メタリカ情報局

メタリカを愛してやまないものの、メタリカへの愛の中途半端さ加減をダメだしされたのでこんなブログ作ってみました。

       

    カテゴリ: エピソード

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    カーク・ハメットが6月4日に行われたセントルイス公演を前に受けたインタビューで、ガンズ・アンド・ローゼズ再結成について語っていました。

    以前、カークはLos Angeles Timesのインタビューでガンズ再結成について「残念ながら彼らは幾分、懐古的なものになってしまった。俺にとっては悲しいことだ。」と語って波紋を呼んでいましたが、その真意についても説明しています。管理人拙訳でご紹介。※YouTube動画の字幕をどうにかこうにかなので誤訳等あれば何なりと・・・

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    −あなた方はサンフランシスコ・ジャイアンツのファンなわけですが、ここブッシュ・スタジアムはセントルイス・カージナルスのホームスタジアムです。ジャイアンツとカージナルスはポストシーズンでお互い活躍してきていますが、(敵地である)ブッシュ・スタジアムでやるというのは奇妙な感じがするんでしょうか?

    その質問は訊く人間を間違えているよ。そう、ジェイムズへの質問だ。だって俺の頭の中はこの半年、太平洋でのサーフィンとか(サーフィンの世界大会)Fiji Proのことで・・・

    −私はFiji Proのことはよくわからないんですが・・・1985年にメタリカは初めてセントルイスで公演を行いました。その頃のセントルイスでの思い出は何かありますか?

    俺の記憶が正しければ、『Ride The Lightning』のツアー中だったと思うんだけど、俺たちはレコード会社の人間と会ったんだ。当時、レコード会社の人が来て、ディナーを一緒にどうかと言われてね。俺たちみんな飛び上がったよ(笑)これでデニーズとはおさらばだってね。それでプレイボーイ・クラブだったかな、確か。そこで大いに時間を過ごした。前触れもなくプレイボーイ・クラブでディナーをとって、そこからナイトクラブに直行、そのまま楽屋に入って、ギターをつかんでステージに出たんだ。ウォームアップも練習もナシでね。ステージを見回して何が起きているのか見ていた。(準備も出来ずにステージに上がる羽目になって)俺たちはみんな本当にイライラしていて、ストレスが溜まっていた。少しばかり怒っていたんだ。まぁ結果的には本当に良いショーができたよ。

    −WASPと一緒でしたね。

    そうそう。クレイジーだったなと思うよ。俺たちは(会場が)混乱していると思ってたんだ。だって俺たちは時間が押していたし、基本的に持ち時間を全部使っていたからね。でも結果として素晴らしいショーをすることとなった。セントルイスでの『Ride The Lightning』ツアーは驚くべきものだったよ。だって俺がどうしたかほとんど覚えていないんだから(笑)


    −奇縁だと思ったのは、あなた方が以前公演を行ったドームで今度はガンズ・アンド・ローゼズが7月末に公演を行うことです。ブッシュ・スタジアムであなた方が公演を行い、セントルイスでこの2ヶ月のあいだに両バンドが公演を行うことになります。奇縁だと思いませんか?

    1993年よもう一度、みたいだね。彼らがツアーをやることは嬉しいよ。俺が彼らをレトロなアクトなんて呼んだことで彼らをムッとさせてしまったけど、そういう意味で言ったわけじゃないんだ。俺は彼らに(新しい)アルバムを作ってほしいだけで、彼らが戻ってきたことや、とても近しい編成になったことは嬉しいよ。アクセルとスラッシュが一緒になったことも嬉しい。素晴らしいことだよ。彼らは知っての通り、良いコンビネーションだからね。

    −当時あなた方は友だちだったのが、どこかで関係が途切れたということは?

    友好的な2つのビッグなバンドで、ビッグなライバルで、(ビッグなエゴだったり?)そうだね、そんなギブ・アンド・テイクだの、押し引きだの、愛憎だの、そんなものも少しはあっただろう。でも振り返ってみると、スラッシュはホラー映画に夢中で俺も同じものが好きだし、当時はそんなことも知らなくて完全に違った関係だったんだ。知っての通り、彼は素晴らしいギタリストだし、ギターへの情熱をイキイキと持ち続けていて、本当にすごいと思っている。彼らがまた一緒にやり始めたことは嬉しいし、俺は新しい曲を聴きたいと思っているんだ。

    インタビュー動画はこちらから。


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    ジェイムズ・ヘットフィールドがNEW YORK POSTのインタビューに答えていました。健康法、グラミー賞でのマイクトラブル、趣味の養蜂、ジャスティン・ビーバーがメタリカのTシャツを着ていた件など多岐にわたって語っています。管理人拙訳にてご紹介。

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    「ウチのかみさんなら、俺がツアーに出る4日前ぐらいにちょっとテンパって不機嫌になることをわかってるよ。心もとない感じになる。ギターネックがゴム製になってるバカげた夢をよくみるけど、不安はいいサインなんだ。俺たちがどれだけまだこのバンドを気にかけているかってことを示しているからね。」


    日曜日にメットライフ・スタジアム、水曜日にナッソー・コロシアムで、彼らの黙示録さながらの新譜『Hardwired...To Self-Destruct』のツアーが行われる。ここで53歳のヘットフィールドはグラミー賞(でのパフォーマンス)、ジャスティン・ビーバー、そして危険な養蜂の世界について語った。

    −昨年、ラーズは特製パンケーキがエネルギーをアップさせる手助けになっていると語っていました。あなたは健康のために何か食べたり、特別なことをやっていたりしますか?

    デンマークのチョーク・ケーキと呼んでるものだね。アイツはそこにヨーグルトをのせるんだ。本当に真っ白だよ。ひどい味ではないけど、いつもそんなものを食べる気が知れないよ。今やラーズはもうちょっと手を広げていて、食事全部にこだわってる。シェフのことを新しいロックスターだと思ってるんだ。俺は適度に何かを食べているんだろうけど、メタリカのなかじゃ、そのことは多くを口にする話題ではないね。

    −グラミー賞でのメタリカとレディー・ガガのパフォーマンスはその日の話題をかっさらいました。マイクの誤動作はさらにエキサイティングなものにしたと思いますか?

    恥ずかしいと思ったよ。あれだけ怒ったのは久しぶりだ。俺がコントロールできることじゃなくても、上手くいかなきゃピリピリするよ。過去の経験から他のものを使えばいいってことはわかってる。でも(あの時は)どうすることもできないと思ったんだ。(でも)同感だよ。結果的には良かった。レディー・ガガと一緒のマイクで歌うことになったからね。たぶん彼女が望んだ以上になった。おかげでより本物のコラボレーションのように感じたよ。

    −あなたは養蜂を最近ハマっている趣味のひとつだと言っていました。何か危ない目にあったことはありますか?

    あぁいくつかネタがあるよ。一度、巣箱を動かさなきゃならないことがあって、一匹のハチを混乱させて、全匹(巣箱から)追い出した。俺はハチ用の防護服を着ていた。すべては完璧だったんだ。暑いからといって俺がブーツを履いていなかったこと以外はね。俺の足首の辺りが露出していたもんだから、20回も刺される羽目になった。もし一か所でも刺されようものなら、ハチたちみんなが感知してそこに集まってくるんだ。あれは愉快とは言えなかったね。俺は氷のバケツに足を突っ込まなきゃならなかったよ。

    −今やメタリカのTシャツを着ている有名人を観ることは珍しくなくなりました。そのことでこれまで頭を悩まされたことはありますか?

    ジャスティン・ビーバーがメタリカのTシャツを着ていたことがネットで口々に言われていた時、俺は「それがどうした?」って思ったよ。ここはアメリカだ。着たいものを何でも着ればいいんだよ。彼がバンドの歴史を知らなかろうがどうだろうが、構わないよ。俺はいろんなものを着るけど、その歴史なんて全然知らない。ただロゴが好きなだけなんだ。みんなは時おり、俺にショックを与えようとするんだ。「俺のお祖母ちゃんがあなたの音楽でヘドバンしているよ、彼女は120歳なんだぜ!」とか「生まれた赤ちゃんにあなたの名前を取って名付けました」とかね。俺は「OK、クールだ」って感じだね。どんな人がメタリカを好きになろうが、驚きはない。誰だって大歓迎だ。ゆりかごから墓場まで、俺たちがキミたちをカバーするよ!

    NewYorkPost(2017-05-11)

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    ジェイソン・ニューステッドが2017年5月3日から7日にかけて行われた「Art Miami」主催の現代美術展、第3回「Art New York」と第2回「CONTEXT New York」に『RAWK』というタイトルの絵画作品12点を出展。50か国、150以上のギャラリー、1200人以上のアーティストが参加する国際現代美術展へのデビューを果たしたジェイソンにGuitarWorldがインタビューを行いました。アートとの関わりやメタリカについて語っています。管理人拙訳にてご紹介。

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    写真は同展示にて『ROCKERS』というシルクスクリーン作品を出展したロックフォトグラファー、ボブ・グルーエンと。

    −今年のArt New Yorkにはどのような経緯で関わるようになったのでしょうか?

    Art Miamiのオーナーと会う機会があってね。彼はメタルが大好きで、会った時に俺が手がけた絵をいくつか見せたら招待してくれたんだ。それで俺はここ数週間、アメリカのさまざまな場所を旅行してきて、過去7、8年のなかからキャンバスを持ってきた。国際展なんて初めてのことで、俺はとても興奮しているよ。

    −アートは子供の頃からいつも興味を持っていたものだったんでしょうか?

    若い頃、農村部で育って、そういう授業を受けていたよ。そこでアクリル絵の具と色を混ぜるということに出会ったんだ。それから3年ほど経って音楽に衝撃を受けて、がっつり30年もの間はその他全てのことが二の次になってしまった。

    −絵を描くことに戻ったのはいつ頃ですか?

    いったんメタリカに入って、その他のプロジェクトに取り掛かり始めると、俺はいつもいろんなことをやって、たくさんの機材の周りを動き回って自分をメチャクチャ忙しくしていた。(結局)俺は肩を痛めて手術が必要になってしまった。回復している間、俺がこれまで慣れ親しんだやり方で楽器を演奏することができなくなっていた。両手を必要に応じて使うことを練習しなくちゃならなかったんだ。俺にとって、音楽はフルタイムでやるものだった。それが出来なくなった時、俺はいつも音楽に注入していた創造的なエネルギーの全てを両手を使うことで放出し始めた。

    俺は片腕でモンタナにある牧場をやっていた。そして納屋に行って塗装する必要があると思ったんだ。そこで古いドラムヘッドとそこらにあった塗るもの−ラスト・オリウム(訳注:防錆塗料)と緑と黄色のジョンディアのトラクターをみつけた。それからスノーブラシに色を染み込ませて、塗装していたものの上に塗料をぶちまけたんだ。

    丸や顔や形をかたどるためにキャンバスにさえ触れる必要のないところまで行ってしまったんだ。それが始まりだった。それから両手の状態も良くなって、キャンバスにもっと触れ始めた。だからイカしたメタル・モンスターからキャンバスの上へとエネルギーが転移したんだ。作品を持っている人たちは、絵が音楽のように見えるというのがほぼ一致した意見だ。


    −創造的なプロセスにおいて、あなたが一番好きなところは何ですか?

    (自分の手で描かれて)出てくる生き物、色、タペストリーのイメージは、目の前にするまで自分の心の中にも存在しているとはわからなかったものなんだ。自分の中から飛び出して、他の目で見ているような感覚なんだよ。実際の意図されたものなんてのも決してない。どこから始まってどこで終わるのか決してわからないんだけど、出てくるものはいつも楽しい驚きなんだよ。

    −絵画作品に土を混ぜるというアイデアはどこから来たんですか?

    そういうことをたくさんやっていたジャン・デュビュッフェ(訳注:20世紀のフランス画家)の多くの影響を受けたんだ。(塗料を)適切な配合で砂の中に混ぜると、成形したり彫刻したりできるペーストになる。どんな色が飛び出してくるのか全く予測不可能なんだ。

    −最初に正式な芸術作品に触れたのは何でしたか?

    俺はラーズに真剣にしかるべき敬意を伝えるつもりだ。彼は国際的な教育環境にあったんで、早くから本当にクールな作品に触れてきた。彼の家に初めて行った時のことを覚えているよ。彼は子供のアートのようなゲーム部屋にそういう額縁の絵を飾っていた。実は精神的な障害を持つ大人によって描かれたアートなんだと俺に言ったんだ。俺にとってすごい新鮮で、本当に面白かったね。それで階を上ると、彼が結局売ることになったあのバスキアの絵(訳注:映画『Some Kind Of Monster』でも登場する「Profit I」)があった。ストーブの上に日用雑貨のように掛けてあったよ(笑)。本当に大きくて、あの簡潔さと複雑さが魅力的だった。ラーズを通じて俺は多くの人たちに紹介された。だからこの作品を披露することで、彼に対して最敬礼しようとしているんだ。


    −音楽について少しお話させてください。Newstedの後、あなたは音楽活動を休んで、ソーシャルメディアから離れました。そのような決断に至ったのは何だったのですか?

    もともと、自分で50歳になったら自らに何かを証明しなければならないと自問していた。だからNewstedのためにたくさんのものを結集して曲を書いた。それに没頭して楽しい時間を過ごし、たくさんのことを学んだ。いったんやってみると、俺はソーシャルメディア全体に流れる雰囲気と不誠実さに少し落胆した。そうすることになったのは、俺はいつだってプライベート・ガイ(人前に出たがらないヤツ)だったってことだ。

    でも去年はChophouse Bandでアコースティック・ベースを携えて30回、今年はフロリダで同じ衣装でさまざまな音楽仲間といくつかのショーをやった。同じ雰囲気と強さ、そしてちょっと違う感覚だね。曲を集めてギターをプレイすることは、まだ俺にとってとても重要なことなんだ。


    −あなたがメタリカと共にあった時間で、最も印象的なことは何ですか?

    その質問をされると、加入した初期の先駆的なことが思い浮かぶ。パッと思いつくのは、それまで俺たちみたいな音楽をやったことないような場所で俺たちが初めてやったということだね。1986年に日本に行った時のように、何が起こるのか知らないような人たちの頭を吹き飛ばすんだ。以前にそういう音楽を演奏したことのない国々に行って、そこの人たちに来てもらうというのは最良の方法だった。そういう壁を壊して、それ以降に起こる全てのことのための道を開いたんだ。

    GuitarWorld(2017-05-02)

    展示に参加したジェイソンのその他の写真はこちらから。
    http://www.pacificpressagency.com/galleries/20194/jason-newsted-debuts-his-artwork-at-art-new-york-

    以下、関連リンク。

    Art New York
    http://www.artnyfair.com/

    CONTEXT New York
    http://www.contextnyfair.com/home

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    メタリカのカヴァー・バンド「Blistered Earth」がポートランドで行ったライヴ終演後に数千ドル分の機材を盗まれたことを発表。地元ニュースで取り上げられるとそれを観たメタリカから機材提供の申し出があり、実際に機材が提供されて無事に次のライヴに臨めるとのこと。このニュースを取り上げた2つの記事を管理人拙訳にてご紹介。

    1つめはOregonLiveの記事から。
    cover-metallica_aftertheft

    Blistered Earthのドラマー兼広報のショーン・マーフィーは木曜日(4月27日)に行ったOregonLiveの電話取材に対して次のように語っている。「(メタリカが)そうすると決めてくれたことはすごくクールだよ。本当にありがたい行為だった。」

    しかし、全ての機材をバンドに提供してもらっても、本当のスターはポートランドのメタル・コミュニティだとマーフィーは語る。「ポートランドの人たちにバンド全員から大きな感謝を伝えたい。みんな信じられないほどクールで協力的だったんだ。」

    Blistered Earthが盗難に遭遇したというFacebookへの投稿は何百ものシェアを呼び、それが地元メディアの注目を集め、最終的にはメタリカに届く信号の役割を果たしたのだとマーフィーは言う。「みんなが注目して助けてくれようとしていたのは素晴らしいことだった。ただFacebookで相づちを打つってことじゃない。みんなが正当に援助しようとしてくれたんだ。」

    最初の(Facebookでの)援助要請の後、マーフィーは盗まれた機材をどうするのか何の計画もまだ立てておらず、GoFundMeやその他のクラウドファンディングのキャンペーンをやっていたかもしれないと語る。

    しかし、メタリカの代理人からの電話で状況は一変した。

    伝説的メタルバンドはBlistered Earthに機材リストを求め、マーフィーとバンドメンバーたちは喜んでツアーで使っていた機材の在庫記録をつけた。「普通の人だったらツアー中のバンドがどれだけこんな目にあっているか、どれだけのバンドが標的になっているかわからないだろう。そもそも(ツアー中のバンドは)よそから来たよそ者なんだ。みんなそれを知っているし、盗みをするようなヤツらには地の利があるからね。」

    Blistered Earthは過去にも機材の盗難にあっているが、このレベルの被害は経験していなかった。マーフィーは今後、もっとセキュリティーにお金をかけると語っている。

    OregonLive(2017-04-27)

    2つめはM.I.R.P.による記事から。
    どのように盗難が発覚したのか、そして(盗まれた場所である)ホテルの対応について、Blistered Earthのドラマー、ショーン・マーフィーに訊ねた。「朝起きたら、やられた!って感じさ。犯人たちはトラックごと機材を奪ったんだ。ホテルの対応は素晴らしかったよ。ホテルの保守/監視員は本当にクールだった。彼は監視カメラ映像を俺たちと一緒に観てくれたんだ。」

    機材は発見できなかったが、トラックは発見された。「盗難に遭ったとわかってから、トラックはすぐに見つかった。誰かが警察に電話をかけて、25マイルほど街の東に行ったところで乗り捨てられていたと通報したんだ。もちろん、もぬけの殻だったけど。犯人たちはルースター・ロック州立公園まで行っていた。どうやら東に向かう高速道路から下りて、その辺りで鍵をこじ開けて、(機材の売買)取引をして、高速道路でポートランドに戻ったみたいだね。で、高速道路に入る前にトラックを乗り捨てたんだ。」

    バンドのFacebookページによると、機材の中には保険に入っていたモノもあった。「保険について明らかにすると、機材の一部だけ保険に入っていた。保険がどこまで適用されるのか本当にわからないんだ。完全にはカバーされないし、まったく適用されないモノもある。多くの機材に感情的な思い入れはそこまでない。そのまま置き換えられるものもある。でもシンガーが使っているギブソンのエクスプローラーと俺のドラムセットはおそらく盗まれたなかで一番デカかったね。俺のドラムセットは見つけるのが本当に難しいんだ。そのバンドの時代に特有の本当に古いキットだからね。12歳の頃からそれが欲しくて、今42歳なんだから可笑しいだろ。(盗まれたことで)5年間しか使えなかった。フルセットを見つけることはできない。レアものだからバラバラに買わなきゃならないんだ。1991年か92年に生産中止になったからね。」

    ここから話は好転する。メタリカ、あのメタリカがBlistered Earthの機材を補填したのだ。ショーンにソーシャル・メディアを通じてメタル・コミュニティがどのようにして手助けしたのか訊ねた。「Facebookのページに投稿した木曜の夜まで、本当にそのことについて誰も多くは語っていなかった。ドラムの写真があれば、特にその希少性がわかってみんなの心に響いて、見つかる手助けになるかもしれないと思っただけなんだ。そこから本当に雪だるま式に始まって行った。『おぉすげぇ!みんながこのことについて話題にしてくれているぞ。クールだ!』って感じだった。投稿に対してたぶん1500くらいのシェアがあったと思う。こんなことになるなんて思わなかったよ。面白いことにみんなが俺にメッセージを送ってくれたり、俺の投稿にコメントをくれたりしてくれたんだ。『ポートランドはキミたちをもっと丁重に扱うべきだった』ってね。でも俺はこう返信したよ。『実際は逆なんだ。俺に言わせれば、(たくさんの反響が)実際にポートランドの人たちがどれだけ素晴らしいかを示しているよ。クソ野郎なのは俺たちの機材を盗んだ2人だけだ。』」

    メタリカの気前の良い申し出について、バンドはどのように知ったのだろうか。ショーンに訊ねた。「俺が知っているところでは、実際は(地元のニュースサイトである)KATUのニュースだと思う。あれで彼ら(メタリカ)にまで届いたんだ。メタリカHQの女性から電話を受けて、(電話の受け手である)俺が誰なのか確認するために連絡を取ろうとしているんだと言っていたよ。それから彼らが機材リストを送るように依頼したメタリカのマネージャーと連絡を取ったんだ。それでリストを送って、そこからこうなったんだ。」

    ショーンはメタリカの気前の良さをどう感じているのだろうか。「彼らがそんなことをしてくれるなんて本当にすごいよ。実際にKATUのサイトでこの話を観たのはジェイムズだと思う。メタリカにどれだけ詳しいか、彼らの経歴にどれだけ近づけているか分からないけど、彼らが機材を買い替えるお金がなかった頃に機材を全て盗まれたというのはこれまでにもよくいろんなところで書かれていることだ。だから(盗難によって)どれだけ忌々しい気持ちになるか、彼らはじかによく知っているんだよ。でももう一度言わせてもらうと、こんなことになるなんて考えもしなかったよ!」

    M.I.R.P.(2017-04-27)

    かつてメタリカが機材を盗まれ、その痛みの感情から「Fade To Black」という名曲が生まれたことは、いろんな本やインタビューで語られてきました。トリビュート・バンドが同じような状況に陥ったことを知って、手助けをしたのは自然なことだったのかもしれません。

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    Metal InjectionのPodcastにてジェイソン・ニューステッドがインタビューを受けていました。ジェイムズ・ヘットフィールドがマイクのトラブルに見舞われたグラミー賞でのメタリカとレディー・ガガの共演について語っています。こちらもUltimateGuitar.comの文字起こしを管理人拙訳にてご紹介。

    livecast-newsted

    うん、あのパフォーマンスは観たよ。俺は彼らの兄弟として、同志を支持する観客として観たんだ。だからファンとして俺は本当に頭にきたよ・・・あの機材トラブルという無礼な扱いにはね。あれは俺には了解しがたいものだった。本当にクソだよ。でも彼らにとってチャンスを得る何かを持っているなら、賛同しようがしまいが、俺たちがとやかく言うべきことじゃない。もしレディー・ガガほどの才能に恵まれ、パワフルな誰かと一緒にやるチャンスを得たいと思えば、そうすべきだ。彼らは彼女と同じ器の持ち主なんだ。彼女は彼らと一緒にやれてラッキーだったね。

    俺たちはこのことをペチャクチャと議論できるけど、あのパフォーマンスの勝利は、機材がヘマったことでジェイムズとレディー・ガガがあの瞬間を強いられて、お互いにエネルギーを出し合い、経験豊かなスーパースター・パフォーマーとしての地位を上げられたことだね。20何回だかのリハーサルをして彼らが計画していたものより、もっとパワフルなパフォーマンスになった。彼らはあの機会を盛り上げて、互いをこれまでの自分たちよりもずっと先の地平に押しやったんだよ。素晴らしかったね・・・。あれは大きな大きな輝かしい王冠もののパフォーマンスだよ。人が何で出来ているかを示したんだ。あんなクソみたいな状況になったら、あんな逆境を与えられたら、パフォーマーの大部分は(訳注:失禁か冷や汗で)水たまりのなかにいることになっただろうね。


    UltimateGuitar.com(2017-05-02)

    フル尺のインタビューはこちらから。
    http://www.metalinjection.net/podcasts/livecast/livecast-409

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    MTVの番組で知られるマット・ピンフィールドによるインタビューにて、カーク・ハメットがメタリカ加入時(1983年)のことを振り返っていました。これまで何度も語られてきた話ではありますが、カークの詳細な記憶によってこれまでの話を補完するものとなっています。UltimateGuitar.comの文字起こしを管理人拙訳にてご紹介。

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    メタリカがカリフォルニアを発って、アルバム制作のためにニュージャージー州に行くって頃には、シーンの誰もがわかっていた。彼らが(ベイエリアのスラッシュメタルシーンのなかで)実際にスタジオ入りしてレコードを作る最初のバンドになるだろうってことをね。(だからカリフォルニアを去るにあたって)みんなで彼らのためにお別れパーティーをやったんだ。

    文字通りその4、5日後に俺はメタリカのサウンドマンから電話をもらった。電話の主は当時、たまたまエクソダスのマネージャーでもあったマーク・ウィテカーだった。彼は「やぁカーク、彼らはデイヴ(ムステイン)とうまくいっていないんだ。彼には個人的な問題があってね。だから他のギタリストを探し始めようと考えている。俺がエクソダスのデモテープを流したら、彼らは気に入ってね。キミで試してみることに興味を持っているから、「No Life 'Til Leather」を送るよ。」って言ったんだ。




    それから「それはもう持ってる」「じゃあ曲を練習しといてくれ」「もう何曲かは知ってるよ」「いいね、じゃあ残りの曲も練習していて」って具合で(笑)

    5日後、俺はサンフランシスコ発ニューヨーク行きの飛行機に乗っていた。マーシャルのキャビネットとヘッドを手荷物に入れてチェックインできたんだ(笑)。今じゃ考えられないよね・・・忘れられないよ。空港に迎えに来たのはマーク・ウィテカーとクリフ・バートンだった。ジェイムズとラーズは寝るのに忙しかったからね。マークは俺に会うなり「キミのバッグはどこだ?」って言ったんで、俺はコンベアベルトの小さな入口で詰まってるマーシャルのキャビネットを指さした。マークはコンベアベルトに飛び乗って、キャビネットを右に傾けて通すことができたんだ。

    それからバンに乗ってクイーンズ区ジャマイカ地区にあるミュージック・ビルディングにいる彼らに会いに行った。着いた頃には夜の6時半過ぎで、彼らはもう起きていた。俺は思ったね。「コイツら、すでにロックンロールなスケジュールなんだな・・・」って。

    俺がアンプをセットしていると、彼らはすっかり目を覚まして「どの曲を知ってる?」って言うから「全部わかると思うよ」って答えた。

    最初に一緒に演奏したのは「Seek and Destroy」だった。演奏し始めたら、俺は本当に困惑したよ。ジェイムズとラーズが顔を見合わせてニヤニヤしていたからね。俺は何で笑っていたのか分からなかったよ!俺が曲を間違えていたとか!?ってね。

    演奏を終えると、彼らは俺を見て「OK、他に知ってる曲は?」ときた。結局、全ての曲を一通りやると、彼らは「いいねぇ、もう何回かリハーサルをするよ。金曜日にショーがあるんだけど、できそう?」って聞くんで「あぁできると思う」と答えて、実際そうなったってわけさ・・・


    UltimateGuitar.com(2017-04-11)

    インタビュー全編はこちらから。
    https://audioboom.com/posts/5426524-069-kirk-hammett-on-his-earliest-guitar-memories-joining-metallica-and-their-sixth-1-hardwired-to-self-destruct

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    イギリスの編集者ティム・ノークスが行ったカーク・ハメットへのインタビューを抜粋してご紹介。クリフ・バートンが亡くなったバス事故についての考えやエピソードについて語っています。

    kirk2017ouija
    ティム・ノークス
    メタリカを取り巻く、語られてきた話として、ベーシストであるクリフ・バートンの30年前の悲劇的な死があります。あなたは彼にカードゲームで負けて、罰としてツアーバスで2段ベッドで寝るのを諦めなければならなかった。しかしあなた方全員が寝ている間に事故が起こり、クリフが2段ベッドから窓の外に投げ出されてバスの下敷きとなったわけです。

    カーク・ハメット
    間違いなくその通りだ。俺たちみんなでカードゲームをして、一緒にあれを経験した。

    ティム
    大変悲しい話です。2人の友人間のありふれたカードゲームがこの悲劇的な死をもたらしたという思わぬ運命の行方は、まだあなたを悩ませていますか?

    カーク
    絶えずつきまとっているね。実際、キミがその質問をしたという事実に驚いているよ。ちょうどネットを見ていたら、20年前に俺がMTVでそれについて話しているYouTube動画に遭遇したもんだからさ。ちょっと寒気がして背筋がビクッってなった。起こってしまった出来事は本当に不運だったけれど、俺自身「もし俺だったら」っていう死への重たい問いを投げかけるものでもあるんだ。

    ティム
    あれはあなたがコントロールできるものではありませんでした。ドラッグをやるか、腹を立てるか、誰かと寝るかどうかは制御できますが、あれは・・・

    カーク
    運命(fate)と宿命(destiny)だよ。あれは運命と宿命のはざまの問いなんだ。カードゲームで負けるというのが俺の運命だった。だがクリフに起こったことは彼の(避けようのない定められた)宿命だった。あれは(思い悩むと)完全に自己破壊になるから、そこまで考えたくない。もしそのテーマに思いを巡らし頭を渦巻き始めたら、ダメだ、俺はそうするつもりはない。同じような立場にある人たちが精神医療機関に身をゆだねるという話を聞いたことがあるからね。気が狂ったり、飲み狂ったりして自身を死に追いやったり、自分の命を奪ったりして・・・

    ティム
    あなたは間違いなく宿命を確信していますよ。あなたは自身のウィジャボード(日本で言うところの"こっくりさん"の文字盤)やタロットカードを発売しました。それは全て宿命と運命に結びついています。あなたの最も奇妙なウィジャ体験は何ですか?

    カーク
    俺がウィジャのギターを弾くたび、俺たちが「Orion」を弾くたびに、ピックを持った手はクリフ・バートンって綴らずにはいられないね(笑)(訳注:名前を綴ることで降霊させるという意味)それは冗談だけど、クリフと俺が激しく口論したことがあってね、あれはかなり可笑しかったな。あるとき、(口論をしていて)アイツが「これは拳で解決すべきだ。」って言ったんだ。俺は拳が何を意味するのかさえわからなくて「拳って何だ?」って言ったら彼はこうさ(拳で殴るジェスチャー)。俺は言ったよ。「俺はおまえをパンチするつもりはないよ(笑)俺たちはミュージシャンだ。馬鹿げてる。」って。だから俺たちは代わりにレスリングすると決めたんだ(笑)。実際、アイツはとてもキチンとしていて礼儀正しかった。俺たち他のメンバーよりずっとね。彼は他のメンバーよりもずっと地に足がついていたんだ。

    Medium.com(2017-03-03)

    カークにとってあの事故は絶えず考えてしまう答えのない問いなのかもしれません。

    インタビュー中に出てきたカークが発売したというウィジャボードとタロットカードはこちらから。
    http://tinmanmerchandising.com/index.php?cPath=396_397&sort=3a&gridlist=grid&tplDir=KVHToys

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    UltimateGuitar.comにてジェイソン・ニューステッドがNEWSTEDの解散について語っていました。管理人拙訳にてご紹介します。

    jasonnewsted2017

    (自らのプロジェクト、NEWSTEDについて)良いこともあれば悪いこともあった。お金の面に関して言えば、全ての職責を負って、作曲して歌って演奏して全ての費用を払っていた。あまりにも大きな負荷だったんだ。

    良いことで言えば、ショーがとてもうまくいって、とても良く受け入れられたってことだね。ヨーロッパのショーは素晴らしいものだったし、ソニスフィアやダウンロード・フェスティバルでアイアン・メイデンのオープニング・アクトっていう良い機会にも恵まれた。あれは最高だったよ。自分ではおそらく予測できなかった敬意が表れていた。メタリカとヴォイヴォドに続くバンドの世代からリスペクトされてきた。俺たちはそんなこと知らずにみんなに教えていたんだな。

    自分の50歳の誕生日にNEWSTEDバンドをやったことで、俺にもまだ根性がある、自分の半分の年齢に人たちにショーをやって、ステージを走り回ることができると証明できた。俺にはまだそれができるとわかっていたし、自分自身に対してそれを証明しなければならなかった。俺たちがバンドを始めた時、マイク・ミューショックのような才能を持ったヤツとプレイできたことで触発されて、みんなに見てもらいたいと思ったんだ。

    ライヴをやった22ヶ国にNEWSTEDバンドを連れて行くにはとんでもないお金、数十万ドルはかかった。でも自分が学んだ教訓だとか、俺たちに示された敬意だとか、バンドの絆にはそれだけの価値があったよ。でもビジネスは今、俺が知ってたものとはずいぶん違って厳しいものだった。だから続けることができなかったんだ。


    UltimateGuitar.com(2017-04-01)

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