューステッド、
    ディープ・パープル/ホワイトスネイクのジョン・ロード、
    アイアン・メイデンのニッコ・マクブレイン、
    HIMのリンダ・リンドストロームが参加。

    WhoCares

    そしてバンド名は「WHOCARES」。海外では5月6日に
    "Out of My Mind"、"Holy Water"の2曲(PV付き)と、
    ドキュメンタリーのDVDが入ったパッケージが発売される。
    お好きな人には、もう鼻血ブーではないでしょうか。
    まさにスーパーグループ。

    ちなみに結成のきっかけは1988年、イアン・ギランと
    トニー・アイオミのふたりがアルメニアで起きた大地震を
    復興する基金を立ち上げたことにさかのぼる。今回の収益は、
    同じくアルメニアの音楽学校を再建するために使われるという。
    詳細はこちら。PVもあります。
    (http://www.iommi.com/index.php?story=111)

    (松村)

    ro9.jp(2011-04-12)

    文中にあるPVはYouTubeにあがっていましたのでどうぞ。



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    ジェイソン・ニューステッド、ロックの殿堂入り授賞式に参加!
    ジェイソン・ニューステッド、音楽活動から離れて個展を開く。
    ラーズ・ウルリッヒ、ジェイソン・ニューステッドの個展にあらわる。

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    ここでも何回かとりあげている人気投票ネタですが、
    今回はGibson.comが発表したランキングです。

    以下、Gibson.comが発表したTOP50のリスト。

    01. "Master of Puppets" Metallica
    02. "Ace of Spades" Motörhead
    03. "Crazy Train" Ozzy Osbourne
    04. "Iron Man" Black Sabbath
    05. "The Number of the Beast" Iron Maiden
    06. "War Pigs" Black Sabbath
    07. "Paranoid" Black Sabbath
    08. "One" Metallica
    09. "Hallowed Be Thy Name" Iron Maiden
    10. "Breaking the Law" Judas Priest
    11. "Children of the Grave" Black Sabbath
    12. "Welcome to the Jungle" Guns N' Roses
    13. "Black Sabbath" Black Sabbath
    14. "Hells Bells" AC/DC
    15. "The Trooper" Iron Maiden
    16. "Painkiller" Judas Priest
    17. "Stargazer" Rainbow 
    18. "Enter Sandman" Metallica
    19. "Back in Black" AC/DC
    20. "Runnin' with the Devil" Van Halen
    21. "The Hellion/Electric Eye" Judas Priest
    22. "Run to the Hills" Iron Maiden
    23. "Let it Go" Def Leppard
    24. "Epic" Faith No More
    25. "Hangar 18" Megadeth
    26. "Rime of the Ancient Mariner" Iron Maiden
    27. "You've Got Another Thing Comin'" Judas Priest
    28. "Fear of the Dark" Iron Maiden
    29. "Raining Blood" Slayer
    30. "Walk" Pantera
    31. "Holy Diver" Dio
    32. "Highway to Hell" AC/DC
    33. "Heaven and Hell" Black Sabbath
    34. "Bulls on Parade" Rage Against the Machine
    35. "Fade to Black" Metallica
    36. "Angel of Death" Slayer
    37. "Peace Sells" Megadeth
    38. "Freak on a Leash" Korn
    39. "Them Bones" Alice in Chains
    40. "Cemetery Gates" Pantera
    41. "Detroit Rock City" KISS
    42. "Devil's Child" Judas Priest
    43. "Run with the Wolf" Rainbow
    44. "Would?" Alice in Chains
    45. "We're Not Gonna Take It" Twisted Sister
    46. "Hell Bent for Leather" Judas Priest
    47. "Beyond the Realms of Death" Judas Priest 
    48. "Bomber" Motörhead
    49. "Unchained" Van Halen
    50. "10,000 Days (Wings, Part II)" Tool


    続いては読者投票によるTOP25のリスト。

    01. "Hallowed Be Thy Name" Iron Maiden
    02. "Paranoid" Black Sabbath
    03. "Master of Puppets" Metallica
    04. "Never in My Life" Mountain
    05. "Iron Man" Black Sabbath
    06. "Enter Sandman" Metallica
    07. "One" Metallica
    08. "Black Sabbath" Black Sabbath
    09. "Crazy Train" Ozzy Osbourne
    10. "Ace of Spades" Motörhead
    11. "Laid to Rest" Lamb of God
    12. "The Number of the Beast" Iron Maiden
    13. "Bang Your Head (Metal Health)" Quiet Riot
    14. "Psychosocial" Slipknot
    15. "Children of the Grave" Black Sabbath
    16. "Run to the Hills" Iron Maiden
    17. "Rime of the Ancient Mariner" Iron Maiden
    18. "Stairway to Heaven" Led Zeppelin
    19. "War Pigs" Black Sabbath
    20. "Creek Mary's Blood" Nightwish
    21. "Whole Lotta Love" Led Zeppelin
    22. "Sabbath Bloody Sabbath" Black Sabbath
    23. "Mr. Crowley" Ozzy Osbourne
    24. "Peace Sells" Megadeth
    25. "Seek and Destroy" Metallica

    さらにリストに何曲入っていたかの重複ランキング。

    Judas Priest – 7
    Iron Maiden – 6
    Black Sabbath – 6
    Metallica – 4
    AC/DC – 3
    Pantera – 2
    Slayer – 2
    Megadeth – 2
    Rainbow – 2
    Alice in Chains – 2
    Van Halen – 2
    Motörhead – 2

    Gibson.com(2011-03-18)

    今回の結果はけっこう王道な印象ですが、
    毎度思うのは日本だとたぶん違うんだろうなぁ。

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