メタリカ情報局

メタリカを愛してやまないものの、メタリカへの愛の中途半端さ加減をダメだしされたのでこんなブログ作ってみました。

       

    タグ:アイアン・メイデン

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    ラーズ・ウルリッヒの新譜完成お祝い映像とともに発表がありました。
    larsulrich_20160915

    メタリカが2016年11月18日に発売するアルバム『Hardwired...To Self-Destruct』のデラックス盤ボーナストラックCDの収録内容が大幅に変更されました。収録予定の製作途中のリフ集が、既発のカバー音源と今年(2016年)のレコードストアデイに行われたラスプーチン・ミュージックでのインストアライヴ音源、そして8月に行われたミネアポリス公演で初演の「Hardwired」に差し替えられるとのこと。

    収録されるカバー音源は、ロニー・ジェイムス・ディオのトリビュートアルバム『Ronnie James Dio - This Is Your Life』収録の「Ronnie Rising Medley」、ディープ・パープルのトリビュートアルバム『Re-Machined』収録の「When a Blind Man Cries」、Kerrang!誌の特典として発売されたアイアン・メイデンのトリビュートアルバム『Maiden Heaven』収録の「Remember Tomorrow」。
    hardwired_cover

    改めてデラックス盤の全トラックリストはこちら。

    ■Deluxe Edition (Digital Download & CD)

    Disc One

    01. Hardwired
    02. Atlas, Rise!
    03. Now That We’re Dead
    04. Moth Into Flame
    05. Dream No More
    06. Halo On Fire

    Disc Two

    01. Confusion
    02. ManUNkind
    03. Here Comes Revenge
    04. Am I Savage?
    05. Murder One
    06. Spit Out the Bone

    Disc Three (Deluxe Edition Only)

    01. Lords of Summer (2016)
    02. Ronnie Rising Medley
    03. When a Blind Man Cries
    04. Remember Tomorrow
    05. Helpless (Live at Rasputin Music)
    06. Hit the Lights (Live at Rasputin Music)
    07. The Four Horsemen (Live at Rasputin Music)
    08. Ride the Lightning (Live at Rasputin Music)
    09. Fade to Black (Live at Rasputin Music)
    10. Jump in the Fire (Live at Rasputin Music)
    11. For Whom the Bell Tolls (Live at Rasputin Music)
    12. Creeping Death (Live at Rasputin Music)
    13. Metal Militia (Live at Rasputin Music)
    14. Hardwired (Live in Minneapolis)

    ■Deluxe Box Set (3LP + 1CD)

    Disc One Side A

    01. Hardwired
    02. Atlas, Rise!
    03. Now That We’re Dead

    Disc One Side B

    01. Moth Into Flame
    02. Am I Savage?
    03. Halo On Fire

    Disc Two Side C

    01. Confusion
    02. Dream No More
    03. ManUNkind

    Disc Two Side D

    01. Here Comes Revenge
    02. Murder One
    03. Spit Out the Bone

    Disc Three Side E (Bonus)

    01. Lords of Summer (2016)

    Disc Three Side F (Bonus)

    01. Hardwired (Live in Minneapolis)

    Bonus CD

    01. Ronnie Rising Medley
    02. When a Blind Man Cries
    03. Remember Tomorrow
    04. Helpless (Live at Rasputin Music)
    05. Hit the Lights (Live at Rasputin Music)
    06. The Four Horsemen (Live at Rasputin Music)
    07. Ride the Lightning (Live at Rasputin Music)
    08. Fade to Black (Live at Rasputin Music)
    09. Jump in the Fire (Live at Rasputin Music)
    10. For Whom the Bell Tolls (Live at Rasputin Music)
    11. Creeping Death (Live at Rasputin Music)
    12. Metal Militia (Live at Rasputin Music)

    Metallica.com(2016-09-15)

    当初、収録予定だったリフ集がお披露目される日はくるのでしょうか(^^;

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    カセットテープを10倍大きくしたデモテープ風コーヒーテーブルが販売中とのこと。ハンガリーのデザイン家具の販売を営むALTAR Furnitureの商品。

    TheGreatTape-Jimmy

    メタリカのデモテープ『No Life 'Til Leather』の他、ニルヴァーナの1stデモテープ『Safer Than Heaven』、エディ・ヴェダーがパール・ジャム結成前のメンバーに送ったデモテープ、デッド・ケネディーズのブートレグ・テープなど知る人ぞ知るカセットがモチーフになっています。(※大人の事情で「Metallica」の文字は消されていますが・・・)

    コーヒーテーブルの一覧はこちらから。
    http://altars.co/product-category/the-great-tape/

    このテーブルのそもそもの始まりは、ユニバーサル・ミュージック・グループのハンガリー支社が新たなオフィスのために作った会議用テーブルのようです。ちなみに会議用テーブルはカセット実物の18倍もの大きさ。受注販売で4週間から6週間ほどかかるとのこと。こちらは写真を見る限り、オリジナルデザインに忠実に「Metallica」の文字も記されています。

    AltarFurniture-MeetingTable01
    AltarFurniture-MeetingTable02AltarFurniture-MeetingTable03

    http://altars.co/shop/the-great-tape/15530/

    その他、メタリカのロードケース(ツアー時に機材等を入れて運ぶハードケース)を模した棚。
    ALTAR_Furniture_DrinkEmAll
    http://altars.co/shop/amper/drink-em-all

    ハンガリー初公演30周年を記念して作ったアイアン・メイデンのロードケースを模したテーブル&ギフトボックスなど目の付けどころがシャープです。
    IronMaidenBox
    http://altars.co/shop/amper/maidens-gift/

    試しに購入フォームを入力したところ配送先に日本が選択できないため、ALTARに問い合わせてみました。現在は日本への配送は行っていないとのこと。もし購入したら配送料はどのくらいになるのかコーヒーテーブルで見積もってもらったところ以下のようなお値段とのお答え。

    企業間取引で最寄りの空港まで:210ユーロ
    企業間取引での宅配:650ユーロ
    個人宅への宅配:少なくとも1500ユーロ(東京都内)

    なかなかのお値段なので、ぜひ日本の企業に取り扱いをお願いいたしたく(^^;

    いろいろ質問メールを投げていくなかで、日本のメタリカファンに何かメッセージがあればと送ったところ、次のようなメッセージをいただきました。管理人拙訳にてご紹介します。

    日本のメタリカファンの皆さんにご挨拶を!

    自分自身のことを表すのに引用句を使うとなると、我々ALTAR Furnitureはぴったりで最良の引用句を信じています。そんなジェイムズ・ヘットフィールドがかつてメタリカについて言っていた言葉に倣って自己流に再解釈してみましょう。

    “ひとつのALTARだが、我々はたくさんのスタイルを持っている。それをALTARという。”
    ※訳注:ジェイムズはALTARの部分をメタリカにあてはめて語っている。

    メタリカに触発されたALTAR Furnitureの家具を持つことで、カーク・ハメットのギターソロの陶酔感を味わうかのようなたくさんの喜びを提供することを我々は保証すると言っていいでしょう。メタリカ関連の作品を作り上げることは、我々にとっても無上の喜びであることは確実に保証できます!

    もしあなたが自分のためだけに作られたアイテムが欲しい場合は、ぜひ弊社にお問い合わせください。包装を解いて、新しいALTAR家具を楽しむその直前まで、エンニオ・モリコーネの「Ecstacy of Gold」を聴くかどうかはあなたにおまかせします。

    お問合せはこちらまで。
    http://altars.co/contact/

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    前回記事の「Metal Forces」のラーズ・ウルリッヒのロングインタビューの続きから。管理人拙訳にて。

    20150520_metallica

    −今日の音楽界の状況でメタリカを始めていたらという質問に対して

    みんな俺にそんな質問をしてくる。俺は本当に何を答えたらいいんだ?わからないんだ。もしジェイムズと俺が2014年に出会っていたら、今年がメタリカ2年目だってか?もちろん(今のメタリカとは)違っていただろうけど、どうなってるだろうね?俺は「もし○○だったら?」って質問はあまり得意じゃないんだ。もしクリフが事故でいなくならなかったら?ボブ・ロックをプロデューサーに選んでいなかったら?あの日に左ではなく右に曲がっていたら?そんなこと誰が知るかってんだ?

    これが現実さ。知っての通り、これがマスタープランだとか、インタビューでたくさん語るジェイムズみたいな人もいる。俺はそれを完全に尊重しているけど、俺はもっと実務的なんだ。「今日の俺たちがあるのは、これまでに37,228の決定を下したことによるものだ」ってわけ(笑)。それがやってきたことだし、そんな仮定について本当にできることはあまりない。俺はある意味やってきたことを受け入れている。35年のそこそこ良い乗り心地を受け入れるようにしたいと思ってるんだ。

    間違いなく俺たちが望んだようにできなかったこともいくつかある。でも全体的に俺たちは胸を張れるものじゃないかと言えるだろう。俺たちは良かれ悪かれ純粋さを保って、真っ当に自分たちのクレイジーな創造的ビジョンに沿いながらかなりいい仕事をしてきた。


    −完成に近づいている新譜のリリース日については慎重なラーズ

    「今日はその日まで昨日より近い」とは言えるね。2つのプロセスがあると考えていて、俺たちは今、楽曲の創造的プロセスの最終段階に向かっている。先を見越して、どうやってレコードを世界に届けようかという段階が始まっているんだ。グレッグ・フィデルマンはこのレコードに去年の夏から不眠不休で取り組んでいる。彼はメチャクチャ素晴らしい仕事をしているし、全身全霊をかけて取り組んでくれているし、このレコードのプロデュースと制作において彼のあらゆる経験が俺たちの助けとなっているよ。

    −「Lords Of Summer」は新譜に収録されるのか

    詮索好きだね、キミは(笑)。正直なところ、胸に手をあてて(考えてみて)もわからない。これは他の誰にも言っていないけど、バーナード・ドウ(訳注:Metal Forcesの創設者であり、今回のインタビュー相手)には特ダネをあげてもいいかな。6月は基本的に俺たちが腰を据えて、全てにおいて何をすべきか何に電話すべきかどうなるべきかを把握する時なんだ。現時点で俺は答えを持っていないけど、時期が来れば全てそろうだろう。もし今年レコードが出なければ、仕上がってないから出ないんだろう。来年まで出さない方が賢明だっていう宇宙の法則があるとかね。でもレコードはこの夏には仕上がるよ。

    −『Kill 'Em All』『Ride The Lightning』のリマスターは新譜制作に影響したのか

    それは素晴らしい質問だ。俺たちはリックと最後のレコード(『Death Magnetic』)でそのラインを超えた。リックは俺たちに自分たちの過去から触発されることを許すようとても勇気づけてくれた。くつろいで初期の楽曲やレコードでやってきたことはどうだったのか、当時の物の見方はどうだったのか、実用的な要素は何だったのか、その他もろもろを考えた。俺たちはそれまで過去にやったものやレコードに触発されるような機会を否定してきたと思うんだけど、リックは俺たちにそれはOKだと感じるようにしてくれたし、実際そうするように勇気づけてくれたんだ。

    だからこうした新曲を作るにあたってそういう考えはちょっとあった。以前の楽曲で火花が再燃してもOKだと感じる点でね。でも次のレコードのうち、4曲は直接『Kill 'Em All』の曲から触発されたものだなんてことは言えない。まだそんなレベルのものはないんだ。少なくとも俺にとっては。でも過去というものは常にそこから逃げるようなものじゃないんだと自分たちを許せるようになったんだと思う。


    −新譜はストリーミング・サービスや曲ごとに選択できるダウンロード形式など今日のフォーマットに関連付けて出すのか

    あのね、まさに俺たちはどうしようか決めようとしている!(笑)わからないよ。誰に関連付けるってんだ?ファンに?批評家に?レコード会社に?言えることは彼らは確かにまだ俺に関係している。去年、新曲を書き、レコーディングするのを大いに楽しんだ。新曲をプレイするのを外で遊ぶ小さな子供みたいに興奮しているということは言えるよ。

    別の日に誰かと話していたんだけど、彼らはこう言っていた。「アイアン・メイデンを観に行ったんだけど、新譜から8曲もやったんだ。彼らは一体何を考えてんだ?」すると俺はこうさ。「彼らが考えていることがわからないのか?彼らは新譜にメチャクチャ興奮していて、みんなの前でその曲をやりたかったんだよ。「Running Free」を23万回やる代わりに。」それは全く自分のことのように感じるよ。俺たちは新曲をやるのを興奮しているし、セットリストに入れる新しい曲を持っていて、この新曲たちは全て、新しい環境でもとてもうまくいくと思っている。俺はワクワクしているんだけど、このファッキンなレコードが2016年にどんな意味を持つのかなんてことは伝えることができない。明らかに全体的に意味合いは薄くなってきていることは隠すまでもないことだ。でもそうなったらやりたいことをすべきじゃないってことじゃないだろ。俺たちはレコード制作も曲を書くのもいまだに好きなんだ。だから続けている。


    −ライヴを行う場合、これまでの曲とのバランスはどう考えているのか

    もちろん俺たちがスタジアムでライヴをする時に、ほとんどの人たちが新譜の7曲目は聴いていないけど、ブラックアルバムの曲は聴いていることだろう。でも適当なバランスを見つけようとしている。全てはバランスだよ。そういうバランスを抑えて、俺たちのニーズと他の人たちのニーズが把握できればなぁ。明らかに(2016年4月16日のレコードストアデイで)俺たちが最近やったみたいにラスプーチンで200人を前にプレイするとなると、ミネアポリスの新しいスタジアムで5万3000人を前にプレイするのとは違うダイナミクスがある。マジでセットリストに新曲を入れようとしていた。でもみんなのニーズ、そして俺たち自身のニーズを排除しないで、賢明なバランスにこだわって実行しようとしたんだ。


    Metal Forces(2016-06)

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    ビルボードにて昨年暮れから先週までのアメリカ国内のコンサート売上ランキングを発表。今回のランキングではメタリカの他、ブラック・サバス、アイアン・メイデン、AC/DC他、多くのロック、メタルバンドがランクインしています。メタリカはスーパーボウル前夜祭「The Night Before」で7位にランクイン。主なロック、メタルバンドについて抜粋したUltimateGuitar.comの記事からご紹介します。

    20160206

    アーティスト:Metallica, Cage the Elephant
    会場:San Francisco, CA - AT&T Park
    日付:2016年2月6日
    総売上額:$4,341,114
    入場人数/収容人数:41,119 / 43,681
    チケット価格:$149.50, $49.50

    アーティスト:Iron Maiden, The Raven Age
    会場:Inglewood, CA - The Forum
    日付:2016年4月15-16日
    総売上額:$2,218,068
    入場人数/収容人数:24,886 / 24,886
    チケット価格:$94.50, $54.50

    アーティスト:Black Sabbath, Rival Sons
    会場:Sydney, AUS - Qudos Bank Arena
    日付:2016年4月23日
    総売上額:$1,458,830
    入場人数/収容人数:13,717 / 13,717
    チケット価格:$115.98, $100.51

    アーティスト:Tool, Primus, 3Teeth
    会場:San Diego, CA - Viejas Arena
    日付:2016年1月9-10日
    総売上額:$1,447,470
    入場人数/収容人数:17,870 / 18,582
    チケット価格:$79.50, $59.50

    アーティスト:AC/DC, Tyler Bryant, The Shakedown
    会場:Las Vegas, NV – MGM Grand Garden
    日付:2016年2月5日
    総売上額:$1,416,474
    入場人数/収容人数:13,491 / 13,817
    チケット価格:$137, $72

    アーティスト:Muse, X Ambassadors
    会場:Philadelphia, PA - Wells Fargo Center
    日付:2016年1月31日
    総売上額:$586,933
    入場人数/収容人数:13,103 / 13,563
    チケット価格:$74.50, $45

    アーティスト:Def Leppard, Styx, Tesla
    会場:Sunrise, FL - BB&T Center
    日付:2016年1月29日
    総売上額:$472,690
    入場人数/収容人数:7,083 / 8,440
    チケット価格:$121.50, $31.50

    アーティスト:Five Finger Death Punch, Shinedown
    会場:Pittsburgh, PA - Consol Energy Center
    日付:2016年5月9日
    総売上額:$394,580
    入場人数/収容人数:8,520 / 8,520
    チケット価格:$49.75, $25

    アーティスト:Megadeth, Suicidal Tendencies, Children of Bodom, Havok
    会場:Hollywood, CA – Palladium
    日付:2016年2月28日
    総売上額:$174,914
    入場人数/収容人数:3,670 / 3,909
    チケット価格:$49.50

    アーティスト:Smashing Pumpkins, Liz Phair
    会場:Ft. Lauderdale, FL - Broward Center for the Performing Arts
    日付:2016年5月1日
    総売上額:$155,876
    入場人数/収容人数:2,170 / 2,443
    チケット価格:$79.50, $49.50

    アーティスト:Lamb of God, Anthrax, Deafheaven, Power Trip
    会場:Hollywood, CA - Palladium
    日付:2016年2月12日
    総売上額:$116,620
    入場人数/収容人数:3,789 / 4,594
    チケット価格:$39, $35

    アーティスト:Dream Theater
    会場:Oakland, CA - Fox Theater
    日付:2016年5月8日
    総売上額:$114,746
    入場人数/収容人数:1,732 / 1,859
    チケット価格:$85, $49.50

    アーティスト:Breaking Benjamin
    会場:Nashville, TN - Ryman Auditorium
    日付:2016年1月24日
    総売上額:$71,910
    入場人数/収容人数:2,198 / 2,362
    チケット価格:$30

    アーティスト:Amon Amarth, Entombed A.D., Exmortus
    会場:Montreal, QC - Metropolis
    日付:2016年4月29日
    総売上額:$64,094
    入場人数/収容人数:2,190 / 2,200
    チケット価格:$31.83, $29.04

    アーティスト:Puscifer, Luchafer
    会場:Huntington, NY - The Paramount
    日付:2016年4月9日
    総売上額:$63,010
    入場人数/収容人数:1,302 / 1,573
    チケット価格:$48

    アーティスト:Ghost, The Shrine
    会場:Huntington, NY - The Paramount
    日付:2016年4月15日
    総売上額:$52,173
    入場人数/収容人数:1,442 / 1,573
    チケット価格:$36

    アーティスト:Coheed & Cambria, Glassjaw, Silver Snakes, I The Mighty
    会場:St. Paul, MN – Myth
    日付:2016年2月27日
    総売上額:$41,510
    入場人数/収容人数:1,815 / 2,800
    チケット価格:$49.50, $29.50

    アーティスト:Cannibal Corpse, Obituary, Cryptopsy, Abysmal Dawn
    会場:San Francisco, CA - The Fillmore
    日付:2016年3月7日
    総売上額:$26,378
    入場人数/収容人数:1,199 / 1,301
    チケット価格:$22

    アーティスト:Steel Panther, MF Ruckus, Everybody Panic!
    会場:Denver, CO - The Fillmore
    日付:2016年3月3日
    総売上額:$24,460
    入場人数/収容人数:2,122 / 3,600
    チケット価格:$12

    アーティスト:The Wonder Years, letlive., Microwave, Tiny Moving Parts
    会場:Huntington, NY - The Paramount
    日付:2016年4月3日
    総売上額:$20,350
    入場人数/収容人数:995 / 1,573
    チケット価格:$20

    アーティスト:Geoff Tate's Operation Mindcrime, Extinction A.D.
    会場:Huntington, NY - The Paramount
    日付:2016年3月2日
    総売上額:$15,963
    入場人数/収容人数:773 / 1,573
    チケット価格:$21

    アーティスト:Cradle of Filth, Butcher Babies, Ne Obliviscaris
    会場:San Francisco, CA - The Fillmore
    日付:2016年2月21日
    総売上額:$14,896
    入場人数/収容人数:608 / 1,267
    チケット価格:$25

    アーティスト:Baroness, Mutoid Man
    会場:Montreal, QC - Theatre Corona
    日付:2016年5月1日
    総売上額:$10,880
    入場人数/収容人数:532 / 650
    チケット価格:$22.70, $19.91

    Billboard(2016-05-18)

    ブラック・サバスはツアーを廻るなかで9公演ランクイン、アイアン・メイデンも3公演ランクインしており、アメリカでも根強い人気がうかがえます。

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    更新ご無沙汰しています。

    Loudwireにてメタルマスコットの一番人気を決定する選手権が開催中。記事を書いている現在はトーナメント一回戦が行われています。

    Round-1-Headbanger-630x420

    メタリカもジェイムズ・ヘットフィールドが描いたキャラクター「Scary Guy」で参戦しています。
    Metallica-vs-JFAC-630x420

    その他の対戦は以下の通り。
    Judas-Priest-vs-Helloween-630x420

    Children-of-Bodom-vs-In-Flames-630x420

    Motley-Crue-vs-Quiet-Riot_edited-1-630x420

    Iron-Maiden-vs-SOD-630x420

    Dio-vs-Iced-Earth-630x420

    Disturbed-vs-Voivod-630x420

    Dethklok-vs-Devin-Townsend-630x420

    Motorhead-vs-Destruction-630x420

    Anthrax-vs-Overkill-630x420

    FFDP-vs-Mushroomhead_edited-1-630x420

    Gamma-Ray-vs-Danzig-630x420

    Megadeth-vs-Hammerfall-630x420

    Black-Sabbath-vs-Manowar-630x420

    Avenged-Sevenfold-vs-Kataklysm-630x420

    Kreator-vs-Sodom-630x420

    投票はこちらからどうぞ。
    http://loudwire.com/metallica-vs-job-for-a-cowboy-march-metal-mascot-madness-round-1/

    【追記】
    マスコット選手権の結果。決勝戦はこの両者で、勝者はエディでした。おめでとうございます!
    Iron-Maiden-vs-Megadeth-630x420


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    ラーズ・ウルリッヒの伝記本『Lars Ulrich - Forkalet med frihed』の第2章2回目。有志英訳を管理人拙訳にて。ラーズとジェイムズが出会ってすぐにメタリカ結成とはならず。ラーズはヘヴィメタルの「本場」を自分の目で観るためにイギリスへと向かいます。

    - 夢の国への片道切符 -

    81年春、ラーズのNWOBHMへの狂信ぶりはいまだ健在だった。4月、ラーズは絶対的お気に入りバンドのひとつ、ダイアモンド・ヘッドの『Lightning Strikes』LPをメール便で受け取った。このアルバムは彼を完璧にぶちのめした。彼は半年以上もこのアルバムを待っていたのだ。ギターリフとバンドの新鮮味は彼を驚愕させた。『Lightning Strikes』は数年間のNWOBHM集中期における爆発的なクライマックスだった。いまやあの都会っ子はポケットに少しばかりの貯金を持った17歳の少年となっており、夏休みは目前に迫っていた。

    「学校が6月に終わると、俺は落ち着かなくなっていた。これまで興味を持ったもの全てがイギリスにあったんだ。「Sounds」誌を購読していたから、郵便屋が来るたびに「Soundsの最新号は?・・・Soundsの最新号は??」って感じさ。メール便に入ってたら、玄関前で2時間「Sounds」誌を読み漁るんだ。自分の部屋まで歩くことさえしなかったよ。」

    「ジェフ・バートンは「Sounds」誌におけるヘヴィメタルのゴッドだった。彼は毎週アンダーグラウンド・シーンから新しいバンドを紹介していた。そして毎週、彼のプレイリストと着ている服が載ってたんだ・・・。いやぁあれはバイブルだったよ!」

    「当時、サクソン、アイアン・メイデン、デフ・レパード、ガールスクール、サムソン、そしてタイガース・オブ・パンタンといったメジャーなバンドたちがトップ記事になり始めていた。ある週はガールスクールが表紙を飾り、次の週はクラッシュといった感じでね。「Sounds」はヘヴィメタルだけじゃなくて、全ての独立した音楽シーンを網羅していたんだ。」

    「だからもう俺はイギリスに行かなきゃなんないって思ってた。コトが起きている場所へ行かなきゃなんないって。81年の俺のお気に入りのバンドはダイアモンド・ヘッドだった。そして俺はバンドのマネージャーであり、ヴォーカルのショーン・ハリスのお母さんでもあるリンダ・ハリスと文通をし始めていた。彼女は俺にこう伝えてきてくれた。「もしイギリスに来るんだったら、いつでも歓迎するわ!」とね。」


    「ダイアモンド・ヘッドは6月最後の週と7月最初の週のあいだ、ツアーでヘッドライナーを務めていた。だから7月最初の週に俺は荷物を詰めてロンドンに飛んだんだ。ダイアモンド・ヘッドはロンドン郊外のウールウィッチ・オデオンでライヴをしていた。俺はヒースローに着くと、直接空港からウールウィッチまでバッグを手に持ったまま行って、バックステージのドアをノックして、リンダ・ハリスがここにいるかときいたんだ(笑)。「こんにちわ・・・ご存知かと思いますが・・・アメリカから来たラーズです!」って言ったら、両手を広げて歓迎されたよ。」

    「ロンドンのダイアモンド・ヘッドはこれ以上ないってくらいよかったね!会場はたぶん1500人収容だったんだけど、あのダイアモンド・ヘッドをたった300人しか見に来そうもないってことには間違いなくちょっと驚いたよ。でもそれから、そんなことはどうでもよくなったんだ・・・。ただ単に最高だった。そして(訳注:メタリカが後にカバーすることになる)「Helpless」も「The Prince」も演ってくれたんだから。」

    「ツアーの最終日、彼らの故郷であるバーミンガム郊外のスタウアブリッジに招待されたんだ。俺はちょうど立ち寄ることができて、彼らと何日か過ごすことができた。1日か2日はロンドンの安ホテルに泊まって、それからバーミンガムまで電車に乗った。本当に緊張したよ。ショーン・ハリスが駅まで俺を迎えに来てくれるって話だったからね。でもこの頃の俺はアルコールが「勇気」をくれると気がついていた。だからバーミンガム行きの電車で俺はスミルノフボトルのウォッカをストレートであおったんだ。まだ昼下がりだってのに!」

    ラーズはちょっと話を止めると、笑ってまた話し始めた。

    「そうそう(笑)。ショーンが駅まで迎えに来てくれたんだけど(笑)彼はガールフレンドのヴィッキーと一緒だったんだ。俺たちは車に乗り込んだわけだけど、わかっておかなきゃならないのは、あのショーン・ハリスと同じ車に座っているってことだ。レッド・ツェッペリンかディープ・パープルのファンがロバート・プラントかリッチー・ブラックモアに駅まで迎えに来てもらっているかのようだった。俺にとってはそれと同じレベルだってことだよ。ハッキリ覚えているのは車に乗って5分後くらいにショーンが俺に言ったこと。「ここウォッカ臭いな、オマエ飲んだのか?」とね。俺は「いやいやいや・・・もちろん飲んでませんよ!」と答えた。「本当にウォッカの臭いがするぞ、おかしいな」とショーンはまだ言っていた。もちろん俺は「ウォッカの勇気」をもらってたんだけどね(笑)。」

    「バーミンガム郊外の労働者階級の地区にある彼の家に着いた。実際、俺はここで2、3週間居座ることになるんだけどね!俺はリビングで生活して長椅子の上で寝ていた。そしてダイアモンド・ヘッドに関する全てのものに夢中になることを許された。リハーサル風景、作曲過程やギグも観たし、彼らが演奏しているところも見た。もはやこれ以上ないくらい最高だったよ。」

    この訪問はブリティッシュ・メタルの先駆者であるダイアモンド・ヘッドにとっても貴重な体験だった。

    「俺たちは彼を追い出せなかったんだ。」ショーン・ハリスは語る。(マーク・パターフォードとザビエル・ラッセル共著「Metallica : A Visual Documentary(邦題:Metallica 激震正史)」(1992)から引用)「でも俺たちにとってもちょっと特別な感じだったんだ。彼はバンドに夢中になってくれた最初の外国人だったから。だから俺たちは彼の熱意を気に病まなかった。だって、ファンがカリフォルニアからわざわざ自分たちを見に来たんなら、自分たちは何か正しいことをしていると思えたからね。」

    ショーン・ハリスはラーズが泊まった初めての夜にお気に入りのダイアモンド・ヘッドの曲でどう狂っていたかハッキリと覚えている。

    「でも彼はいい子だったよ。ひくほど熱心なファンだった。彼は一晩中起きて「It's Electric」を聴いているんだ。俺は明け方まで起きていたんだけど、眠ってしまった。数時間後に目が覚めたら、彼はまだそのレコードをかけていたよ!」

    ラーズはヘヴィメタル天国にいた。自分の国、言うまでもなくニューポート・ビーチへ早く帰りたいという証言などまったくなかった。もっと留まりたかったが、外向的で熱狂的であるにも関わらず、ダイアモンド・ヘッドと永遠に一緒にいるということは叶わなかった。お金の問題があったのだ。ラーズはイギリスへの旅行に必要なだけのお金しか持っていなかったし、おかしな話だが、イギリスという夢の国への片道切符しか予約していなかった。しかし、計画を達成するにはそれで充分だった。彼は前年去った街に戻っていた。

    「8月にコペンハーゲンに戻って、そこで4週間楽しく過ごしたよ。」ラーズは振り返る。「叔母のボーディルと叔父のヨルゲンと一緒にゲントフテで暮らした。そこでアメリカに飛んで帰るためのお金を稼いだんだ。(訳注:ラーズが所属していたテニスクラブ)HIKで働いて、そこで毎日舗床を掃除していた。」

    しかし、デンマークの晩夏にストリートを楽しむこともできた。皮肉なことにラーズがフロリダのテニス・アカデミーにいたあいだに、アイアン・メイデンはキッスのサポートでコペンハーゲンのブロンディー・ホールでライヴを行っていた。しかし今度はラーズがコペンハーゲンに戻ってきているのだ。そしてアイアン・メイデンも。バンドは『Killers』ツアー最後のギグを行なった。アイアン・メイデンへの関心はブロンディー・ホールでの不可解な行動の後、激変した。キッスは脅かされキャンセルとなったのだ。バンドはもはやブレッド通りのオッド・フェロー・パレットでヘッドライナーを張っていた。

    ラーズといとこのステインは当然参加した。ラーズにはコンサートが終わったらすぐに行動に出る奥の手があった。

    「1980年のクリスマスにアイアン・メイデンのクリスマスカードを受け取ったのがブライアン・スレイゲルだったと思う。彼はPRとか宣伝が得意なんだ。そのカードをヨーロッパへ持っていくことを許してもらった。オッド・フェローで、俺は警備員の一人に言ったんだ。「ほら、ボクはクリスマスカードを持っている。だからクリスマスト・リスト(訳注:バックステージ・パスのリスト?)に名前が載っているよ。バックステージに入りたいんだけど。」ってね。彼はまんまと騙されていたよ!(笑)」

    「俺たちは寒い更衣室に着くと、スティーヴ・ハリスとデイヴ・マーレイがそこにいた。とても取っ付きやすい人だったよ。ポール・ディアノはひどく酔っ払っていて、ローラースケートを履いていた。「イイものあるけどいるか?」ってきかれて、アフガンブラック(訳注:大麻)みたいなものを作らなきゃならなかった。それから座ってポール・ディアノと大麻タバコを吸ったんだ。」

    ステイン・ウルリッヒ「彼らはみんな信じられないほどフレンドリーでみんな「おいで!」って感じだった。もちろんラーズは彼らについて俺なんかよりずっとよく知っていたけど、いろいろきいていたよ。後になって、ラーズは俺に彼らはシンガーに欠点があると言っていた。だから彼らが新しいメンバーを入れればいいのにと思ったのを思い出すよ。そしてそれを数週間後にやったんだ。それから彼らはビッグになった。(真の意味で)バンドになったんだよ。」

    確かに。ラーズはバンドで機能したかしなかったかを見極めるセンスをすでに持っていた。ポール・ディアノの脱退、そして新しいシンガーで元サムソンのシンガーのブルース・ブルース(ブルース・ディッキンソン)加入のニュースは、再びバーミンガムのスタウアブリッジに滞在していたラーズに届いた。このときはダイアモンド・ヘッドのギタリスト、ブライアン・タトラーと一緒だった。止められないヘヴィメタル巡礼者ラーズは、いまだにヘヴィメタルが無きに等しいアメリカへの帰途、ヘヴィで崇高な啓示を受けるもう数日を要しなければならなかった。

    ラーズはまず、ストーク=オン=トレントのポート・ヴェイルFCで行なわれた本物のヘヴィメタル・ミサに行った。そこではモーターヘッド、オジー、ライオット、サクソンのような名前が連ねたワン・デイ・フェスティバルのヘヴィ・メタル・ホロコーストが行われていた。

    「もちろん俺はコンサート後に何とかしてバックステージに忍び込もうとした。俺はそういうことがかなり得意だったんだ。」ラーズは皮肉っぽく言ってから、1981年夏の幸せなイギリス訪問の後半について話し始めた。

    「"ファスト"・エディ・クラークのギター・ローディーのグラムと仲良くなった。それから俺は「やぁ!」とか「ハロー!」とか言われていた。モーターヘッドと一緒にいることを許されるまでになった。1週間、ブライアン・タトラーと暮らして、3日間ロンドンに行った。そこでノー・ミスと呼ばれていたモーターヘッドがリハーサルをしていた場所をみつけた。そこへ行って、ドアをノックしてみたんだ(笑)そしたらモーターヘッドのリハーサルに立ち会えたよ!昨日のように覚えているよ。"ファスト"・エディとフィルシー・"アニマル"・テイラーとレミーと俺が同じ部屋で座っているんだ。そこは次のアルバムのための曲を作っている場所だった。彼らを見て、フロアに座ってさ、「Iron Fist」を作っているときのことをよく覚えてる。レミーが俺の真ん前で歌詞を思いついて、彼らが次のアルバムのタイトル曲になる「Iron Fist」を弾くのを見たんだ。」

    「同じことを言うようだけど、それはレッド・ツェッペリンのファンが『Physical Graffiti』の曲を彼らによって作られているところを見ているようなものだよ。変な感じだったけど、俺はそういう取り巻きグループに正しく入る方法を持っていたってだけだよ。」


    本当に驚くべき能力だ。その能力はユニークで長年に渡って素晴らしいままであった。それはラーズ本人さえわかっていない。

    「俺はたぶん真っ当なことを言っていたんだ。あるいはいくらかの熱意、誠実さ、あるいはバカさ加減かな?」彼はそう思った。

    「でも釣り合うようになるには、そういうもの全てが充分だった。シーンで何が起きているかを理解できたんだ。俺はそこまで没入してなかったけど、すぐそこにいることを許されていた。たぶんうやうやしい態度とちょっと際立った感じだったからかもしれないね・・・。「デンマークの鼻タレ小僧が外に立っているぞ・・・かまうもんか!」ってね。俺は外に立っていた唯一のファンだった。もちろんそういうバンドがどこにいるのか知っている唯一のファンでもあったわけだけどね(笑)」

    ラーズは心から笑った。自分の「能力」を、自分自身を、若き日の熱意を。そしてあの頃の思い出を。自然と歯に衣着せない積極的な能力は、おそらく子供の頃、世界を廻ってたくさんの人々との出会い、そしてLundevang通りの家に訪れたミュージシャンやアーティストから来たのではないだろうか?

    「まぁ、たぶんそうだろうね!全部。あの頃、つまり親父がコペンハーゲンで一緒にいたすべてのミュージシャン、フランツ・ベッカリーとかそういう近くにいた全ての人々から来ているのは間違いない。俺はたぶん見えない境界線があるのも理解していた。そんな境界線はスミルノフをいただけば消えるけどね。無知だったこともあるかな。俺はノー・ミスに行けばモーターヘッドの人たちと喋ることができると信じていたんだ!」

    いずれにしても、ラーズ・ウルリッヒはそうなることを強く望んでいたのだ。彼は自分のプロジェクトをやり遂げた。さらにファンとしての夢をめいっぱい追い続けたのだ。都会のヘヴィメタルマニアにとって、1981年の夏は魔法にかかったかのようだった。そんな夏はこの年の終わりまで続いていったのである。

    「10月、俺はまだイギリスにいた。あの忌々しいコロナ・デル・マーは9月中旬に新学期が始まっていた。だから俺はすでに「最終期限」を逃してしまっていたんだ。戻ることに特に興味がなかったから、イギリスで立ち往生し続けていた。ふっ(笑)。でも10月中旬には戻った方がよかったんだ。」

    「でもサクソンとライオットのコンサートが(訳注:イギリス南東部の)ブライトンであったから、俺は行ってライオットの人たちと会うためにバックステージに忍び込んだ。サクソンはもういなくなっていたんでね。その翌朝、LA行きの飛行機に飛び乗ったんだ。」


    ラーズは戻った先ですぐにサクソンとも接近することとなった。直に接したわけではないかもしれないが、ラーズがヘヴィメタルの熱狂的なファンから、自分のアイドルたちをサポートするバンドの結成メンバーになるまでわずか半年であった。

    ロックにおける歴史的規模の変革が起きようとした。

    英訳元:http://w11.zetaboards.com/Metallichicks/topic/794989/8/

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    1993年、ミルトンキーンズ・フェスのバックステージにて。左からショーン・ハリス、ラーズ・ウルリッヒ、ブライアン・タトラー

    ラーズの恐るべき行動力はここに来てさらにエスカレートした感があります。イギリスと離れたところに住んでいたことさえも逆にアドバンテージにしているような・・・。

    途中出てきた『METALLICA激震正史』についてはこちらからどうぞ。
    http://metallica.ninja-web.net/books.html#gekishin

    第2章はこれで最後。次回の第3章ではついにラーズがメタリカ結成へ動きます。

    ※麻薬、ダメ、ゼッタイ

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    ラーズ・ウルリッヒ、メタリカへの布石

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    ラーズ・ウルリッヒの伝記本『Lars Ulrich - Forkalet med frihed』の第1章デンマーク編最終回。有志英訳を管理人拙訳にて。日本語表記がわからないものはアルファベットのままにしています。今回はラーズとヘヴィメタルとの本格的な出会いからアメリカに移住するまでのお話。

    - ヘヴィメタルとの出会い -

    フロリダのテニス・スクールに通い始めた時、ラーズはよりもっと私的な、それでいて非常に興味を持てる「学校教育」をコペンハーゲンで既に受け始めていた。この「学校教育」は後に彼がヘヴィメタルへ進み、テニスを排除する決断を下す上で重要な影響を及ぼすこととなる。「学校」で受けた基本的な授業はNWOBHM(New Wave Of British heavy Metal)だった。

    ロック史におけるその他多くのストーリーと同様、それはジャズから始まった。1978年秋のある日、ラーズとトーベンはストロイエにある街の音楽店、ブリストル・ミュージック・センターに行った。1階がトーベンが頻繁に出入りしていたジャズのフロアで、地下フロアがロックが大半を占めるフロアとなっていた。よってラーズは父親が上でブルースを鑑賞しているあいだ、地下フロアに居座ることができたのだ。

    ロック・フロアのカウンターには、ケン・アンソニーというヘヴィメタル界ですでに大きな経験をしてきた当時23歳の長髪の青年が立っていた。ケンもディープ・パープルやその他70年代のハードロックを聴いて育った。しかしさらに新しいものやもっと強烈なサブジャンルとされていた「NWOBHM」に関してとんでもなく膨大な知識を持っていた。「NWOBHM」はこれまでより攻撃的で、ブラック・サバスやジューダス・プリーストのような革新的なバンドから影響を受けたヘヴィメタルの明示型だった。78年、NWOBHMは反体制的でかなり市場に出回ってきたパンクの影にまだ隠れていた。セックス・ピストルズとそのマネージャー、マルコム・マクラーレンの無秩序でありながら、よくしつらわれた「パンク革命」のおかげで新しい波が来ていたのだ。

    ラーズはいつも先取りした好奇心の強い子だったので、すぐにケンと連絡を取り合うようになった。ケンは自分の好みだがあまり人気のない音楽スタイルを自分より若い弟子に紹介することができて本当に幸せだった。

    「ラーズにはたくさんの音楽をみつけてきたよ。ちょうどNWOBHMが始まった頃だったから、その界隈のタイガース・オブ・パンタン、ダイアモンド・ヘッド、ウィッチファインダー・ジェネラルといったバンドを(店内で)流していた。彼は少なくとも週に1度は店に来るようになった。」とケン・アンソニーは振り返る。

    ラーズ「ブリストルはコペンハーゲンの音楽の聖地だった。地下フロアは当然のごとく(笑)ロックとハードロックがあった。「ヘヴィメタル・ケン」がドイツやカナダ、日本からたくさんレコードを仕入れていた。バウワウ、トライアンフ、ティーズ、ストリートハード、ナイト・サン、ルシファーズ・フレンド、トラストとかそういった全てのバンドをね。週に何度も行っては、午後ずっと居座ってヘッドホンが使えたカウンターで曲を聴いていたんだ。」

    ケンとの出会いはラーズにとって新しい音楽、つまり目立たないNWOBHMのバンドたちに関する啓示となった。ラーズがフロリダに発つ時、両者は連絡のやり取りを続けることをお互いに同意した。ラーズがフロリダの学校で過ごした時間は全然ハッピーな時間ではなかったので、それはいいことだった。

    「あそこは全寮制のテニススクールだった。でも俺は「テニス刑務所」って呼んでいたけどね・・・。急に学校の生活リズムに合わせるのは俺にとってはハードなことだった。俺は自由に育てられたってこともあるし、78、79年頃にはハッパを吸い始めていたからね。そんな生活から途端にあそこじゃ貯蔵庫のある1つの部屋に4人ぐらいが生活していた。俺とベルギーのヤツを除いて、みんなあのアカデミーの近くの学校に通っていた。だから俺たちがテニスをしていた時は午後中、他の誰もいなかった。夜11時には消灯でテレビもないのにそこから出られないんだぜ。」

    あらゆる意味で、あのLundevang通りの天井の高い家でアートと音楽で夜更かししていた生活から突如変わったのだ。したがって、1979年のクリスマス休暇は学校から離れる待ち望んでいた時間となった。ヘラルプで過ごす待ちに待ったクリスマスはラーズを生気づけた。一番重要だったのはブリティッシュ・ヘヴィメタルをケンと一緒に天国のようなブリストルで過ごしたことだった。

    「あの当時、イギリスでは本当に何かが起こっていた。」とラーズは回想する。特に覚えているのはモーターヘッドの2つのアルバム『Bomber』と『Overkill』、そして「ブルースブルース」と呼ばれていたリード・シンガーがいたサムソンというデビューしたてのバンドだった。アルバム『Survivors』はその当時からのラーズのお気に入りの1枚となった。

    しかし大晦日の後、すぐにラーズは「フロリダ刑務所」に戻っていった。

    「2、3ヶ月で、もう耐えられなくなったよ。同部屋の外国人にできうる全ての悪いことを提案した。学校をこっそり抜け出して、ビールを買おうと地元のセブンイレブンに行き始めた。ある晩にはハッパを吸った。才能あるアメリカの上流階級のお方々が寝静まった後で俺たちはハッパを吸っていたんだ(笑)。それから彼らが俺たちをチクった。そうして先生と5、60人の生徒とで会議が招集されて「誰かが悪かった」だの「ここでこんなことは許しません」だの言う人がいた。それから俺たちは全生徒の前で立たされて、悪い見本だと言われたんだ。親父があんな人だから、平手打ちだけでどうにか済んだ。親父はとても人気があって尊敬もされていたから、そこで退学にはならなかった。」

    こうしてラーズは自らの決断でテニス・アカデミーを退学することにした。

    「3月、4月の段階でもうこんなくだらないことは十分だと思った。あの自由なコペンハーゲンで育った後じゃ、あらゆるルールをしっかり守るなんてできなかったから、俺は最悪のトラブルメーカーのひとりになっていた。でも、たぶん退学を決めたのはさまざまなことが起因していたと思う。毎日2時にバックハンドをライン上に打つ練習を30分、2時半からフォアハンド、それから1時間サーブの練習して、50回の腕立て伏せ、それからコートのサーブ・コーナーからネットラインまでダッシュしなければならなかった。日柄一日そんなクソみたいなことをやっていた。とてもよく規律が守られていたよ。まるで軍隊さ。(退学の決断をしたのは)だんだんテニスから離れていって、全ての時間を費やして誰かさんになるために練習をするっていうのは自分のためにならないと気が付き始めたからかもね。」


    「振り返ってみると、俺には続けられるだけの持って生まれた才能が充分になかったんだ。ジョン・マッケンローみたいな人は100%持って生まれた才能だし、彼の当時のライバルだったイワン・レンドルは別の極致、つまり毎日8時間練習漬けだったんだ。こういう2つの極致、すなわちテニスをたやすくやっていた選手とテニスに多くの時間をつぎ込まなければならなかった選手がいた。俺は自分のやり方だけでやっていくだけの充分な才能は持っていなかったんだ。ちゃんと練習しなければならなかった。トップに留まるためのあらゆる練習をやる忍耐力を持っていないと気付き始めたんだ」

    「デンマークではそこまで競争はなかったし、ウルリッヒという名だけで扉が開けた時もあった。でもアメリカでは才能の次元が違ったし、みんなもっと覚悟を持っていたし、ハングリーだった。アメリカでは親からのプレッシャーがもっとキツかった。70年代のデンマークではそんなことはなかったかもしれない。でも、このフロリダでの滞在によって俺は結論を得たんだ。あれは俺のためにならないと。でも、1年経つまでそのことに気付かなかった。」


    ラーズは自らの才能を徐々に気付かせたフロリダでの学校生活を振り返るのを終えた。気付いたのは「テニスの経歴とテニスそのもの」vs「強く浮かび上がってきた他の情熱」であった。

    コペンハーゲンに飛んで帰る代わりに17歳の都会っ子は西海岸、正確に言うとサンフランシスコのベイエリアの東側、バークレー・ヒルズへ引っ越した。そこは70年代、トーベン・ウルリッヒがベテラン・トーナメントでプレーしていた頃にウルリッヒ家が滞在していた場所であった。テニス選手たちは地元のテニスクラブのメンバーと個人的にしばしば住宅を提供されていた。そうしてウルリッヒ家はフォルミケッリ家と良き友人となった。

    「彼らと自由に外出していた。」ラーズは語る。「俺たちは家の女主人、マリエルのことを「西のおばあちゃん(Grandma West)」と呼んでいた。彼女は実際、アメリカでは家を提供してくれた俺のおばあちゃんだった。」

    1980年の春、ラーズはそのフォルミケッリ家と「西のおばあちゃん」と共にそこに住んでいた。この滞在でラーズがヘヴィメタル界に深くのめり込んでいくさまざまな出会いがあった。

    「ある日、地元のレコード屋でヘヴィメタルの輸入盤が置いてあるところに行った。レコードを見渡していると、それまでで一番クールなジャケットのレコードを見つけたんだ。本当にヘヴィに見えた。それはアイアン・メイデンという、それまで聞いたことのないバンドだった。俺はそこに立ってアルバムを眺めていた。それは新しくリリースされたばかりで、たくさんのライヴ写真とかそういうものが裏面にプリントされていた。それから俺はそのレコードを数週間聴いたよ。本当に最高だったんだ。」

    アルバム『Iron Maiden(邦題:鋼鉄の処女)』は、表のカバーに骸骨のようなモンスターの絵がプリントされていた。先にラーズが語ったようにバンドメンバーのライヴ写真はラーズを極致まで魅了した。この『Iron Maiden』でラーズは後に最も伝説的な筋金入りのファンの一人となった。

    ラーズは5月にコペンハーゲンに戻った。穏やかな空気、花香る木々や低木に春の輝き、生き生きとした人々の笑顔と相まって、おそらく街に戻る最も理想的な月だっただろう。同時にNWOBHMはピークを迎えていた。ラーズはケンの店にいた。そこでは絶えず若きメタルの弟子のために新しいレコードと情報が仕入れられていたのだ。

    「ケンのことはヘラルプの友だちや家族の前では「アイドル」と呼んでいた。」ラーズは80年春当時のケンの立ち位置について語る。「彼は本当にヘヴィメタルのアイドルだったんだ。彼はメタルとつながる全てだった。彼の家に招待された日には、お店が閉まった後もレコードを聴くことができた。俺はヘヴィメタルの聖地に招き入れられたみたいだった。」

    ケン・アンソニー「ブレンビュベスターにあった俺のアパートにヘヴィメタルのコレクションがたくさんあった。だからラーズはよくやってきた。彼のためにテープに録音して、その全てのバンドについて教えてあげなければならなかった。俺たちは座ってソーダを飲んでチップスを食べてヘヴィメタルを聴くのさ。彼はまだ全てを知りたがる少年に過ぎなかった。俺たちは同じ趣味を共有していた。それは素晴らしいことだ。音楽はその核となった。テニスとか他のことについては一切話さなかったよ。」

    夕方にトーベンはKirkebjerg通りに面したケンのアパートまでラーズを車で送り、真夜中に車で家に連れて帰った。ラーズは数日後、新しい何かが手に入ったかどうかケンに電話するのだった。

    「ラーズはひっきりなしにここにやってきた。」
    ケンは笑顔を浮かべて語る。「週に何度も電話してきて新しいレコードはないか、それらを聴くために金曜日に来なくちゃならないかと尋ねるんだ。そうして頻繁に来ていた。そういった全ての音楽は持っていたのは俺だったからね。」

    しかし、街の反対側にあるウルリッヒ家では、テニスはまだ重要なものだった。ベテランのトーベンはまだかなり熱心に多くのトーナメントに参戦していた。ラーズの最も基礎となるゲームの楽しみはいまだ無傷だった。フロリダで意気消沈を味わったにも関わらず、彼の野心はそのままだった。おそらくテニスをプレーすること、テニスの経歴に適切な場所を見つけることができたからでは?もしそうならば、答えはコロナ・デル・マーにある。そこはロサンゼルスにあるスポーツスクールで、ラーズが奴隷のようにテニスを練習することなく、テニスと勉強に集中した場所である。

    ラーズ「俺は高校を出て大学に進み、そのあいだテニスをし続けて、大学を出てからプロ選手になろうとしていた。そういう考えだったんだ。」

    「ラーズは集中していたよ、本当に。」ステイン・ウルリッヒは語る。「彼はテニスのスター選手になるんだと言っていた。テニスで食っていくんだと。コロナ・デル・マーのテニス・キャンプはテニス選手製造所だった。当時すべての最高のテニス選手たちがここで育てられたんだ。」

    そのうちの一人がアンソニー・エマーソンだ。彼はウィンブルドンの覇者ロイ・エマーソンの息子でロイはトーベン・ウルリッヒと一緒にプレーをした選手だった。エマーソン家とウルリッヒ家は一緒に旅行をしたこともある。ラーズがオーストラリアで初めてアンソニーと会ったのは、わずか2歳の時だった。

    「親父はロイ・エマーソンの真の良き友人だった。彼は(カリフォルニアの)ニューポート・ビーチに住んでいて、それが俺たちがそこに行った主な理由だったんじゃないかな。」
    ラーズはそう考えていた。

    ニューポート・ビーチへの引越しは息子のテニスに対する明るい将来への関心だけでなく、親自身の希望もその動機となった。トーベンの参戦するテニス・トーナメントのほとんどはアメリカだった。そしてアメリカとデンマークのあいだを行ったり来たりするのに多くの時間を費やしていた。ローン・ウルリッヒもロサンゼルスですでに交遊関係を持っていた。

    こうして1980年夏、トーベンとローン夫妻はLundevang通り12番地のあの大きな家を売り、家族はヘラルプを離れカリフォルニアに引っ越した。

    英訳元:http://w11.zetaboards.com/Metallichicks/topic/794989/7/

    アルバム『Iron Maiden』での強烈な出会いを考えると、念願かなって共演できたバックステージでラーズがこんな顔になってしまうのは無理もない。

    maidenallica
    ラーズ・ウルリッヒ、スティーヴ・ハリス(アイアン・メイデン)とともに

    メタルの師とあおぐケン・アンソニーとのエピソード、興味があるとトコトン行くとこまで行ってしまうのは今も昔もあまり変わっていないようです(笑)。なかなかあきらめきれないテニスはいつ踏ん切りがつくのでしょうか。

    いよいよ第2章アメリカ上陸編ではジェイムズとの出会いが待っています。
    (2章から記事のタイトルは変更予定)

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    メタリカも出演した今年のSonisphereフェス。BABYMETALも出演したということもあって取材陣が渡英したのか、ここ日本でもフェス特集本が発行されるとのこと。表紙にはデカデカとジェイムズ近影。

    headbung_fes
    ヘドバン PRESENTS 史上最高の英国メタル・フェス完全レポート&永久保存版!


    以下、プレスリリース。

    あの『ヘドバン』の別冊第一弾、英国で行なわれたフェス〈SONISPHERE〉と〈BLACK SABBATH TIME〉の徹底レポートでおくる『ヘドバン PRESENTS 史上最高の英国メタル・フェス完全レポート&永久保存版!』が8月20日(水)に発売されます。

    『ヘドバン』のカラー・ページ濃厚ライヴ・レポだけ抜き取って判型を大きくしたような、異例のメタル・フェス本となっている本書。各大トリにアイアン・メイデン、メタリカ、ブラック・サバスが登場、そしてBABYMETALは〈SONISPHERE〉のメイン・ステージに! メタル史上に残る歴史的瞬間をライター数名とで現地に乗り込み徹底レポート! もちろんBABYMETALの欧州単独各公演も完全にフォローしています。

    CDジャーナル(2014-08-06)

    B!誌ではなかなかの酷評だったメタリカのSonisphereライヴでしたが(苦笑)、こちらはどんなレポートになるのでしょうか?

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    「ヘドバン vol.2」にて“俺たちのMETALLICA御柱祭”特集

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