メタリカ情報局

メタリカを愛してやまないものの、メタリカへの愛の中途半端さ加減をダメだしされたのでこんなブログ作ってみました。

       

    カテゴリ: エピソード

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    内容に偏った部分もあるように思いますが、
    概観を知るにはとてもよい記事を英訳にて。

    長いので部分的に端折ってます。

    【四天王とともにスラッシュメタルが還ってきた】

    「人間の魂の核心に語りかけてくるんだよ、なぁ。」

    Metallicaのギタリスト、カーク・ハメットは
    スラッシュメタルの変わらぬ魅力について説明した。

    「マジだぜ。どんな文化的な背景をもっていようが、
    どんな年齢だろうが、どんなファン層だろうが、
    ビートとエネルギーが語りかけてくるんだ。
    もし(スラッシュメタルを)耳にして、関わったら、
    万事完了さ。人生の一部になるんだ。」


    誰が反論できようか?なにしろ我々が会ったとき、
    彼は7日に渡ってヨーロッパ中で50万人のメタルファン
    のためにライヴを行っている真っ最中だったのだから。

    そこに居合わせたメタルファンはありえないと
    言われてきたショーの目撃者となった。
    スラッシュメタル四天王のMetallica、Slayer、
    Anthrax、MegadethがSonisphereのツアーで
    30年近いキャリアで初めて同じステージ上でライヴを行ったのだ。

    苦々しい反目があったにも関わらず、予想だにしない
    和解とこれまでのエゴの大きさを超えるほどの
    驚くべき謙遜を見る機会となった。
    「Metallicaがみんなを洞窟から引っ張り出してきたんだ。
    みんながヤツらを見に来るんだ。俺たち残りのモンは
    殺人ケーキの上にまぶされた砂糖みたいなもんだ。」
    とSlayerのケリー・キングは認めていた。)

    そして何より、ほんの10年前に死んで埋められたと
    思われていたジャンルが生き残り、4つのバンドが
    薬物中毒といった個人的な悲劇、創造力や
    コミュニケーションの断絶といった無数の障害を
    彼らなりのやり方で打ち負かし復権を果たした証となった。

    スラッシュメタルは大部分、カルフォルニアの一握りの
    バンドによって鍛え上げられた。彼らはJudas Priest、
    Angel Witch、Iron MaidenといったNWOBHMの
    グループのヘッドバンギングの疾走を持ち込んだ。

    (中略)

    ニューヨークのトレンドに抗っていたAnthraxの
    創設メンバーであり、ギタリストのスコット・イアンはこう語る。

    「俺たちは負け犬だったんだ。俺たちはもっとビッグな
    バンドを見ていて考えていたんだ。『俺たちこそ真のメタルだ。
    おまえじゃない』ってね。今思うとなんてバカなんだって
    感じだけどな。でも俺は完全にそういう考え方をしていたね。」


    しかし、この考え方は時代思潮を捉えたのだ。

    「キッズたちはBon Joviとかを聴いて育ったかもしれないが、
    15歳になったら、そういったものはもう欲しがらない。
    Anthrax、Metallicaを聴き始めるからな。そして俺たちの
    ミッションはダークサイドに落ちるのを止めることさ!」


    (中略)

    Megadethのデイヴ・ムステインにとってヘヴィメタルの
    新しい出番がやってきたのだ。妥協なきヴィジョン、
    音楽的にも詞的にも頭カラッポのパーティーバンドとは
    程遠い、メタルの上座から排除されてきた四天王の出番が。

    「おそらくいまだにグラムメタル出しているヤツがいて
    そのクソみたいなモンを買っているニセチチつけた
    たくさんの女がどっかにいるんだ。でもヘヴィメタルが
    本当に好きなヤツのためのスラッシュメタルは
    男の音楽とか考えてやがるんだ。アイツらはメタルな
    ヤツらをおとしめ、バカに見えるようにしやがった。
    (選挙投票キャンペーン【Rock the Vote】で)
    90年代にホワイトハウスに行ったとき、多くの人が
    『まぁ彼はそれほど賢くないだろう』と考えていたんだ。
    それとは反対に、俺はとても雄弁だったわけだがな。」


    それにも関わらず、90年代初頭グランジが登場したとき、
    スラッシュメタルの開拓者たちは突然、自身が荒地にいる
    ことを思い知らされた。Metallicaはスーパースター界まで
    ひた走っていたかもしれないが。(たとえ筋金入りのファンが
    Metallicaの音楽はやわになったと言っていたとしても)
    残りの彼らは仲間に取り残されたのだ。

    四天王のうち、もっともマンガのようなキャラクターであった
    Anthraxはより暗く、より内省的になっていく音楽風景に
    対処するのは難しいことだと気付かされた。

    「オルタナティヴ・ロックが90年代にあらわれたとき、
    俺たちは『アイツらはMTV全番組に出ておきながら、
    どこがオルタナティヴ(これまでの主流に代わるもの)
    なんだ?俺たちこそがオルタナティヴだろ!』って
    感じだったよ。」
    とスコット・イアンは嘆く。

    Slayerの恐ろしいライヴの評判は、狂信的なファンを
    勝ち取った。しかし彼らの90年代は質においても
    量においてもムラがあった。そして創造的な問題は
    彼らの心配事のなかでは一番小さいものだった。
    Slayerをよく聴いていたと言われている3人の
    クラスメートによってカルフォルニアの15歳少女が
    殺害されたことで事件はバンドに原因があるとされたのだ。
    Slayerに対する訴訟は2001年にようやく棄却された。

    Megadethにおいてはデイヴ・ムステインはバンドメンバーと
    以前の同僚たち同様に終わりなき確執のなか、10年の半分を
    ヘロイン中毒で費やしていた。

    Metallicaはこれまでと同じくらいの華々しさで不興を買った。
    90年代の音楽的選択について不平を言う人はいたけれども、
    2000年にファイルシェアのNapsterと法廷闘争を行った。
    Metallicaの未発表音源をオンラインで漏らすことに
    ついに我慢の限度を超えてしまったのだ。

    Metallicaのファン層は80年代、アンダーグラウンドに
    おけるテープ交換によって確固たるものになっていた。
    Napsterの出来事は短気で浅はかと思われ、ドラマーで
    バンドの頭脳でもあるラーズ・ウルリッヒはヒーローから
    憎悪の対象となった。Metallicaの評価すべきは
    芸術的、また個人的な問題の極みにいたときに
    ジョー・バーリンジャーとブルース・シノフスキーに
    驚くほどあけすけなドキュメンタリーを作ることを
    許可したことだ。その結果が「Some Kind Of Monster」で、
    創造性が底の時期の「St. Anger」製作過程で彼らが
    小競り合いをしたり、不機嫌になったりしている
    グループの危機が記録されている。

    しかしながらカーク・ハメットはあのレコードは
    作らなければならなかったと信じている。

    「俺たちはバラバラだった。俺たちは集中して取り組む
    何かを持ち、みんなでひとつになれた。いつでも
    曲を間違った方向に行き着かせることだってできた。
    でも俺たちはラップメタルレコードを作ることは
    なかったんだ。神に感謝だな。」


    (中略)

    注目されなくなってきたことはスラッシュメタル創立の
    父たちにとって信じがたいことだった。そのうち、
    MetallicaとSlayerは「Reign in Blood」のプロデューサー、
    リック・ルービンに協力を求めた。そうして出来たのが
    「Death Magnetic」であり「Christ Illusion」である。
    これらはこの10年で商業的にも批評的にも、もっとも
    成功したレコードとなった。

    「1985年から90年にかけて、みんなとんでもねぇすげぇ
    レコードを出していたよ。そして俺たちはまたやってやったんだ」

    と、ケリー・キングは認めている。

    デイヴ・ムステインは腕の故障でキャリアを脅かされていた
    状況を克服し、Megadethを再結成した。Anthraxはシンガーで、
    彼らのもっとも愛されているレコードのボーカルを担当していた
    ジョーイ・ベラドナに再び協力を求めた。

    そして、その奮闘ぶりにも関わらず、スラッシュメタルで
    もっとも嘲笑されていた看板、ラーズ・ウルリッヒは
    4つのバンドがようやく集まり、50万人の献身的な
    ヘッドバンガーたちのためにライヴを行った。

    「過去40年を振り返っても、こんなことをする4バンドを
    みつけることなんてできないだろうね。俺たちみんな、
    こうしてここにいて、やればできるんだよ。やべぇよ。」

    スコット・イアンはこう語る。

    こうして注目すべき節目となったが、間違いなく
    もっとも驚かせたのはメタルの永遠の偏屈者、ムステインだ。
    Metallicaとの過去の出来事に和解したのだ。

    「バックステージで、ジェイムズと俺は話したよ。そして
    ハグしたんだ。これまで自分たちがしてきたことを互いに
    謝罪したよ。そしてラーズと俺はディナーに行こうと
    話したんだ。こんなことが起きるなんて誰が思ったろう?
    でも俺たちはそうしたんだ。ヘヴィメタルの名においては
    思い切ってやっちまえってことだ。」


    Jamie Thomson

    guardian.co.uk(2010-07-22)

    こうしていろいろ振り返ってみると本当に奇跡的な
    イベントだったんだなぁと思います。

    いつもどおりの拙訳にて誤訳等あれば、お知らせください。


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    関連記事
    鶴次郎、スラッシュ四天王ツアーと前夜祭について語る。
    Big4フォトセッション動画公開。
    スラッシュ四天王、「Am I Evil?」で奇跡の共演。

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    NME TVのインタビューにて鶴次郎ことロバート・トゥルージロが
    スラッシュ四天王ツアーのきっかけ、そして初日前夜に
    バンドメンバーだけのディナーをとったことを語っています。



    以下、インタビューから日本語訳にて抜粋。

    「メタリカがスレイヤー、メガデス、アンスラックスと
    最後に一緒にライブをしたのはいつだい?」


    とメタリカの他のメンバーにたずねたロバート・トゥルージロ。

    「そうすっと『俺たちはギグをみんな一緒にやったことはない。
    もちろん、これらのバンドとはそれぞれ他の機会に一緒に
    やったことはあるんだけどね。』みたいな答えだった。」


    「しばらく経って、この話が再び持ち上がったのは、俺が思うに、
    デス・マグネティックの完成前後だったよ。それからジェイムズ
    がたいまつを掲げて走ったんだ。まずマネージメントとラーズから
    この(スラッシュ四天王ツアー実現の)種を数人に植え始めたんだ。」

    「いったんラーズの頭んなかがその話でもちきりになったら、
    コトは動き始めたんだ。」


    「すべてのバンドがこの話には乗り気だった。
    タイミングもバッチリだったんだろうね。
    みんな新作をリリースしていたし、機運も高まっていた。
    実際、メタルもそういう機運だったしね。」

    「この今がふさわしい時期だったんだよ。
    やってみなきゃわからないもんな。今から1年か2年先だったら、
    それほど意味をもたなかったかもしれないし、数年前でも
    さほど意味をもたなかっただろうね。」

    「昨晩(6月15日)、俺たちは他の3バンドと夕飯をともにしたんだ。
    すばらしかったよ。バンドメンバーだけでね。手狭な環境、
    小さいレストランでさ。テーブルも小さいんだ。各テーブルに
    4人だったかな(笑)だから俺たちは本当に一体となった
    絆みたいなものをもったんだよ。」

    「トム(・アラヤ)とは、たぶん8年ぐらい会ってなかった。
    デイヴ・ロンバートとは最近会ってたし、ケリー(・キング)とも
    会ってたかな。(デイヴ・)ムステインとは12年ぐらい会って
    なかったんじゃないかな。10年間かもしれない。
    でもラーズとジェイムズにとっては、何よりもデイヴ・ムステインと
    また接触することが本当に大事なことで、彼らにとって
    重要なことなんだ。」

    「いったん入り込めば、会話が途切れるなんてなかったね。
    難しかったのは、(話込んでしまい)次のヤツのところまで
    いくことかな。話していて相変わらず、すばらしかったんだ。」



    バンドメンバーだけのディナーで撮られたと思われる全員集合写真。
    Big4全員集合(2010)



    まさしく同窓会って感じです!

    【追記】
    「写真の誰が誰かわからん」との声をいただいたので
    追記します。(写真左から)

    フランク・ベロ(Anthrax)
    トム・アラヤ(Slayer)
    ロバート・トゥルージロ(Metallica)
    ジェイムズ・ヘットフィールド(Metallica)
    カーク・ハメット(Metallica)
    ラーズ・ウルリッヒ(Metallica)
    ケリー・キング(Slayer)
    デヴィッド・エレフソン(Megadeth)
    チャーリー・ベナンテ(Anthrax)
    デイヴ・ムステイン(Megadeth)
    スコット・イアン(Anthrax)
    ジョーイ・ベラドナ(Anthrax)
    デイヴ・ロンバード(Slayer)
    ロブ・カッジアーノ(Anthrax)
    ショーン・ドローヴアー(Megadeth)
    クリス・ブロデリック(Megadeth)


    関連記事
    ラーズ・ウルリッヒ、スラッシュ四天王ツアーを企画?
    ロバート・トゥルージロ、スラッシュメタル四天王ツアーの噂を認める?
    スラッシュ四天王のライヴ開催決定!(今度は本当。)
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    スラッシュ四天王ツアー初日のセットリスト。

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    ジェイソン・ニューステッドの近況について続報。
    先日お伝えした通り、個展を開いたジェイソン・ニューステッド。

    初日にちょっとしたサプライズがあったようです。

    以下、いつものように拙訳にて抜粋。


    【元メタリカのベーシスト、ジェイソン・ニューステッド、
    アーティストとして思い切り楽しむ】


    「必要に駆られて絵を描くことが俺のドグマになった。
    俺が絵を描く最もパワフルな理由はキャンバスから一歩離れて
    「頭カラッポなんだ」って言って、それで最初に降りてきた
    アイデアが一番いいからなんだ。ただただ子供みたいな驚きさ。」


    「白いキャンバスは静寂だね。俺はいつもラウドにやってきた。
    俺のアートもラウドだよ。(音楽から)直接移転させた感じだね。」


    「(メタリカを離れたことについて)プレッシャーから解放され、
    完全に元に戻るまで10年かかったよ。目的を持たなくてはならない。
    だから人はドラッグやアルコールで台無しにしちまうんだ。
    そいつらは人生の目的を持っていないからな。」


    ニューステッドは再びビッグになることについて、
    可能性を否定しない。過去数年間でスラッシュや
    エアロスミスのジョーイ・クレイマー、他のサイドプロジェクトの
    参加依頼を受けたが、どれも最初の何回かの依頼から
    状況は進んでいない。先週は元AC/DCでザ・ファームの
    クリス・スレイドから携帯電話にジミー・ペイジと
    ニューステッドを探しているとメッセージを受け取った。

    「ジミー・ペイジとクリス・スレイドだって(笑)
    いつそこまで望んだかい?かつて壁に貼ってたポスターに
    名前のあった人からお呼びがかかるなんて。
    まだ貼ったままなんだぜ。オヤジは俺の昔の部屋の
    レッド・ツェッペリンやエアロスミス、AC/DCのポスターを
    貼ったままにしてあるんだ。
    現実離れってのはこういうことを言うんだな。」


    しかし、今はまだアートが中心だ。そして彼は(彼の絵の)
    初めての購入者に、かつてバスキアの絵で最高値記録を
    叩き出した目利きが加わると思っている。

    「ラーズは1枚買うだろうね。」

    個展初日にメタリカのドラマーが
    現れたことにびっくり仰天したようだ。

    「あれは鼻高々だったね。実際、彼らのために何かしたかったんだ。
    あいつらの家に行って俺が出来ることをしないとな。」


    旧友に納屋で絵を描かせれば、ウルリッヒは賢いだろう。
    カーペットの交換なんかを彼に望んでいなければ。

    jason_newsted


    MercuryNews.com(2010-05-24)


    ネタ元サイトではジェイソンのインタビュー音声に加え
    ジェイソンの近影、そして絵画をおさめた2分弱の動画が見れます。

    そのなかで出てくる1枚の絵に描かれているモチーフが
    どうも「Some Kind Of Monster」に登場するカウンセラー、
    フィル・トウル(Phil Towle)に見えてしまいました(笑)

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    関連記事
    ジェイソン・ニューステッド、音楽活動から離れて個展を開く。

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    メルマガ、裏メタリカ情報局でも触れましたこの話題。
    もう少し続きがあったのでご紹介。

    【Metallica クリスマスの「最悪の思い出」とは?】

    メタリカのフロントマン、ジェームズ・ヘットフィールドが、
    クリスマスにまつわる最悪の思い出を語った。

    それは子供の頃、サンタクロースの正体を知ってしまった
    ことだという。

    「最悪のクリスマスは、サンタなんてこの世にいないって
    ことがわかったときだな。ある朝、目を覚まして外に出たら、
    うちの兄貴たちがプレゼントを木の下にせっせと運んでるのを、
    この目で見ちまったんだよ。
    あのときは『アンタら、何やってんの?』って感じだったね」

    とTheRockRadio.comに語ったジェームズ。

    一方で、思い出に残っている嬉しかったプレゼントとして、
    初めてもらったサッカー・ボールを挙げている。ちなみに、
    クリスマスには、良い子にはプレゼントが、悪い子には石炭が
    贈られると言い伝えられているが、ジェームズの妹は素行が
    悪かった年に、実際に石炭を与えられたことがあるそうだ。

    (後略)

    vibe-net(2009-12-28)


    石炭が贈られるなんて風習初めて知りました(笑
    プレゼントの中身を見たジェイムズの妹の落胆ぶりを
    想像するとまたじわじわ笑えます。


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    関連記事
    ジェイムズ・ヘットフィールドの変わりゆく容姿
    ジェイムズがテロリストに間違われた事件の真相
    ジェイムズ・ヘットフィールドのタトゥーで無駄話。
    【続報】ジェイムズ・ヘットフィールドが公演キャンセルについてコメント。
    ジェイムズ・ヘットフィールド、ピアノを習った思い出語る。

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    ラーズ・ウルリッヒが耳鳴りに悩まされていることを
    CNN.com上で告白しています。

    【メタリカのドラマー、耳鳴りに苦闘】

    ラーズ・ウルリッヒが耳鳴りであることをCNNに打ち明けた。
    −耳鳴りは50歳以上のアメリカ人の40%以上がなっている−

    「俺は35年の大部分、ラウド・ロックに捧げてきた。
    そして耳鳴りに関して何の対策もせずにやってきた。」


    活動初期のころ、彼の耳は何の保護もしていなかったため、
    オフステージでもやかましい音が鳴り続いていた。

    「この耳鳴りはずっと続いていて、ちっとも治らない。
    全然鳴り止まないんだ。」


    はじめは、その耳鳴りもほとんどわからないくらいの
    音だったとラーズは語る。しかし、1988年のコンサート
    ツアー中、奇妙なことに寝ているあいだに悪化したのだそうだ。

    「テレビをつけながら寝ることがよくあって、真夜中に目が
    覚めてテレビを消すんだ。実際にテレビがついていないときを
    除いてね。俺が頻繁にテレビもついていないのに、テレビを消す
    ために目が覚めるってことに気づいたとき、こりゃなにか
    問題があるかもしれないなってわかったんだ。」


    BLABBERMOUTH.NET(2009-12-28)


    【メタリカのドラマー、耳鳴りに苦闘】

    ラーズ・ウルリッヒは自分たちの耳のことについて
    特に気を配っていないであろう、ラウド・ミュージック
    を聴く「iPod世代」について心配している。

    「もし鼻にかすり傷があっても、1週間で傷は癒えるだろう。
    でも聴力は、かすり傷だろうが、ダメージを与えたら、
    もう戻ってこないんだ。俺は若い世代に注意しておきたい。
    いったん聴力を失ったら、失ってしまったとしたら、、
    本物の治療法なんてないんだってことを。」


    CNN.com(2009-12-28)


    活動続けていて悪化することないんでしょうか、心配です。

    音楽を創っている身としては複雑でしょうね。
    治療法がないとしたら、予防するしかないんですが。。

    自分もけっこう爆音で聴いてることが多いので
    適当に耳を休める期間を作るとかしないとダメですね。

    例のとおり駄訳なので本文をお読みになりたい方は
    こちらからどうぞ。


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    関連記事
    ラーズ・ウルリッヒの夏休みの過ごし方。
    ラーズ・ウルリッヒはノエル・ギャラガーでドラッグをやめました。
    ラーズ・ウルリッヒ、メタリカのアルバムを違法ダウンロード。

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    メタリカのギタリスト、カーク・ハメットがかつて
    所有していた1989年製のポルシェ911カレラ4がeBayで
    再びオークションに出されました。


    オークションの販売ページによると
    「メタリカの歴史の1ピースにこの車が関係がある」そうで。。


    〜以下、販売ページより〜


    1991年、ブラックアルバムのリリース前にカークと
    ツアー・マネージャーのトニー・スミスがこれから
    リリースするアルバムについて飛行機の中で話していました。


    カークは「もしかしたら今回のアルバムは人々が受け入れる
    ようなものとは少し違うかもと懸念している」
    と言っていた。


    対してトニーは「そんなことは心配することもなく、
    おそらく1000万枚は売れる」
    と言っていたのだ。


    トニーのその言葉を受けてカークは「もし1000万枚売れたら
    俺のとっておきの新車のポルシェをあげよう」
    と応えた。


    数年のあいだ、このことはちょっとした愛すべき”お楽しみ”として
    バンドとトニーのあいだでからかわれていたのだった。


    そして数年後、ツアー中にブラックアルバムはプラチナムを
    獲得した(すなわち全米で1000万枚売れたということだ)。


    このころにはポルシェの約束のことはほとんど忘れられていた。
    しかしツアーも折り返しに入ったときにカークはトニーに
    封筒を渡した。なかにはオーナーシップ証書と車のキーが
    入っていたのだ。(後略)


    〜以上、販売ページより〜



    2008年のインタビューにてカークはレコードセールスの賭けに
    敗れてポルシェを失ったことを認めている。


    「俺はブラックアルバムのときのマネージャーに言ったんだ。
    『もし1000万枚以上売れたら、俺のポルシェをやるよ』ってね。
    それで1000万枚を超えたときに彼から電話があったんだよ。」


    またこのツアー・マネージャーが件のポルシェを2007年に
    売ろうとしていたことも付け加えている。


    「彼はeBayに出したよ。彼は健康問題を抱えていてね。
    『アレ売っていい?』って言うから『あぁブラザー、俺はあんたに
    あげたんだ。あんたの思うとおりにすればいいさ』って応えたのさ。」


    BLABERMOUTH.NETより(2009-05-10)


    出典が英文なので誤訳交じりだったらすみません。


    肝心のオークション・ページはこちら。


    車はあんまり詳しくないんですが、
    これはスポーツカータイプですかね。


    これを書いている現在、入札者いないみたいですが
    2回目ということは前も売れなかったんでしょうか(苦笑


    個人的にカークはこういう賭けが好きなイメージがあるんですが
    気にいっていたポルシェをホントにあげてしまうというか、、
    こういう賭けに負けてしまうのがなんともカークらしいというか、、
    そんなことを思ったエピソードでした。


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    関連記事
    カーク・ハメットの本性
    メタリカのカーク・ハメットの家売ります!
    カークはあのころ、ソロ転向考えていた。
    【続報】カーク・ハメット、ケイナーン(K'naan)の2ndアルバムにゲスト参加。

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    METAL HAMMER誌でジェイムズがピアノに習っていた
    思い出を語っていました。

    ※METAL HAMMER誌はMH、ジェイムズはJHで表記。


    【ジェイムズ・ヘットフィールドの「俺とピアノ」】


    MH:あなたは最初にピアノを習ったのは9歳で、その後
    お兄さんのドラムに興味をもったということですが、
    ピアノのレッスンはクラシック音楽だったんでしょうか?


    JH:あぁ。オカンは俺を友人の家に連れて行ってピアノを
    たたき始めたんだ。それで考えたんだろうな。
    この子はミュージシャンになるんだ。
    それでピアノレッスンの契約をするんだってね。


    俺は何年かレッスンを受けたけど、本心ではちょっと
    うんざりしてたんだ。俺がラジオで聴いている音楽は
    こんなんじゃないってね。わかるだろう?


    (以下略)


    METAL HAMMER(2009-05-08)



    小見出し、意訳しすぎました(苦笑
    やっぱり音楽やるなら、まずは自分の聴いている音楽を
    弾きたいというところから始まるのがまっとうなようです。


    続きを知りたい方はこちらの英語の元記事からどうぞ。

    James Hetfield On His Past With the Piano


    誤訳等は遠慮なくコメントか管理人宛メールフォームより
    ご指摘くださいませ。


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    過去記事
    ジェイムズ・ヘットフィールドの変わりゆく容姿
    ジェイムズ・ヘットフィールド、食中毒で公演キャンセル。

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    理解できないファン心理。。


    【Metallica ファンの彼女とのベッドインを迫られる!?】


    メタリカのドラマー、ラーズ・ウルリッヒが、'80年代を
    振り返り、当時ファンたちからガールフレンドを“上納”され、
    ベッドインを迫られていたという衝撃の事実を明かした。


    ラーズいわく、初めてそういった依頼を受けたのは、
    '80年代半ば、メタリカがオジー・オズボーンのサポートを
    していたときのことだったという。


    「米国で活動していた初期の頃、'80年代の半ばにさかのぼるが、
    自分のガールフレンドと一発ヤってくれないかって依頼が
    しょっちゅうあってさ」
    と『Uncut』誌のインタビューで
    明かしたラーズ。


    「俺のところに初めてその話が来たのが、俺たちがオジー
    (・オズボーン)のオープニング・アクトをやってたとき、
    '86年のことだったな。俺もちょっとビビったよ。だが、
    みんなマジなんだ。だから自問自答するわけ。
    『てことは俺が今からオマエの彼女とヤって、オマエは
    そのすぐそばで自慰行為するってわけか? 写真も撮る
    つもりかよ?』ってね」


    ラーズは自身も含め、メタリカのメンバーがそういった
    オファーを受け入れたかどうかは明かさなかったが、
    「あれはかなりの異常行為だよ。いちバンドにそんなこと
    を頼むなんて良くないね。だろ?」
    と語っている。


    vibe-net(2009-04-21)

     

    解散の噂をよんだ例のプレイボーイ誌のインタビューのなかで、
    グルーピーの話が出ていたのを覚えていたからか、
    はたまた某超有名バンドの昔のもっとひどい伝説を
    聴いていたからか、こういう話をきいても驚かない
    自分がまた怖かったり。。


    「こんなこともあるのかな」と感覚麻痺してます(苦笑


    メタリカに限らず、さすがに今はもうそんなことは
    ありえないと信じたい(苦笑


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