メタリカ情報局

メタリカを愛してやまないものの、メタリカへの愛の中途半端さ加減をダメだしされたのでこんなブログ作ってみました。

       

    カテゴリ: メンバープロフィール

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    Boltimore Magazineのインタビューを受けたロバート・トゥルージロ。ロブが自身の音楽ルーツをここまでガッツリ話しているのを紹介するのは初めてな気がするので取り上げてみます。さらにロブがジャコ・パストリアスのドキュメンタリー映画に関わることになった経緯についても語ってくれています。管理人拙訳にて。

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    撮影:Ross Halfin

    メタリカのベーシスト、ロバート・トゥルージロが今週土曜日(4/19)、サウンドガーデン(訳注:店名)で「Record Store Day」を行う。午後4時から6時にトゥルージロはファンミーティング、サイン会、そして彼がプロデュースを行っているジャコ・パストリアスの公開予定のドキュメンタリーについて話す予定だ。ナイスガイのトゥルージロと、このドキュメンタリー映画、前回のボルチモア訪問、メタリカの2014年の計画について話した。彼の妻、クロエがイベントのために作成したこのポスターもチェックしてほしい。
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    −ボルチモアについてどう思いますか?

    ボルチモアは大好きだよ。長年に渡って何回も行っているよ。初めて行ったのは1990年で(スイサイダル・テンデンシーズとして)ペインターズミルでライヴをやったんだ。コンサートの場所としては夢のようなところだったよ。そこのパーティーも羽目を外してすごかったね。パンテラとエクソダスもそのショーに出ていたんだけど、終わらない夜って感じだったなぁ。恥ずかしながら、自分はパーティーを抜けて他の人たちの皿から残り物を「Motel 6」(訳注:アメリカのホテルチェーン)に持っていって食べてたよ。

    −あなたは今カリフォルニアにいます。「Record Store Day」のためだけに行っているんですか?それとも何か別の用も?

    いや「Record Store Day」のためだけなんだ。みんな、サウンドガーデンは素晴らしいレコード店だって俺に言うんだ。(店のオーナーの)ブライアンは素晴らしい人だよ。とんでもない一週間だよ。先週金曜日に食道裂孔ヘルニアの手術を受けたんだ。ありがたいことに、もうすこぶる良くなってるから大丈夫だけど。本当に新しいスタートって感じだね。今年50歳になるし、2014年は新しい始まりでいっぱいみたいだ。

    −初めてジャコを聴いたのはいつですか?

    ジャコの音楽に対する俺の愛情は、はるか昔に遡る。両親はベートーベンやフラメンコを含むありとあらゆる音楽を俺に与えてくれたんだ。実際、ウチの親父はフラメンコギターを演奏してたし、俺はPファンク、マーヴィン・ゲイ、ストーンズ、レッド・ツェッペリン、もちろんブラック・サバスも聴いてた。初めて行ったコンサートはアイズレー・ブラザーズがフォーラムでやったロサンゼルス公演で、前座はワイルド・チェリーだった。初めて買ったアルバムはサンタナの『天の守護神(原題:Abraxas)』だね。あの当時、アルバムを買うということはただ音楽を手に入れる以上の意味があった。折込みのカバーの絵図について調べたり、レコードと一緒についていたポスターをチェックしたりもした。素晴らしい時間だったね。そうして俺はたくさんいろんなスタイルに没頭していたんだ。

    それで自分がベースとリズムセクションに深く感動したんだと気付いた。親父の友人が俺にベースをくれて1年くらい練習した。それからジャコの最初のLPに出会ったのさ。最初はエディー・ヴァン・ヘイレンの「Eruption」のソロを聴いてるみたいだった。「どうやって弾いているんだ?」ってね。ジャコのベースはユニークなうなり声があった。彼は完璧なテクニックでこのファンキーなスタッカートを弾きこなしていたんだ。それが俺への目覚ましアラームとなったんだ。彼を2回も観れてラッキーだったよ。一度目はウェザーリポート時代に、二度目はワード・オブ・マウス・ビッグ・バンドのときにね。ただ茫然としたよ。彼はみんなに影響を及ぼした。彼はジャズマンとしての一面もあるけど、それ以上のいろんなものを持っている。


    −彼の魅力はスラップ奏法以上のものだと思います。彼はパンクロッカーでさえ称賛するようなアティテュードを持っていましたよね?

    まさしくそのとおりだよ。影響は決して一面的なものじゃないんだ。彼のプレイの仕方から、彼のステージ上での立ち居振る舞い、そのアティテュードやエッジなんかもそうさ。だから多くのロックミュージシャンやメタルの奴らだってジャコのことを尊敬しているんだ。彼はさまざまなタイプの音楽への通り道となって、たくさんの異なる曲を弾いたんだ。例えば、多くの人は彼がイアン・ハンターと一緒にやったことあるなんて知らない。でも彼の「All American Alien Boy」のソロは信じられないくらい素晴らしいよ。彼はあらゆる音を自分のものにできるんだ。そしてそれがちゃんと機能する。

    −今回の映画にはどのように関わっているんですか?

    ジャコの息子のジョニーに会ったんだ。彼は(ロバートが所属していた)スイサイダル・テンデンシーズやインフェクシャス・グルーヴスのファンでね。俺は彼に「世界にキミの親父さんの話をシェアしなきゃ」と言い続けていたんだ。(1987年に35歳でジャコを死に至らしめた)双極性障害で苦しむまでの全ての音楽は、本当に面白くて壮大なんだよ。誰かにそういうことをしてもらいたかったんだけど、まさか自分がそれに関わることになろうとは思わなかった。それでジョニーは少しばかり取り掛かったわけだけど、結局俺はそのなかに混ざって、この映画を少しばかり引き継いだんだ。俺たちは3年半、今だともう4年、これに取り組んでいる。ウェイン・ショーター、ブーツィー・コリンズ、フリー、ゲディー・リー、スティングやジャコのバンドのピーター・アースキンといった面々がキャストに入っている。ジャコが8歳のときの場面とか、それはもうたくさんのお宝がみつかったよ。

    −いつ公開になりますか?

    まだ編集中なんだ。でも、俺たちはPassion Picturesっていう『シュガーマン 奇跡に愛された男(原題:Searching For Sugar Man)』を手がけた製作会社と組んで進行中だ。エキサイティングだよ。11月には公開できるかな。

    (中略)

    −メタリカについてききます。今後のバンドの予定は?

    来月にはヨーロッパへ向かう。そこでオール・リクエスト・ショーをやるんだ。ファンが決めたセットリストを毎晩ね。やりがいがあるね。何でもやるってことになるわけだから。次のアルバムのための新しいネタにも取り組んでいる。だから2014年は間違いなく俺にとって忙しい年になるよう立ち向かっていくって感じだね。


    Boltimore Magazine(2014-04-17)

    さりげなく手術を受けていたことも明かしてくれたロブ。本人的には現在何も問題なさそうで一安心です。カークがFearFestEviL、ロブはジャコ・パストリアスのドキュメンタリーとそれぞれ違う方面で精力的に動いていたようで。

    音楽的ルーツも多彩で自分が知らない名前も出てきましたが、こういう話をきくと何かのきっかけで聴くことになりそうです。

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    メタリカの宣伝マン兼ドラマーこと我らがラーズ・ウルリッヒが噂になっていた29歳モデルのジェシカ・ミラーさんと7月8日にラスベガスで婚約と同時に結婚パーティーを開いたとのこと。結婚パーティーはラスベガスのザ・パームズ・カジノ・リゾートにあるN9NE Steakhouseで行われ、ラーズの息子や花嫁の父など近親者が参加したとのこと。

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    LAS VEGAS INFORMERより(2013-07-10)

    おぉラーズ!おめでとう!

    ラーズには、前妻となるスカイラーさんとの間にマイルズ君(14歳)レイン君(12歳)、パートナーだったデンマーク人の女優コニー・ニールセンさんとの間にブライス君(6歳)という3人の息子がいますが、コニーさんとじゃなくて噂になってたそっちの方とご結婚なのね。びっくりさせてくれるわぁ。

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    メタリカ、それぞれのオフ。

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    自宅でサンフランシスコ地元誌のインタビュー取材を受けたカーク・ハメット。家に飾られたホラーグッズの写真とともに、管理人拙訳にてご紹介。

    【カーク・ハメット Some Kind Of Monster Fan】

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    「どこから来るんだろうね?あのエネルギーは。」カーク・ハメットは(呆れたように)首を横に振る。彼の息子である5歳のエンジェルと4歳のヴィンセンツォがサンフランシスコの静かな海の断崖近くにある、靴のいらない、申し分のない家のなかをとんでもない騒ぎ声をあげて引き裂く。子供たちがベビーシッターと一緒に近くのクレメント通りへ麺料理を食べに出かけて行った後、正面のドアがバタンと閉まると、ハメットは破顔した。

    49歳となったメタリカのリード・ギタリストは、近頃マイホームパパの日々を送っているが、それは平穏な生活を送っていることを意味してはいない。ハメットはガイコツをまとった黒いTシャツ、黒いジーンズ、黒い靴下に身を包み、白髪交じりの山羊ヒゲと肩まで伸ばしたカールした髪をしている。隣の家の建設で出る騒音が波が打ち付ける心地の良い音と混ざり合うなか、私たちは床から天井まである窓の向こうに太平洋を望む充実したリビングに腰をかけた。

    ここから2マイルしないゴールデン・ゲート・パークで、メタリカは先日、『Outside Lands Festival』の2日目のヘッドライナーを務めた。

    「俺は友だちに自転車に乗って、そこに行くつもりだと言っていたよ。」カーク・ハメットはこう語る。「それから、こりゃあおそらく良いアイデアじゃないなって気付いたんだよ。」

    世界的な大物ロックバンドのメンバーの一人であることを時おり忘れることは彼にとって容易い。特にミッション地区の通りで漫画本を捜し求めたり、逃げ場を探して薄汚れたスラッシュ・メタル・クラブでプレイをして育った、出身地のサンフランシスコでは。

    昨年、フィルモアで行われた30周年を冠したファンクラブ限定の一連のショーでは自由で台本なし、レア曲や軽い冗談が飛び交うものとなった。しかし、先月のゴールデン・ゲート・パークのポロ・フィールズで約65,000人を集めたショーも本当のパーティーのようだった。

    「Outside Landsに出演したことで本当にクールだったことのひとつは、俺たちがステージ上にいたとき、霧が来たように感じたんだ。毎日、霧に対応してたんだけど、突然その霧は自分のなかにあるんだとわかったんだ。故郷で感傷的になったときに起こることだったんだ。つまりただの霧じゃなくて俺の霧だったってわけ。」

    過去3年間、ハメットは、休止期間に自宅や支度部屋で、この10月に出版される初めての自著『Too Much Horror Business』(Abrams Image出版、29.95ドル)に取り組んでいた。タイトルは、メタリカとともに彼の過ごした時間に関する論文を意味するかもしれない。しかし、コーヒーテーブル大のこの1冊は実際のところ、ホラー映画にまつわるグッズのコレクションが掲載されている。

    ■レア物のヴィンテージのポスター
    ハメットのリビングのどの壁のスペースもレア物のヴィンテージのポスターで埋め尽くされている。ホコリっぽい屋根裏部屋や最高級のオークションから集められ、美しいフレームに整然と陳列されている。ユニバーサル映画の「フランケンシュタイン」の宣伝ポスター、スペインのプロモーションで使用された『ノスフェラトゥ(吸血鬼)』、オリジナルの『ミイラ再生』のビラなどなど。

    「5歳のときから、こういったモノのなかに俺はいたんだ。」部屋のなかを一瞥して彼は言う。「その頃、コレクターとして出発したと言えるだろうね。しかしある時点で、14歳の頃、俺は音楽をみつけたんだ。そして長いあいだ俺の人生を乗っ取ったのさ。」

    このギタリストは今、ホラーコレクションは(音楽に次いで)世界で2番目に素晴らしいと考えている。今まで、家族や親友以外は誰もそれを目にすることはなかった。

    「俺はこれらのモノと長いあいだ、ひとつひとつ1対1で深い思い入れをもって共に暮らしてきた。一度、みんなが俺の持っているモノを知ったら、ぶっ飛ぶと思うよ。」

    出版予定の本には、このギタリストがワールドツアー中に書いたキャプション付きの300以上の画像が掲載されている。メタリカのファンクラブ会報『So What!』の編集者であるステファン・チラジとのQ&Aの章、貴重なモノを手に入れた経緯について詳しく語る章(とキャプション付き画像の章)の3つの章から成る。彼のサンフランシスコの家(ちなみに彼はカリフォルニア州ソノマにも別宅を持っており、息子たちはそこから学校に通っている)は博物館を兼ねている。

    階下のラウンジには、映画『恐怖城』からのオリジナルのベストとジャケットを着た俳優ベラ・ルゴシの実物大のシリコン像がある。エドガー・アラン・ポー原作の映画「黒猫」のときに実際に着ていた衣装を身に着けたボリス・カーロフのマネキンが並んでいる。そして、このギタリスト自身に似せた彼の新しい怪人キャラのマスコット、カーク・ヴォン・ハメットも同様にそこに並んでいる。

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    ■ゴムマスク
    彼の仕事場では、ハメットの机がドラキュラ、狼男、大アマゾンの半魚人といった古典的なクリーチャーに似せたプロに手描きされたゴムマスクに対峙している。一方、ガレージには棚の列にはモンスターのおもちゃや風変わりのもの、すなわちボード・ゲーム、小道具の首、ランチ・ボックス、ペズ(※)があふれている。

    訳注:ペズについてはwiki参照(http://ja.wikipedia.org/wiki/PEZ

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    「これらのモノに対して捧げる俺の愛っていうのは、常軌を逸しているし、まったく強迫神経症みたいなもんだね。まぁしかたないよ。すっかり卒業するか、飽きるか、うんざりするかを待っているんだよ、いまだに。でもそういうことは起きそうもないね。」

    アイルランドの商船乗組員の父とフィリピン人の母との間に生まれた息子、ハメットはミッション地区のサウス・ヴァン・ネスで20歳まで育った。この場所は23番街に、サンフランシスコ・コミック・ブック社がある。影響力のあるアンダーグラウンドな漫画家を集めた編集者ゲイリー・アーリントンがオーナーを務める200平方フィート(約60メートル四方)のこの店に彼はしばしばお金を搾り取られていた。

    「実際に住んでいたのは6歳から12歳までだよ。」ハメットは数年前に閉店した店についてこう語る。「10歳の頃、ロバート・クラム(※訳注:漫画家)にあったのを覚えているよ。子供の頃っていうのは、自分の頭で人がとても異なるものだと理解するのは難しいもんだ。俺は彼のメガネがどのくらい厚かったか決して忘れないだろうね。」

    ■ホラー興行
    時を同じくして、彼はミッション通りの23番街に面したグランド劇場で週末にホラー映画の興行を行っているのをみつけた。そこで彼がみつけたのは、『怪人ドクター・ファイブス』のようなカルト・ムービーの古典のロード・ショーだった。

    カトリックの学校に通っていたハメットはしばしば両親の周りにいる幻覚剤に深く傾斜していた「ヒッピー友だち」から逃げ出すために劇場に避難を求めていたのだ。「子供の頃、家の周りは奇妙な場所だったね。トラウマにはまったくなっていないよ。俺は小さいふさわしい場所を見つけて、そこに傾斜していったからね。」

    しばらくのあいだ、ハメットは学校で「モンスター・キッド」として知られていた。それから兄リックの助けを借りて、ジミ・ヘンドリックス、レッド・ツェッペリンをみつけ、その他のことについて考えられなくなった。「そこで鳴っているギターが俺の全存在を乗っ取ったんだ。」

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    (後略)

    San Francisco Chronicle(2012-09-10)

    『Too Much Horror Business』の出版が発表されたときはずいぶん先の話だなと思っていましたが、いよいよ来月発売となりました。

    toomuch
    TOO MUCH HORROR BUSINESS


    もしジミヘンやツェッペリンという存在に触れなければ、今ごろホラーグッズのコレクターとして名を馳せていたんですかねぇ。。
    インタビュー中に出てくる俳優名や映画名が気になった方はこちらのサイトのホラーコーナーもどうぞ。全部は掲載していませんが。。
    kirk_b

    cowboybluesさん、ネタ元記事紹介ありがとうございます。

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    カーク・ハメット、自分の趣味全開の本を出版予定。
    YOKOHAMA Hot Rod Custom Show 2010にてカーク・ハメット所有の車、Metallicoupeが来日。
    カーク・ハメットのサイト、「カーク・ハメットの部屋」作りました。
    カーク・ハメット、Orionフェスや新譜などについて語るロング・インタビュー
    カーク・ハメットのホラー趣味本発売を記念して本家「カークの部屋」サイトが出現

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    メタリカのなかではベースのロバート・トゥルージロと
    ともにサーフィンを趣味にもつカーク・ハメット。
    2010年の来日時も鎌倉まで行ってサーフィンを
    楽しむはずが天候が悪くて断念したとか。

    今回はハワイのオアフ島でサーフィンを楽しむ
    カーク・ハメットの写真がTransworld.netで
    公開されていたのでご紹介。

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    brian_bielmann_738q8430

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    Transworld.net(2011-02-07)

    その他の写真は記事もとの上記リンク先よりご覧ください。

    胸のタトゥーは最近増えたのかな?
    それにしてもいい身体してんなぁ。。

    動画でカークのサーフィン姿を見たい方は下記リンクから。
    8:30あたりと12:30あたりから。

    Kirk Hammett and Robert Trujillo talk surf


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    カークはあのころ、ソロ転向考えていた。
    カーク・ハメットの家がまた売りに出てた。
    メタリカが選ぶ00年代ベストアルバム・ソング25(カーク・ハメット編)

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    先日、ジェフ・ベック主催のレス・ポールの
    トリビュート・ギグに単独で参加したカーク・ハメット。
    すぐに「Big 4」ツアーに戻るため、ニューヨークから
    スペインのマドリッドまで移動するなど慌しい
    日常を送っているようですが、オフの計画も
    すでに立てているようで。

    【メタリカのカーク・ハメット、Big 4「スラッシュ・リユニオン」の準備】

    (前略)

    カーク・ハメットはバンドの休暇期間に本を出すことを
    計画している。タイトルは(ミスフィッツの曲にちなんだ)
    「Too Much Horror Business」。本の内容は、彼が
    音楽以外でとりつかれたコレクションとなっている。

    「ホラー映画のポスター、おもちゃ、アートワーク、
    コミック本、何から何までさ。」


    続けて彼はこう語る。

    「サンフランシスコで初めてモンスター・マガジンを
    みつけたことを記憶にとどめて以降、ずっとそういった
    ものに夢中なのさ。あれは俺が6歳の頃だったな。」


    それからというものカーク・ハメットは、世界的に
    有名なコレクターとなった。ロン・チェイニー主演、
    1927年公開の『ロンドン・アフター・ミッドナイト』の
    ロビーカード(映画館のロビーに掲示するカード)を
    競り落としただけでなく、1931年公開のスペイン語版
    『ドラキュラ』や1933年公開のスウェーデン版
    『キングコング』の超レアなロビーカードさえも競り落とした
    コレクターなのだ。

    「俺のお気に入りのホラー映画は『ミイラ再生』(※1)か
    『フランケンシュタインの花嫁』かどちらかかな。
    知ってのとおり、俺って昔のものにハマるたちで
    ボリス・カーロフの大ファンでさ。もし今の時代のものから
    挙げてくれって言われたら『死霊のはらわた』か
    『死霊のしたたり』だね。『ムカデ人間』を観たくて
    しょうがないんだ。待ちきれないよ!おかしなことに
    (夫婦で)ハワイに住んでて、ムカデはいっつも
    見るんだけどね。」


    カーク・ハメットの本はさまざまな「pop-ups and peepholes」
    (※2)を使った彼自身の注釈付で来年出版されるだろう。

    「これはクソマジメでもクソマヌケでもない突飛な(quirky)
    カーク・ハメットってことなんだよ。」


    ※1:『ミイラ再生』は後に『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』
    としてリメイクされている。
    ※2:幼児向けの本によく見られる飛び出し絵本や穴の空いた本。

    RollingStone.com(2010-06-10)


    最後のquirkyは「カーキー」と発音するのでカークに
    かかっています。このあたりは原文の味わいを訳せませんね。

    以下、関連リンク集めてみました。

    カークが観たくてしょうがない『ムカデ人間』の予告編はこちら。
    ※ホラー映画苦手な方はご注意を。
    http://www.youtube.com/watch?v=IX8fKLjC__c

    本のタイトルの元となったミスフィッツの曲はこちら。
    http://www.youtube.com/watch?v=OoGuJi5jmmA

    カークがカードを持っているロン・チェイニーのオフィシャルサイト。
    ※その息子、ロン・チェイニー・ジュニアも俳優として活躍。
    http://www.lonchaney.com/

    カークが大ファンのボリス・カーロフのオフィシャルサイト。
    http://www.karloff.com/


    こうしていろいろ見ていくとなかなかキワモノの
    集まった本になりそうですねぇ(笑)

    死霊のはらわた
    死霊のはらわた


    死霊のしたたり
    死霊のしたたり



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    カーク・ハメットの本性
    カーク・ハメットの家がまた売りに出てた。

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    ジェイソン・ニューステッドの近況について続報。
    先日お伝えした通り、個展を開いたジェイソン・ニューステッド。

    初日にちょっとしたサプライズがあったようです。

    以下、いつものように拙訳にて抜粋。


    【元メタリカのベーシスト、ジェイソン・ニューステッド、
    アーティストとして思い切り楽しむ】


    「必要に駆られて絵を描くことが俺のドグマになった。
    俺が絵を描く最もパワフルな理由はキャンバスから一歩離れて
    「頭カラッポなんだ」って言って、それで最初に降りてきた
    アイデアが一番いいからなんだ。ただただ子供みたいな驚きさ。」


    「白いキャンバスは静寂だね。俺はいつもラウドにやってきた。
    俺のアートもラウドだよ。(音楽から)直接移転させた感じだね。」


    「(メタリカを離れたことについて)プレッシャーから解放され、
    完全に元に戻るまで10年かかったよ。目的を持たなくてはならない。
    だから人はドラッグやアルコールで台無しにしちまうんだ。
    そいつらは人生の目的を持っていないからな。」


    ニューステッドは再びビッグになることについて、
    可能性を否定しない。過去数年間でスラッシュや
    エアロスミスのジョーイ・クレイマー、他のサイドプロジェクトの
    参加依頼を受けたが、どれも最初の何回かの依頼から
    状況は進んでいない。先週は元AC/DCでザ・ファームの
    クリス・スレイドから携帯電話にジミー・ペイジと
    ニューステッドを探しているとメッセージを受け取った。

    「ジミー・ペイジとクリス・スレイドだって(笑)
    いつそこまで望んだかい?かつて壁に貼ってたポスターに
    名前のあった人からお呼びがかかるなんて。
    まだ貼ったままなんだぜ。オヤジは俺の昔の部屋の
    レッド・ツェッペリンやエアロスミス、AC/DCのポスターを
    貼ったままにしてあるんだ。
    現実離れってのはこういうことを言うんだな。」


    しかし、今はまだアートが中心だ。そして彼は(彼の絵の)
    初めての購入者に、かつてバスキアの絵で最高値記録を
    叩き出した目利きが加わると思っている。

    「ラーズは1枚買うだろうね。」

    個展初日にメタリカのドラマーが
    現れたことにびっくり仰天したようだ。

    「あれは鼻高々だったね。実際、彼らのために何かしたかったんだ。
    あいつらの家に行って俺が出来ることをしないとな。」


    旧友に納屋で絵を描かせれば、ウルリッヒは賢いだろう。
    カーペットの交換なんかを彼に望んでいなければ。

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    MercuryNews.com(2010-05-24)


    ネタ元サイトではジェイソンのインタビュー音声に加え
    ジェイソンの近影、そして絵画をおさめた2分弱の動画が見れます。

    そのなかで出てくる1枚の絵に描かれているモチーフが
    どうも「Some Kind Of Monster」に登場するカウンセラー、
    フィル・トウル(Phil Towle)に見えてしまいました(笑)

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    ジェイソン・ニューステッド、音楽活動から離れて個展を開く。

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    2009年のロックの殿堂授賞式で5人編成の
    メタリカとしてパフォーマンスをみせてくれた
    メタリカの元ベーシスト、ジェイソン・ニューステッドの近況。

    Dunlop TVが行ったジェイソン・ニューステッドへの
    インタビュー動画と合わせてどうぞ。

    【ジェイソン・ニューステッド、個展を計画】

    ジェイソン・ニューステッドの初めての個展が
    2010年5月6日から6月27日にかけてサンフランシスコの
    Micaëla Galleryで開かれる。

    以下、ジェイソン・ニューステッドのコメント抜粋。

    「俺を心の底からかきたてるエネルギーは、
    純粋で芸術的な創造からきているんだと思う。

    子どものころには、絵や曲をかきはじめて、
    その後、10代の頃にはロックをベースとしたアイデア、
    最後には世界的に認められた音楽のレコーディングと
    ライヴパフォーマンスって具合に。

    史上最も勲章を受けてきたヘヴィメタル・ベーシスト
    っていう肩書きを得て、俺の目的はクレイジーで
    カラフルな音楽を作ることからクレイジーでカラフルな
    絵を描くことにシフトしていったんだ。

    俺が俺である限り、自制的で自発的で自分のアートに
    身を捧げ続けることは変わらない。

    次の山に登るときがきたんだ。自分の探求としての
    芸術活動で真の表現方法によって純粋さを
    保っているんだな。」


    2005年、ニューステッドの興味は絵を描くことに
    変わった。彼はそこに癒しと彼の創造性を示すための
    新しい方法を見出したのだ。

    以下、インタビュー動画。


    BLABBERMOUTH.NET(2010-04-12)


    インタビュー動画にも出てきたジェイソン画伯の絵を
    少しだけ以下に抜粋。

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    ラーズ・ウルリッヒ、バスキアの絵を手放す。
    【続報】ラーズ・ウルリッヒ所有のバスキアの絵が想定外価格で落札。
    メタリカ絵ギャラリー

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    メルマガ、裏メタリカ情報局でも触れましたこの話題。
    もう少し続きがあったのでご紹介。

    【Metallica クリスマスの「最悪の思い出」とは?】

    メタリカのフロントマン、ジェームズ・ヘットフィールドが、
    クリスマスにまつわる最悪の思い出を語った。

    それは子供の頃、サンタクロースの正体を知ってしまった
    ことだという。

    「最悪のクリスマスは、サンタなんてこの世にいないって
    ことがわかったときだな。ある朝、目を覚まして外に出たら、
    うちの兄貴たちがプレゼントを木の下にせっせと運んでるのを、
    この目で見ちまったんだよ。
    あのときは『アンタら、何やってんの?』って感じだったね」

    とTheRockRadio.comに語ったジェームズ。

    一方で、思い出に残っている嬉しかったプレゼントとして、
    初めてもらったサッカー・ボールを挙げている。ちなみに、
    クリスマスには、良い子にはプレゼントが、悪い子には石炭が
    贈られると言い伝えられているが、ジェームズの妹は素行が
    悪かった年に、実際に石炭を与えられたことがあるそうだ。

    (後略)

    vibe-net(2009-12-28)


    石炭が贈られるなんて風習初めて知りました(笑
    プレゼントの中身を見たジェイムズの妹の落胆ぶりを
    想像するとまたじわじわ笑えます。


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    【続報】ジェイムズ・ヘットフィールドが公演キャンセルについてコメント。
    ジェイムズ・ヘットフィールド、ピアノを習った思い出語る。

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