メタリカ情報局

メタリカを愛してやまないものの、メタリカへの愛の中途半端さ加減をダメだしされたのでこんなブログ作ってみました。

       

    カテゴリ: エピソード

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    ニューズウィークのコラムにてラーズ・ウルリッヒがクエンティン・タランティーノからのオファーを断ったことへの後悔を告白しています。

    以下、管理人のヘッポコ和訳でお楽しみください。

    クエンティン・タランティーノがディナーを一緒にと言ってきたんだ。OK、1週間後ならってことでサンフランシスコのレストランをセッティングしたよ。彼が中国から乗った特別ヒドいフライトの話から、自分たちが遭遇した最も荒れ狂ったフライトについて話を交わしたんだ。ちょっと大げさにしたそんな話の合間で、今回の訪問の目的に迫ったんだ。彼が次に取り組んでいた「キル・ビル」ってタイトルの映画についてね。

    俺の顔からわずか6インチのところで(タランティーノとE.T.をかけて)Q.T.が目をアニメのようにグルグル躍らせて、メタリカの「Enter Sandman」と「Sad But True」を使って映画のなかの2つの格闘シーンをいかに振り付けたか入り組んだ詳細を説明していたのは、俺の人生のなかで最もシュールな30分だったな。アクセントで顔に一発食らわす拳。シンバルと同時にかますキック。リズムに合わせてクルクルと回る身体。タランティーノが作るネクストレベルの映画のマジックとメタリカの曲と結婚したんだ。ありゃあ全て最大出力を超えていたね。

    俺の頭のなかはもう18ヶ月先まですっ飛んでったね。大きな劇場に座って、俺がこの展開される光景を満面の笑みをたたえて観ているんだ。動いている本当に映画のような詩的作品だ。世界がこれまで観たなかで最も壮大な音楽と映画の結婚さ。

    俺たちは夕食後の残りの時間、このアイデアでハイになっていたよ。そしてこの高揚状態は何日も続いたんだ。そしてついに、ジャジャーン!脚本だ。全部で180ページ。いやぁ分厚くて濃かったね。(登場する)ペテン師たちにのめりこんだよ。それから何かがゆっくり起こり始めるんだ。ストーリー、言葉、紆余曲折、カンフー、冗談やたわごと。俺がのめり込めばのめり込むほど、ますます困惑するようになったんだ。

    ページをめくるたび、俺は自分の理解の範疇を超えた言葉で書かれているんだと気付いたんだ。俺はこういった外国の格闘技文化とアジアの寓話が描かれているような物語に出会ったことがなかった。このデンマークの愚かな頭では理解することができなかったんだ。

    俺は彼の映画を支持したし、人間としても彼のことが大好きだ。でも180ページを読み終えて、そこに座り込むといくぶん当惑して受け入れられないってことにクールじゃないと感じたね。それから熟考し始めた。「やれ、やってみろ」って腹ん中では叫んでいた。それでも俺の頭は混乱していた。用心しろってね。俺は珍しく引き金を引けないっていう体験をしたんだ。

    俺は本能を信じ続けられなかったせいで、それから数週間で全ての話はしぼんでいったよ。結局、彼に折り返し電話をすることはなかった。たぶんクリエイティヴな分野で俺がやらかしたたったひとつの最もデカい間違いだろうね。もちろん「キル・ビル」が素晴らしい映画に加わるに足るものとなった。そのことは以降の彼の映画同様だ。そしてそれら全ての映画は2000年代における俺の人生の重要な一部分だった。

    今日までQ.T.を熱烈に崇拝しているんだ。

    やっておけばよかったな・・・

    NewsWeek(2011-10-17)

    『キル・ビル』の挿入曲として採用された布袋寅泰さんはtwitter上で2011年3月にこう語っています。

    タランティーノが『新・仁義なき戦い』を観て『KILL BILL』に僕の「BATTLE WITHOUT HONER OR HUMANTY」を使おうと決める前は、メタリカの某曲が使用される予定だったそうだ。メタリカの皆さん、ゴメンなさい。

    twitter(2011-03-03)

    killbill
         キル・ビル


    ブログランキングに参加しています。
    応援クリックをヨロシクお願いします

    関連記事
    サム・ダンのメタル映画第2弾、『グローバル・メタル』にメタリカ出演
    映画「グローバル・メタル」を観に行ってきました!
    メタリカ出演映画『グローバル・メタル』のDVDが早くもアマゾンに登場。
    ラーズ・ウルリッヒ、コメディー映画に本人役で出演。

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    「Shockwaves VideoCast」第3回にて草創期メタリカのレアグッズの収集家、John Kornarensさんが次々と紹介する動画が公開されました。

    動画はコチラ。


    実質、メタリカのデビュー盤となったコンピレーション・アルバム『Metal Massacre, Vol. 1』のテストプレス盤や、初期のレアTシャツ、ムス大佐が身につけていたものと同じ型のベルト、ラーズ直筆のトラックリストが書かれたオリジナル・デモ・テープなど。

    metmas1
    Metal Massacre, Vol. 1

    自作のメタリカ・スクラップブックには初期メタリカのフライヤーやジェイムズ直筆のセットリストが次々と出てきます。

    当時メタリカは(後にアンスラックスのヴォーカルとなる)アーマード・セイントのジョン・ブッシュに加入するよう働きかけており、ライヴのゲストとして本人を呼んでいた証跡やメタリカ初のデモ・テープ『Power Metal』などにも話が及んでいますね。

    メンバーの電話番号も書いてある手帳ってどっから手に入れるんだ(笑)

    しかしよくもまぁ、ここまで持っているもんですなぁ。

    サクソンのチケットにラーズが直筆で「特別ゲスト:メタリカ」と書いたっていう話を実物のチケットを見せながら話すところなんかはもうファン冥利に尽きるって感じなんだろうなぁ。

    ブログランキングに参加しています。
    応援クリックをヨロシクお願いします

    関連記事
    METALLICAの激レア・デモ音源集がリリース

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    Guitar Worldの「BIG FOUR」特集号よりジェイムズ・ヘットフィールドとカーク・ハメットのインタビュー抜粋(と言いつつけっこう長い)。
    guitarworld_201111

    いつもどおり管理人のヘッポコ和訳で。

    Guitar World 「活動初期にツアーに出ると、若さゆえにお酒のいざこざでいっぱいでした。(アンスラックスのギタリスト)スコット・イアンがした昔話によると(亡くなったメタリカのベーシスト)クリフ・バートンとロンドンで一緒に洗濯物におしっこをしたとか・・・」

    ジェイムズ 「(笑)今じゃ洗濯物にクソをしているよ(笑)。ツアー中に起きた子供じみた振る舞いはたしかにあったな。振り返れば、抑圧されたエネルギーがありあまっていたんだ。自分のことしか言えないけど、今ではもっとたくさんのいいエネルギーで音楽に集中できている。でも、自分の子供がバルコニーでおしっこをしているのを見るといまだにかなり可笑しいと言うだろうけどね。俺が扇動したわけじゃないけど、妻にはいまだに責められるよ。でも彼女はそうだと思っているんだ。だから俺は子供にこう言うんだ。「おい!二度とそんなことするんじゃないぞ!」でも可笑しいよな(笑)。」

    カーク 「BIG4ショーのために多くのヤツらは家族と一緒にツアーに出ているんだ。だから15年前ならやってたかもしれないクレイジーな酒びたりのロックンロールパーティーなんてことはしないんだよ。でも今は家族とうまくやっていくことが全てで、家族にかかりっきりで疲れているなんてことは言いたくはないけどね。でも全ての責任を取っ払って、あらゆるショーがひとつの素晴らしいパーティーシーンになっているよ。」

    Guitar World 「メタリカ・マシーンは長年に渡ってずいぶん大きくなってきました。ライトバンに折り重なって、自分の楽器類を運ぶのをずっと懐かしく思いますか」

    カーク 「とんでもない!(笑)俺は首、背中、肩、ひざに問題を抱えているんだぜ。でも物事がとっても単純だった昔の日々を懐かしく思うことはあるよ。今、ショーをするってことは、みんなに注意喚起して、メタリカマシーンを吹かしていくことを意味するからね。俺たちが自分たちでもっとこっそりと手早くできればいいなって思う。でも俺たちは長い時間かけて世間に認められたバンドだからね。キミはどうする?俺たちはブロントサウルス(大型草食恐竜)だよ。」

    ジェイムズ 「(笑)普通、俺たちは一緒にちょっと乗り物に乗って、十分だと気付くんだ。人生には俺たちを楽しくさせたり、インスパイアされたりする他のことはいっぱいある。それでさ、ツアーでヘッドライナーを張るっていうのはいまだにそういうことのひとつなんだよ。家族を家に残してさよならを言うのは難しいけど、いったん外に出たら一緒にジャムったり曲を書いたり、HQ(カリフォルニアのサンラファエルにあるメタリカ本部)でただたむろしたりとかしたいんだなぁって気付かされるよ。俺たちはみんな、いまだにたむろしていたいヤツの集まりなんだよ。集まりは以前よりもずいぶん小さくなって、パーティーって言葉は今じゃちょっと違う意味のものになった。俺たちは昔の日々を懐かしく思うことはある。俺たちにとっての昔の日々をね。でもたった今俺たちは「昔の日々」を作っているんだ。今から10年後に振り返れば、なぜ前の10年を振り返って時間を無駄にしたんだろうって思うんだよ。俺たちは今、歴史を作っていて、そうするのを楽しんでいるんだ。」

    Guitar World 「ジェイムズ、あなたがメガデスのライヴでステージ脇にいるのを楽しんでいると気付きました。それもいつものたむろすることの一部ということですか?」

    ジェイムズ 「あぁもちろん。時間があれば、何をやっているか見たいね。早くその脇に立ってイカしたのを見るのは本当にいいね。全部をあの場所で立ってショーを観れないのは腹立たしいね。でも俺たちにとってツアーの他の部分はたくさんあるからね。ファンクラブ(ミート&グリート)とか、インタビューとか、実際に夕食をほんの一口食べるとかね。観衆がどんな反応をするのかを見るのはいいね。観衆が乗り気なときはいいサインだよ。なぜなら本当に俺たちはみんなによくなって欲しいし、ヴァイブを感じてほしいからね。観衆がアンチBIG4なら楽しくないしね。俺たちはみんな同じ方向に前進している。だからそういう人らはあきらめないと。もちろん、他のバンドより1つのバンドが好きかも知れない。でも、キミはちょっとした歴史の目撃者なんだぜ。」

    Guitar World 「現時点でヤンキースタジアムがBIG4の最後のショーとなっています。さらに追加公演の計画はあるんでしょうか?」

    カーク 「そうさねぇ。世界にはまだ攻めていないサーフスポットがごまんとあるからね(笑)。個人的にはインドネシア、タヒチ、モルディブ、タバルア島にBIG4は行くべきだと思う(笑)。でもマジメな話、これまでのショーのヴァイブはマジでいいよ。たくさんのBIG4ショーをやるだろうね。自分たちのことを数ヶ月やってから戻ってきて、みんなの顔を見たら互いに嬉しいよ。俺たちにとってスーパークールだね。このショーを観たいっていうファンがまだたくさんいると思う。(今の時点では)イエスともノーとも言えないけど。」

    ジェイムズ 「何が起きるかわからないね。少なくともアメリカの東西両海岸をカバーしようとしている。それから新譜の曲を書くことに取り組み集中し始める。でもBIG4追加公演?絶対はない。なぜなら明らかにこのショーはそもそも起こりそうもなかったんだから。」

    Guitar World(2011年11月号)

    最近のインタビューではメタリカの新しいオリジナルアルバムについての話もちょくちょく出てきていますね。現在曲を書いている最中ということですが、『LULU』の後どれだけ時間を要するのか気になるところです。

    あと、一応もう1回言わせてください。


    BIG4日本来いや!


    関連記事
    『Guitar World』誌にてBIG4特集
    ジェイムズ・ヘットフィールド、『LULU』はメタリカとは別物と語る。
    BURRN!12月号はメタリカと「THE BIG 4」スペシャル
    THE BIG FOURの特設サイトを作りました。

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    同じくNME.comのメタリカ・ニュースを翻訳配信しているRO69からの転載。

    ラモーンズの元ベースのC・J・ラモーンことクリストファー・ウォードはメタリカから2度も参加要請を受けていたことを明らかにしている。

    クリストファーはラモーンズのオリジナル・ベーシストのディー・ディー・ラモーンが脱退した1989年にラモーンズに加入し、96年の解散までラモーンズのC・J・ラモーンとしての役割を務め上げた。その後、2001年にメタリカのジェイムス・ヘットフィールドと衝突してベースのジェイソン・ニューステッドが脱退すると、その後任としてメタリカ加入を要請されたという。

    ただ、クリストファーとしては要請されたのは光栄だったが、自身の息子がちょうど自閉症と診断されたばかりのことで、バンドに専念することができなかったため断ったのだとか。その後、メタリカは2003年に元スイサイダル・テンデンシーズのロバート・トゥルージロにベースを託すことになった。

    クリストファーはグレイトサザンブレインファートにこう語っている。「メタリカには1度ならず2度加わってくれないかって声をかけられたんだよ。ジェイソンが最初にやめた時にまず声がかかったんだよね。それからしばらくして、連中も後任を探すのに手こずってて、それでまた声がかかったんだ。でも、当時は息子が自閉症だと診断されたばっかりで、息子を置いていくことだけは考えられなかったんだよ」。

    さらにクリストファーは自分にオファーが来たのはメタリカのカーク・ハメットに元ラモーンズのジョニー・ラモーンが、自分が空いていると口利きしたからだとも明らかにしている。

    「そもそもオーディションを受けないかっていう話になったのは、ジョーイ・ラモーンがカーク・ハメットと友達だったからなんだよね。そこでこの機会について医者にも相談して、ツアーにも家族を連れて行けるという条件だし、看護師もつけてもらえると話してみたんだよ。でも、医者は息子に必要なのは毎朝同じ場所で目を覚ますことで、それ以外の環境は息子には害になりうると説明してきたんだね。それで、俺に声をかけてもらったのは本当に光栄なことだったけど、どうしても応えられなかったんだ」

    クリストファーはその時の決断を後悔はしていないが、メタリカとして活動することになっていたらさぞかし楽しかっただろうと思うと語っている。

    「後悔はしていないよ。ただ、メタリカでやってたら楽しかったと思うし、ラモーンズで活動した後にメタリカじゃ人生として出来すぎだろっていうね」

    RO69.jp (2011-10-04)
    たまにクリフの後にまたはジェイソンの後に他の誰かがメタリカに入っていたらどうなっていたんだろうという妄想をすることはありますが、C・J・ラモーンはかなり現実味があった組み合わせだったのかー。

    そういえば、メタリカはラモーンズのトリビュート盤に参加したり、『St. Anger』のシングル群にラモーンズのカバーを収録していましたね。

    ramones
    We're A Happy Family - A Tribute To The Ramones

    『St. Anger』のシングルあれこれ

    関連記事
    メタリカに日本人加入の可能性あった!?
    カークはあのころ、ソロ転向考えていた。
    ジェイソン・ニューステッド、音楽活動から離れて個展を開く。
    ジェイソン・ニューステッドがとんでもなく豪華なメンバーのバンドに参加。

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    先日(2011年9月14日)行われたBIG4ニューヨーク公演のバックステージで行われた『Rolling Stone』のインタビュー動画をご紹介。


    以下、ラーズが語ったところの概略
    (リスニング苦手なので間違ってたらすみません、訂正お願いします)

    ・2年前から始まったBIG4楽しー
    ・ヨーロッパでBIG4やったとき、こりゃアメリカ本国でもやらなきゃと4月に開催
    ・アメリカでのBIG4はステージ内外、観客、メディアの反応まで最高だった
    ・数週間後、ヤンキース側から「エミネムやJay-Zのコンサート実績あるよ、やらない?」とオファー
    ・4月のコーチェラでの成功を考えたらやらない手はない
    ・ニューヨークのロックの体験といったら大概はジャイアンツ・スタジアム、メドウランズ・スタジアム(※)だ
    ・メタリカは他と違うことをいつもやろうとしてきたから、ヤンキースタジアムでやるってのはユニークだしイケてる


    ※いずれもアメフトのニューヨーク・ジャイアンツの本拠地(実際はニュージャージー州にある)

    さらにBIG4のメンバーがそれぞれのライバル関係について語っています。


    こちらはとりあえずラーズのみ大体の内容を。
    (他の人たち聞き取りにくい。。ヒアリングできる方いらっしゃいましたら補足お願いします。。)

    ラーズ・ウルリッヒ
    砂場から出て、人が成長するとき、他の誰かが何をしているかなんて気にしない。自分が何をするかに時間を費やそうとする。(それと同じように)俺にとって、競争っていうのは内在的なものなんだ。それが20年前から大きく変わったことさ。

    なんかデイヴ、痛々しいですね。。
    これから新譜に伴うツアーもあるでしょうから早く回復してね。

    ブログランキングに参加しています。
    応援クリックをヨロシクお願いします

    関連記事
    BIG4ニューヨーク公演レポート(メタリカ抜粋版)
    BIG4NY公演、メタリカのオフィシャル動画公開など
    デイヴ・ムステイン、メタリカを語る。
    四天王、スラッシュメタルへの思いを熱く語る。

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    メガデスのデイヴ・ムステインが最新のインタビューでBIG4やメタリカとのプロジェクトについていろいろ語っています。インタビュー全訳は物量が多すぎて断念しましたが、ニヤけポイントを抜粋してご紹介。
    ムス大佐、「絶口調」です。

    Q:あなたにとってようやくアメリカに「BIG4」公演がやってくることはどんな意味をもっているでしょうか?

    そうだな。今のところ、歴史書にただの2つのショーということ以上のことがあったと載ることを願うばかりだね。来年の夏ももっと日程を組みたいぐらいさ。でも考慮に入れておいて欲しいのは、そういったデカイ一団があちらこちらに動くってことだね。(※訳注:簡単に身動きできないという意味合いっぽい)

    Q:出演している全てのバンドのあいだは平穏そのものという事実を受け入れられない人がいるのはなぜだと思いますか?

    そういった人たちを気の毒に思うよ。何が彼らを動かすのかと思うだろうね。朝起きて、キッチンに行って、フライパンで自分の顔を殴るのか?どうしてそれほど無知になったのか?俺にはわからない。人々は生きがいを必要としている。俺はバンドについてのゴシップや誰が好きじゃないかなんてことを話すのに躍起になる代わりに人々の生活に幸せをもたらすことができるかどうか確かめる日々を過ごすようにしているよ。

    Q:ブルガリアでのBIG4初公演で膨大な数のオーディエンスを前にして、全てのバンドとステージを共にし、とりわけメタリカと「Am I Evil?」をやったときはどう感じましたか?

    正直言って、この答えは君たちをたぶんガッカリさせるだろうね。ブルガリアで俺たちみんながステージに立って初めて共演した時、俺の頭に浮かんでいたのは「クソッ、ジェイムズ(・ヘットフィールド)のマイクの位置が高けぇよ」ってことだった。だって俺が歌おうとするとき、普通は足を少し広げてキメるのに、まっすぐ立たなきゃならなかったからね(笑)。俺よりあいつの方が背がデカいし、マイクスタンドはあいつの位置に合わせていたんで俺は変えようがなかったんだ。まぁそんなことを考えていたよ!

    演奏は楽しかった。でも何公演か後に「Helpless」をやったときがもっと楽しかったな。俺がメタリカにいた頃にやった曲のひとつだったからね。ステージへ歩いていくと、カーク(・ハメット)が「ソロをやってみないか」って俺に言ったんで、俺は”おまえが俺のトイレを詰まらせた”みたいな顔をしながら彼を見て「もちろん俺がやる!」って言ったんだ(笑)。残念なことに俺たちは音響担当にそのことを告げてなかったから、俺はエア・ギターのソロをして、誰もそれを聴くことはなかった。カークがソロをとると思われていたから、彼は耳をつんざくようなボリュームでリズムギターを弾いていたね。それで俺は学んだんだ。次のときは俺がこう言うべきだとね。「これが俺のファッキン・ソロだ!」って(笑)。いやいや冗談だよ。俺はたくさんの異なるレベルとたくさんの異なる手段をもつメタル音楽はいいなぁって思うんだ。ラーズ(・ウルリッヒ)は今日、あることについて俺の意見を聞きたいと尋ねてきたんだ。それで今日、電話で話したんだけど、俺が電話に出たときあいつは「やぁ。キミの親愛なるドラマーちゃんだよ。」なんて言うんだよ。思わずニヤけちまったな。

    Q:メタリカはルー・リードとアルバムを制作すると発表し、レイ・デイヴィスともスタジオ入りしました。あなた自身が彼らと同じようなプロジェクトをできると思いますか?

    まぁメタリカとは大昔にすでにプロジェクトをしたよ。(訳注:メタリカに在籍していたことを指している)あっキミが言っているのはメタリカとのさらに別のプロジェクトってこと?わからないね・・・。もし彼らが一緒にロックする古株を探しているんなら、それは俺よりちょっと歳のいった人たちだろうね。俺はそんなプロジェクトをするにはAARP(全米退職者協会)のカードを持っていなきゃいけないかもしれないな(笑)。いやいや、もちろん俺はやるつもりだよ。(メタリカは)俺のバンドだったしね。メガデスは俺の音楽キャリアのなかで次の必然的な一歩だったんだ。それは自然な流れだったわけだけど、もしまた俺たちがやる機会が来たら、俺はそれが望ましいと思っているし、ジェイムズにも以前このことについて話してきたんだ。彼と俺とラーズと(メガデスのベーシストの)デイヴィッド・エレフソンが一緒にレコードを作って何が起こるか見るべきだってことにジェイムズは「NO」とは言わなかった。バンドだとか何だとかとしてじゃなくてチャリティーに寄付するような何かかな。俺たちみんな、今こうして歳をとってきた。俺たちがこういうことを話した事実自体が素晴らしい一歩なんだ。一緒にやることでさらに良くなる。俺たちが一緒に何かするというアイデアは俺のちっちゃな脳みそで扱うにはいろいろありすぎて、爆発するかもしれないね。

    The Boston Phoenix(2011-08-26)

    最近、すごい丸くなった感のあるムス大佐ですがこういうキツめの冗談とかみると思わずニヤけてしまう自分がいます(笑)

    Ray Davies 「See My Friends」

    ブログランキングに参加しています。
    応援クリックをヨロシクお願いします

    関連記事
    デイヴ・ムステイン、メタリカのジェイムズとラーズに「スーパーグループ」を組もうと提案

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    メタリカのブラックアルバム発表20周年に関して、メンバー及び関係者のインタビューをBLABBERMOUTH.NETがざっくりまとめてくれていたのでご紹介。
    ※バンドの歴史等について書かれた前書きや後書きはガッツリ省略してます。あしからず。

    1991年の音楽的な変化について「Rolling Stone」誌でラーズ・ウルリッヒはこう語る。

    「俺たちはミュージシャンとしても、ソングライターとしても(キャリアの初期は)まだまだだと感じていた。それで俺たちは大きく変えたんだ。『Master Of Puppets』や『...And Justice For All』から自分たちの能力を証明するという方向にね。俺たちはミュージシャンとしても、ソングライターとしても有能であると証明するためにこんなマジで突飛なことをすべてやってのけたんだよ。」

    さらに8ヶ月間のアルバム制作期間について、こう付け加える。

    「(レコーディングは)早く済ませるべきだったんだ。理論的にはね。俺たちが以前やってきたように全てを完璧に得ようとするよりも。でも、メタリカは通常、そういった理論や普通やるようなことっていうのは、窓の外に追いやってしまうのさ。2倍ルーズなレコードを作るのに2倍時間がかかったんだ。」

    フロントマンであるジェイムズ・ヘットフィールドはこう語る。

    「世界のあらゆるリフを1曲にしていくジャム、そしてそれを曲として機能させるのは俺たちにとっては挑戦だった。今、俺たちはほとんどの場合、それと正反対のことをしている。それもまたさらなる挑戦なんだ。」

    このアルバムはレコーディング中、バンドと衝突したプロデューサー、ボブ・ロックとの初めてのコラボだった。ボブ・ロックは述懐する。

    「はじめの3ヶ月は難しかったね。彼らは私のことを完全に疑いの目で見ていた。楽しい、簡単なんてモンじゃないよ、レコードを作るってのは。これが終わったら、二度と一緒に働かないと彼らに話したくらいだ。彼らも私に同じようなことを感じてたよ。」

    さらにラーズ・ウルリッヒはこう語る。

    「俺たちはそれまで誰かに推し進められるなんてことは本当になかったんだ・・・。俺たちはいつも自分たちのことを『Big Bad Metallica』だって考えていた。でもボブは俺たちにこれまで聴いたこともなかった新しい言葉を教えてくれたんだ。それが『Soulful』さ。」

    BLABBERMOUTH.NETより(2011-08-22)
    最近のアルバム制作と反対のことをやってたというジェイムズの話が非常に興味深いです。

    Metallica
    METALLICA

    関連記事
    ブラック・アルバム発売20周年を記念し、プロデューサーのボブ・ロックが解説。
    プロデューサー、ボブ・ロックによるブラック・アルバム全曲解説(その1)
    プロデューサー、ボブ・ロックによるブラック・アルバム全曲解説(その2)
    プロデューサー、ボブ・ロックによるブラック・アルバム全曲解説(その3)
    メタリカのブラックアルバム発売20周年記念のトリビュートCDがMetal Hammer誌の付録に登場予定
    Metal Hammer誌のブラックアルバム発売20周年記念トリビュートアルバムを試聴。

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    「NY Hard Rock Music Examiner」のBIG4に関するインタビューでアンスラックスのドラマー、チャーリー・ベナンテがクリフ・バートンとの心温まるエピソードを語っていたのでかいつまんでピックアップ。

    【BIG4公演までカウントダウン:チャーリー・ベナンテ(アンスラックス)】

    Q.メガデス、スレイヤー、メタリカであなたのお気に入りの曲を挙げることはできますか?

    メタリカは「Master of Puppets」だろうね。俺がステージの近くであの曲を聴き始めようものなら、観にいかなきゃならないよ。なんたってあの曲には何かあるからね。それに俺にとってはもうひとつ重要な意味を持っている。クリフ・バートンさ。1986年に(アンスラックスとメタリカの)両バンドが海外へツアーに出たとき、彼らは『Master of Puppets』を出していた。ツアー中、イングランドで休みが取れたある日に、俺とスコット(・イアン)とカーク(・ハメット)とクリフで朝食を食べに出かけたんだ。それで座って話していた。そのときに俺がこう言ったんだ。「「Master of Puppets」って曲で、さぁこれからギター・ソロってときにジェイムズが何か叫んでるよね、あれ聞き取れないんだけど何て言ってるの?」そしたらクリフがカークの方を見て「俺もわからん。」ってさ。それから俺たちが朝食を注文していると、ちょっと静寂の間があってから、クリフが「ありゃ「pancakes(パンケーキ)」って言ってると思う。」なんて言うんだよ。もうみんな大笑いさ。ありゃおかしかったな。それからはあのツアーのステージで俺がステージ脇で観ているときに、あのパートにさしかかるとクリフはいつも俺の方を見ながら「pancakes」って口パクしてみせたのさ。そこから20数年経って、俺たちはポーランドで初めての「BIG4」のショーを行う前に夕食をとることとなった。俺たちがセッティングしたんだけど、メタリカはフルメンバーが出席。それで俺はジェイムズと話しているうちにあのクリフの話が話題に上ってね。彼にその話をしたんだ。彼はその話を聴いてすごい感謝してくれたよ。彼にとってはあの頃からたくさんのことがおぼろげになっていたから、この話を聴いて楽しい当時のことを思い出すのに一役買ったんだろうね。それで彼ら(メタリカ)はポーランドの(「BIG4」として)初めてのショーで「Master of Puppets」をやったんだけど、俺はそのときステージ脇にはいなかった。次の日、ロバート(・トゥルージロ)が俺のところに来て言ったんだ。「どこ行ってたんだよ?ジェイムズが「pancakes!」って叫んでたんだぜ!」ってね。そう。ジェイムズは今になってそれをやってくれたんだ。

    Q.それは素晴らしい話ですね。あなたは9月の「BIG4」公演は誰もが聴きに行くべきと言っていますが、観に来た人はそのときにジェイムズが「pancakes」と叫ぶのを聴くことになりますね。

    まぁ実際は「fix me」なんだけど、知らなかっただろう。うっかり「pancakes」って言っちまうかもな。まぁそんなこともあって俺はあの曲が大好きなんだよ。

    NY Hard Rock Music Examiner(2011-08-11)
    チャーリーがわからなかった部分は5:40あたりから。



    このパンケーキの話、どこかで読んだ気がするんですが、そんな後日談があったんですねぇ。
    ちなみにチャーリーはその他のバンドのお気に入りの曲として、メガデスから「The Conjuring」、スレイヤーから「At Dawn They Sleep」を挙げています。

    Master_of_Puppets


    ブログランキングに参加しています。
    応援クリックをヨロシクお願いします

    関連記事
    アンスラックスのスコット・イアンがラーズ・ウルリッヒとヤンキー・スタジアムのBIG4公演で何やら企み中。
    REVOLVER「THE BIG FOUR 特集号」(2011年) (THE BIG FOUR)

    このページのトップヘ